軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 甘酒と私

私が怖がってるだけで、特に何の問題もなく本殿に着いた。

最後の大鳥居をくぐり拝殿を回り込んだ先にある本殿の中には、ご当主と神主さんしか入れない。私たちは本殿の内庭でお参りだ。かがり火がぐるりと庭を囲んでいて、やっぱりその後ろにはおかっぱがそれぞれいる。内庭の一角では甘酒がふるまわれていた。おかっぱとケムが一緒に鍋を覗き込んでいる。

ちょっとおかっぱにも慣れてきたかもしれない。

冷たい空気が鼻の奥につんとくる。

階段を上ってあたたまっていた体が冷えはじめてきた。

「お前はすぐ鼻水垂らすよな」

「たらしてません!」

垂れる前にそっとすすったのに、すぐばれてしまった。鼻で笑う市井さんに促されて甘酒をもらいに行く。

甘酒の鍋を担当しているらしきお姉さんに声をかけると、振り返った時の満面の笑みが、スンっと引いた。敵意、まではいかなくとも面白くはなさそうだ。

お姉さんに見覚えはないけど、こうしたお手伝いをするのは普段この辺りに住む分家の人だと聞いた。ぽっと出の私が本家の客人扱いされてるから気に入らなく思う人もいるだろうと、さっきお風呂でおばさんたちに忠告されたのだ。多分こういうことだったのだろう。

それでも持って歩くにちょうどいい量がはいった甘酒をくれた。さすがに名家は品がある。面白くなくてもちゃんと対応してもらえることにちょっと感動した。四杯もらうべきだろうか。でも小さいお盆は見当たらない。市井さんたちも飲むかどうか聞いてくるべきだった。とりあえず二杯持っていって、飲みそうなら私の分を石川さんに渡して戻ってくればいいか。

「あの、もう一杯く」

――シャンッ

いくつもの鈴が一斉に一振りされたような音が、境内を波紋のように駆けていった。

「わっ、はじまる! その一杯はなしで! ごめんなさい!」

甘酒をもう一杯つごうとする不機嫌そうなお姉さんに詫びる。鈴の音が儀式の始まりの合図だと教わっていたのだ。聞いてたニュアンスより早い! 振り返るとさっきまでいた場所に市井さんたちがいなかった。

「えっ、うそ、あ、いた」

内庭はそれほど広いわけでもないし、見回せばすぐ見つけることができた。本殿の真ん前に移動している。やだもー。びっくりして独り言がもれちゃった。恥ずかしさを押し隠しつつ、甘酒をこぼさない程度に急いで行くと、満足気に市井さんが頷いた。

「よし」

「何がですか。あっ」

私の手から甘酒をとりあげて、一気飲みする市井さん。えー。熱くなかったんだろうか。空になった湯呑は、お盆を持った給仕役らしき若い人に渡された。えー。甘酒とりにいけって言ったの市井さんなのに……市井さんの分ってことだった? 私の分じゃなくて? えー?

「邪魔だろ。後でまたもらいな」

そこはかとない理不尽感! そりゃお参りするのに湯呑もっていられないですけどもー!

段取り自体は教わっている。

さっきのが一の鈴で、集合の合図。次に二の鈴、そして三の鈴で儀式開始だ。本殿の中でご当主と神主さんが儀式を始めると同時に、こちらでもお祈りをする。とはいえ私たちは何か特別なことをするわけでもなく、普通に神社で参拝するのと変わらない。

ふと気づくと周りは晩御飯の席で近くにいた人たちばかりだった。つまりおじさんたちばっかり。というか私たちは最前列にいるけど、いいんだろうか。いや市井さんはいいだろうけど私は駄目じゃないの? 隅っこ行くべきじゃない? そろそろと離れようとしたのに、襟首を掴んで引きとめられた。

「一の鈴はな、妖が視えて干渉できるやつにしか聞こえない」

そしてまたすぐ耳元でささやくー! もー!

