軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王都への道(2)

午後はウィルジールさんの馬車に乗せてもらった。

たった二時間だけれど、思った以上に体は疲れていたようで、馬車の座席に座って、気付いたら眠ってしまっていた。

目が覚めたらセレストさんに寄りかかっていて、もう夕方だった。

休憩を一度挟んだらしいが、わたしはぐっすり眠っていたのでそのまま起こさずにいてくれたらしい。

それにちょっと驚いた。

戦闘用奴隷だった時は小さな物音がしてもすぐに起きたのに、ウィルジールさんとセレストさんが話していても、わたしは起きなかった。

……気が緩んでるのかな。

セレストさんのところで過ごすようになって、もしかしたら警戒心が薄くなったのかもしれない。

もっとしっかりしないと、と思う。

「疲れていたんですよ」

セレストさんはそう言っていたが、わたしは少しだけそれに不安を感じた。

……わたし、弱くなってるのかも。

戦闘用奴隷だった時は強さだけが全てだった。

だけど今はそうではない。

セレストさんや周りの大人に守ってもらって、わたしは命の危険に晒されることはなくなった。

体を動かす機会も減って、本当に弱くなっていたらどうしようと落ち着かない気持ちになる。

使節団は夕方、日が大分傾いた頃、山の麓より少し平原側にある村に泊まるそうだ。

そこそこ大きな村で、グランツェールへの通行路の途中にあるためか、大きな宿もあるらしく、わたしとセレストさんも泊まることが出来た。

でも、騎士達も含めて大勢が泊まるため、セレストさんとわたしは同じ部屋に泊まることになった。

部屋は六畳ほどで、ベッドが二つあって、小さなテーブルがベッドの間にあるだけの簡素な部屋だった。

夕食は一階で食べることになっている。

「夕食までまだ時間がありますから、ユイは休んでいていいですよ」

ベッドに座って室内を見回しているとセレストさんにそう言われた。

「おきてる。ねむくない」

「そうですか。……痛いところはありませんか?」

そう訊かれて、一瞬お尻の痛みを思い出した。

もぞ、と動くとセレストさんがわたしのところへ来て、膝をつくと、わたしへ掌を向けた。

「『この者を癒せ、ヒール』」

ふわっと淡い緑の光に包まれる。

体が軽くなって、お尻の痛みが引いた。

驚いてお尻を触る。痛くない。

セレストさんが微笑んだ。

「他に痛いところはありますか?」

「ないよ。セレストさん、ありがとう」

これが治癒魔法なのか、と驚いた。

前世の医療とは全然違う。

魔法で傷が癒えてしまうなんて不思議だ。

「どういたしまして」

立ち上がったセレストさんに頭を撫でられた。

「そうだ、今のうちに体の汚れを落としておきましょうか。タライを借りられるか訊いてきますね」

「少し待っていてください」と言ってセレストさんは部屋を出て行った。

扉が閉まり、足音が遠ざかってから、わたしはこっそり服の隙間からお尻を確認した。

……赤みもなくなってる。

ついさっきまでは少し熱を持って痛んでいたお尻だが、今は普段通りで、全く痛みもない。

治癒魔法は怪我に効く魔法だとは聞いていたけれど、実際に受けたのは初めてだ。

本当はセレストさんに出会った時に治癒魔法をかけてもらったそうだが、その時のことは覚えていない。

だからわたしにとっては今回が初めてと言っても間違いではないだろう。

ただ、治癒魔法は病気や生まれ持った障害には効果がないのだとか。

それに誰もが魔法を使えるわけではないため、医術や薬学もそれなりに進んでいるらしい。

ベッドに座り直しながら考える。

怪我には効くけど病気には効かないって、便利だけど不便でもある気がする。

……でも良かった。

