軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヴァランティーヌさんと勉強

無事、馬車に乗って目的の駅へ到着する。

先に降りたセレストさんに抱えて降ろしてもらい、セレストさんが馬車代を支払う。

手を繋いで第二警備隊の詰め所へ向かった。

駅と詰所はそんなに遠くない。

この辺りに来ると人の数が多い。

同じく警備隊の詰所に向かう人もいる。

……いろんな人がいる。

警備隊は種族を問わないらしい。

足早に横を通り過ぎて行く中には竜人らしい人、エルフらしい人、ドワーフらしい人、人間はいなかった。

中には全身が硬い鱗で覆われた爬虫類みたいな顔の、人と言っていいのか分からない人もいた。

思わずその人を見ていると、唐突にその人がこちらを振り返った。

ビックリして立ち止まるとセレストさんも立ち止まり、わたしの視線の先を見て「おはようございます」とその人に声をかけた。

「……おはよう」

その人がゆっくりと近付いて来る。

背も高くてがっしりしていて、少し威圧感があるけれど、敵意は感じられない。

セレストさんも警戒した様子はない。

「その子が例の?」

「ええ、私の 番(つがい) でユイといいます。ユイ、こちらはシャルルといって第二警備隊の一班に所属しています」

「……シャルル=ラクールだ」

屈んで顔を覗き込まれる。

……うわあ、爬虫類……。

でもよく見ると瞳孔が縦に裂けているのは竜人のセレストさんの瞳とよく似ていて、見た目はトカゲや蛇に近いが嫌悪感はない。

「ユイ、で、す」

ジッとその顔を見る。

「……魔族は初めてか?」

唸るような声で訊かれて頷いた。

「ま、ぞく?」

「ああ、俺は魔族の中のリザードマンと呼ばれる種族だ。人族も、竜人やエルフ、ドワーフ、人間と種族があるように、魔族にも種族がある」

……そうなんだ。

「昔は人族と魔族は対立していましたが、今は良好な関係を築いているのですよ」

セレストさんの言葉に、シャルルさんというリザードマンの人が頷いた。

「魔族は人族と違い、多種多様で、外見も全く違う」

「人族に近い者もいれば、そうでない者もいますね」

……じゃあ今は平和なのかな?

