軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユニヴェール夫妻(1)

冬が明けて雪が解け、時々、暖かい日が続くようになり、春の気配を感じ始めた頃。

その人達はやって来た。

いつものように仕事を終えて、セレストさんと手を繋いで家へ帰れば、レリアさんが出迎えてくれる。

帰ってきたわたし達にレリアさんが言う。

「お客様がお見えになられております」

それにセレストさんが首を傾げた。

「来客の予定はなかったはずですが──……」

言いかけて、セレストさんの言葉が途切れる。

わたしはそれに強い既視感を覚えた。

恐らくセレストさんも同じだったのだろう。

一瞬黙った後にセレストさんがレリアさんに問う。

「誰ですか?」

レリアさんが微笑んだ。

「セレスト様のご両親だとおっしゃっておりました」

セレストさんとわたしは思わず顔を見合わせた。

近々会いに来るとは確かに言っていたし、遅くとも春くらいには行くとも手紙には書いてあった。

だからいつ来てもおかしくはない。

ないのだが、突然の訪問にドキリとした。

「一階の居間でお待ちいただいております」

レリアさんに手で扉を示される。

すぐ横の扉の向こうにセレストさんのご両親がいると思うと、更に緊張してしまう。

髪を手で撫でつけ、服装に乱れがないか確認する。

……うん、大丈夫だ。

そんなわたしにセレストさんが苦笑する。

「そんなに緊張しないでください。父も母も、ユイに会いに来ただけですから」

「緊張するよ。だって好きな人の親だよ? セレストさんだって、もしわたしの両親がいて、会うってなったら緊張しない?」

たとえ 番(つがい) だからと言っても緊張してしまうし、セレストさんのご両親だからこそ、好意的に思ってほしい。

セレストさんが「ふむ」と考える。

「それは……緊張しますね」

「でしょ? とりあえず、あんまり待たせるのも悪いから、荷物とかは後にして、早くご挨拶したほうがいいよ」

「そうですね」

レリアさんが持っていってくれると言うので、上着と荷物を任せ、セレストさんと二人で一階の居間の扉の前でもう一度顔を見合わせる。

それに頷き返せば、セレストさんが扉を叩いた。

ドキドキと心臓が早鐘を打つ。

耳元に心臓があるみたいに音が聞こえる。

緊張しすぎて口から心臓が飛び出しそうだと思っていれば、セレストさんがそっとわたしの背中に触れた。

見上げれば、緑がかった金の瞳が優しく見下ろしてくる。

大丈夫だと言われた気がした。

背中に感じるセレストさんの大きな手の感触に、早鐘を打っていた心臓が少しだけ緩やかになる。

もう一度頷き返せば、セレストさんも頷いて、そうして扉が開けられた。

テーブルとソファーが置かれた部屋は暖炉に灯った火の暖かさで過ごしやすい温度に保たれている。

入った瞬間、暖かな空気に包まれた。

居間には三人いた。

一人はセリーヌさんだ。

それから、初めて見る人が二人。

こちらを見ると立ち上がった。

「父さん、母さん、久しぶり」

セレストさんが先に声をかけて歩み寄る。

そして、その二人とそれぞれに軽い抱擁を交わす。

その二人の顔を見て、すごく納得した。

男性も女性も人間で言うと五十代の中頃くらいで、女性は線の細い美しいエルフで、男性もやや無骨さを感じるけれど、男性的で整った顔立ちの竜人だった。

セレストさんが以前、自分は母親似だと言ったけれど、本当によく似ていた。

そしてセレストさんの弟である双子のイヴォンさんとシルヴァンさんは、確かに父親似であった。

ただ、セレストさんは顔立ちは母親似だけど、色合いは父親そっくりで、双子の二人は逆に父親似で色味は母親と同じだ。

エルフは金髪に新緑の瞳なので、色彩が同じになるのはともかく、竜人も遺伝で子に属性が受け継がれるのだろうか。

セレストさんの父親もまた、セレストさんのように真っ青な美しい髪をしていたが、短髪だった。

セレストさんと抱擁を交わした二人がこちらを見たので、わたしはシャキッと背筋を伸ばした。

「こちらが私の番のユイです」

セレストさんの紹介に浅く会釈をする。

「初めまして、セレストさんの番のユイといいます。セレストさんにはいつもお世話になっております。ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません」

