軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おやすみなさい

「──……ィ、ユイ、そろそろ夕食の時間ですよ」

聞こえて来た声にふっと目が覚める。

ぼんやりと見上げれば、真っ青な髪に金の瞳の男性がこちらを覗き込んでいる。

………………セレスト、さん?

寝惚け眼で目元をこすりながら起き上がる。

…………あれ?

周りを見回して首を傾げてしまった。

セレストさんと服を買いに行って、その帰りに馬車に乗ったところまでは覚えている。

でも家まで辿り着いた記憶がない。

ふふ、とセレストさんが小さく笑った。

「ユイは馬車の中で寝てしまったんですよ」

つまり、馬車から家まではセレストさんが連れて帰ってきてくれたということだ。

「ごめ、な、さぃ」

いくら痩せていると言っても十二歳なので、それなりに大きいし、重かったはずだ。

しかしセレストさんが首を振った。

「謝ることはありません。起こさなかったのは私ですし、ユイは慣れない場所で疲れも溜まっていたのですよ。それに、こういう時は『ごめんなさい』ではなく『ありがとう』のほうが嬉しいですね」

「あり、が、と?」

「ええ、そうです、どういたしまして」

わたしの言葉にセレストさんが微笑んだ。

そうしてベッドの縁から立ち上がる。

「夕食にしましょう」

セレストさんの言葉に返事をするようにわたしのお腹がぐぅ、と鳴った。

それにセレストさんが堪え切れないといった様子でクスッと笑う。

わたしは思わず自分のお腹を押さえた。

……ちょっと恥ずかしい……。

「早く起こせば良かったですね」

差し出された手を取って、わたしもベッドから出る。

足元に揃えて置いてある靴を履く。

新しいモスグリーンの靴は可愛い。

立ち上がって服の皺を伸ばす。

セレストさんの手が伸びてわたしの頭を何度か撫でる。多分、寝癖がついていたのだろう。

頭につけたリボンも整えられた。

セレストさんとまた手を繋いで部屋を出る。

家の中だからわざわざ手を繋ぐ必要はないのだろうけれど、セレストさんが当たり前のように手を差し出してくるので何となくわたしも手を繋いでしまう。

一階に下りて食堂へ向かう。

「セリーヌ達はもう帰ったので、私が夕食の用意をしました」

食堂に入ると明るかった。

そういえばセレストさんはランタンを持っているが、中身は火ではなく、明るい光の玉みたいなものがランタンの中でふよふよしている。

……あれも魔法なのかな。

壁際の本来ならば蝋燭かランタンを置くだろう場所にも、やはりふよふよした光の玉が浮かんでいる。

椅子に座りながらそれを見れば、セレストさんがわたしの視線に気付いて教えてくれた。

「光属性の魔法ですよ。ライトと言って、周りを明るくしてくれます。初級魔法なので、魔法を扱えて属性に適合していれば使えるものですよ」

ちなみにセレストさんが今まで持っていたランタンはわたし用のもので、セレストさんの魔法で生み出したライトらしい。

魔法を使えない人は普通の火を使ったランタンや蝋燭、暖炉で明かりをとるそうだ。

魔法を扱える人のほうが便利である。

テーブルの上には食事が並んでいた。

香ばしい匂いのする丸パンに、昼間食べたシチューみたいなスープと同じもの、チーズ、それとこれも昼の残りだろう切り分けられたポム。

丸パンは輪切りになっていた。

セレストさんも席について、食前の挨拶をする。

わたしも心の中で挨拶を唱える。

「では、いただきましょう」

セレストさんの言葉に頷いてスプーンを手に取る。

スープはまだ温かくて、ミルクとバターをたっぷり使い、野菜と肉の旨味がよく出ていて、何度食べても美味しい。

セレストさんを見れば、パンにチーズを乗せていた。

「『小さき炎よ、ファイア』」

ぽっとセレストさんの指先に小さな火がついて、それをチーズに近付ければ、チーズがとろりと溶け、少しだけ炙られたパンの香ばしい匂いが強くなる。

……そういう使い方もあるんだ。

いいなあ、と見ていればセレストさんと目が合った。

「ユイも食べますか?」

「た、べる」

パンにチーズを乗せて差し出すと、セレストさんがそれを受け取って、もう一度魔法でわたしのパンとチーズを炙っていく。

食堂にパンの香ばしい匂いが広がった。

……不思議だなあ。

ただパンが焼ける匂いなのに、安心する。

セレストさんがパンを差し出した。

「チーズが熱いので火傷しないようにゆっくり食べてくださいね」

それに頷きながら受け取った。

パンの上で溶けたチーズがほどよく広がっている。

端にぱくりとかじりつく。

パン耳が少しサクッとして、中の生地は柔らかく、香ばしく、溶けたチーズはちょっと熱い。

パンを顔から離したらチーズが糸を引いた。

落ちないように慌ててそれを追って、またパンに顔を近付け、糸になったチーズも食べる。

……美味しい!

