軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新しい使用人(2)

「……うん、そうかも」

空いている片手を頬に当てれば少し熱い。

きっとわたしは今、顔が赤いだろう。

「嬉しいです」

セレストさんが繋がっているわたしの手を少し持ち上げ、顔を寄せて、手の甲にキスされる。

そうして微笑みながらわたしを見上げてくる。

「その感情を忘れないでくださいね」

と、言われて首を傾げた。

「しっとだよ? いいの?」

「それだけユイが私を好いてくれているということですから、嫉妬していただけるのはとても嬉しいです」

「ユイは私が嫉妬するのは嫌ですか?」と訊かれて考える。

………………嫌じゃない、かも。

確かにセレストさんが言うように、嫉妬するということは、それだけセレストさんの気持ちがわたしにあるということで、つまりは愛情故に嫉妬するのだ。

だからわたしが異性に触れられるのを嫌う。

緊急事態だったとは言え、三ヶ月ほど前にあった馬車の暴走事故の時も、しばらくはべったりくっつかれた。

負傷者の手当てや容体の確認のために近付いたり触ったりしたため、セレストさんはそうと分かっていても、やはり異性の匂いがわたしからするのは嫌だったようだ。

シリルの時も手を握られて、告白されて、それに対してすごく怒っていた。

「ううん、イヤじゃないよ」

セレストさんは落ち着いていて大人っぽい人だから、むしろ嫉妬して怒ったり不機嫌になったりしたところを見るとちょっと可愛いと思ってしまう。

この人はそれだけ真剣にわたしのことを考えてくれているのだと分かるから。

「でも、これからも沢山しっとするかも」

この世界の人達は見目の良い人が多いから。

多分、わたしはセレストさんのそばに綺麗な女の人がいたら少なからず『嫌だな』と思ったり、少しモヤっとしたりするだろう。

……こういう好きはディシーやヴァランティーヌさんには感じない。

ディシーが大勢の人に囲まれて笑っている姿を見たら、嬉しいし、ディシーが受け入れられていることに安堵する。

だけどセレストさんが女性に囲まれていたらと想像すると全然嬉しくない。

わたしの 番(つがい) なのにと思ってしまう。

それはきっと、この気持ちが恋愛感情の好きだからだ。

セレストさんは自分のことを嫉妬深いって言うけれど、わたしも同じくらい、嫉妬深いかもしれない。

自分自身のことなのにビックリだ。

わたしの言葉にセレストさんが頷いた。

「いいですよ。沢山嫉妬してください。でもその時は何が嫌なのか教えてくださいね。どうしたらいいか一緒に考えて、ユイが嫌な気持ちにならないようにしましょう」

セレストさんはわたしを甘やかす天才だ。

* * * * *

その週の休日、わたし達は商人ギルドへ向かった。

週末だからか前回来た時よりも人が沢山いて、商人ギルドはとても賑やかである。

セレストさんと繋いだ手が握り直された。

それに握り返せば、セレストさんがゆっくりと歩き出して、一緒に受付へ行く。

受付には前回と同じくエルフの女性がいた。

わたし達を見るとニコリと微笑む。

「ようこそお越しくださいました、ユニヴェール様」

驚いて目を丸くするわたしを他所に、セレストさんは一つ頷いて声をかけた。

「条件に合う使用人が見つかったと連絡がありました。本日の五の鐘に来るように言われたのですが」

「はい、お話は伺っております」

エルフの女性が振り向き、後ろへ声をかけた。

すると、すぐに別の人が受付の外へ回ってわたし達のところへ来る。

「どうぞ、こちらへ」

案内してくれるその人はコボルト族だった。

声と服装からして多分女性だ。

クルクルもこもこした毛並みが可愛い。

……コボルト族って確か色々な種類がいるって本に書いてあったけど、この種類の人は初めてだ。

人というか魔族なのだけれど。

第二警備隊で見た種類のコボルト族とは違う。

前世で言うとトイプードルが一番見た目が近くて、トイプードルが二本足で立って歩いたらこんな感じだろう。

歩く度に左右に振られる尻尾も可愛い。

可愛らしいコボルト族の女性が通してくれたのは応接室の一つだったようで、ソファーとテーブルが置かれており、壁際には飾り棚などもあった。

そして、ソファーに一人、座っていた。

わたし達が入るとその人はすぐに立ち上がり、頭を下げた。

ややあって顔を上げたその女性と目が合う。

女性はふんわりと微笑んだ。

ここまでわたし達を案内してくれたコボルト族の女性に勧められてソファーに腰かければ、その女性も向かい側のソファーに座る。

「ユニヴェール様の条件に合った者の中から最もご希望に沿う者を選出させていただきました」

コボルト族の女性が持っていた書類をセレストさんに差し出し、それを受け取ったセレストさんはわたしにも見えるように手元を下げてくれる。

「こちらはレリア=ペリエと申します。種族は羊獣人、歳は八十二、既婚者で子育ての経験もございます。家事全般が得意です。料理屋の娘ですので料理の腕も高く、種族によって食べられないものも熟知しております」

説明を聞きながら女性を見る。

ふわっふわの髪に、頭の左右には丸まった角、その下にひょこりと耳がある。人間の年齢に当てはめると四十代前半くらいだろうか。おっとりした顔立ちと雰囲気をしている。

書類を見れば、四児の母親らしい。

息子二人は既に成人しており、娘二人ももう手を離れつつあり、子育ても落ち着いたのでまた働き出したいと考えているそうだ。

セレストさんがふむ、と書類を見た。

「出来れば私は長く働いて欲しいと考えています。それこそあなたの子や孫の代まで雇うことも考慮しています。ただ、番もいるため、ご子息達を雇うことは出来ません」

セレストさんの問いに女性がニコリと微笑む。

「はい、心得ております。二人いる娘のどちらか、または両方を雇っていただけるのは光栄なことでございます」

セレストさんが更に質問を重ねる。

「ご息女に番は?」

「どちらもまだです」

……それはちょっと……。

……いや、でも、獣人は竜人と同じくらい本能が強いから番に惹かれるんだっけ?