セレストさんの手がわたしの肩に触れ、抱き寄せられる。

見上げれば、嬉しそうにセレストさんの瞳が細められ、それからセレストさんがご両親を見る。

「ユイ、こちらが私の両親です」

セレストさんの紹介にご両親が頷く。

「ジスラン=ユニヴェールという」

「アルレット=ユニヴェールで、セレストの母です。初めまして、ユイ。こちらこそ、いつも息子が世話になっています」

女性──……アルレットさんが差し出してくれた手を、わたしは握り返した。

わたしよりも大きくて、それでいて細くしなやかだけど、掌は硬く、剣だこが出来ている手だった。

ジスランさんは握手を交わすことはなかったけれど、右手を胸に当てて、挨拶をしてくれたので、わたしも同じように返す。

竜人の──それも番であるアルレットさんがいる──ジスランさんは、たとえ息子の番であったとしても、異性に触れることはないだろう。

セレストさんがアルレットさんに触れられるのは息子だからだ。

「座りましょうか」

セレストさんに促されて全員が席に座る。

ジスランさんとアルレットさんがわたし達の向かい側で、わたしとセレストさんは隣同士で、自然とそうなるのはやはりそれぞれが番を持っているからか。

扉を叩く音がして、ややあってレリアさんは入って来た。

わたしとセレストさんの飲み物を用意して、ジスランさんとアルレットさんの分の紅茶を新しいものに取り替えると、セリーヌさんと共に下がっていった。

パタン、と扉が閉まり、セレストさんが口を開く。

「手紙が届かなかったようだけど、何があったんだ?」

それにアルレットさんが答える。

「手紙を載せていた船が海賊に襲われて、積荷を奪われたのだと思う。だからセスからの手紙は届かなかったわ。その後に送られてきたイヴとシルからの手紙は届いたけれど」

「なるほど」

それでは手紙が届くはずがない。

送った手紙は海に捨てられたか、不要品として燃やされたか、どちらにしても、もうないだろう。

この世界はそういうこともあるのか。

セレストさんはあっさりと納得していた。

ふっとアルレットさんの視線がわたしへ向く。

「ユイ、いくつか質問をしてもよろしいですか?」

アルレットさんに静かに問われる。

同じエルフでも、ヴァランティーヌさんとは全然雰囲気が違うけれど、実はエルフはむしろ大体こんな感じである。

他種族にあまり興味がないため、淡々として見えるのだ。

第二警備隊にいるエルフにも、こういう人が多く、むしろヴァランティーヌさんやセレストさんの弟さん達みたいな友好的なタイプのほうが少ない。

……そう、別に嫌われているわけではない、と思う。

「はい、何でしょうか?」

「種族は人間だと聞きました。まだ成人を迎えていないそうですが、今は何歳ですか?」

「十五歳です。あと一ヶ月ほどで十六歳になります」

「それにしては小さいですね」

小さい、と言われてちょっと言葉が胸に刺さる。

セレストさんの横に並んでも恥ずかしくないよう、よく寝て、よく食べて、それなりに運動もしているのだけれど、なかなか思うように成長しない。

もうすぐ十六歳になるというのに身長はやっと百五十を越えたくらいで、相変わらず、子供みたいに薄くて、ついて欲しいところに全く肉がつかない。

「セス、きちんと食べさせているの?」

アルレットさんがセレストさんにそう問うので、わたしは慌てて声を上げた。

「セレストさんは沢山食べさせてくれます! 今まで、食事も着るものも、何も困ったことはありません! その、食べても肉がつき難いんです!」

「……そうなんですか?」

何故か若干疑うような声音だった。

それにセレストさんが真顔で返す。

「番に衣食住で苦労させるなんて竜人の雄にはありえない」

アルレットさんの横でジスランさんが大きく頷く。

同意するようなそれにアルレットさんは「そう」と言って、またわたしを見た。

「イヴとシルの手紙に書いてありましたが、ユイは第二警備隊で事務員として働いているそうですね? 何故働くことにしたのですか?」

予想外のことを訊かれて目を瞬かせてしまう。

……何故って言われても……。

「セスの下にいればある程度は不自由なく暮らせるでしょう? 人間を保護している以上は補助金も出るし、番であるセスはむしろ喜んでユイのためにお金を使っているはずですが」

……ああ、そういうことか。

仕事をしていることを責められているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

その声は心底不思議そうで、きっと、竜人の番が一生懸命働いているのが不思議なのだろう。

竜人は番のために金を使うが、同じだけ、番のために金を稼ぐ。

だから基本的に竜人の番は働かなくても充分暮らしていけるのだ。

「わたしが働きたかったんです。最初はやっぱり、セレストさんにかかる金銭的な負担を減らしたいという気持ちもありました。でも一番は、自分が出来ることをやってみたかったからです」

セレストさんは補助金があると言った。

金銭的にも問題ないと言ってくれていたし、一度だって、わたしに金銭面で不満を漏らしたことはない。

それでもわたしは働きたかった。

あの頃はセレストさんに金銭的に完全に寄りかかることがすごく気になっていたし、前世で働いたことがなかったから働くことに若干憧れもあったし、ディシーが働き始めたのを見て焦る気持ちもあった。

