軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

里までの旅(3)

二日目は朝から少し空が曇っていた。

朝食を摂った後、セレストさんが御者台に、わたし達は荷台に乗った。

雨が降るかもしれないのでセレストさんはローブを着ている。

馬車がゆっくりと動き出してガタゴトと揺れる。

御者台のすぐ後ろに座り、少し身を乗り出して空を見上げた。

「雨降りそうだね」

「雨が降るとどうしても馬の歩みが遅くなるので、降る前にできるだけ進む予定です。……少し早く歩かせます。危ないので後ろに下がっていてくださいね」

「うん」

頷き、馬車の中に引っ込む。

馬車の速度が少し上がり、揺れも大きくなる。

一時間ほど走ると段々と灰色の雲が空に広がっていく。

……雨降ってきたら、セレストさん濡れちゃうよね……。

セレストさんは水属性に優れていて、寒さや暑さに適応できるとは聞いているけど心配だ。

「雨が降ったら、雨宿りはしないんですか?」

「よほど酷くない限りは停まらないねぇ」

夏場とはいっても濡れたら風邪を引くかもしれない。

「雨を弾く魔法があればいいのに……」

「あはは、ユイは面白いことを言うねぇ。そんな魔法があったら傘が売れなくなりそうだ」

笑うヴァランティーヌさんの横で、ベランジェールさんが「ふむ」と考えるような顔をする。

「雨は自然現象だから、防ぐなんて考えたことがなかったよ」

「自然現象は魔法で防げないんですか?」

「どうかな〜。魔法っていうのはそもそも、どんな魔法を使いたいか想像するのが大事なんだよ。それによって効果が変わってくるから、実は同じ魔法でも使う人によって微妙に違いがあったりするしね」

思わず「へぇ〜」と呟けば、ディシーと声が被る。

魔法は想像力が大事で、基本的には『この魔法はこういう効果』というのを本や使える人から学び、それを発動させる。だからある程度はみんな『同じ効果になる』が、使う人の想像力によるので若干の違いが出るのだとか。

「ほら、セレストがチーズを溶かす時に小さな火を使うだろう? ああやって見せてもらって教わることが多いから、それで誰もが同じ魔法を使えるって感じなのかもしれないね。それぞれの魔力量で威力が変わるし……でも、自然現象を魔法で防ぐっていうのは面白い視点だよ」