種族での対立がないのは良いことだと思う。

「詰所の中でユイが出歩くことがありますので、見かけたら気にかけていただけると助かります」

セレストさんの言葉にシャルルさんが頷いた。

「ああ、分かった。……俺は先に行く」

シャルルさんはそう言って先に行ってしまった。

「ユイ、シャルルはあの外見なので怖がられてしまいがちなのですが、根は優しくて良い人なので、あまり怖がらないでいただけたら嬉しいです」

セレストさんに頷き返す。

見た目は威圧感があるものの、敵意はなかった。

だからわたしが怖がる要素はない。

敵意がないなら大丈夫だ。

立ち止まってしまっていたので歩を進め、詰所に着くと、ヴァランティーヌさんとディシーが先にいた。

わたしを見るとディシーが手を振った。

「ユイ!」

それにわたしも手を振り返す。

セレストさんと歩いて近付けば、ディシーに抱き着かれ、そしてディシーがわたしをまじまじと見た。

「ユイ、可愛い!」

わたしもディシーを見る。

「ディ、シー、も、かわ、ぃ、い」

ディシーも服が変わって、髪も整えられていた。

前はワンピースだったディシーだけど、今は女の子用だろうズボンを穿いている。

上は首元まで詰まった長袖で、シンプルな黒い服に上からリボンのついた上着を羽織っており、ズボンは膝丈だ。下に靴下と膝丈のブーツを履いている。

どうやらディシーはズボンが好きらしい。

あと、あまりヒラヒラしたものは好きではないのかもしれない。

「おはよう、セレスト、ユイ」

ヴァランティーヌさんに声をかけられてディシーから離れる。

「おはようございます」

「ぉ、はよ、ござ、ぃ、ます」

ヴァランティーヌさんがわたしを見て微笑む。

「ユイも可愛くなったねえ。髪は随分短くなったようだけど」

「かなり傷んでいたので毛先をだいぶ切りました。でも髪はいずれ伸びますから」

「ああ、まあ、元々短かったし仕方ないか」

ディシーも傷んだ毛先を切ってもらったようだ。

長い髪を大きな三つ編みにしていて可愛い。

「そうでした、ヴァランティーヌに頼みがあって……」

セレストさんがそう言ってヴァランティーヌさんにわたしへ読み書きを教えてくれるように頼んだ。

わたしも一緒になってお願いしたら、ヴァランティーヌさんは、ははは、と大きな声で笑って頷いた。

「そんなことか。いいとも。どうせこの時期は新人教育も終わってやることがないからね、ディシーにも教えるつもりだったから丁度良いよ」

「ありがとうございます。ヴァランティーヌなら安心してユイを預けられるので助かります」

「いいって、ついでみたいなもんさ」

ディシーが嬉しそうに声を上げる。

「ユイも一緒にお勉強ですか?」

ヴァランティーヌさんが頷いた。

「ああ、二人でお勉強だね。でもアタシは厳しいから、ビシバシ教えていくからね?」

ふふふ、と笑ったヴァランティーヌさんにディシーと顔を見合わせる。

そうして二人で頷き合った。

「がんばります!」

「がん、ば、る」

ヴァランティーヌさんがわたし達の頭を撫でた。

「そうかい、そうかい、それは楽しみだ」

そういうことで、セレストさんが仕事をしている間、わたし達はヴァランティーヌさんに読み書きを教えてもらうことになったのだった。

* * * * *

ヴァランティーヌさんに連れられて食堂へ向かう。

わたしとディシーは手を繋いでいた。

やっぱりディシーといるのが一番ホッとする。

途中で別の場所に寄って、ヴァランティーヌさんは紙とペン、インクを持って出て来た。

「文字ってのは書かないと覚えないからね」

と、言うことだった。

食堂は人気がなく、その隅のテーブルの一つをわたし達が使うことになった。

ヴァランティーヌさんが立ったまま、紙を二枚置いて、そこに何かを書いていく。

ペンは羽根ペンみたいなものだった。

紙も見た感じ、前世ほど高品質ではなさそうだ。

二枚の紙に同じようなものが書かれている。

「こっちはディシー、こっちはユイね」

紙を一枚ずつ渡される。

沢山の文字だろうものが書かれていた。

……結構多いなあ。

これを全部覚えなくてはいけないのだろう。

ディシーは文字を知っているようで、紙を見ても特に反応はしなかった。

「これがこの大陸で使われている公用語だよ。他の大陸に行くと別の文字や言葉も使われているし、地方によっては少し話し言葉が違うこともあるけど、この大陸は公用語を覚えていればとりあえず問題ない」

ディシーが手を挙げた。

「数字は書かないんですか?」

「そっちは文字を覚えたらね。計算の方が難しいし、勉強するためには文字の読み書きが出来ないと、問題も読めないだろう?」

ディシーはうんうんと納得した風に頷いた。

「ディシーは知っているだろうけど、ユイもいるから読み方から教えていくよ」

そう言って、ヴァランティーヌさんが文字を指差した。

一つ一つに難しい読み方がついていたら、覚えきれないかもしれない。

だが、予想に反してヴァランティーヌさんの口から飛び出したのは、わたしにとっては懐かしいものだった。

「一文字ずつ読み方があるんだけどね、これは『あ』と読むんだよ」

ビックリしてしまった。

「……え?」

ヴァランティーヌさんが首を振った。

「『あ』だよ」

「…………あ?」

「そう、それで、次が『い』で、次が『う』で──……」

ヴァランティーヌさんが文字を指差しながら読んでいくのを唖然と眺めた。

……これ、五十音図なの?!

全くひらがなには見えないが、読んでいるのを聞く限り、確かに五十音だった。

文字の判別さえきちんと出来れば読みは簡単なのではないだろうか。

「──……これで終わり。まずは一文字ずつ書いてみようかね。ペンを使ったことはあるかい?」

わたしとディシーは同時に首を振った。

「じゃあ最初はペンに慣れるところから始めたほうが良さそうだね」

ヴァランティーヌさんは自分のペンを置くと、わたしとディシーのところに来て、それぞれの手にペンを持たせてくれた。

それから目の前でペンを持って、小さな瓶にペン先を入れる。インクをつけたようだ。

「こうしてペン先にインクをつけてから紙に書く。ディシーとユイも試しに何か書いてごらん」

言われて、ペン先を小瓶にそれぞれ浸す。

それから目の前の紙にくるくると線を引いてみる。

……うーん、ペン先に繊維が引っかかる。

紙自体の表面にそれなりに凹凸がある。

もう一度インクをつけて、今度はまっすぐ横に引いてみるが、慣れなくてインクが滲んだり線がよれたりしてしまう。

ヴァランティーヌさんが笑った。

「『書く』のも慣れさ」

ディシーもペンに苦戦しているようだった。

その紙一枚に沢山ペンを走らせて、ペンに慣れるために練習した。

それなりに書けるようになるとヴァランティーヌさんは新しい紙を用意して、わたし達に、ヴァランティーヌさんが書いた紙を元にそれを真似るように言われた。

一文字ずつ見れば大して難しくはないように見えるが、書いてみると、やはり数が多くて覚えるのが難しい。

……でも、面白い。

何度も同じ文字を書いて覚えていく。

慣れないペンで慣れない文字を書くのは疲れるけれど、新しいことを勉強するのはワクワクする。

「うんうん、ディシーもユイも段々上手くなってるよ。そのまま続けて書いてごらん」

頷きながら、ヴァランティーヌさんの文字を見て、真似て書いていく。

ディシーも横で一生懸命書いていた。

……ん、あれ?