塩気のあるチーズは味がしっかりとしており、それだけでパンと合わせると最高だ。

チーズが固まらないうちに食べ進める。

セレストさんも同じようにパンを食べていた。

……食べるの早いなあ。

わたしよりも一口が大きいのだろう。

セレストさんはあっという間にパンを食べて、スープを食べて、次のパンを炙り始めている。

食べるのは早いけれど、所作が綺麗だからか下品な感じはない。

わたしもパンを食べ終えてスープに戻る。

野菜と肉がゴロッと入ってるのが楽しい。

「明日は二つ目の鐘が鳴る頃に家を出ます。鐘のことは分かりますか?」

口の中のものを飲み込んで、頷いた。

「かね、いち、に、ちの、じ、かん、に、じかん、で、い、っかい」

「そうです、二時間で一度、一日八回鳴ります」

この街には大きな時計塔があるけれど、街の人に時間を知らせるために一日に八回鐘を鳴らす。

午前六時、八時、十時、十二時、午後の二時、四時、六時、八時。

夜八時以降から翌朝の六時までは鳴らない。

二つ目の鐘というのは朝八時のことだ。

それまでに起きて、身支度をして、朝食を済ませる必要がある。

……起きれるかな。

奴隷の時は不規則な生活だったので早く起きられるかちょっと心配だ。

「一つ目の鐘が鳴った時に起こしに行きますね」

セレストさんが起こしてくれるなら大丈夫そうだ。

ホッとしながら頷いた。

スープを食べ終えて、ポムを食べる。

……うん、やっぱりリンゴだよね。

前世のものよりも少し味が濃いが、ポムはリンゴと見た目もそっくりなのでほぼ同じものと考えて良さそうだ。

セレストさんが食後の紅茶を淹れてくれる。

紅茶は砂糖とミルクが入っていた。

セレストさんはストレートだと思う。

「私が仕事中は第二警備隊の詰所の中で過ごすことになります。外には出ないようにしてくださいね。その代わり、詰所の中であればある程度は見て回っても大丈夫ですよ」

こくりともう一つ頷いた。

「ディ、シー、く、る?」

「はい、ディシーも来ますよ。二人で詰所の中を探検してみたら楽しいかもしれませんね。警備隊の隊員達はユイ達に暴力を振るうこともありません」

ディシーと会えるのは嬉しい。

今日一日会えないだけでやっぱり寂しい。

でも、いつまでもディシーとだって一緒にいられるわけではなくて、ディシーにはディシーの人生がある。

……そう、今だけだから。

もう少しだけディシーと一緒にいたい。

「わ、たし、し、ごと、なぃ?」

セレストさんが首を傾げた。

「早いうちから働き出す子もいますが、今のところ、ユイがすぐに働く必要はありませんね。ユイは読み書きが出来ますか?」

「でき、なぃ」

「やはりそうですか」

奴隷だったから読み書きを教えてくれる人もいなかったし、そんな余裕もなかった。

言葉だけはディシーが教えてくれたおかげで話せるけれど、お喋りも慣れていないのでつっかえてしまう。

セレストさんが首を戻した。

「まずは文字の勉強から始めましょう。私も教えますが、他にも……、ああ、そうだ、ヴァランティーヌに頼んでみますね」

「ゔぁ、ら、てぃー、ぬ、さん?」

「ええ、彼女は後輩の育成も受け持っておりまして、その中に読み書きを教えることもあったはずです。今は新人教育も大体終わる時期ですし、見てもらうといいかもしれません」

