軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お泊まり(2)

「グラタン出来たよ〜」

ヴァランティーヌさんからセレストさんの幼少期について話を聞いていると、ディシーがひょこりと顔を覗かせた。

それでわたし達は話を終えることにした。

「こっちこっち」

入ってきたディシーに手を引かれてソファーから立ち上がり、廊下へ出て、隣の部屋に移動する。

そこは食堂のようで、出来立ての料理がテーブルに並んでいた。

四人がけのテーブルの一つの席に促されて座る。

ディシーとヴァランティーヌさんがわたしの向かい側に並んで腰掛けた。

「おや、今日はちょっと豪華だね」

グラタンを見たヴァランティーヌさんが笑う。

「ユイがいるからね!」

わたしも目の前の料理を見た。

サラダとスープが置いてある。

それから、テーブルの真ん中に大きなお皿があり、そこには湯気の立つグラタンがみっちりと入っている。

じゃがいもとチーズ、ソースの匂いがして、グラタンの上には刻んだベーコンが散らされて彩りが良い。

食事の前の挨拶を済ませてディシーが立つ。

「取り分けるね」

グラタン皿に大きなスプーンを入れると湯気が更にほわっと広がった。

取り分け用の皿にグラタンを分け、渡される。

すごくいい匂いは嗅いでいるだけでお腹が空いてくる。

全員分取り分けて、食事を始める。

まだ熱々のグラタンにスプーンを差し込み、一口分掬って、息を吹きかける。

それから食べた。

「!」

……美味しい!

熱くて、はふはふと息が漏れる。

ホクホクのじゃがいもにコンソメみたいな味もして、ミルクとバターの香りもする。

チーズとソースがじゃがいもと相性抜群で、上に振りかけられた黒胡椒の香りも良くて、刻まれたベーコンの塩気もほど良い。

中にはじゃがいもが敷き詰められており、パンがなくてもこれだけで充分お腹いっぱいになれそうだ。

「どう、美味しい?」

ディシーに訊かれて大きく頷いた。

「すごく美味しい……!」

セリーヌさんがよくグラタンを作ってくれるけれど、もしかしたらこのじゃがいものグラタンが一番好きかもしれない。

ディシーが嬉しそうに顔を緩めた。

「良かった〜!」

「まだあるから沢山食べてね」と言われて頷く。

サラダもシャキシャキしていて、酸味のあるドレッシングは食欲を増進させてくれる。

スープは玉ねぎが使われており、チーズとソースでまったりした口の中をスープでさっぱりさせてくれる。

つい黙々と食べてしまう。

ディシーとヴァランティーヌさんはお互いに今日あったことの話をしていて、その辺りはわたしとセレストさんと同じだなと思った。

特にディシーが受付で色々な人と接するからか、今日対応したことの中で面白かったことや困ったことなんかをヴァランティーヌさんに話して、ヴァランティーヌさんがそれに相槌を打ちながら聞いている。

