軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無属性の魔力(2)

* * * * *

もう二時間以上、治癒魔法を使っている。

命の危険のある重傷者はほぼ治療出来たのだが、それでも、まだ治療の必要な重傷者は大勢いる。

他の隊員達も必死に治療を続けた。

セレストも、もう既に魔力回復薬を二本飲み、魔力を無理に回復させて治療に当たっていた。

魔力回復薬は言うなれば増血剤のようなものだ。

本来ならばゆっくりと回復するべき魔力を薬によって強制的に増やし、それで使用出来るようにしている。

あまり沢山飲み過ぎれば体に悪影響が出る。

飲む量が四本を超えると薬が効きすぎて魔力過多になり、命の危険に晒されることもあるという。

だからよほどのことがなければ多量摂取はしない。

……だが、この状況では選んでいられない。

命の危険はないとは言っても、重い傷を負った人々は痛みと苦しみの中におり、下手をすれば悪化して死んでしまうこともある。

それに重傷者は動かせないため、ずっと道にいるため、街の人々も怪我人を見て不安を感じている。

一刻も早く治療しなければ。

「魔力回復薬、届きました!」

「ありがとうございます」

魔力回復薬を持って来ただろう隊員に振り返り、そして、その向こうに見慣れた小柄な姿を見つけて驚いた。

「ユイ?」

ユイが怪我人の様子を見たり、更に手当てをしたり、細々と動き回っている。

何故ここに、と思っていると魔力回復薬を持ってきた隊員がセレストの視線に気付いて「ああ」と振り返る。

「バルビエさんが『人手が要るだろう』って連れて来たんですよ。確か、バルビエさんとユニヴェールさんの養い子達ですよね? 手際が良くて助かってます」

見ていると、ユイとディシーはあちらこちらへ移動して動き回っている。

……そういえば二人は元戦闘用奴隷だった。

だから血を見ても平気なのだろう。

「そうですか……」

色々と思うところはあるけれど、今は人手はいくらあっても足りない状況なのでありがたい。

セレストは受け取った魔力回復薬の蓋を外し、一気にあおった。

「ユニヴェールさん、そんなに飲んで大丈夫ですか? 今、何本目ですか?」

心配そうに言われて苦笑する。

さすがに三本目になると少し胸焼けがした。

「これで三本目です」

「え、それはまずいですよ!」

慌てる隊員に空になった瓶を返す。

「緊急事態ですから」

それに竜人の体は強靭なので、三本までならそれほど問題はない。

気絶している負傷者に治癒魔法をかけながら辺りを見回した。

……まだ大勢残っている。

これだと四本目も必要かもしれない。

* * * * *

セレストさんが怪我人に治癒魔法をかけている。

馬車の暴走事故は想像以上に怪我人が多かった。

あちこち動き回りながら聞いた話によると、どうやら馬車が暴走して轢かれた人以外にも、その騒動で混乱して逃げ惑った人達が脇道などに殺到してドミノ倒しのように倒れてしまい、それによって更に負傷者が増えたのだとか。