今立ち上がってみたが足にも力が入る。

これなら夕食の時までセレストさんに抱えてもらう必要はなさそうだ。

コンコンと扉が叩かれ、一瞬身構えたが、向こうから「入りますよ」とセレストさんの声がしたので警戒を解く。

セレストさんが扉を開けて入って来た。

その手にはやたら大きなタライがあった。

「湯を張りますから、汚れを落としてください」

部屋の隅にタライを置き、セレストさんが魔法の詠唱を口にすると、湯気の立つお湯がざぶんとその中に現れた。

そこに手を入れて温度を確認した後、セレストさんは立ち上がって窓のカーテンを閉めた。

「私は廊下にいます。あまりお湯をこぼさないようにしてくださいね。……ああ、体や髪を拭く時はこれを使ってください」

荷物から出したタオルを渡された。

「旅の間は軽く汗を流すくらいしか出来ませんが……」

申し訳なさそうに言われて首を振る。

「ううん、ありがとう。あせながせるの、うれしい」

「外にいるので何かあれば声をかけてください」

そう言ってセレストさんは出て行った。

……そっか、お風呂はないんだ。

セレストさんの家ではお風呂があったけれど、それは街だからで、こういう村になるとそういう設備はないのかもしれない。

靴を脱いで、服や下着も脱ぐ。

部屋の中で裸になるのは落ち着かないものの、カーテンは閉めてあるし、廊下にはセレストさんがいる。

タライに近付いて、まず手を入れてみた。

丁度いい温度のお湯だった。

……えっと、お湯をこぼしたらダメなんだっけ。

ちょっと考えてから、先に髪を洗うことにした。

長い髪だったら諦めたけど、わたしの髪はそこまで長くないので、タライに頭を突っ込めば洗えるだろう。

変な格好になるが仕方がない。

膝をついてタライに頭を入れて髪を洗う。

石鹸はないし、あっても使えないので、軽く洗ったら髪の水気を絞って、それから湯に静かに入る。

深いタライだが、座るとお湯はへそより少し上くらいまでしかないため、周りに跳ねないように気を付けながら肩や膝にお湯をかける。

夏で良かった。冬だときっと寒い。

お湯をかけつつ、掌で体をこする。

ついでに顔も洗って、汚れを落としたらタライの中で立ち上がって、タオルで上から順に拭いていく。

最後に足を拭いてタライから出た。

とりあえず髪を乾かすのは後にして、さっさと新しい下着と服を着る。

顔に化粧水を塗り、頭にタオルを乗せたまま、部屋の扉を開けた。

「セレストさん」

扉を開ければセレストさんが壁に寄りかかっていた。

わたしを見て驚いた顔をする。

「もう出たのですか? もっとゆっくり入っていて良かったのですよ?」

「ゆっくりはいった」

「それなら良いのですが……。髪が濡れたままですね。乾かしましょうか」

セレストさんに促されて部屋に戻る。

ベッドに座り、その横にセレストさんも座って、わたしの頭からタオルを外した。

それから魔法の詠唱をしてわたしの髪を手で撫でるように梳いていく。その手から温かな風が吹き、髪を乾かしてもらう。

前世のドライヤーより静かでいい。

頭を撫でる手が心地良い。

「街の外はどうでしたか?」

セレストさんの声がする。

「もり、ひろい。へいげんも、ひろい。きれい。たくさんのにおいする。おともする。せかいはひろい」

「そうですね、世界は広いです。ユイがどんな音を聞いて、どんな匂いを感じたか、教えてくれますか?」

「うん」

髪を乾かしてもらいながら今日の話をする。

森の木々の多さ、隙間から見える空の狭さ、木の大きさにざらりとした感触、枝葉のこすれる音、鳥や小動物の立てる音や鳴き声、雨の後みたいな湿度のある森の匂い。馬が走る揺れ、体に響く足音、駆け抜ける風と疾走感。平原に出た時の開放感。草を撫でる風の波に、ザァッと吹く風の音。それからお尻の痛み。

