軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

保護(1)

次に目を覚ますと、見慣れた顔がこちらを覗き込んできていた。

「……ジュ、ナナ、バ、ン」

声をかければ十七番に倒れるように抱き着かれた。

「八番、良かった……!」

ちょっと苦しいけれど、それでも、その重みが十七番の生きている重みだと思うとちっともつらくない。

抱き締めてくる十七番の背中に手を回す。

色々と言いたいことがあるのに言葉が出てこない。

とにかく、わたしも十七番が生きていて良かったという気持ちを込めて抱き締め返した。

「ジュ、ナ、ナ、バン、い、きて、る、よ、か、た」

何とかそう返すと十七番がガバリと起き上がる。

「全然良くない! セレストさんって人から聞いたんだからね! 八番、死んじゃうところだったんだよ?!」

そう言って顔を上げた十七番は泣いていた。

どうしてか、それを見た途端にぶわっと胸から何かが込み上げてきて、気付けばわたしも泣き出していた。

八番が泣いたのはもう随分と前のことだった。

暴力を振るわれて、怖くて、痛くて、昔はよく泣いていたものの、そのうち何も感じなくなって泣かなくなった。

けれども、今のわたしは八番であって前世のわたしでもある。

同時に今までの八番ではなく、前世のわたしでもない、両方の記憶と感情を持ったわたしが生まれたようなものだ。

だからなのか、これまで抑えてきた八番の感情が一気にあふれてくる。

十七番が驚いた顔をする。

十七番と出会ってからの二年間、わたしは彼女の前で泣いたことは一度もなかったから。

「……なんだ、八番、泣けるんだね」

嬉しそうに十七番が言う。

一度死んだからって死ぬのが怖くない、なんてことはなくて。

今になって死の恐怖が押し寄せて来て。

でも、それ以上に十七番が生きてることが嬉しかった。

……ああ、そうだ。

この湧き上がる気持ちは『喜び』なんだ。

八番が今まで感じたことのない感情。

これまで分からなかった感情。

「お、ね、ちゃ」

十七番がまた驚いて、泣きながら笑った。

「なぁに?」

「お、ねえ、ちゃ」

「うん」

「お、ねえ、ちゃ、ん」

これまで八番は十七番を姉と呼んだことはない。

姉という言葉の意味も分からなかった。

しかし今のわたしなら、その意味が分かる。

……きっと、十七番は呼ばれたかったんだ。

八番(わたし) を妹のように可愛がってくれた。

起き上がって、今度はわたしの方から腕を伸ばして抱き締めた。

殆ど喋ることがなかったせいか、頭で考えられても、それを言葉に上手く表現出来ない。

喋ろうとするとブツブツに切れてしまう。

「そうだよ、八番、お姉ちゃんだよ……!」

ギュッと痛いくらいに抱き締められる。

その温もりが心地好かった。

しばらくお互いに抱き締め合っていると、コンコンと軽い音が響き渡った。

ややあってガチャリと音がする。

多分、扉の開く音だ。

微かにゴロゴロと何か重たい物が転がるような音がして、カーテンが揺れ、青が飛び込んでくる。

「失礼します」

わたし達を見て、その人は微笑んだ。

「ああ、丁度良かった。食事を持って来ましたよ」

その人は先ほどの男性だった。

カーテンを大きく開けて、ゴロゴロとした音と共に車輪の付いた棚みたいなサービスワゴンが入ってくる。

ふわ、といい匂いが漂って来た。

十七番は男性に「食べるならベッドに戻りましょうね」と言われて、隣のベッドにいそいそと戻っていった。

その間に男性がわたしのいるベッドの足元に来ると、足元の柵の内側から取っ手を掴んで木の板を引っ張り出して、それを左右の柵の上に乗せてわたしの方へ滑らせた。

それは簡易のテーブルだった。

十七番の方も同じようにテーブルを出す。

その後、テーブルに食事が置かれた。

…………美味しそう。

綺麗なキツネ色に焼けた大きな丸パンに、たっぷりの野菜に肉も入ったスープ、食べやすく切られたチーズとハムがついて、飲み物は多分、温めたミルク。

八番の人生で一番のご馳走だ。

まじまじと目の前の食べ物を見る。

前世に比べたら豪華というほどではない。

でも、八番にとっては初めてのご馳走だ。

「スープは熱いので、ゆっくり食べてくださいね」

どうぞ、と手で示されて、思わず十七番と顔を見合わせる。

……食べていいんだよね?

