軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 おでんと私

何度か石やマットを変えて試したけれど、やっぱり結果は同じだった。

「あの、私は魔力がないんだから、もしかして感じ取れる方がおかしいんじゃ……?」

いまさらではあるけど、ずっと思っていたことを伝えてみた。

早く聞けって話ではあるけど、私自身ワンチャンあるかなって期待はしていたから言い出しにくかった。

「全くないって人間はそういないからな。試さなきゃわからんだろ。こういうのは、できないことをできないと確認することも大事なんだよ」

自信満々にそう諭されたら、そういうものかと思う。

でもできないことを改めて突きつけられるのは、やっぱりちょっとへこむものだ。私は社会人になったのだし! 絶対顔には出さないけど!

「そのマットさぁ、魔道具ではあるけど魔水石は使ってないんだよね。作業する人間の魔力で動かすわけー。だからまあ彬くんが手伝わないとさつきちゃんに動かせないのは想定内なんだけどー。もし感じ取れるのであれば、魔力がなくても動くように改造する手もあったんだよねー」

「まあ、最終目的は研磨できることじゃないからな。思いつくことひとつひとつ確かめるしかないだろ。実際あの反応はこの工程と理屈は同じはずなんだからよ」

鐘守の地蔵に仕込まれていたものも、大蛇モドキを封じていたものも、いわゆる 穢(・) れ(・) に満ちていたそうだ。これはオカルト的なニュアンスの穢れではない。普通に魔力の充填を繰り返していた魔水石が、魔力の残滓がたまりすぎていずれ使えなくなるのと同じらしい。魔力というものに馴染みがない私には違いがわからないのだけど。

ちなみに鐘守の魔水石をケムが激しく光らせたのが何なのかは、全く分からないから保留となっている。まず再現しようとしているのは、魔水石の中をきれいに空っぽにすることだ。

「……再現ならこういう仕上げ直前の石じゃなくて、穢れた石をつかったほうがいいんじゃないかな」

「え……」

湖のやつならともかく、あの鐘守での呪いが詰まったやつのこと!? あれ怖かったんだけど!

やっぱり伊賀さんはまだ私のこと嫌いなんじゃ!?

「お。佐吉。お前なかなか鬼じゃねぇか。そうしたいのは山々なんだけどよ」

「え……」

市井さんまで! そりゃやれって言われたらやるけども、やらなくていいならやりたくない!

思わず肩をすくめてしまったら、鼻の頭を人差し指で弾かれた。

「都合よくそんな石そこらに落ちてるわけねぇだろ。残念だったな」

「は、はい。ざんねん、です。ハイ、トテモ」

よかったー! そうだよね! よかったー!

弾かれた鼻を両手で押さえて、ゆるむ口を隠した。よし。

「つぅことで、効果あるかどうかは知らんが、とりあえず磨いていけ」

目の前のマットを端に寄せて、代わりに置かれたのは紙ヤスリが十数枚。

そうだよね。マットが使えないんだから手磨きしかない。

それから手磨きのやり方を習ってせっせと作業した。

ヤスリは番手と呼ばれる目の粗さの違いで使い分けていく。この魔水石の整形は終わっているから小鉢の水でこまめに濡らしながら、千番のヤスリから始めた。

番手が大きくなるほど表面はなめらかに磨かれる、そうだ。だったら最初から細かいヤスリを使えばいいのでは?となりそうなものだが、それは駄目らしい。変化が出てきたら千二百番のヤスリに変えろと言われた。

で、ひたすら石をこすりつけること一時間。

やっとなんとなく表面が滑らかになってきた気がするからヤスリを変えた。

でもきつい……これきつい……。

これ本当につるつるな透明になるの……? 嘘でしょう……?

二時間をすぎたあたりから力の込め方にコツがあるってわかってきたけど、それでもきつい。

腕があがらなくなりそうだし、放心状態に近くなってきていて手の甲に正座して乗ってるケムを落とす気にすらならない。

市井さんはとっくに部屋から出て仕事に戻っていて、当然伊賀さんももういない。

石川さんだけがクリップボードを手にして、稼働している機械のメーターをチェックしてみたり何やら作業をしたりしている。時折声をあげるから相槌を返してしてしまったら、独り言だった。そんな大きな声の独り言ってある?

「あれ? お前まだやってたの」

「ひどくないですかそれ!」

戻ってきた市井さんの開口一番に反射で答えた私悪くないと思う。

「定時過ぎてんだからやめりゃいいだろうが」

「え!? ほんとだ!」

すごく朦朧としていたらしい。定時を三十分過ぎていた。

石川さんのいる方に目を向けたら「あいつは時計関係ないから」と市井さんが解説してくれた。なるほど。まるで私たちが見えてない様子で、ひたすら手元の小さな金属に何かを刻み続けている。

「服買いに行くぞ服」

「え?」

「お前普段着しか持ってないだろ。それじゃちょっとなー浮くだろうしなー」

「どこからですか」

「別に俺はどうでもいいんだけどよー。舐められるのもよくねぇし」

「誰からですか」

「晩飯はおでん屋な」

「おでん好きです!」

連れていかれたのは、以前にも行った服屋だった。あの時の店員さんもいる。やっぱり服屋の人はおしゃれじゃないと駄目なんだろう。前世ではそのブランドの服を着なくちゃいけないとか聞いたことがあるけど、ここは特にブランドショップってわけじゃないし、そうするとやっぱり自前のセンスなのだと思う。大きな花柄のブラウスと幅の広いパンツは、すっごくスタイルがよく見える。見えるというかきっとスタイルもいい。

店員さんは市井さんと一言二言交わして、奥からワンピースをいくつか持ってきてくれた。

試着して、あれよあれよという間に決定されて終わり。値段もわからなかったし、何故買ってもらえたのかもわからない。聞く隙がないまま、「腹減った腹減った」と呪文を繰り返しはじめた市井さんを小走りで追いかけておでん屋に入った。

この間おどろきの四十分だ。そのうち移動時間が三十分。おでん屋の時計を見てまた驚いた。

落ち着いた店構えのおでん屋で出たのはおでんだけじゃなかった。カウンター席に並んで座ると、目の前の四角いおでん鍋から立ち昇る湯気がダイレクトにいい匂いを運んでくる。

馴染みらしくて、市井さんが何も言わなくてもおでんの盛り合わせが出された。

「カレイが美味いよ。から揚げだ」

「おー。いいねぇ。アナゴも食いてぇな」

「酢の物でいいかい」

「最高だろそれ」

熱燗のとっくりを傾けつつ、大将と雑談をはじめる市井さんをよそに大根をとりわける。おでんの王様だと私は思う。

大根、すんごい茶色だぁ……。つゆは透明に近いのに。繊維の抵抗なんて全然なくて、箸がほにゃっと入っていく。

すごく茶色だけどしょっぱくはない。むしろ出汁と大根の甘みがたまらない。美味しいぃ。外は寒かったから余計に染みわたる……。

腕のだるさも忘れそうかと思ったけど、だるいものはだるかった。

タコも銀杏も美味しかったし、カレイのから揚げは絶品だったなと、すっかりふくれたおなかでぽかぽかになった帰り道。

「さつき! お前こんな時間に何をしている!」

ひどく久しぶりだけど実に馴染みのある兄の叱責で、幸せ気分が吹き飛んだ。