軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化

その日、仕事を終えて第二警備隊から家へ帰った後にセレストさんと話し合うことにした。

話す内容はもちろん、わたしの気持ちについてだ。

いつものように上着や荷物を部屋に置いてから、二階の居間に向かう。

でも、いつもと違ってセレストさんは揺り椅子ではなく、三人がけのソファーに腰掛けていた。

わたしが居間に入ると、セレストさんは自分の横を叩いて示す。

そこにわたしも座った。

セリーヌさんがすぐに来て、お茶の準備をすると、静々と部屋を出て行った。

シンと沈黙が落ちる。

「ユイ、改めて訊きますが、本当に良いのですか?」

セレストさんの問いに、手に持っていたグラスをテーブルに戻す。

「うん」

セレストさんを見上げながら頷けば、僅かに緑がかった金の瞳に見つめられる。

「竜人はとても嫉妬深い生き物です。ユイが私の番になることを認めてしまえば、きっと、私は二度とあなたを手放せなくなります。たとえ、あなたが他に好きな人が出来たとしても、私はあなたを縛りつけてしまうでしょう」

真剣な表情のセレストさんに頷いた。

あの本で読んだけれど、でも、それって別に竜人でなくともみんな同じようなものではないだろうか。

ただ、竜人は愛情深いだけで。

「いいよ。わたし、セレストさんいがい、たぶんすきにならないから、いいの」

セレストさんに手を伸ばす。

初めて、自分から触れるかもしれない。

セレストさんの顔を両手で包む。

「あのね、シリルに『すきだ』っていわれたとき、てをつかまれたとき、いちばんにおもいうかんだのはセレストさんだったよ」

覗き込めば、緑がかった金の瞳が揺れる。

「あのときもいったけど、わたしがてをつなぎたいのも、だきしめてほしいのも、こうやってさわりたいのも、いっしょにいたいのも、セレストさんだけなの」

初めて触れたセレストさんの頬は触り心地が良い。

それにわたしよりも温かい。

けれど、セレストさんが少しだけ俯いた。

「ディシーだってそうでしょう?」

その声がどこか拗ねたようなものだったから、わたしはちょっと驚いてしまった。

目を丸くしたわたしの前で、セレストさんが恥ずかしそうに視線を逸らす。

…………可愛い。

男性に可愛いというのは失礼かもしれないけれど。

こういうのがセレストさんなりの嫉妬なら、全然嫌じゃないと思った。

「ディシーもたしかにそうおもうときはあるけど、セレストさんのすきとはちがうよ」

確かにディシーのことは大好きだ。

姉のような、友達のような、大切な人。

一緒にいたいと思うし、手を繋いだり抱き締め合ったりすることもある。

だけど決定的に違うこともある。

わたしはソファーに膝をついて、セレストさんの顔に自分の顔を近付けた。

そうしてセレストさんの頬に唇を押し当てた。

……こういうの、初めてだけど恥ずかしい。

でも、ぽかんとした表情のセレストさんを見たら恥ずかしい気持ちよりも、してやったりという気持ちのほうが強くなる。

緑がかった金の瞳の中で、瞳孔がキュッと細まっているのが分かった。

「……こういうことはセレストさんだけ」

わたしの言葉にセレストさんがのろのろと手を上げて、わたしがキスした頬に触れた。

呆然としたセレストさんの目元が赤くなる。

「ディシーにもヴァランティーヌさんにもしないよ」

セレストさんがチラとわたしを見る。

「……うれしくない?」

訊けば、セレストさんが大きく息を吐いた。