……ヴァランティーヌさんならいいかも。

他の知らない人よりかは安心出来るし、ディシーの保護者なので信用出来るし、何よりわたし達に敵意がない。

いつも穏やかで話しやすい感じの人だった。

「も、じ、おぼえ、たぃ」

セレストさんが頷いた。

「ええ、そのほうがいいでしょう。将来どの仕事に就くとしても、読み書きが出来ないと困りますから」

そんな話をしながら紅茶を飲む。

今回もお腹いっぱいだ。

でも苦しいほどではない。

こんなに毎日お腹いっぱいに食べられるなんて幸せだなと思う。

前世でも入院生活だったのでお腹いっぱい食べることはなかったし、最後の方はほぼ流動食だった。

美味しい食事をこうして自分で食べられるというのも、幸せなことなのだろう。

食後は二階右手奥の居間に移動した。

暖炉には火が灯っており、部屋は温かく、わたしは暖炉の前に敷かれた絨毯に座った。

毛足の長い動物の絨毯はふわふわだ。

セレストさんは揺り椅子に腰掛けている。

パチパチと暖炉の中で薪が小さく爆ぜる音を聞きながら、のんびりと過ごす時間は穏やかだ。

体を冷やさないようにと膝掛けを肩にかけられる。

……暖炉っていいなあ。

薪の爆ぜる音も、火の揺らぐ感じも、癒される。

前世では殆ど病院で過ごしていたから色々なことが初めてで、楽しくて、こうして暖炉の火に当たって穏やかに過ごせるのが何だか夢みたいだ。

……セレストさんがあの時、助けてくれたから、今わたしはこうしてここにいるんだよね。

あの必死な声に導かれなければ、わたしはきっと、あの時に死んでいたのだろう。

「せれ、す、と、さん」

振り向けば、セレストさんがこちらを見ていた。

優しい眼差しだ。

「はい」

落ち着いた声が返事をする。

「あり、が、と」

セレストさんは首を傾げた。

「たす、け、て、くれ、て、あり、が、と」

金の瞳にチラチラと暖炉の火が反射している。

その瞳が細められた。

「いえ、お礼を言うのは私のほうです。あの時、生きていてくれて、ありがとうございます」

手招きされて絨毯の上を移動する。

セレストさんの足下へ来ると、大きな手が優しく頭を撫でる。

弟さん達がいるからか、セレストさんの手つきは慣れていて、ほどよい力加減で心地好い。

「……私は 番(つがい) だからあなたを助けました」

その言葉に頷いた。

セレストさんはわたしが番だから助けた。

「今も、番だからあなたを引き取って、番だから大事にして。……でも、私も実は戸惑っている気持ちもあります」

……それはそうだと思う。

セレストさんだって、いきなり番が現れてビックリしたのではないだろうか。

「……出来ればユイが私を好きになってくれたら嬉しいです。けれど、それはあくまで私の望みであって、誰を好きになって誰と結婚するかはユイの自由ですよ」

わたしの頭を撫でながら言うセレストさんの表情は困ったように眉を下げていて、どこか寂しげで。

番だからと縛りつけるようなことはない。

……セレストさんは優しい人だ。

まだこの人のことは全然知らないけど、これだけは知っている。

「け、こん、まだ、わから、なぃ」

セレストさんが「そうですね」と苦笑した。

「で、も、いま、は、せれ、す、と、さんと、いっ、しょ、いる」

わたしを大事にしてくれて、必要としてくれている人だから。

この先、セレストさんを好きになるかは分からないが、今はこの優しい恩人と一緒にいたい。

先のことは、その時に考えればいい。

「ありがとうございます」

微笑んだセレストさんは嬉しそうだった。

しばらく頭を撫でてもらった後、眠くなってきたのでわたしは先に休むことにした。

セレストさんからライトが中に入ったランタンを受け取る。これはずっとつきっ放しなので、寝る時には布をかければいいらしい。朝には魔力が尽きて消えるのだとか。

ランタンの中でふよふよと僅かに上下に浮かぶライトは少し可愛いような気がする。

出て左手に浴室があるので、寝る前に汚れを落とすように言われて頷いた。

使い方は警備隊で保護された時に使っていた部屋のものと同じだそうで、石鹸の種類だけ説明をしてもらい、立ち上がる。

膝掛けを返そうとしたら、セレストさんが首を振った。

「冷えますから持って行ってください」

と、言うことで、ありがたく羽織らせてもらった。

セレストさんはしばらくここにいるらしい。

「ユイ」

部屋を出る前に声をかけられた。

振り返れば、セレストさんがこちらを見ていた。

「おやすみなさい」

ドキリとする。

誰かに「おやすみ」と声をかけられたのは久しぶりで、言いようのない気持ちが込み上げてくる。

「ぉ、やす、み、なさ、ぃ」

奴隷として暮らしていた間はそんなことを言ってくれる人はいなかった。

ディシーもわたしも、奴隷の時はいつも疲れていて、気絶するように眠っていた。

病院の時は消灯時間になると明かりが落ちて、休むことになっていた。

寝る直前に「おやすみ」と言う相手がいる。

それって、とても幸せなことなのだ。

「ええ、良い夢を」

セレストさんの言葉にわたしは頷いた。

涙が出そうだったのは秘密である。