ベランジェールさんが言い、ヴァランティーヌさんも「確かにね」と頷く。

……想像力……。

魔法が想像から起きる現象なら、自然現象だって防げるかもしれない。

「傘を想像して防御魔法を上に作ったら、傘みたいになる……?」

攻撃を防ぐではなくて、雨を防ぐと想像したらどうなるのだろう。

ヴァランティーヌさんとベランジェールさんがキョトンとした顔でわたしを見る。

「馬車を覆えるくらいの大きな傘ってこと?」

ディシーの質問に頷き返す。

「うん。全体を覆わなくても、上とか前のほうとかを防げれば濡れにくいかなって」

「風が強くないから、それなら雨を防げそう!」

ヴァランティーヌさんとベランジェールさんが顔を見合わせる。

「全体だと魔力量の消費が……」「でも上だけなら……」「雨を防ぐだけなら強度もそんなに……」と二人で何やら相談し始める。

ディシーがわたしの横に移動してきた。

「想像力が大事なら、火や風も防げないかな?」

「攻撃魔法が防げるから、できると思う。わたしは攻撃魔法も自然現象と同じに見える」

「そっか、火の魔法もマッチとか火打ち石でつけるのと同じ火だもんね」

「攻撃魔法と自然現象は別って考えると防げない……かも?」

わたしとディシーも魔法について話していると、ヴァランティーヌさん達が振り向いた。

その表情は何だか輝いている。

「なるほど、魔法の知識がないからこそ柔軟な発想ができるんだねぇ」

「どうしても魔法について学ぶとそれが当たり前になっちゃうよね〜」

頷く二人に、訊いてみる。

「防御魔法で、雨を防げそうですか?」

その問いかけとほぼ同時に、馬車の幌にポタッと音が響く。

すぐにポタポタポタポタ……と雨粒のぶつかる音が続く。

ニッとヴァランティーヌさんが笑った。

「さあね。だけど、やってみる価値はあるよ」

御者台のほうからセレストさんの声がする。

「馬のほうまで、円ではなく縦長にお願いします。前方は風が当たりやすいのでやや深めにしていただけると助かります」

「軽く言うねぇ」

ヴァランティーヌさんが笑い、魔法の詠唱を行う。

やや長いそれが終わると、ヴァランティーヌさんを中心に淡い光がパッと広がった。

雨音は聞こえるけれど、幌に当たっているような音ではない。

馬車の速度を落としつつ、セレストさんが軽く上を見た。

「これはいいですね」

ディシーと一緒に御者台の後ろから身を乗り出して見上げれば、幌の少し上に透明の膜みたいなものが見えた。

それに当たって雨音はするものの、馬車も馬もセレストさんも濡れていない。

ディシーが引っ込み、ヴァランティーヌさん達に「雨、防げてるよ!」と嬉しそうに言う。

ヴァランティーヌさんとベランジェールさんも顔を覗かせ、上を見て笑う。

「本当にできちまったねぇ」

「自然現象も防げるなんて、魔法の可能性が広がるよ! これはすごい!!」

「魔法は想像力次第ってことなんだろうさ」

ヴァランティーヌさんに促されて馬車の中に戻る。

「これはとてもすごいことだけど、他人には教えられないよ」

「そうだね〜」

ヴァランティーヌさんとベランジェールさんの言葉にわたし達は首を傾げた。

「何でですか?」

「もっと魔法が便利になりそうなのに」

「想像力で魔法の効果を完全に変えられるってことはね、たとえばアタシが『防御魔法を通り抜ける魔法』を想像して、攻撃魔法を使ったらどうなると思う?」

「……攻撃が通り抜けちゃう?」

ディシーの言葉にヴァランティーヌさんが「そうかもしれないねぇ」と困った顔をした。

でも、それに疑問が湧く。

「防御魔法を抜ける魔法は、考えたことがある人はいると思います」

「そこが魔法を学んだかどうかの違いなんだろうねぇ。普通は防御魔法を見て、その効果を知っていれば『通り抜ける』ではなく『防御魔法を壊す』方法を考えるんだよ」

元々『攻撃を防ぐ魔法』と認識しているから、攻撃は通らないと思っている。

だからみんな、攻撃するために防御魔法を壊そうと考える。

「だけどね、多分それだけじゃあ攻撃は通せないよ。防御魔法は中の発動者の魔力でできているから、外から別の者が攻撃しても魔力が反発して中には入っていけないだろうさ」

……魔力が反発する……。

「属性が違うから?」

「お、鋭いねぇ。その通りだよ。防御魔法を張った人が土と風の属性に秀でていて、外から攻撃する人が火属性に秀でていたら、どうだい?」

「属性が違う魔力だから入れない……?」

「たとえ属性が同じだったとしても全く同じ性質の魔力ではないから、どこかしらで反発してしまうんじゃないかねぇ」

同じ性質の魔力ではないから、反発してしまう。

……何だか、輸血に似てる。

前の世界では自分の血液か、同じ血液型の人からの輸血が基本だった。

それに同じ血液型同士でも拒絶反応が起こることもある。

魔力もそれに近いとしたら、人それぞれで魔力の性質が違うというのも分かる気がする。

「……」

……人それぞれ魔力の性質が違う?

それは本当に全てに当てはまるのだろうか。

わたしは無属性の魔力を持っている。『属性がない』なら『性質がない』と考えられる。

そして性質がないなら、どの魔力とも反発しにくいかもしれない。

セレストさんに魔力譲渡を行った時みたいに反発は起こらないのでは。

……わたしが魔力を腕にまとわせたら、防御魔法を通り抜けられる?

「ユイ? どうかしたのかい?」

ヴァランティーヌさんに声をかけられて、ハッと我に返る。

一瞬、言うかどうか躊躇ったけど、わたしが言わなくてもいつか誰かが気付くだろう。

「……無属性の魔力は?」

「え?」

「わたしはセレストさんに魔力譲渡ができました。これから、精霊樹にも魔力譲渡します。……属性のない魔力も反発しますか……?」

わたしの言葉に、今度はヴァランティーヌさんとベランジェールさんがハッと息を呑んだ。

すぐに御者台から「ユイ」とセレストさんの声がした。

「皆、今のユイの言葉は聞かなかったものとしてください」

セレストさんの声音が少し硬い。

……やっぱり、無属性の魔力は反発しないかもしれないんだ。

ディシーはよく分かってない様子だったけど、ヴァランティーヌさんが「ここで話したことは、ユイのために誰にも話しちゃいけないよ」と言うと口に手を当てて頷いた。

ベランジェールさんは言葉も出ないくらい驚いていた。

ヴァランティーヌさんがこちらに来て、わたしを抱き締めた。

「ユイ、アンタは昔っから頭が良かったね。……それが心配だよ」

ヴァランティーヌさんの手がわたしの頭を撫でる。

「いいかい? これからは何か思いついたり、 閃(ひらめ) いたりした時はセレストに話すんだ。他の人に話してはいけないよ。たとえ、ディシーやアタシでもね。……理由は分かるね?」