それでも今のところ死者は二人ほどで済んでいるらしい。

その二人も暴走した馬車に乗っていた御者と、途中で轢かれた通行人だそうだ。

「誰か包帯を持って来てくれ!」

その声に急いでそこへ包帯を持っていく。

ここに到着してからずっと動き回っている。

ピリピリとした空気は相変わらずで、街の人々が不安そうに遠巻きにこちらを眺めている。

警備隊が立ち入り禁止にしているため、余計な人々が入ってくることがない。

「ああ、ありがとう!」

包帯を受け取った人が手当てを再開する。

その怪我人には赤とオレンジ色の判別紙がつけてあった。

重傷者だけど、命に別状はないらしい。

それでも足を骨折しているようで痛みに呻いている。

「もう少し頑張るんだ。治療士が来るからな」

隊員が声をかけながら手当てをする。

見回せば、離れた場所でセレストさんやレミさん達が怪我人に治癒魔法をかけている。

わたしが来た時に比べればだいぶ人数は減った。

動ける人々は近くの教会に移動して、そこの治療士達に治癒してもらっているそうだ。

さすがに今回派遣された人数だけでは怪我人全員を治療するのは難しい。

治癒魔法は傷が酷いと時間がかかるし魔力もかなり消費するそうだ。

先ほどセレストさんは魔力回復薬を飲んでいた。

何本目かは分からないけれど、追加で欲しがったということは一本目ではないだろう。

わたしも怪我人の様子を確認して回る。

もしも異変があればすぐに治療士に声をかけて、対応出来るようにしなければならない。

ヒュッという音にハッとする。

振り返れば、獣人の男性が痙攣を起こしている。

「セレストさん!!」

わたしが叫べばセレストさんがパッと振り向いた。

セレストさんが駆け寄ってくる。

わたしも駆け寄り、男性の衣類の前を広げ、もしも吐いてしまった時のために顔を横向きにさせる。

すぐにセレストさんが治癒魔法をかけ始めたからか、痙攣は治まっていったが、途中で治癒魔法が途切れてしまう。

見上げれば、セレストさんの額に汗が滲んでいた。

「っ、魔力回復薬を!」

セレストさんの声に、魔力回復薬を持ってきた隊員が顔色を悪くした。

「ダメですよ、四本目は危険です!」

「今治療しないと危険な状況なんです!」

「しかし……!」

四本目と聞いて呆然とした。

魔力回復薬は飲み過ぎれば毒となる。

大量に飲めば命の危険を伴うこともある。

……このまま四本目を飲ませていいの?

隊員が止めるということは、多分、四本目を飲むのはかなり危険なことなのだ。

けれど、横になっている獣人の男性は酷く顔色が悪く、呼吸も微かで、ぐったりとしている。

放っておいたら死んでしまうかもしれない。

……どうしたらいい?

魔力回復薬は魔力を回復させるための薬だ。

それはつまり、魔力さえあればいいのだ。

そう、セレストさんに魔力さえあれば……。

不意にヴァランティーヌさんの言葉を思い出した。

「無属性の魔力っていうのは、どの属性の色も持たない純粋な魔力ってことさ」

……純粋な魔力。

それなら、もしわたしの魔力をセレストさんに分け与えることが出来たなら……?

純粋な魔力だというのであれば、もしセレストさんにこれを受け渡した場合、血液みたいに混ざり合うのではないだろうか。

混ざり合って、セレストさんの魔力のほうがわたしの魔力を上手く取り込んでくれれば、もしかしたら……。

「セレストさん!」

セレストさんのローブを掴む。

「わたしの魔力、セレストさんにうつせる?!」

セレストさんと隊員が驚いた顔でわたしを見る。

「わたしはまほうは使えないけど、むぞくせいの魔力があるの。それをセレストさんにうつせないっ?」

それにハッとセレストさんが何かに気付いた表情を見せた。

「魔力譲渡? 多少効率は落ちるけれど、それなら──……」

「できるなら使って!」

セレストさんが頷き、わたしの手を握る。

「気持ち悪くなったり、体がだるくなったら言ってください。ユイの魔力をもらいます」

「わかった」

セレストさんが口を開く。

「『精霊よ、この声を聞き給え』」

ふわ、と光に包まれる。

「『セレスト=ユニヴェールが望む。我が 番(つがい) ユイの魔力を我が手に。この身の力に与え給え』」

セレストさんの詠唱と共にじんわりと体の内側が温かくなり、何かが体の中を移動して、繋がった手を通ってセレストさんに流れていくのが分かった。

……これが魔力?