だけど一番の理由は多分、出来ることに挑戦してみたかったんだと思う。

前世でも、セレストさん達に助けられるまでの今生でも、わたしは挑戦するということがなかったから。

仕事は大変だ。どんな仕事だって楽じゃない。

でも、事務員の仕事は楽しい。

毎日数字との戦いで、時々、計算するのが嫌になる日もあるけれど、わたしとディシーを助けてくれた第二警備隊のためになるならと思えば頑張れる。

第二警備隊はわたし達を助け、受け入れてくれた。

その役に立てるなんて嬉しいことなのだ。

「わたしが働きたいと言ったから、セレストさんはそれを許してくれました。あの、竜人の番として、働くのはあまり良くないことなのでしょうか……?」

「いえ、働かない者が多いというだけで、働く者もいます。自分の意思でしているなら良いのです」

セレストさんが珍しく眉を顰めてアルレットさんを「母さん」と呼ぶ。咎めるような響きがあった。

「さっきも言ったが、ユイに苦労させるつもりはない」

「分かってる。確認しているだけよ」

「母さんなら訊かなくても知ってるだろう。竜人である父さんの番なのだから」

「ジスは私の夫だけど、あなたはジスではないわ」

セレストさんとアルレットさんの間でぽんぽんと会話が交わされる。

ジスランさんは我関せずといった様子で黙っているし、わたしは突然ギスギスし始めた二人にどう割って入ればいいのか分からなかった。

「母さん、余計なことはしないでくれ」

セレストさんが不機嫌そうに言う。

「竜人の番だからこそ口を出すのよ。竜人は番のこととなると暴走しがちで、番の気持ちを無視してしまうこともあるから」

「私はきちんとユイの意思を確認している」

「ええ、セスならばそうでしょうとも。だけど、こういうのは本人の口から訊かなければ分からないことも多いでしょう?」

………………あれ?

セレストさんとアルレットさんのやり取りを聞いているうちに、おや、と思った。

最初はセレストさんの親として、セレストさんの番に相応しいかどうか確かめられているのだと考えていたが、なんだかそうではなさそうな雰囲気だ。

むしろ、セレストさんを疑っているようで……?

でも、何故セレストさんにあれこれ言うのだろう。

「あの、アルレットさん」

声をかければ、アルレットさんがすぐに「なんですか?」とこちらを見る。

セレストさんとよく似た顔を見返して、気付く。

緊張していて気が回らなかったけれど、アルレットさんからは欠片も敵意を感じないし、それどころかどことなくわたしの身を案じているような気配すらある。

……これ、なんか、むしろセレストさんがチクチク言われている気がするんだけど気のせい?

「わたしはセレストさんのところにいて幸せです」

ピタリとアルレットさんとセレストさんが止まる。

反応が親子のそれだな、と感じつつ言葉を重ねる。

「わたしはセレストさんが好きです。セレストさんとの生活も好きです。仕事も、好きです。助けてもらったのがセレストさんで良かった。番がセレストさんで良かった。いつもそう思っています」

ぱちりと新緑の瞳が一つ瞬いた。

「セスはあなたに良くしていますか?」

「はい、とっても良くしてくれます」

強く頷いた。

「ユイの気持ちを無視したり、自分の意見を押し付けたり、勝手に裏であれこれ動いては困らせていませんか?」

思わずそれに笑ってしまった。

「セレストさんはいつも『ユイはどうですか?』とわたしの気持ちを訊いてくれますし、そうでなくても、わたしの気持ちを考えて行動してくれます。わたしの気持ちに寄り添ってくれます。どちらかと言うと、セレストさんが我慢していないかわたしのほうが心配になるくらいです」

セレストさんの手を握って横を見れば、セレストさんが微笑んだ。

「私はユイがそばにいてくれるだけで幸せです」

「でも、多分、色々と我慢してるよね?」

「それは……」

言葉を濁したセレストさんは「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。

嘘でも「いいえ」と言わないところに好感が持てる。

わたしが気付かないことで色々とセレストさんは我慢しているだろうし、ただでさえ、正式な番となることも待ってくれている。

ウィルジールさんにこっそり言われたこともあるのだ。

「番がセスで良かったな。言っとくけど、普通の竜人はそこまで心が広くないぞ」

わたしがもう少し成長するまでセレストさんは待つと言ってくれた。

十六歳をもうすぐ迎えるのに、まだ小さなわたしを気遣って、出来る限り負担にならないようにしてくれる。

セレストさんだって本当は一日でも早く、正式な番になりたいと思っているはずなのに。