何度も書くうちに、ふと気が付いた。

似ている文字が結構ある。

よくよく見てみると『かきくけこ』だったら後ろの『きくけこ』は最初の『か』に似ている。

次の『さしすせそ』も同様に最初の一文字に近い。

そして、もっと広く見てみると、それぞれの文字は同じ形のものがそれぞれに入っていた。

……そう、そうだ、ローマ字みたいなんだ。

たとえば『かきくけこ』のローマ字表記が『KA KI KU KE KO』である時、最初の『K』が『か行』を表していて、次の『A I U E O』で『あいうえお』を表しているのと同じなのだ。

形が全く違うので最初は気付かなかったが、全部書いてみて、今分かった。

ローマ字と同じで『あいうえお』に対応する形を覚えておいて、それから、それぞれの発音の頭にくる形を覚えれば、全て書いていける。

「ゔぁ、らん、てぃーぬ、さん」

手を挙げるとヴァランティーヌさんが「ん?」とこちらを見た。

「こ、れ、かた、ち、いっ、しょ」

今の発見をヴァランティーヌさんに伝えるために、文字を分解して書いてみせる。

「さぃ、しょ、もじ、おな、じ。つ、ぎ、の、もじ、さぃ、しょ、もじ、はぃる」

言いながら見上げればヴァランティーヌさんが酷く驚いた顔をしていた。

首を傾げるとヴァランティーヌさんが「驚いた……」と呟く。

「もうそれに気付くなんて。……そうだよ、最初の五つの文字のどれかが、必ず入ってくるんだ。だから言ってしまえば最初の文字と、それに合わさる文字を覚えればいいのさ」

うん、と頷く。

「なかなか覚えられなかったら教えようと思っていたんだけど、まさか自分で見つけるとはねえ」

よしよしと頭を撫でられる。

横からディシーがわたしの紙を覗き込んで、書いてあるのを見て「ユイ、すごい!」と褒めてくれる。

この法則が分かっていれば覚えるのは簡単だった。

最初の五つの文字と、それと合わさる形を覚えておけば、大体書ける。

ローマ字の仲間と思えば思ったよりも苦戦せずに覚えることが出来た。

「ユイは物覚えがいいねえ」

わたしの書いた紙をヴァランティーヌさんが見る。

まだ間違えるところもあるけれど、それでも、かなり書けるようになったと思う。

「それにディシーも書けるようになってる。これなら今日中に二人とも、読み書きが出来るようになりそうだ」

ヴァランティーヌさんが嬉しそうに笑う。

ディシーも横で嬉しそうに笑った。

……わたしも嬉しい。

突然ディシーが「あ!」と声を上げた。

「ユイ、今笑った!」

言われて、目を瞬かせた。

「わら、った?」

頬を触ってみる。

……気付かなかった。

「うん、笑ったよ! ユイ可愛い!」

わたしは前世の記憶もあるけれど、体は八番だから、なかなか表情は出てこない。

でも、 八番(わたし) も笑えるんだ。

……そうだよね、もう奴隷じゃないんだから、笑ったっていいんだよね。

ヴァランティーヌさんが頬を掻く。

「ユイの笑顔を最初に見たって知られたら、セレストに嫉妬されそうだ」

そう言いながらもヴァランティーヌさんは笑って、軽く手を叩いた。

「よし、二人とも文字を覚えたようだから、今度は文章を書いてみようか。そうだねえ、ディシーはアタシに、ユイはセレストに手紙を書くのはどうだい?」

ディシーの目が輝いた。

「手紙書きます!」

「かき、ま、す」

ヴァランティーヌさんが大きく頷いた。

「やる気があってよろしい」

新しい紙をもらい、手紙を書くことになった。

とにかく文章を書くことが大事なので、形式的なものは気にしなくて良いということだった。

あんまり堅苦しい書き方は出来ない。

八番は手紙を書くのが初めてだから。

……とりあえず、書き出しは『もじ の べんきょう を しました』からでいいかな。

文字は単語ごとに少しスペースを空けて書くらしい。

文章が長くなったら途中で点を、終わりに丸を入れるのは前世と近い。

セレストさんへ感謝の手紙を書こう。

少しでも、この気持ちが伝わって欲しい。

「ああ、間違っていたら容赦なく書き直しだからね」

ヴァランティーヌさんは確かに厳しかった。