恐る恐るパンに手を伸ばす。

パンはまだほんのり温かい。

ふわふわで、千切ると少しもっちりしている。

かじりつくとほんのり甘い香りと味がした。

甘さは恐らくバターだと思う。

「……!」

気付けば無心でパンにかじりついていた。

男性はニコニコした様子で椅子に座っていて、目が合うと「美味しいですか?」と訊かれて何度も頷いた。

八番がこれまで口にしてきたのは保存のために硬く焼き締められたガチガチの黒パンに、野菜クズが僅かに入った薄い塩味のスープ、そして、勝負に勝った時にだけ一切れか二切れほどもらえるチーズか肉の端切れ。どれも全部冷たかった。

肉やチーズは滅多に口に出来ないものだ。

それが当たり前のように入っている。

口いっぱいに詰まったパンに、慌ててコップを掴んで中のミルクらしきものを流し入れると、それもほのかに甘みがついていた。

次にスープの器を持って口をつける。

鼻先をくすぐる美味しそうな匂いと熱気に一瞬止まった。そういえば熱いと言っていた。

少しだけ傾けて口に含む。

……熱い。けど、美味しい……。

八番が生まれて初めて『熱い』という言葉の意味と熱を知った。

これは器から直に食べるべきではない。

スプーンを握ったものの、どうしてか上手く握って食べられない。

…………八番に引っ張られてる?

頭で分かっていても、体が追いつかない感じだ。

悪戦苦闘していると男性が立ち上がった。

ビク、と体が反応する。

「大丈夫、少し、触りますね」

男性がわたしの横に座ると、手が伸びて、スプーンを持つわたしの手に触れた。

「こうやって持って、こうして食べると、食べやすいですよ」

男性がわたしのスプーンの持ち方を正して、手を添えたままスープを掬う仕草をして、ふー、ふー、とスプーンに息を吹きかける仕草をしてからわたしの口元にゆっくりスプーンを持ってくる。