その様子は確かに親子のようで、楽しげな二人にわたしは心底ホッとした。

ディシーもヴァランティーヌさんも、ちゃんと家族になれている。

それがただただ嬉しかった。

「ユイの仕事は変なことってなさそう」

話を振られて、考える。

「変なことはないけど、書類の書き間違えとか数字が違ってるとかは結構あるよ」

「そうなの?」

「大体は新人さんの書いたものだったり、数え間違いだったりだけどね」

そんな風に話をしながら夕食を食べる。

あんまりにも美味しくて食べすぎてしまった。

ちょっとお腹が苦しい。

片付けの手伝いをしようと思ったら、ヴァランティーヌさんが「アタシがやっておくから」と言われた。

「ユイは私と汚れ落しに行こう」

と、ディシーに言われて二階へ上がる。

一度、ディシーの部屋に着替えを取りに行く。

ディシーの部屋はカラフルで可愛い部屋だった。

ヌイグルミが置いてあり、色々な物が飾ってあって、絨毯やベッドの毛布はパッチワークみたいになっていた。

着替えを二人で用意すると一階へ戻る。

厨房の横が浴室らしく、そこへ入れば、淡い緑色のタイル張りで、ディシーが浴槽にお湯を張る。

「お湯が溜まるまでに体洗っちゃおう」

お互いに服を脱いで、何となく互いの体を見てしまう。

……うん、ディシーは胸が大きい。

あと傷は殆どなくなっていた。

奴隷だった時につけられた傷は、もうどれも消えていて、ディシーの体は綺麗だった。

「ユイの傷、残っちゃってるね……」

わたしの肩にディシーが触る。

ディシーと違って生まれた時から奴隷だったわたしは小さな頃から暴力を振るわれてきたし、長く戦闘用奴隷として訓練したり、戦ったりしてきたので傷が多かった。

かなり薄くなったものの、残っている傷跡もある。

「別に痛くないからいいよ」

それから二人で体を洗う。

お互いに背中を洗い合いながら、思い出すのは賭博場から救い出されてすぐの頃のことだった。

「あの頃から私もユイも成長したね」

ディシーの言葉に頷いた。

……まあ、体の成長はわたしのほうが遅いけど。

見下ろした自分の胸は膨らみが小さい。

身長も小さいし、もしかしたらわたしは成人してもあまり大きくはなれないのかもしれない。

セレストさんが長身だから、わたしももう少し背が高いほうが並んだ時に見劣りしないのだけれど、こればかりは仕方がない。

泡を流して、お湯の溜まった浴槽に二人で入る。

少しだけ狭かった。

でも、それだけわたし達が成長したのだと思うと、その狭さは嫌ではなかった。

体が温まるまで湯船に浸かった後、二人で浴室から出ると、その音を聞きつけてかヴァランティーヌさんが居間から顔を出した。

「飲み物用意しといたよ。こっちにおいで」

うん、と頷きかけて思い出す。

そういえばお菓子も持ってきたのだった。

ディシーの部屋に行って、お菓子を持って一階へ戻り、居間へ向かう。

「あの、これ、セレストさんがわたしを預かってくれるお礼にどうぞって言ってました」

綺麗な布に包まれたお菓子の箱にヴァランティーヌさんが苦笑する。

「こういうのはいいって言ったんだけどねえ」

「ありがとう」とそれでもヴァランティーヌさんは受け取ってくれた。

ご飯を食べたばかりなので、それは明日食べようという話になり、暖炉の火で暖かい居間でのんびりと過ごす。

「ねえ、ユイはユニヴェールさんとどこまで進んだの?」

ディシーの唐突な問いに、ごふ、とむせた。

咳き込んでいるわたしにディシーが慌てて駆け寄ってきて、背中をさすってくれる。

「ご、ごめん、そんなに驚くと思わなくて……」

ディシーにそういう質問をされたことに驚いた。

……いや、ディシーももう十五歳だし。

恋愛についても気になる年頃なのかもしれない。

何の前置きもなく訊かれて驚いただけだ。

「……あのね、わたしはまだ十四歳だよ。成人前のわたしに手を出したら、セレストさん、犯罪者になっちゃうよ」

成人前の子供に手を出すのは犯罪だ。

セレストさんもそれを弁えているし、そもそも、わたしのことを大事にしてくれているけれど、そこに恋愛感情があるのかははっきりしない。

頬や額にキスをくれるが、それは恋愛感情でなくとも、たとえば親愛とか家族愛でしてくれることもあるだろう。

……わたしは多分、恋愛感情で好きなのに。

顔が近付けばドキドキするし、セレストさんと触れ合えたら嬉しいし、セレストさんが笑顔でいてくれるとわたしも笑顔になれる。

「あんなにべったりしてるのに?」

「それは、してるけど……」

以前よりも確かにわたしとセレストさんは距離が近くなった。

番だと受け入れてから、くっついている時間も増えて、セレストさんもわたしをよく抱き締めたり膝の上に乗せたがる。

ディシーが横に座った。

「キスくらいはしてないの?」

ずずい、と前のめりに訊かれて困る。

「……………………してない」

わたしの言葉にディシーが「ええー!」と不満そうな声を上げる。

ヴァランティーヌさんが「ディシー」と窘めるように名前を呼んだ。

「そういうのは人それぞれ順序ってものがあるんだよ。早ければいいってもんじゃないのさ」

思わずヴァランティーヌさんの言葉に頷いた。

……セレストさんとキス、かあ……。

想像するだけで顔が熱くなる。

「ユイが成人するまで待っているんだろう」

「そっかぁ」

残念そうに身を引くディシーに小さく息を吐く。

……そういうのは、まだ早い、のだろうか?

