軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ディシーの決断 / 母親の気持ち

ディシーがシャルルさんを好きだと分かってから、三ヶ月が経った。

この三ヶ月の間に二人の距離は縮んだ、と思う。

最近は一緒に昼食を摂るようになり、ディシーはよく手作りのお菓子を渡し、シャルルさんもそれを喜んで受け取ってくれている。

ヴァランティーヌさんも協力してくれて、既に何度か家に招待もして、そして先日、ついに二人でお出かけもしたそうだ。

成人したディシーは街中であれば一人で行動しても問題なく、シャルルさんもいるなら危険なこともないだろうということで、一緒に甘いもの巡りをしたのだとか。

シャルルさん、実は結構な甘党らしい。

楽しい一日を過ごしたとディシーから報告を受けて、わたしもセレストさんも、ヴァランティーヌさんも揃って確信した。

……これは脈アリなのでは?

よほど好意的に思っていなければ、異性と二人で出かけるなんてことはないだろう。

シャルルさんとディシーの様子を見ていても、シャルルさんはディシーに心を開いてくれているようだし、少なからずディシーを想っているのではと感じるのだ。

「私、シャルルさんに告白する」

だから、ディシーがそう決心しても不思議はない。

「ヴァランティーヌさんには?」

「言ったよ。応援してるよって」

「そっか」

シャルルさんと親しいヴァランティーヌさんがそう言うなら、きっと、それなりにディシーに勝算があると思ったのだろう。

ディシー自身もいけると感じたから、告白をしようと考えたはずだ。

「頑張れとは言わないよ。ディシーが告白して、付き合うかどうか判断するのはシャルルさんだし」

そう言えば、ディシーが少し眉を下げた。

「でもね、わたしはディシーがすごくいい人だって知ってるし、シャルルさんもすごくいい人で、二人が一緒になって幸せになれるなら、そうなってくれたらいいなって思ってるよ」

ディシーの手を握る。

もう、ディシーは充分努力した。

この三ヶ月の間、一生懸命シャルルさんのことを知ろうとして、近付いて、頑張ってアピールしてきた。

告白を受け入れるかどうかはシャルルさん次第だ。

それでもディシーの気持ちが届いて、シャルルさんとディシーが手を取り合って幸せになってくれたら、わたしも嬉しい。

わたしの手をディシーが握り返してくれる。

「ありがとう、ユイ!」

その笑顔が曇らないことを祈った。

* * * * *

終業の鐘が鳴り、本日の仕事が終わると、ディシー=バルビエは椅子から立ち上がった。

「すみません! お先に失礼します!」

先輩の受付嬢に言いながら、受付を出て走り出す。

後ろから先輩の「え?」という声がしたけれど、ディシーは訓練場への道を急いだ。

途中、誰かに走っていることを注意されたが、ディシーは「ごめんなさい!」と謝罪しつつも足を止めなかった。

ディシーの想い人はあまり人付き合いをしないので、用がなければ、終業後はすぐに帰ってしまう。

その前に会わなければ。

昨日、ユイにも宣言した。

告白すると決めたのだ。

決めたなら、その気持ちが揺らぐ前に行動しなければ、きっと後悔する。

仕事を終えた人達が廊下へ出てきて、その人々を避けつつ、ディシーは走った。

訓練場までの道がいつもより遠く感じる。

外へ通じる扉を開ければ、訓練場にはまだ多くの人が残っていた。

立ち止まったディシーは乱れた息のまま、訓練場を見回し、見慣れた黒があることにホッとする。

……良かった、まだいた!

その場で深呼吸をして息を整える。

ついでに、服装も確認する。

……大丈夫、変なところはないはず。

今日は告白をしようと決めていたから、いつもより髪型だって気を遣ったし、お化粧だって丁寧にして、ヴァランティーヌさんからも「今日は一段と綺麗だねえ」と言ってもらえた。