わたしを驚かせないためかそっと手が離れた。

今度はきちんとスプーンを持つことが出来て、わたしは慎重にスープをスプーンで掬って、同じように息を吹きかけてから口へ運ぶ。今度は食べられた。

スープは野菜と肉の旨味がたっぷり染み出て美味しく、でも野菜は少しシャキシャキしていて、小さく切られた肉は柔らかい。

……そういえば、チーズがあった。

思い出して手を止める。

スプーンを置いて、今度はフォークを握る。

まだ横にいた男性がもう一度正しい持ち方を教えてくれたので、それでチーズを突き刺した。

まず一口かじる。これも美味しい。

チーズをかじりつつ、パンを取って、交互に食べ進めていく。

ハムも食べてみたが、こちらは結構塩気と脂が強い。

あれもこれもと手を伸ばしたものの、半分どころか三分の一も食べ切れないうちに満腹感で手が進まなくなってしまった。

「もうお腹いっぱいですか?」

訊かれて頷く。

全部食べ切りたいけれど無理そうだった。

「そうですか……。では下げますね」

言って、食事が残った食器が下げられる。

よほど未練がましく見てしまっていたようで、男性が小さく苦笑した。

「明日の朝も食事は出ますよ。だから今は無理に食べる必要はありません」

その言葉に十七番が反応した。

「あ、明日もこんなに食べられるんですかっ?」

男性が頷く。

「ええ、出ますよ。朝、昼、夜と三食あります」

「三食も?!」

「はい、ですから食べられる分だけ食べてください」

これまでは一日一食だった。

負けた時は食事を抜かれることもあった。

それが、ここでは三食も食べられる。

…………だけどやっぱり、もっと食べたい。

もう満腹なのに目が離せない。

ジッと見ていると、男性がわたしのベッド横の棚の引き出しを開け、そこから厚手の荒そうな茶色の紙を取り出した。

残ったパンの一欠片を紙に包んで、わたしの手に握らせた。

「後で、お腹が空いたら食べてください。でも放っておくと傷んでしまうので今日中に食べてくださいね」

男性は十七番にも同じようにしてくれた。

手の中の紙からいい匂いがする。

思わず男性を見上げれば小首を傾げられる。

「……ぁ」

上手く言葉が出てこない。

この人の名前は、セレスト。

セレスト=ユニヴェール。

わたしに敵意がない人。

「せ、れす、と、さ、ん、」

男性が目を丸くする。

ユニヴェールさん、では多分言えない。

だから短い方で呼んだ。

「ぁり、が、と……」

噛み噛みだったけど、言えた。

見上げた先の金の瞳がふっと細められた。

「……どういたしまして」

微笑んだその人はとても嬉しそうだった。

それから「食器を片付けてきますね」と言って、男性──……セレストさんはワゴンを押して出て行った。

……美形の笑顔って心臓に悪い。

胸に手を当てていると、隣のベッドから十七番が移動してこちらのベッドに入って来る。

「食事、美味しかったね!」

十七番の言葉に頷いた。

「ふかふかのベッドにあったかい毛布、美味しくてあったかい食事! 村にいた時よりも食事が豪華だった!」

十七番のいた村はあまり裕福ではなかったらしい。

食べるのには困らなかったけれど、肉はそう頻繁に食べられず、獲物を捕まえられても村の全員で分け合うから、食べることが出来ても一切れ程度だったそうだ。

パンも、賭博場ほどではないが、やはり黒パンを食べていたので十七番もあの丸パンは初めてだったようだ。

「あんなふわふわのパン、初めて食べたね」

それにもう一度頷いた。

前世のパンに近いものだった。

ふわふわで、小麦の香ばしい匂いがして。

黒パンの歯が折れそうなくらい硬くて、焦げて苦くて、たまにカビ臭いのとは大違いだ。

棚の上に置いた紙の中にはそのパンがある。

後で、お腹に空きが出来たら食べよう。

「さっきの、セレストさんって人、怖くないね」

もう一回頷いた。

「て、きい、なぃ」

「そっか、八番がそう言うならそうなんだね」

十七番が口に手を当てて、声を小さくして、わたしの耳元で喋る。

「あのね、私、あの時、見えなかったけど聞こえてたんだ。さっきのセレストさんは八番を助けてくれた人だよ」

言われて、ああ、とすぐに納得した。

最初に目を覚ました時も、セレストさんの声を聞いた時に聞き覚えがあって、それで自分が死にかけたことを思い出した。

……あの必死な声は彼だったのか。

あの声のおかげでわたしは生きて帰って来られたのかもしれない。

「警備隊の人らしいけど、多分いい人だよ。私が起きた時も丁寧に説明してくれたし。……あ、八番も聞いた?」

こくりと頷いた。

「……意味分かった?」

今度は首を振ると、十七番が「そうだよね」と笑った。

それから十七番は分かりやすく教えてくれた。

わたし達がいるのはグランツェールという名前のそこそこ大きな街で、わたし達が元々いたのは違法な賭博場で、そこでは人間を戦わせて賭けの対象にしていたこと。

そこにグランツェールの治安を守っている警備隊の一つが摘発して、わたし達奴隷の主人やそこで働いていた者達が捕まったこと。

わたし達は警備隊に保護されたこと。

「八番は知らないだろうけど、人間は数が少ないから、本当は見つけたら保護──……えっと、人間以外は守ってあげなくちゃいけないの」

「に、ん、げん、い、がぃ?」

「そう、エルフとかドワーフとか、獣人も。さっきのセレストさんって人は竜人だと思う。見た目は人間に近いけど、ちょっとだけ耳が長くて、目の中心が縦になってたでしょ?」

……そういえば、この世界、魔法があるんだっけ。

一瞬ファンタジーと思ったけど、考えてみたら主人の部下には魔法を使える人がいた。

でも種族がいくつかあるというのは知らなかった。

わたしが見たことがあるのは人間と、ゴシュジンサマやその部下の獣人達。

そしてセレストさん。竜人らしい。

耳が少し尖っていたのはそういうことか。

「保護してもらえたのは良かったけど、これからどうなるんだろうね……」

目を伏せた十七番の手を握る。

彼女の故郷は襲われたと言っていた。

恐らく、もう村は存在しないのだろう。

襲われたとしか聞いていないが「帰りたい」という言葉が出てこないのは、つまりはそういうことなのだ。

「八番と会えなくなるのは嫌」

わたしも頷き返す。

十七番と会えなくなるのはわたしも嫌だ。

コンコンと、また音がした。

「失礼します」

戻ってきたセレストさんの声がする。

足音がして、カーテンが少し開けられて、くっついているわたし達を見たセレストさんの金色の目が細められた。

「二人とも動けますか?」

揃って頷く。

「では、汚れを流して来てください」

「その間に私がシーツを替えておきますので」と言われて、十七番とわたしは顔を見合わせた。

……それって……。

「こちらに浴室があるのですよ」

手招きされて二人でベッドから降りる。

この部屋は二人部屋らしく、カーテンを開けて出ると、正面に扉が二つあった。

「こちらがトイレで、こちらが浴室です」

向かって右手の扉がトイレ。

左手の扉が浴室らしい。

セレストさんが開けてくれたので中を覗き込む。

浴槽はないけれど、間仕切りがあって、シャワーらしきものが壁についていた。

「うわぁ……!」

わたしの心を代弁するように十七番が声を上げた。

手を引っ張られて浴室に入る。

「タオルはここにあります。これが髪を洗う石鹸で、これが体を洗う石鹸、こちらは──……」

セレストさんは中のものを一通り説明してくれると「後はごゆっくり」と言って扉を閉めて出て行った。

もう一度十七番と顔を見合わせる。

「ほんと、夢みたい……」

十七番の言葉にわたしも頷いた。