でも、もう後一年少し経てばわたしも成人なのだから、恋愛のあれこれを知っておいてもいいとは思う。

「ユニヴェールさん、我慢してるんだね」

訂正、やっぱりわたしにはまだ早い。

いい笑顔でそう言ったディシーに、更に頬が熱くなったのは言うまでもない。

それから寝る時間になるまで三人でお喋りをして過ごしたのだった。

* * * * *

はあ、と息を吐いたセレストの肩をウィルジールが掴んだ。

パチパチと焚き火が小さく弾ける音と、他の警備隊員達の話し声が夜空の下に響いている。

「なんだよ、街を出てから溜め息多いな」

そのまま横に座ったウィルジールの言葉にセレストは「仕方ないでしょう」と返す。

「ユイと三日も離れ離れだなんて新手の拷問です」

ユイはそろそろ寝る時間だ。

今日からヴァランティーヌの家に預けられることになっているが、ユイのことが心配だ。

ヴァランティーヌを信用していないわけではない。

むしろ、信じているからこそユイを頼んだのだ。

それにヴァランティーヌのところには、ユイの親友であるディシーもいる。

家に一人で残すよりもずっといい。

ウィルジールが呆れた顔をする。

「そんなにか?」

セレストは頷いた。

「ええ、とても。それに不安を強く感じます」

ヴァランティーヌの下ならば何も問題ないと分かっているのに、ついつい心配してしまう。

きちんと食事は出来ただろうか。

他所の家で落ち着いて過ごせているだろうか。

寝不足になりはしないだろうか。

寂しがっていないだろうか。

そう思うセレスト自身も寂しさを感じている。

「まあ、まだ正式に番ったわけじゃないから、蜜月期には入ってないんだろ?」

「それはそうですが……」

「あと二日だ。ほら、番のいる街を守るためだと思えば、討伐もそう悪いことじゃないさ」

ウィルジールに背中を叩かれ、苦笑する。

それは分かっている。

セレスト自身もそう考えることで、今すぐにでも帰りたいという気持ちを抑えているのだ。

「何より、ヴァランティーヌのところにいるのが一番安心だろ。……あいつ強いし」

ウィルジールが少し不満そうに言う。

この破天荒の塊であり、竜王陛下の息子で、竜人の中でもかなり強いほうに位置するウィルジールですらヴァランティーヌと戦うと負ける回数のほうが多い。

純粋な力の差で言えばウィルジールのほうが強い。

しかし実戦では長く生きているからなのか、ヴァランティーヌのほうがウィルジールよりも強いのだ。

ウィルジールが勝てるのは正面切って戦った時だけである。

「そうですね」

セレストだってヴァランティーヌと戦えば勝率は低い。

「大丈夫だって。それよりあんまり気の抜けた戦いばっかりしてると班長に目をつけられるぞ? セス、昼間も少しぼーっとしてただろ? サンテール班長、見てたぞ」

「う、」

思わずといった風にセレストの口から声が漏れた。

彼らしくないそれにウィルジールが笑う。

セレストが所属する三班の班長・クロード=サンテールという男は癖のあるエルフである。

細身で、中性的な美しい顔立ちなのだが、少々自信家というか、己の美貌を誇りに思っている男なのだ。

そうして好んでいつも女性の格好をしている。

しかも老若男女関係なく、自分の美貌を自慢したがるのだ。

だが仕事は出来るし、街を守る気持ちは強いし、性根は優しい人なのだけれど、とにかく癖が強い。

所属当初よりセレストは班長が少し苦手であった。

「……明日はもっとしっかりします」

絡まれると色々と厄介な人物だ。

セレストの言葉にウィルジールも頷いた。

「あの班長、怒るとものすごく怖いしな」

……怒らせたことがあるのか。

そう訊く前に、セレストの肩を二度叩いてウィルジールは別の隊員のところへ向かっていった。

それを見送ってセレストは夜空を見上げた。

……おやすみなさい、ユイ。

あの班長が怒ったら確かに怖そうだと苦笑して、持っていたカップに口をつけた。

* * * * *

夜も深まった頃。

「そろそろ寝る時間だ」とヴァランティーヌさんに言われてディシーとわたしは眠ることにした。

ディシーのベッドをわたしも使わせてもらう。

客間もあるそうだけど、ディシーが「一緒に寝よう?」と誘ってくれたので、ディシーのベッドで並んで横になる。

こうして横に並んで寝るのは久しぶりだ。

奴隷の時はよく、くっついて眠っていた。

「ちょっと懐かしい。前はこうしてくっついて一緒に寝てたよね」

ディシーに抱き締められて、頷いた。

「冷たい床の上だったけど」

「そうだね、あの頃はこうやってまたベッドの上で寝られるなんて思ってなかったから、ヴァランティーヌさんの家に来た時はすごく落ち着かなかった」

くすくすとディシーが笑う。

「ユイも私も、いい人に引き取られたよね」

「うん」

ジッとディシーに見つめられる。

「……ユイはユニヴェールさん、好き?」

囁くような問いに頷いた。

「好き。大切な人だよ」

「良かった」

「ディシーは? ヴァランティーヌさん好き?」

ディシーもすぐに頷いた。

「うん、好き。大好きだよ」

「そっか、良かった」

顔を見合わせて、どちらからともなく笑う。

「でもね、私、ユイのことも大好きだよ。ユイは私の妹分だし、親友だし、大事な仲間なの」

ギュッと抱き締められて、ディシーの背中にわたしも腕を回して軽く力を込める。

「わたしもディシーのこと大好きだよ。ディシーはわたしのお姉ちゃんみたいな人で、親友で、大事な仲間。だからずっと元気でいてね」

ディシーが笑顔で強く頷いた。

「ユイも元気でいてね」

「それは大丈夫だと思う。セレストさん、すごくわたしのことに気を遣ってくれるから、もしわたしが体調崩したらセレストさんが大変なことなりそう」

「確かに」

こそこそと小声でディシーと話しながら笑う。

早く寝なければいけないのは分かっているけれど、つい話したくなってしまう。

しばらくディシーと話していると、ふあ、と欠伸が漏れた。

「もう寝よっか」

ディシーも小さく欠伸を噛み殺す。

「……うん、おやすみ、ディシー」

「おやすみ、ユイ」

抱き締め合ったまま目を閉じる。

ディシーの体温はあの頃と変わらず温かかった。