でも獣人は番以外と結婚することもある。

セレストさんが一瞬黙った。

「ご息女達の雇用は番を見つけるか、結婚してからとなりますが、それでも構いませんか?」

セレストさんの問いに女性は大きく頷いた。

「はい、もちろんです」

女性から敵意は感じない。

外見通りの穏やかでおっとりした気配の人だ。

「我が家には人間の使用人もいます」

女性の表情がパッと明るくなる。

「まあ、他にも使用人がいらっしゃるのですね。一人は少し寂しいと思っておりましたので嬉しいです」

それから更にいくつかの質問をして、セレストさんがわたしに訊いてくる。

「ユイはどうですか?」

わたしはそれに頷き返した。

「いい人だと思う」

敵意も感じないし、温和そうだし、既婚者で、セレストさんと話していてもセレストさんに見惚れるということも一切なく、料理の腕前も高い。

穏やかな性格はセリーヌさんとも合いそうだ。

ずっと手を繋いだままのわたしとセレストさんを微笑ましげに眺めている。

セリーヌさんもよくそういう顔をする。

「ありがとうございます」

たった一言なのに、わたしの言葉に嬉しそうに目尻を下げて微笑む女性は優しげだ。

「セレストさんがいいなら、いいよ」

この人なら雇ってもいいと思う。

わたしの言葉にセレストさんが頷いた。

「では、契約を結びたいと思います」

セレストさんが言って、女性が「ありがとうございます」と両手を合わせた。

「こちらが契約書類となります。ご確認いただけましたら、サインをお願いいたします」

控えていたコボルト族の女性が書類をセレストさんと、女性──……レリア=ペリエさんに渡した。

セレストさんもレリアさんも書類の内容を読んで確認する。

それから、セレストさんがわたしから手を離して、テーブルに置かれているペンを取り、サラサラとサインをした。

レリアさんも同じように向かい側で書類にサインをし、セレストさんとレリアさんとで書類を交換して、またそれぞれに書類の確認をし、サインする。

これで同じ内容の書類に双方のサインが出来たわけだ。

最後にまた書類を交換して、元の書類が戻ってくる。

この書類は双方でそれぞれ保管するらしい。

しかも最後に別の書類にもサインした。

これは仲介同意書というそうで、商人ギルドを介して雇い入れましたよと証明するものなのだとか。

もしもどちらかが契約書類に違反した場合は商人ギルドへ申し出れば、商人ギルドが間に入って話し合うこととなるため、それへの同意も含まれている。

「ペリエさんのご息女を雇い入れる際には、お手数ですがもう一度当ギルドに来ていただき、新しい契約を結ぶことになります」

「ええ、分かりました」

コボルトの女性の説明にセレストさんが頷く。

そして、セレストさんが仲介料を支払った。

それからセレストさんとレリアさんの間で話をして、準備期間に三日置くこととなった。

随分と早く終わったと感じたが、そもそも、お互いに条件を提示して、それに合った相手なので、何でもかんでも訊く必要はないのだろう。

「それでは四日後に来てください」

「はい、かしこまりました。この度は契約を結んでくださり、ありがとうございます。誠心誠意お仕えさせていただきます」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

と挨拶を交わし、セレストさんが立ち上がった。