頭を撫でる手が心地良くて、話さなくてもいいことまで気付けば話してしまっていた。

セレストさんは相槌を打ちながらわたしの話を遮ることなく聞いてくれた。

「今日は沢山のことを知れて良かったですね」

その言葉に頷いた。

思った以上に長く話していたようで、部屋の扉が叩かれた。

外から「俺だ」とウィルジールさんの声がした。

セレストさんがベッドから立ち上がって向かい、扉を開ける。

「食事しに行こうぜ」

ニコルさんを伴ったウィルジールさんがいた。

わたしもブーツをきちんと履き直して立ち上がる。

セレストさんが振り返り、わたしを見て、それから「そうですね」と言った。

ウィルジールさんはマントと上着を脱いでいて、パッと見は騎士の一人に見えなくもない。

ニコルさんはマントだけ外していた。

「ユイ、食事は出来そうですか?」

訊かれて首を傾げた。

「? うん、おなかすいた」

「では食事に行きましょうか」

差し出されたセレストさんの手に、自分の手を重ねる。

廊下へ出て、セレストさんは部屋に鍵をかけた。

廊下はもう薄暗く、壁にかけられたランタンには火が灯されて、黄色い光が廊下を照らしている。

「疲れていると空腹を感じなかったり、体が食事を摂るのを嫌がることもあるので。食欲があるのは良いことです」

なるほど、とセレストさんの説明に頷いた。

午前中の乗馬で疲れたけれど、午後は馬車の中でぐっすり眠ったし、先ほど治癒魔法をかけてもらったおかげか体は軽いし痛くない。

セレストさんに手を引かれ、ウィルジールさんとニコルさんと四人で一階へと下りた。

この宿は使節団で貸切りにしているようで、廊下ですれ違う人も、一階の酒場兼食堂だというところにいる人達も騎士ばかりだった。

「俺は別の席にいるけど、何かあれば声をかけてくれ」

ウィルジールさんは前任の使者と食事を共にするので、わたし達とは一緒に食べられないとのことだった。

ニコルさんもそこに同席するそうだ。

離れた席にウィルジールさんが向かう。

そこには騎士達とは違う格好の、背の低い、けれどがっしりした体型の男性と獣人の男性がいた。

どちらかが恐らく前任の使者なのだろう。

わたしとセレストさんは一番端の席に着いた。

他のテーブルでも騎士達が食事をしていて、結構賑やかで、でもうるさいほどではない。

席に着くと、わたしより少し歳上くらいの女の子が近付いて来た。

「こんばんは、お食事にされますか?」

女の子の問いにセレストさんが頷いた。

「ええ、食事を二人分ください。それから、肉料理があると嬉しいのですが……」

「あります! 今日獲ったばかりのイノシシなんですよ。えっと、香辛料をつけて焼いたものとお鍋で煮たものと、どちらがいいですか?」

「では焼いたものを二人分で。飲み物は水と、何か料理に合う酒をお願いします」

「分かりました!」

女の子がニコッと笑うと厨房へ戻っていった。

席に座ったまま周りを見回す。

「みんな、おなじのたべてる?」

「ええ」とセレストさんが頷いた。

「こういう村の宿では決まった料理を出すんですよ。街の食事処と違って、村では得られる食材の種類が限られていますし、大勢の人が食べる食事なら同じものを沢山作ったほうが負担が少ないですからね」

「そっか」

言われてみれば確かにそうだ。

これだけの人数の料理を一人一人別々に作っていたらかなり時間もかかるし、大変だろう。

前世の台所とは事情が違う。

出す料理を決めて、それを大量に作っておいて、食事をしたい人に出したほうが労力も少ないしすぐに出せる。

グランツェールに近い村と言っても馬で一日はかかる距離だ。

もし購入するにしても、きっと買える食材は日持ちのするものに限られてしまうだろう。

乾燥した香辛料などはともかく、野菜や肉といった生鮮食品は持って来られたとしても冷蔵庫のないこの世界では長期間の保存は難しいはずだ。

そんなことを考えていると女の子がやって来る。

「お待たせしましたー!」

テーブルの上へ料理が並べられる。

黒くて固そうなパンらしきものに、野菜たっぷりのスープはミルク色でいい匂いがする。チーズが別のお皿に乗せてある。それから平皿に大きな焼いた肉が一枚ドンと載っている。肉の存在感がすごい。

女の子は二往復してわたしとセレストさんの料理と飲み物を運んでくれた。

「お酒は赤レザンを使ったものです。お肉によく合うそうです。ごゆっくりどうぞ!」

女の子はぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます」

「ありがとう、ございます」

セレストさんとわたしとでお礼を言えば、女の子は笑顔を浮かべて頷くと戻っていった。

…………さて。

食事へ顔を戻す。

セレストさんがナイフとフォークでさっそく肉を食べやすく切り分け始めた。

「ユイも少しは肉を食べましょうね」

そう言って、セレストさんはわたしのチーズを一旦自分のお皿に移して、空いたそのお皿に肉を分けた。

これくらいなら全部食べ切れそうだ。

セレストさんに頷き返す。

とりあえずパンだろうものを手に取ってみる。

いつも食べているものよりずっと硬くて、匂いを嗅いでみると結構香ばしい。

……このままかじりつけばいいのかな。

試しに一口かじってみる。思った通り硬い。食べられないほどではない硬さだけど、何枚も食べるのはちょっとつらいかもしれない。

奴隷の時にはカビたパンや似たような黒っぽいパンも食べたけど、それでも、これほど硬くはなかった。

セレストさんに名前を呼ばれる。

「ユイ、パンはスープに浸すといいですよ」

セレストさんが自分のスープにパンを入れた。

わたしも真似して浸してみる。

パン自体はそれほど大きくはないが、食べ切れないと困るので二枚スープへ入れ、スプーンで押し込む。

そうするとセレストさんがチーズをナイフで薄く切って、わたしのスープの上に乗せ、いつもの小さな火魔法で上にあるチーズを溶かした。

……美味しそう。

「柔らかくなったところから食べてくださいね」

「うん」

スプーンでつついてみたが、まだ硬い。

先にお肉を食べよう。

水を一口飲んでからフォークを持ち、一口大に切り分けられた肉の一欠片に刺して口に運ぶ。

ハーブか何かの香辛料の匂いが口の中に広がった。

肉を噛むと、肉汁があふれ、少しくせのある旨味がして、でも香辛料のおかげでくせはあまり気にならない。

塩味が少し強いけれど、とても美味しい。

セレストさんも肉を食べる。

「なかなか美味しいですね」

それにわたしも頷いた。