「…………とても、嬉しいです」

そうしてセレストさんが微笑んだ。

まだほんのり目元が赤くなっている。

「……私は竜人で、ユイは人間です。寿命にかなり差がありますし、私は恐らく、とてもあなたに執着してしまいます」

セレストさんの言葉に頷いた。

「それでも、私の 番(つがい) となってくれますか……?」

わたしは今度は大きく頷いた。

「うん、わたし、セレストさんのつがいになる。わたしのじゅみょうはみじかいけど、そのあいだ、セレストさんといっしょにいてもいい?」

「っ、ええ、もちろんです。ずっと、私と一緒にいてください、ユイ」

そっと抱き寄せられる。

わたしはその背中に手を回した。

「ユイ」

セレストさんがわたしの名前を呼ぶ。

「竜人の執着は本当にすごいのですよ」

「引かないでくださいね」と囁かれて頷いた。

それがわたしへの愛情ならば、きっと大丈夫だ。

セレストさんの愛情が欲しい。

代わりに、わたしの人生をあげるから。

* * * * *

「なあ、なんかあったのか?」

第二警備隊の食堂でウィルジールは問うた。

グランツェールに帰ってきて一週間。

親友であるセレストとその番であるユイが、食堂の一角にいる。

二人が一緒にいるのはいつものことなので構わないのだけれど、問題は、二人の距離感だ。

セレストの真横にユイがいる。

それこそ体が触れ合う距離だ。

しかも、セレストがユイに食事を食べさせている。

食事を運んできたり、自分の食事を分け与えたりということは今までもしてきたものの、自らの手で食事を食べさせているところを見るのは初めてだった。

「実は、ユイが私の番になると言ってくれたのです」

セレストの言葉にウィルジールはなるほどと思う。

なかなか進展しなかったセレストとユイが、何をどうしたのか、急にその仲が深まったようだ。

……嬉しいけど、嬉しくないな。

親友を取られたという気分が強くなる。

別に、それでセレストがウィルジールから離れていくとか、友人関係ではなくなるとか、そういうわけではないのになんだか悔しい。

しかし幸せそうなセレストを見ると、ああ、良かったと安堵する気持ちもある。

ユイは何を考えているのか分からないところがあって、セレストのことをどう思っているのかウィルジールにもその気持ちを推し量ることは出来なかった。

もしかしたら別の男を好きになるかもしれない。

そういう不安もあったのだ。

セレストはユイの自由だと言っていたが、番を見つけた竜人達の様子を見る限り、いくら理性的な竜人であってもセレストにとって番に見向きもされないのは恐らくとてもつらいことだ。

だからこそ、そうならなくてホッとした。

「そっか、やっとそうなったか」

そのような気持ちを隠してウィルジールはニッと少しからかうように笑った。

「おめでとさん」

それにセレストが笑顔で頷いた。

ユイは少し恥ずかしそうだった。

悔しいけど、番には勝てない。

「なんかお祝い贈ろうか?」

竜人に限った話ではないが、番を得た時に、その二人に祝いの贈り物をするのが習わしである。

けれど、セレストが小さく首を振った。

「いえ、まだ 番(つが) ってはいませんので」

「え? あ、あー、それもそうか」

ウィルジールは納得した。

セレストがユイの頭を優しく撫でる。

「ええ、それはユイが十八歳になってからでも良いと思うのです。今はまだ、お互いを知って、それからでもいいかなと。ユイの気持ちが分かったので、私は今のところは満足しています」

