軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19 更年期と私

「父上っ、一度お暇しましょう。――ハル夫人、大佐殿、重ね重ね大変申し訳ない。色々と、はい、色々と早急に整えてご対応させていただきたく」

兄がぐいぐいと尻で父を押しながら前に出て、深く頭を下げた。

ずっと私には偉そうだったけど、父にこうして逆らう兄の姿なんて見たことがなかった。ただ、これは兄がヘタレなだけというわけではなく、この世界って当主の権限はすごく強くて、逆らえないのが当たり前ではあるらしい。私はよその家のことを見たことがないから、使用人や元許嫁から聞いた話だけど。

そう考えると、兄は今すごく頑張ってるのではないだろうか。美代子はまるで理解できてない感じに、おろおろと父と兄を交互に見つめている。近くで見ると、にきびが少し小さくなってきているかも? でも数は増えてるような……化粧が厚くてよくわからない。

「……最終的には当主が決めることですからね。私どもにそうしたところで意味なんかありゃしませんよ。筋さえ通せばうちの当主も鬼じゃないんだから多少は――まあ、多分? おそらく多少は? ……せいぜいおきばりなさいな」

ハルさんは一呼吸考えてから、語尾弱く励ました。励ましたんじゃないかな多分。

「ありがとう、ございます。……すみません、一点だけ、さつきに確認したいことがありまして。少しだけよろしいでしょうか」

ハルさんが私に片眉をあげて問うてくれたから頷いた。兄はもういつも通りの眉間のしわをつくっているけど、さすがにこの場で理不尽な偉そう感は出さないんじゃないかなと思うから。

「さつき……話すべきことはいくつもあるのは承知の上なんだが、ここで軽く済ませることでもないと思う。ただ、母上のことだけ、もし知っていれば先に教えてほしい」

え、なんだろう。そういえば母はずっと見当たらない。こういう場が大好きな人なのに。

「宿に帰ってからずっと寝込んでるんだ。熱もないし医者も呼んだんだが特に異常はないらしくてな。それでも明らかにこう、乾いてるというか」

「かわいてる」

「いや、しなびてるというか……とにかくだるさがひどいようでな。妖が憑いていたんだろう? そのせいかどうかとか何か知ってることがあれば」

「ええ……? わかんないです。すっごい汗かいてるなって思ってはいましたけど……汗かいたから?」

「汗……すごかったよな。やっぱり……。ひと月ばかり前からあの調子だったんだ。本人は暑いだけとしか言ってなかったんだが」

「……更年期じゃないのかい? まだまだ若いだろうに大変だことぉ。突然暑くなったり汗吹き出したり、だるいわイライラするわ、人にもよるんだけどね、まー、しんどいったらないんだよあれは」

ハルさんはなんだか少しうれしそうだ。他にもやたら眠くなるだとか動悸がひどいとか、どれだけしんどいかを滔々と語りはじめた。え、更年期って聞いたことはあるけど、そんな感じなの? 大変そう……。

多分あのものすごい汗だくは、あの亀モドキのせいだとは思うけど、なんだかハルさんの話に聞き入ってしまった。

そのうち「ちょっと待ってな!」って、お風呂でも一緒だったおばさんに何やらもらって戻ってきた。

たたまれた薬包紙と、薬の名前のメモを兄に握らせて。

「まあこういうのはね! 女同士の情けってやつだから! これお母さんに飲ませてみな! 割となんとなく効いた気になるから!」

兄は何度も頭をさげて、美代子の頭もつかんで下げさせて、それから父を羽交い絞めする勢いで連れ帰っていった。

「効いてねぇだろそれ」

市井さんがぼそっと言うから、笑いをこらえるのが大変だった。

◆◆◆

市井さんが言っていた通り、年始会の翌日には平木への対応が決定されていた。

妖を引き入れたのが故意ではなかったこと、だけど憑かれていると気がついていなかったのは名家としてありえないこと、そのあたりを考慮にいれて、当主の正式な謝罪と各名家への事情通達で片付いた。

上流社会では面子が大切だとか言う割に一見温情ある措置のようだけど、そうでもないらしい。市井家の不興を買ったということで、国の機関から受けていた魔力供給の仕事が減る。名家や商家と行っていた事業の取引が減る。

それらは兄が当主交代を済ませるまで続くし、交代しても信用を取り戻すまで兄には苦しい状況が続く見込みだ。

とはいえ、あの集落どころか市井本家内部にも異形はごろごろいたうえに、それを市井家の誰も気がついていなかった。微妙な心持ちにはなったけれど、別にわざわざご当主に告げる意味もなければその気にもならない。あそこの異形たちは今のところ害がないわけだし、めんどくさいという市井さんに倣えばいいかと思っている。

今まで見たことのないタイプだったから、おかっぱたちがそこらの異形と同質なのかどうかもわからない。

でもあの子らはハルさんだけでなく、おそらくあのワニモドキや亀モドキから私たちを守ろうとしていた。ぐるぐる回って踊り狂っていただけの気もするし、でも、おそらく、多分、だけど。

泊まっていた部屋で帰り支度をしていた時、吊るしてあった着物にぺたぺた触ってはぐるぐる回っていた。ハルさんから譲り受けたそれは、若い頃によく着ていたものだと聞いている。だからきっと、多分そういう感じのことなんだろう。

ただ、ケムをつかんで着物にこすりつけてた意味はわからない。ケムはされるがままになっていた。

本部に帰ってきて二日経つ。御用始めは本来一月四日なのだけど、異常現象対策部だけは一月五日だ。これは市井の年始会があるかららしい。異常現象対策部はほとんどが名家に所縁のある人ばかりだから、優先順位は年始会のほうが高いのだとか。実際、年始会では知っている顔がかなりいた。

五日は新年交礼会が午前中からあってお酒も出ていたから、午後の当番以外の班員はすっかり出来上がっていた。勤務時間中では……?ってびっくりしたけど、そういうものなんだそうだ。

飲酒年齢は特に定められてないから私も勧められたけど、においが鼻につんときてひとくちも飲めなかった。

「ふふん。お子様め」

伊賀さんは得意げに飲んでいたけど、おちょこ二杯で顔を真っ赤にして寝てしまったから言うほど大人ではないと思う。