「聞こえるってだけで序列が上がる。もうお前の能力は示されたわけ。胸を張れ」

「は、はい」

そうか。なんで一の鈴だけじゃなくて二の鈴もあるんだろうと思ったら、どうやら二の鈴で全員が集合するようだ。一の鈴で呼ばれた者は自然と参列の前の方になる。

二の鈴で前を向いて姿勢を正す市井さんに倣う。

背後に人の気配が増え、すぐにしんっと空気が張り詰めた。

三の鈴。二礼二拍手一礼。

ぱんっぱんっと手の叩く音が、驚くほど境内に響く。タイミングを外さずにすんでほっとした。

目の前にある本殿に入る階段のど真ん中で、ケムが偉そうに足をひらいて座っている。

よりにもよってそこ……。天下の市井一族を睥睨してるとかほんと……。

バチがあたりませんようにと、お祈りに追加した。私じゃない。こいつです。

ご当主の儀式は明け方まで続くけれど、私たちは一度屋敷へと戻る。

「ほんっと野放しにすんなよ……つらかったんだぞ」

「あれはねー……かなり笑っちゃいけないとこでやってくれたよねー」

「俺もさすがにあれはきつかったな……」

他の人たちには黒靄に見えているだろうけど、市井さんたちにはケムはケムに見えている。

まるで市井一族がケムに拝んでいるかのような光景を目撃しているわけだ。私は恐れ多さに胃の竦む思いだったけど、彼らは必死に笑いをこらえていたらしい。

階段を下りている間にそう言われても、私はこの急な階段を下りるのに必死だった。急で暗くて狭い。怖い。手すりが、手すりが欲しい。

屋敷に戻ると、大半の人が広間に集まって酒盛りをしていた。宴会といった風情でもなく、まったりと寛いでいる。

部屋で休む人もいるようだけど、市井さんたちと卓を囲んだ。広い部屋なのにあったかーい。

「ほらよ」

座った途端に運ばれてきた湯呑を、市井さんが私の目の前に置く。ふわっと立ち昇る甘い湯気。私がさっき飲み損ねたからかと思えば、運ばれてきた湯呑はちゃんとよっつあった。湯呑の半分くらいを飲むと、ほっと一息をつけた。優しい甘さで内側からもあたたまるようだ。

「これを忘れちゃだめだろ。わかってねぇなぁ」

ものすごいドヤ顔で、湯呑と一緒に配られたらしき小皿を寄せてこられた。なんでたくあん。

「えっと、何ですか?」

「お前、たくあんも知らないの?」

うわぁ、とでもいうような驚いた表情がわざとらしくて、いらっとした。お酒のつまみというならわかるけど、甘酒は酒といっても酒のくくりじゃないと思うし。

「いいから齧ってみろって」

戸惑う私に、たくあんの小皿をまた寄せてくる。まあ、食道楽の市井さんのおすすめだと思えば試すけども。

ポリポリと小気味良い音を立てるたくあんは、浸かりが浅めで臭みの薄く、食べやすい塩梅だった。糠の匂いが鼻に広がっていく。

「んでこう」

市井さんは湯呑を掲げて飲むふりをした。なるほど?

「えっ、甘っ!」

「なー、こうすると美味いだろ」

市井さんはけらけらと笑う。なるほど。スイカに塩の理屈!

そうこうしているうちに、ふもとのどこかから除夜の鐘が聞こえてきた。

また神社への階段を上る。今回のケムは鳥居にぶら下がっては次の鳥居へ飛び移っていた。おかっぱはやっぱりかがり火の後ろにいる。ずっといるんだろうか。もしかして見守っているんじゃないかと思えてきた。

だって先を行くおばさんがけつまづいた瞬間、おかっぱは支えようとばかりに両手を一瞬伸ばしたのだ。かがり火を抱くようにも見えたし、それ以上前には出てこなかったけど。おばさんは隣のおじさんに支えられたから転ばなかった。

やっぱり見たことがないタイプの異形だと思う。

市井さんにこっそり報告はしておいた。