ギュッと手を握り締める。

ふとユイの手の感触を思い出した。

……そう、私は告白するんだ。

その結果がどうであれ、気持ちを伝えると決めたのは自分自身で、やれることは全部やったつもりだ。

それなら、あとはもう、ぶつかるだけ。

呼吸を整えて歩き出す。

大勢の人がいても、すぐに見つけ出せる。

「……シャルルさん」

近付きながら名前を呼べば、振り返る。

「ディシー? どうかしたのか?」

振り返った彼が不思議そうに首を傾げた。

出来る限り笑顔を心がけ、ディシーはゆっくりと彼に歩み寄った。

心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしてる。

震えそうになる手をもう一度握り締める。

……ここで逃げ出すなんて絶対に嫌。

それに、彼を好きだという気持ちはこの三月でずっとずっと大きく育ち、ディシーの中で抑えきれないくらい強くなった。

伝えないで後悔したくない。

近付いたディシーに彼が不思議そうにしながらも向き直り、ディシーが来るのを待ってくれている。

彼の目の前に立ち、ディシーは真っ直ぐに彼の赤い目を見返した。

「あのね、シャルルさん」

彼に手を差し出す。

「私、シャルルさんが好きです」

その瞬間、訓練場がシンと静まり返った。

それまで騒ついてたのが噓みたいに、全員の視線が集まっているのを感じた。

彼の赤い瞳が驚いた様子でこちらを見る。

「恋愛の意味での好きです。私は人間だし、寿命もシャルルさんに比べたらすごく短くて、ずっと一緒にはいられません」

寿命のことも沢山考えた。

どんなに頑張っても人間のディシーの寿命は、あと百年もない。

彼にとっては短い間しか一緒にいられない。

ディシーのほうが先に死んでしまう。

「それでも、シャルルさんと一緒にいたい」

先に死んでしまうのに一緒にいてくれ、なんて、実はすごい我が儘だと思う。

遺されるほうがつらいのに。

「『あなたの綺麗な鱗が好きです』」

ユイに借りた本に書いてあった。

リザードマンの求婚の言葉。

……昔、ユイが知らずに言って、シャルルさんを驚かせたっけ。

「私だけを愛してなんて言いません」

シャルルさんの人生は私より長いから。

「シャルルさんの百年を私にください」

下げた頭の上で沈黙が落ちる。

差し出したままの手が震える。

時間にしたら数秒だろうが、その数秒が酷く長く感じた。

………………ダメ、なのかな。

じわりと目が潤む。

手を引っ込めてしまおうかと思った瞬間、掌に硬い感触が触れた。

それにハッと顔を上げれば、彼の手が、ディシーの差し出した手に触れていた。

手を握るというより、掌同士を合わせるだけのものだったけれど、それはリザードマンの鋭い爪でディシーの手を傷付けないようにという配慮だと知っている。

「……その、本当に俺でいいのか?」

問われて、ディシーは大きく頷いた。

「はい、シャルルさんがいいです。シャルルさんこそ、私でもいいですか? たった百年で年老いちゃいますけど」

彼が照れくさそうに頬を掻く。

「ディシーの色々な姿を、俺も見たい」

重なった手が緩く握られて、彼がディシーに近付き、太く長い腕にそっと抱き締められる。

「『この鱗の輝きを一番近くで見ていてほしい』」

じわ、と目尻に涙が溜まる。

それは、リザードマンが求婚に応える時の言葉だ。

「俺の魔生で良ければ、百年、もらってくれ」

何度も頷きながら涙がこぼれた。

……魔族の人生って、魔生って言うんだね。

人族じゃなくて魔族だからかな、なんて思ったら笑いが漏れた。

同時にワッと周囲から歓声が上がり、ディシーと彼はあっという間に大勢に取り囲まれた。

そうして皆が声をかけてくる。

全員がほぼ同時に言ったのでよく聞き取れなかったけれど、誰もが笑顔を浮かべている。

何とか聞き取れた言葉は祝福するものだった。

……シャルルさんに受け入れてもらえたんだ。

涙を拭いて、ディシーは彼を見上げる。

「もらった百年は返却不可です!」

ディシーの言葉に彼が唸るように笑った。

「ああ、返されても受け取り不可だ」

それに、満面の笑みで抱き着いた。

* * * * *

終業後、ヴァランティーヌ=バルビエは休憩所にいた。

そこにはセレストとユイもいて、三人で、ディシーが来るのを待っていた。

ふう、と思わず吐いてしまった溜め息にヴァランティーヌは苦笑する。

……まさか娘の恋路を心配する日が来るなんてね。

ディシーを養子として引き取った時、全くそういうことを考えなかったわけではない。

ただ、もっと先の話だと思っていた。

ヴァランティーヌがディシーを引き取ってから、もうすぐ四年が経つ。

たった四年、されど四年。

娘はあっという間に成長し、心身共に大人になってしまった。

最初に引き取った時は小さな子供だった。

年のわりに小柄で、痩せていて、ユイの前ではお姉さんらしい振る舞いをしていたけれど、それでもヴァランティーヌからしてみれば頼りなく見えた。

両親を殺され、弟と引き離され、戦闘用奴隷にさせられて、だけどディシーは一度だって俯くことはなかった。

必死で前を向こうとする姿はどこか痛々しくて。

初めて家に連れて帰った日の夜、心配になって様子を確認しようと部屋に行けば、ディシーは声を押し殺して泣いていた。

エルフは耳が良いので、扉を開けなくても聞こえてしまった。

