軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 一筆と私

この国のトップは皇帝であり皇室だ。大正時代の華族のような爵位みたいなものはないらしいけど、そういう位置にあるのが名家となる。そして皇室に次ぐのが五大名家のうちの市井家だ。

話の流れからすると、多分そのものすごいセレブな感じのおうちが主催する年始会は、あちこちの名家が集まるのだろう。そこに平木家も毎年参加していた、と。なるほど。待って。それに私行くの? そうなの? 市井側って言った? 給仕とかじゃなくて?

「……本人、初耳の顔をしていますが」

「あ? 言ってなかったか?」

「え、あ、いえ」

「いいもん食わしてやるぞー?」

「そうでした! 行くことになってました! がんばります!」

「よし。さつきはいい子だなー!」

「食い物につられる、だと……っ!?」

家で見る兄はいつも不機嫌そうな仏頂面をしていた。私に対しては基本スルーで、たまに話しかけてきたと思ったら嫌味だったり小言だったり。ちっちゃい頃、庭できゃっきゃと笑って遊ぶ顔はかわいかったのに、いつの間にかそうなっていた。

だから私は彼の表情パターンをあまり知らない。その兄が、目と口をこれでもかと開いて愕然としていた。やだー。私までびっくりする。

ぱくぱくと口を開けて、閉じて、兄は絞りだすような声でつぶやいた。

「お前……っ、子どもかっ」

ぶはっと吹き出した市井さんは、すぐに咳払いで喉を整える。

「市井一族が食事を重んじるのは有名なはずだぞ。だからこその年始会だ。各名家を招き、美味い飯食って仲良くやろうぜってな? 平木家はそれも忘れたか」

「そ、それと、これとは別でしょうが。何故市井側でなどと」

「だから美味いものが好きなさつきは楽しめること請け合いだ。使用人の賄い飯で過ごす正月よりな」

兄よりも背の高い市井さんが一歩踏み出しせば、兄は自然と見上げる形になった。ケムは市井さんの頭の上で仁王立ちしている。

「構わんだろう。どうせ戻ったところで留守番なんだから」

「さ、さつきがどうであろうと!」

「あん?」

「それは平木家が決めることだ! たとえ市井家であっても! 他家に口出しはいかがなものか!」

どうしてこのふたりの間にバチバチとした空気が流れてるのか不思議だ。

市井さんはわかる。きれいめモードを拭い捨てれば、いつも大体こんな感じだし。

だけど兄が張り合うように睨みつけているのが解せない。

そりゃあ確かに兄も家の中では偉そう度が高い。だけど父と同様に長いものには巻かれろタイプなんだろうなってなんとなく思っていた。

「普通ならな? だが市井家は、さつきの後見に立っている」

「……は?」

兄の顔からぽかんと力が抜けた。多分私も抜けている。あれ? 市井家って言った? 市井さん個人じゃなくて?

「さつきについてのすべては、市井家当主から俺に任されてるんだよなー」

「そ、そんなことは」

「平木の次期当主は聞いてないか? だったらさっさと帰って確認するこった。こっちはきっちり一筆とってんぞ」

一筆!? いつ!? あ、家を出た日!?

父と市井さんが話した日はその時だけなのだから、それはそうだけど!

「父上が……」

「さつきを呼べっつったか? 年始会に連れていくってか? 今まで留守番させてたのにか?」

薄ら笑いを浮かべて兄を見下ろす市井さんの悪役感ときたら!

おかしいな。私から見たら正義の味方の立ち位置のはずなのに。

兄の固く結んだ口端が小刻みに震えている。

……私も何か言ったほうがいいんだろうか。やめてーとか、争わないでーとか。どうしよう。それはちょっとこう、なんかイヤだ。

二人の顔を交互に見てみたけど、私がするべき振舞いってものがわからない。

大体兄はなんでこんなムキになってるのか。

「――な、なんなんだあんた! さつきのなんだっていうんだ!」

「後見人だっつってんだろうが」

「俺は兄だぞ! さつきの兄は俺だ!」

「え?」

「ははっ、本人初耳の顔してますが?」

「そんなわけあるか!」

「えっ」

そりゃあ兄は兄だけれども、何を言ってるんだとしか思えない。

「お、おおお前は本当にどうしてそうなんだ!」

「ええええ」

「――もういいっ、帰るぞ!ったあ!?」

唐突に伸ばされた兄の手を、市井さんが叩き落とした。

「よくねぇなぁ? ひとりで帰って頭冷やしな。留置場に案内してもいいけど、どうする? 俺は結構な権力持ってるぞ。なあ、お・兄・ちゃん?」

◆◆◆

今日は大晦日。

市井さんに煽りたおされて肩をいからせながら帰っていった兄から、その後連絡はなかった。

仕事納めをして、執務室や寮の大掃除もして。

それから昨日一日かけて汽車に乗って、年始会が開催される地までやってきた。

ふもとの宿で一泊してからの今だ。

のぼりはじめたばかりの朝日が、薄もやをきらきらと照らしだす。

ほどよく日差しの入る木立が両側に並び、そのへんにあるいい感じの石を階段っぽく並べてみました的な古道が続いている。

「昔の人、は、やっぱり、体格が違うから、です、かね」

「何言ってんのお前」

「歩幅というか、この、階段の幅、が」

一歩ずつでは届かなくて、二歩だとたたらを踏みかける。そんな絶妙に嫌な幅の階段は、思った以上に体力を削った。

しかも私は今着物! お借りしているものだから気が張るし、足も開かない! しかも薄く霜がはっている! つらーい!

「そっかー?」

「そりゃ、市井さんの足なら、平気でしょうけど」

「そっかぁぁぁ?」

ことさら得意げに長さを強調する足取りで二段、三段と先を進んでいっては、辺りを見回す素振りで立ち止まって待ってくれている。その繰り返しだ。ケムはうさぎ跳びでのぼっている。この辺りにはウニモドキやネズミモドキたちが多いようで、ケムの後ろにうさぎ跳び列がつくられていた。流行……?