竜人の番となるには必要なことがある。

竜人の首には逆鱗と呼ばれる鱗が実は一枚あり、普段は隠れているが、竜人はそれに触れられるのを酷く嫌う。

逆鱗は番を自分のものとするために必要なものだ。

見つけた番の体内に逆鱗を入れることで、鱗は番の一部となり、竜人との繋がりが出来るのだ。

どれだけ番と言っていても、逆鱗を渡せていない以上は正式な番にはなれない。

中には逆鱗さえ手に入ればその竜人の番になれると勘違いする者もいるが、それは正しくない。

竜人が本能で選び、自ら逆鱗を差し出した相手こそが、その竜人の番となる。

ちなみに一般的な逆鱗の受け入れ方は食べることだと言われている。

「それに逆鱗には魔力が多くありますから、まだ成長途中のユイに与えて、何か良くない影響が出ても困ります」

セレストの言葉に「そうだな」と頷く。

逆鱗にはその竜人の魔力が多く宿っている。

時折、逆鱗を口にした番が酔っ払ったようになる、という話もある。

子供のユイに与えたら魔力過多で具合を悪くする可能性もなくはない。

その点では、確かに十八歳くらいまで待って体が成長しきってからのほうが良いのだろう。

「ですから今はまだこのままでいいんです」

ニコニコと笑みを浮かべてセレストがユイの世話を焼いている。

……まあ、セスがいいなら、いいんだけど。

ぱくぱくとセレストの手から食事を食べるユイは、周りからの視線を全く気にしていなかった。

* * * * *

あれからわたしとセレストさんの関係は変わった。

変わったと言っても恋人同士になったとか、夫婦になったとか、そういうわけではない。

でも前よりもお互いの距離は近くなった。

セレストさんは以前に増してわたしに構うようになって、だけど、それがわたしは嬉しかった。

それと、セレストさんにあの本について訊くようになって、感じたのが、竜人の執着というか、求愛行動についてもかなり個人差があるということだった。

本に書かれていることは確かにある。

しかしセレストさんは比較的、内向的で、よほどのことがない限りは他者を攻撃しようとは思わないようだ。

家に帰り、居間の暖炉の前で寛ぐ。

これまでわたしは暖炉の前に敷かれた絨毯の上でゴロゴロしていたが、セレストさんの希望で、最近はセレストさんの膝の上が定位置になってきている。

セレストさんはとにかくわたしを猫可愛がりしたいらしい。

頭を撫でたり、髪を梳いたり、手を握ったり。

それから、頬や額にキスされることも。

触られることは増えたけれど、セレストさんの手つきはなんというか、本当に可愛いものを愛でる感じでいやらしさが一切ないのでわたしも好きにさせている。

……それもそうだよね。

わたしはもうすぐやっと十四歳なのだ。

さすがに欲情などしないだろう。

「セレストさん、わたしにたべさせるのすきだよね」

セレストさんがわたしの手元を覗き込む。

「そうですね、給餌行為は竜人の求愛行動の一つですから」

「でも、おくりものはあんまりしないよね?」

「ユイは宝石などに興味がないですからね。それに、要らないものをもらっても困るでしょう?」

「うん」

欲しいものを買ってもらえるならまだしも、毎日あれこれと贈られても困る。

わたしは必要なものだけあればいいのだ。

「その分、ユイのための貯金はしてあります。もしもユイが何か欲しいものを見つけた時は言ってくださいね」

セレストさんに言われて、もう一度頷いた。

「そういえば、ウィルジールさんとはなしてたげきりんってくびにあるやつ?」

見上げれば、セレストさんが頷いた。

「ええ、そうです、よく知っていますね」

「このほんにかいてあった」

竜人の首に一枚だけある鱗。

しかしパッと見た感じ、そのようなものはセレストさんの首に見受けられなかった。

まじまじと見ていればセレストさんが笑った。

「普段、鱗は表皮と一体化して隠れています」

「でも触れば分かりますよ」とセレストさんがわたしの手を取り、自分の首にわたしの手を当てた。

セレストさんの首の、喉仏の上辺りに少し周りと違って硬い部分があった。

指で輪郭を確かめると楕円形をしている。

すごく硬いというほどではない。

だが硬いような感触がある。

「さわったらとれない?」

うっかり取れたらと思うと手を引っ込めてしまう。

セレストさんが小さく笑った。

「大丈夫ですよ。かなり強い力でないと取れません」

本では、逆鱗は竜人にとってとても繊細な部分であり、それを触られたり、首を見せるのを嫌がったりするという。

……番は別なのかな?

「げきりん、どんなあじ? たべてもへいきなの?」

本には、竜人の番となるには逆鱗を受け入れることが必要と書いてあり、一般的に食べるのが多いとされていた。

ちょっと抵抗があると言ったらセレストさんは落ち込むだろうか?

……うーん、でも首の鱗だし。

そもそも鱗って食べられるものなのだろうか。

逆鱗は別物なのだろうか。

「母の話では砂糖菓子のように甘かったそうですよ」

「あじ、あるんだ? ふしぎ」

「確かに不思議ですね」

首を傾げたわたしにセレストさんがふふ、と笑う。

今のうちに食べる覚悟をしておいたほうがいいのかもしれないが。

「たべるのがいっぱんてきってかいてあったけど、そうじゃないほうほうもあるの?」

一般的という注釈がつくということは、他にも受け入れる方法があるのだと思う。

セレストさんがピタリと止まった。

首を傾げれば、セレストさんが苦笑する。

「一応、他にも方法はあります。でも、それは今のユイには出来ませんし、もしするとしても大人になってからになりますよ」

そう言って頭を撫でられる。

セレストさんはただ微笑んでいた。