温かなものが体の外へ流れ出る。

代わりに手足の先が少しずつ冷たくなっていく。

ふら、と体が揺れた。

「ユイ!」

セレストさんの慌てた言葉に頷き返す。

「だいじょうぶ」

セレストさんの手が離れ、光が収まった。

わたしは地面に座り込む。

少し、肌寒く感じる。

「ありがとうございます、ユイ。これなら治癒魔法を使えそうです」

セレストさんが治癒魔法の詠唱をする。

手を翳せば、倒れている獣人の男性を光が包み、段々と男性の顔色が良くなり、呼吸が正常になっていく。

それにホッとする。

光が収まる頃には、男性は穏やかに眠っていた。

「ユイ、大丈夫ですか?」

セレストさんに抱き寄せられる。

「うん、ちょっとだるいだけ。向こうで休んでるから、だいじょうぶ。セレストさんはちりょうを続けて」

セレストさんの背中を二度、軽く叩いて体を離す。

心配そうに見つめられたものの、わたしが頷き返せば、セレストさんの表情が変わった。

「分かりました。かなり魔力をもらったので、ユイは魔力回復薬を飲んでください。一本ではなく、半分だけですよ」

「うん、そうする」

立ち上がれば、様子を窺っていた隊員が魔力回復薬を一本くれた。

それを受け取って治療済みの人々がいるところへ下がる。

……うーん、なんかふわふわする。

まるで眠い時みたいだ。

それでも隅に移動して、魔力回復薬の蓋をキュポンと開ける。

鼻を寄せると薬らしい臭いがした。

一口飲むとやっぱり苦かった。

それでもちびちびと飲みながらセレストさんを見れば、わたしから譲渡した魔力のおかげか、どんどん治癒魔法をかけている。

……良かった、この分なら薬を飲まなくても済みそう。

もしまた必要ならもう一度魔力を譲渡すればいい。

魔力回復薬は二本くらいまでなら大丈夫だという。

わたしは体が小さいから、もしかしたら飲める量はもっと少ないかもしれないけれど、あと一回くらいは多分問題ないのではないだろうか。

「ユイ、大丈夫?」

ディシーに声をかけられて頷いた。

「へいき。でも、ちょっと寒いかも」

「じゃあ毛布持ってくるね」

そうしてディシーが毛布を持ってきて、羽織らせてくれたけれど、それでも寒かった。

心配そうに見られたが、もう一度「だいじょうぶ」と言えばディシーはこちらを気にしながらも離れていく。

手足をさすって寒さを誤魔化す。

……うん、やっぱり苦い。

でも魔力回復薬を半分ほど飲むと、冷えていた体が内側からじんわりと温かくなってくる。

魔力なんて気にしたことがなかったけれど、この温かさがどうやら魔力なのだろう。

でもそこそこの量の魔力が譲渡出来たらしい。

どうせわたしが持っていても仕方のないものだから、セレストさんがこうして使ってくれたほうが良いのだ。

大体落ち着いたのかヴァランティーヌさんが戻って来た。

毛布をかけているわたしに、おや、という顔をした。

「ユイ、どうしたんだい?」

近寄ってきたヴァランティーヌさんに答えた。

「セレストさんに魔力じょうとしました」

「魔力譲渡って……ああ、そういうことかい」

なるほど、とヴァランティーヌさんが頷いた。

「そういえばユイの魔力は無属性だったねぇ。それならセレストに魔力を移しても問題ないだろうね」

「もんだい?」

「人それぞれ魔力には属性があるって話をしただろう? 属性が正反対だったり、あまりに違うと、魔力の効率が悪くなるんだよ」

……そうなの?

わたしが目を丸くしているとヴァランティーヌさんが笑った。

「言ってみれば酒やジュースに余計なものを混ぜるようなもんさ。味の違いすぎるものだとまずくなる。まずければ精霊だって嫌がるよ」

そのたとえはとても分かりやすかった。

「ユイは無属性だから、水みたいなものだろうね。水で割ることで味は薄くなるけど、セレストがそもそも竜人で魔力が濃いだろうから、多少薄まってもそんなに効率は悪くないだろうし」

それに、やっぱり魔力を譲渡して良かったと思う。

あのままセレストさんが魔力回復薬を飲んで、体調を崩したらと考えたらゾッとする。

体に毒と分かっていても飲もうとするなんて。

責任感があるのは良いことだけど、もうちょっと自分の体を大事にしてほしい。

「あともう一回くらいなら、多分じょうとできる。まだ必要なら、魔力あげる」

「そうかい。でもセレスト以外に魔力譲渡はしないほうがいいよ。セレストが嫉妬するからね」

と、いうことだった。

「魔力譲渡ってのはよっぽど親しい間柄じゃないとしないものさ。それくらい魔法士にとって魔力は大事なものなんだ」

そうなんだ、とセレストさんを見る。

最後の怪我人の治療が終わったのか、わたしを探すように視線を一瞬巡らせて、わたしを見つけるとまっすぐに早足で歩いてくる。

「ユイ、具合は悪くありませんか?」

そばに膝をつくセレストさんに頷いた。

「うん、これ飲んだらよくなったよ」

半分ほど残った瓶を少し持ち上げて見せれば、セレストさんがホッとした様子でわたしの頭を撫でた。

「軽症者は治癒魔法をかける必要はないので、あとは負傷者を帰したり、後片付けをしたりするだけです。もう少しここで待っていてください」

それに頷けば、もう一度頭を撫でられる。

額にちゅ、とキスを落とされた。

「ユイのおかげで負傷者の治療が出来ました。ありがとうございます、助かりました」

思わず額を押さえてしまった。

……こんな人が多いところでしなくても……。

気恥ずかしいけれど、嫌じゃないから困る。

セレストさんは立ち上がると離れていった。

「ユイ、飲まないなら残りのそれ、もらってもいいかい? アタシもさすがに魔力を使いすぎたよ」

手元の瓶を指差されて、その存在を思い出す。

「飲みかけだけどいい?」

「ああ、構わないよ」

と、いうことでヴァランティーヌさんに残りを渡せば、ヴァランティーヌさんがそれを一気にあおった。

「相変わらずまずいねぇ」と苦笑するヴァランティーヌさんにわたしも頷いた。

薬だから仕方がないが、もう少し飲みやすい味のほうがいい。

セレストさんが仕事を終えるまで、わたしはそこで待つことにした。

少ししてディシーが戻ってきて、二人でくっついて待っていたけれど、ディシーが「良かったね」と言う。

「死んだ人、二人だけだって。こんな大きな事故だったのに少ないって他の人達が話してたよ」

「うん、そうだね」

亡くなった人達には悪いけれど、これだけ大勢の怪我人が出たのに亡くなったのが二人だけというのは奇跡的なことなのではないだろうか。