「……わたしが考えたことが悪用されるから?」

「ああ、そうだ。ユイが悪いことに使わなくても、他の誰かが悪いことに使ってしまうだろうね。そうならないよう、まずはセレストに相談するんだよ」

ヴァランティーヌさんの声から切実さが感じられた。

「はい……」

「書き残すのもやめておきな」

「……はい」

体を離したヴァランティーヌさんが苦笑する。

「怖がらせてごめんね。ユイの考え方は柔軟でそれは強みになるだろう。ただ、世の中には優しい奴ばかりじゃないから、ユイが何気なく言ったことで大きな事件が起こって、それでユイが責められたり、自分で自分を責めたりして傷付くのがアタシ達は嫌なんだよ」

「……分かります」

「セレストなら、その点しっかり考えてくれるからね。まあ、そんなに怖がることじゃあないよ」

と、ヴァランティーヌさんが微笑んだ。

その後は何事もなく、途中の村に到着した。

村の手前から防御魔法を消したので、セレストさんは少し濡れてしまったけれど平気そうだった。

ディシーとヴァランティーヌさん、ベランジェールさんは三人部屋で、わたしとセレストさんは二人部屋で、セレストさんは濡れた体を乾かしてから荷物を片付けた。

夕食は宿の一階の食堂で摂った。

セレストさんが 盥(たらい) を借りてお湯を作ってくれたので、ディシーも呼んで二人で体や髪を拭いた。旅の間は入浴ができないからちょっと不便だ。

セレストさんが体を拭いている間はディシー達の部屋でお喋りをして過ごし、終わったら部屋に戻る。

明日も朝から出発なので、早めに休む必要がある。

ベッドの中でセレストさんと一緒に横になった。

抱き着けば、優しく抱き締めてくれる。

「ユイ、寒くはありませんか?」

訊かれて、頷き返す。

「あったかいよ」

今日は雨が降って少し気温が低めなので、セレストさんとくっついていると丁度良い。

「魔獣、出ないね」

「旅とはいえ、常に魔獣に遭遇するわけではありませんよ」

「そうなんだ?」

てっきり、旅に出るとよく魔獣と合うのかと思っていた。

旅が始まって三日目だけれど、魔獣に襲われるということもなく穏やかに進んでいる。

「ですが、これから先は森が深くなるので出てくるかもしれませんね」

「警戒しておいたほうがいい?」

「ええ、そうですね」

セレストさんの大きな手がわたしの背中を優しく撫でる。

そうされるとすぐに眠くなってきてしまう。

ウトウトしながら、セレストさんの胸元に額を押し付ける。

「ユイ、眠いなら寝ていいんですよ?」

優しいセレストさんの声にギュッと腕に力を込める。

「……セレストさん、良い匂い、するね」

「そうですか? ……入浴できていないので臭くありませんか?」

「臭くないよ……セレストさんの匂い、好き……」

この四年、ずっとそばにある匂いだから安心する。

セレストさんの腕の中も、膝の上も、もう慣れた。

「……バルビエの里の、精霊樹……」

「はい」

「元気にできるかな……」

もしわたしが魔力譲渡をしても元気にならなかったらどうしよう。

ベランジェールさんとヴァランティーヌさんが責められるのは、嫌だ。

セレストさんが隙間を埋めるようにわたしを抱き締める。

「きっと大丈夫ですよ」

セレストさんが言う。

「精霊樹に詳しいベランジェールが、ユイなら、と言うのですから大丈夫です」

「うん……期待に、応えたい」

「ユイは責任感が強いですね。しかし、それほど気負う必要はないですよ」

「そうかな……わたし、自分の魔力もまだ、動かせないのに……」

セレストさんがわたしの頭にキスをする。

「霊花の時と一緒です。ユイは『元気になれ』と思いを込めて声をかけ、触れれば、きっと精霊樹にその思いが届くでしょう。難しく考える必要はありません」

そう言われて、なるほど、と思う。

褒めて、元気でいてねと声をかけたチューリップが魔力で霊花になったように、精霊樹も同じように声をかけて思えば、魔力譲渡ができるかもしれない。

「大丈夫ですよ」

セレストさんのその言葉に安心した。

眠る寸前、セレストさんの「おやすみなさい」という優しい声がする。

……きっと、大丈夫……。