抱き締めてやることも出来ただろう。

だが、必死に声を殺して泣く気配を扉の向こうに感じた時、ヴァランティーヌはその扉を開けられなかった。

知られたくない。気付かれたくない。

そんな気持ちが伝わってきたから。

ヴァランティーヌはディシーが泣きやむまで、扉に背中を預けて、そこを動かなかった。

抱き締めてはやれないが、せめて近くにいてやりたい。

それから四年、ヴァランティーヌはそばでディシーの成長を見守った。

人間はエルフよりも寿命が短く、成長が早い。

毎日顔を合わせているのに、毎日、驚きの連続だった。

昨日は出来なかったことが今日は出来ている。

今日出来るようになったことが、翌日には更に上達し、日に日に大きくなっていく。

新しいことを知って、新しいことを覚えて。

ヴァランティーヌにとってディシーとの生活は何もかもが目新しく、そして楽しかった。

一緒に暮らしていく中で、ディシーは、ヴァランティーヌにとってかけがえのない存在になった。

子を生み、育てたことのないヴァランティーヌであったが、ディシーを引き取ったことで母親の喜びを知った。

可愛くて、世話焼きで、ちょっと口うるさいこともあって、でもそんなところもヴァランティーヌを気にかけているからこそと思うとやっぱり可愛くて。

子供の成長を見守ることは新人教育に似て。

けれど、それよりもずっと心が躍る。

ディシーを見ているだけで心が温かくなる。

「ディシー、大丈夫かな……」

ユイが呟きながら何度も訓練場のほうへ視線を向ける。

パッと見は分かり難いが、よくよく見れば、ユイはそわそわと落ち着かない様子である。

……この子もディシーを心配してくれている。

いや、ユイのほうがディシーとの付き合いが長いので、当然のことなのだろう。

セレストの下でユイが暮らし始めた時も、ディシーは自分だって慣れない生活を始めたばかりなのに、よくユイのことを心配していた。

「大丈夫ですよ、ユイ」

セレストがユイを宥めるように、その頭を撫でる。

「そう? シャルルさん、ディシーの気持ちを受け入れてくれるかな?」

「ええ、きっと」

ユイの言葉にセレストがしっかりと頷いた。

「同じ男から見て、シャルルは確実にディシーのことを好意的に思っています。リザードマンの習性から見ても、嫌っているということはありません。シャルルがあそこまで異性と親しくしている姿自体、初めて見ました。あれほど親しくしておいて、何も感じていないということはないでしょう」

それにはヴァランティーヌも同意見だった。

生真面目なシャルルはこれまで仕事上の付き合い以外で異性を近寄らせたことがない。

その外見のせいで異性が寄らなかったというのもあるが、シャルル自身、恋愛にあまり興味がないように見受けられたし、異性にも興味がなさそうだった。

そんなシャルルがディシーには近付くことを許している。

子供だった頃ならばいざ知らず、今はもう、ディシーは成人を迎えて大人となり、一人の女性である。

それはシャルルだって分かっているはずだ。

そしてヴァランティーヌはこの三月の間に気付いたことがある。

シャルルはディシーを目で追いかけている。

ディシーも同じようにシャルルを目で追い、二人は目が合うと、いつも穏やかに笑みを交わしていた。

「だから、我々は信じて待ちましょう」

セレストの言葉にユイが頷く。

そうして休憩所に来て一時間ほど経過した時、休憩所の出入り口に二つの影が姿を現した。

ディシーとシャルルだった。

笑顔の二人に、結果は訊くまでもない。

ユイがパッと駆け出した。

「ディシー!」

駆け出して、でも、直前でピタリと止まると、ユイはふわっとディシーを抱き締める。

「おめでとう!」

ユイの祝いの言葉にディシーが笑顔を浮かべた。

「ありがとう、ユイ」

ディシーがユイを抱き締め返し、そしてヴァランティーヌとセレストを見ると、親指を立てた。

「みんなのおかげで、無事、シャルルさんとお付き合いすることになりました!」

その屈託のない笑みにヴァランティーヌはホッとしつつも、どこか寂しい気持ちになったが、それを押し隠して笑う。

「おめでとう、ディシー、シャルル」

「二人共、おめでとうございます」

……まさか、シャルルが娘の彼氏になるとは。

このまま二人が付き合えば、やがては結婚し、夫婦になる。

五十年前に鍛えたリザードマンの青年が、まさか自分の娘と付き合って、いずれ義理の息子になるだなんて誰が想像出来ただろう。

……人生ってのは面白いもんだねえ。

照れた様子で頭を掻くシャルルと、その横でニコニコと嬉しそうにしているディシー。

その二人の手はしっかりと繋がれていた。

「ディシーを泣かせたら許さないからね」

近付いたヴァランティーヌの言葉にシャルルが背筋を伸ばし、頷いた。

「ああ、リザードマンの誇りにかけて、大切にすると誓う」

それはリザードマンが最も重要な約束を交わす時に使われる言葉だ。

シャルルがそう言った以上、リザードマンの戦士として、その約束を破ることはない。

約束を破ることはリザードマンの戦士の名を汚すことと同意義であり、己の名誉も汚すことになる。

戦士であることに誇りを持つリザードマンにとって、それは許されないことだ。

だからこそ、信用出来る言葉だった。

「それなら、いいよ」

娘(ディシー) が幸せなら、それでいい。

ヴァランティーヌは満足そうに笑って頷いた。

* * * * *