わたしも立ち上がる。

コボルト族の女性は商人ギルド側の書類を小脇に抱えると、来た時と同じく扉を開けてくれた。

「皆様お疲れ様でした」

レリアさんが頭を下げて、セレストさんは一つ頷くとわたしと手を繋ぐ。

コボルト族の女性に案内されて部屋を出る。

最後に、顔を上げたレリアさんと目が合ったので小さく手を振ったら、嬉しそうに目を細めて振り返してくれた。

案内を受けて、商人ギルドのホールへ戻る。

「仲介ありがとうございました」

セレストさんの言葉にコボルト族の女性が多分微笑んだ。

「こちらこそ良い取引をさせていただきました。今後とも、よろしくお願いいたします」

これで今日の用事は終わりのようだ。

セレストさんと商人ギルドを出る。

休日だから通りは多くの人であふれていた。

近くの駅に行き、辻馬車を待って、それに乗る。

「良い使用人を見つけられましたね」

そう言ったセレストさんは満足そうだった。

わたしも頷き返す。

「やさしそうだった」

「そうですね。それに羊獣人は協調性もあり、一度の出産で子を一人か二人しか産めないので子供に愛情深い種類でもあります」

「子供を沢山うめないとあいじょう深くなるの?」

「一概には言えないのですが、多産の場合はもし何かあっても他の子供達がいます。しかし単産の場合はその子供しかいないので多産に比べて子供に過保護になることもあるのです」

言われて、なるほどと頷いた。

「協調性が高いのは? 種類によってちがうの?」

セレストさんが「そうです」と言う。

「ユイは羊を見たことはありませんよね? 羊は群れでいることを好みます。羊獣人も同様に他者と共にいることを好むので、自然と周囲と協調する傾向にあります」

種族辞典でも確かに獣人は種類によって性格や行動、食べ物の好みなど、色々と違うと書いてあった。

「そのような性格の者が羊獣人には多いため、使用人としての人気が高い種族なのです。その羊獣人を雇えたのですから、今回は運が良かったですね」

セレストさんがそう言うということは、かなり羊獣人は使用人として人気があり、受け入れやすい人々なのだろう。

「レリアさん、料理のうでも高いって言ってたね」

「ええ、そちらも楽しみです」

セリーヌさんの料理は大好きだ。

だけど、他の味も気にはなる。

料理屋さんの娘で、料理も上手くて、使用人としても良い人材であるなら言うことはない。

「あとは働いてもらってみて、合うか合わないかによって雇用の継続か解約か決めましょう」

一応、最初の一、二週間ならば契約を取りやめることも出来るそうだ。

たとえば働いてみて仕事内容が聞いていたものと違ったり、雇用主が被雇用者を虐げたり、そのようなことがあった場合に被雇用者から契約の取り消しを申し出ることもある。

そして被雇用者に何の落ち度もなければ契約はなかったことになり、雇用主の行いがあまりに悪意のあるものであれば、商人ギルドは仲介を行わないなどの措置を取る。

雇用主が被雇用者に暴力を振るうなどの犯罪行為があれば、当然、第二警備隊に通報される。

逆に被雇用者が何か悪事を働いた場合も、同様に雇用主が申し出れば契約を取りやめられる。

最初の一、二週間はお試し期間ということだ。

その間に何事もなければ契約完了となる。

「長くはたらいてくれるといいね」

セレストさんが微笑んだ。

「ええ、長く働いてくれると良いですね」