軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 ボックスステップと私

大蛇モドキは私を落としたことなどまるで眼中にない風情で、蛙だけじゃなくたまごもひたすら食べ続けている。

それなら捕まえなくてよかったじゃないー……なんで私を捕まえたの……。

意味が分からなくて涙と鼻水が出かかったのを、胸ポケットにいれていたハンカチでおさえた。落ち着け私。異形が意味のない行動をするのはいつものこと。

そうしてあたりを見回せば、すっかり見通しがよくなっている。石川さんたちも結界を解除したようだ。石川さんは足取り軽く、伊賀さんはおそるおそるこちらに近づいてきた。

「あー……、まあアレだ。よくあることだからよ。そんな気を張ることもねぇぞ」

「ななな何がです!?」

「もうー。駄目だよ彬くん。そういう時は見て見ない振りするのがいい男ってもんでしょー」

「ななな何をです!?」

どこかほっとしたような顔をして市井さんは言うし、石川さんはしたり顔だし、伊賀さんは哀れみ顔だ。なんなの! 漏らしてないのに! みんなサイテーだ!

「ねえ! あの蛇の感触って本物の蛇と同じだった?」

「ほ、本物は触ったことないです」

「んんん! だよねええ! じゃあさ!って、ちょっ、彬くんやめて」

「お前そういうの後でやれっつの」

前のめりで詰め寄ってきた石川さんの首根っこを、市井さんが引っ張って距離をとらせてくれた。やっぱりそこつかむんだ。

「いいじゃない! どうせ出口なんてすぐ見つからないんだし! せっかくなんだから色々とさぁ!」

「うっせぇっつの。うっせ! うっせ!」

こういう狭間に初めてはいってしまった人間の反応として、石川さんはちょっとおかしいんじゃないかとずっと思ってたけど、わやわやと呑気にも見える言い合いをしている市井さんも大概だ。

「な、なぁ、お前さ」

「……なんですか」

妙に言いにくそうにした伊賀さんが、じっと私の足元……? 腰のあたり? を見つめている。それは警戒されてもしょうがないと思う。もう一度スカート周りをはたいて後ずさってしまった。

「ちがう! そうじゃなくて! なんか光ってんだよ!」

「……え?」

光る……?

自分のスカートを見下ろして、少し腰をひねって……左ポケットのスリットから確かに光が漏れていた。魔水石を入れていた方だ。恐る恐る指先を差し込むと、もうそれで触れる前から熱が伝わってくる。ぇええ。

やけどしそうなほどじゃない。熱めのお風呂くらいのもの……これか! これが生温かく感じたんだ! じわじわと湧き上がる腹立たしさを抑えて、ポケットの中で魔水石を握りしめてから取り出した。

薄灰色でいかにも石ころといった質感だったそれは、空からぶら下がる星のモビールさえも映し出すほどつややかな鏡面になっていた。石なんだからそんなはずもないのに、ほの淡く発光して瑞々しく見える。

ポケットに入れる前の記憶と印象がまるで違うのだけど、形や大きさは同じだ。多分重さも。

「これですね……」

「これ、魔水石――ああ、祠から引っこ抜いたとかいう……」

「なにそれなにそれそんな風になんてなってなかったじゃない見せて見せっぐ」

「あーなー……やっぱりなったか」

困惑しながら魔水石を見つめている伊賀さんを押しのけた石川さんを、市井さんがまた押しのけた。ちょっとピタゴラ風味がある。やっぱりってなんだろう。

市井さんが眇めた目を向ける先には祠だった場所がある。その周辺からは蛙もたまごも一掃されていて、がらんとしていた。大蛇モドキもたまごを掬っては飲み込んで湖の中心ぐらいまで行ってしまっている。

祠の残骸の上ではケムが……右足を右前に出して左足もついていってとボックスステップ?を繰り返していた。両手を腰に当てた姿勢の良さが鼻につく。

「触らせっ、でっ、いだいいだい! 彬くん! いだい!」

「うっせぇわ。触んな」

市井さんの背後から伸びてきた石川さんの腕がひねりあげられた。市井さんは平然としてるけど、石川さんは本当に痛そうだ。瞬きの間に起きたそれに少し動揺して後ずさってしまった私に、市井さんが顎で祠を示した。

「行くぞ」

「は、はいっ」

石川さんを引きずりながら大股で歩みはじめた市井さんを追いかけようとして行李を忘れてることに気づく。

慌てて振り返ると、伊賀さんが片方の肩にかけて持っていてくれていた。

「あ、え」

「……兄さんが待ってるだろ」

お礼を言い損ねたまま、ふたりで市井さんを追いかけて祠の前にたどり着く。

魔水石がはまっていたであろうあたりには、形がぴったりとくるような穴はなかった。

けれどなんだかはまりそうな感じの穴に置いてみる。

別に作動音がするわけでも、光を放つわけでもなんでもなく。

手ごたえのなさに違うのかと顔をあげようとした瞬間、ごぼりと冷たい水に沈んでいた。

パニックになりかけたのは一瞬であったと思う。すぐに襟首を引っ張り上げられた。

「げほっ、ごふっ、ぶぇええ」

「大当たりだ。さつき、よくやった」

咳き込む私の背中を力強くさすっているのは、まあ市井さんだと思う。力強すぎる。

よくやったと言われても、魔水石をもとに戻すのは打ち合わせ済みだし市井さんの指示でもある。別に私の手柄ではないのだけど、それはそれとして褒められるのはうれしい。

息が整ってから見回すと、ヘドロっぽさはないものの特別綺麗ってわけでもない湖に立っていた。

湖岸はちゃんと砂利に戻っていて、さきほどまで海水浴客として寛いでいた風情の異形たちはいない。普通にいつも通り、鼠モドキとかが時折走っていくだけだ。

きらめく星のモビールはなく、陰気な薄雲が空を埋め尽くしている。

こちら側に戻ってきたのだと、ほっと息をついた。

――そして男性三人も同じく膝上まで水に浸かってはいるけども、頭からずぶぬれなのは私だけだ。魔水石を戻すのにしゃがんでたから……っ。

「ざ、ざぶい、でずぅううう」

一瞬で凍えきって震える私を、市井さんが担いで宿まで連れて行ってくれた。

前触れがないのは仕方ないとしても戻るんなら戻るで、あと一秒待ってほしかった!

誰に訴えていいのかわかんないけど!