軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10 たまごと私

ケムにも触れるし、きっとあのたまごにだって触れる。

だけど考えてみてほしい。

普通の蛙のたまごだって直に触りたいっていうのは、そういうのがすごく好きな人くらいだと思う。

でも彼らには視えないし。そうするとたまごを運べるのはきっと私だけ。

たとえばそのあたりにいつもいる異形だって、視えてない人間は触れていてもわからない。肩や頭に乗ったりしてるのに気づかないんだから。見えないものはないものと同じなのだろう。

あからさまにぬめぬめぶよぶよしてそうなたまごへ手を伸ばして、でも、触れる直前で指先が止まる。ケムはその手の甲で体育座りをしていて邪魔だけど、直接視えないほうがまだマシな気がしないでもない。

「うぅ、うー」

「がんばれっがんばれっ」

石川さんはさっき結界を張ったあたりから声援を送ってくれている。

その声援は全然心強くないし、なんなら少し苛立たしいけど、市井さんが隣にいてくれているから! がんばれ私!

「えい!」

両手で挟めるように、直径一メートルほどのたまごとたまごの隙間に手を突っ込んだ。

背すじにぞくぞくしたものが走ったけど、思ったより粘ついてもなく、濡れた感じでもない。

「持てそうか?」

「は、はい」

中腰で息を整えて、手に力をいれても指はめり込んでいかない。ゼラチン質のたまごを包んでいるのは割と丈夫な皮膜のようだ。あらためて腰を据え直して、そっとたまごを持ち上げ――たまごの中でぐるりと回転した蛙のぎょろっと開いた目と、目が合った。

「――っいやああああ!」

たまごから垂直に跳び出た蛙に視線を持っていかれて尻もちをついたのと、詠唱が耳に届いたのは同時だった。

空中で逆袈裟に斬りあげられた蛙は、泥の塊となって地に落ちる。

び、びっくりした! びっくりした! こっわ!

泥はかろうじてかぶらずにすんだ。ほんとうにぎりぎりだったけど。

「やったよな?」

「……ばいいぃいい」

「泣くな」

「泣いでまぜんっ」

腰は抜けていたけど、目を逸らさなかったことは褒めてもらえた。その視線を追って討伐できたから。

また俵担ぎをされて石川さんのところで下ろしてもらう。

「ちょっとした振動で孵っちゃう感じ?」

「た、多分そうだと」

「むぅ」

「そうすっと一個ずつってのも厳しそうだな」

振動は隣り合うたまごにも伝わるだろう。ならば一気に殲滅するしかない。

そのための魔道具もあるにはあるのだけど、ここには持ってきてないらしかった。そうだよね。危ないもんね……。

とりあえず宿に帰り、通信機でその魔道具の使用申請と持ってきてもらう依頼をしようと打ち合わせた。

「じゃあそれまで休みだな! だよな!」

「一応町長に、湖への立ち入り禁止手配したほうがいいんじゃないのー」

「伊織さん頼みます」

「またこういう時ばっかりー」

「ケム、行くよ……あれ?」

随分とくたびれた片方だけの革靴の中を、ケムが覗きこんでいる。

これ……、さっきまでここにあっただろうか。

湖こそ汚れきっていたけど、湖畔一帯は砂利ばかりでごみひとつありはしなかった。こんなのが落ちていたら気がつきそうなものだけど。

一応市井さんたちの足元を横目で見たら、呆れたような声が降ってきた。

「俺らの靴なわけないだろ」

「ですよね」

ケムをつまみあげると、はずみで靴が横に倒れ、……どろりとしたものが中からこぼれ出た。

今さっき見たものとよく似ている。でもまさかと目を逸らしたかったけれど、それは砂利に吸い込まれていった。

間違いなく蛙の残骸と同じもので。

着こなしはともかくとして、服を着ている異形はよくいる。

あれらが盗んできたものなのか、服に見えても実はそうじゃないのか知らないけども。

これは多分、普通の、そこらで売ってるありふれた靴にしか見えない。市井さんたちにも見えている。

そして脳裏をよぎるのは、ほんの二日前に見た光景だ。

町ですれ違えば振り返ってしまうくらいには美人だったトミエさんの最後に見た姿。

人間だった名残はかけらも残さずに、蜘蛛なのかタコなのかもわからない異形となってし――ひゅっと喉が鳴った。

「っちいさん……」

「んー?」

「あの、たぶん、ですけど。あの蛙は、元人間じゃないか、なって」

「「……あー」」

彼らは仲良く納得したような声を合わせた。

やだーもー。だから怖かったんだ……。

「そっかー。あれだよね。行方不明者の行き先はわかったんだから任務完了、とはならないよねぇ……?」

「残念ながら依頼は行方不明者が出る原因解明と解決なんだよなぁ。これだから政治家ってやつは」

軽く人でなし感漂わせてるふたりが、渋い表情をしている意味がわからない。いや、私も帰りたいから気持ちだけはわかるけど、それだけでもないような?

ああ、と市井さんが気がついて説明をしてくれた。

「蛙はこのでかい湖跡地にいっぱいいんだろ?」

「はい」

「報告されてる行方不明者と数がまず合わねぇ」

「……確かに」

「神隠しって習ったな? この手の行方不明の類い」

それは勿論、前世でも今世でも聞くフレーズだ。前世なら昔話とか今世なら噂話とか。軍で勉強するようになってからは、実際に異常対策班の過去処理案件として扱われていることも知った。

「たまごひとつに人間ひとりとは限らないが、それにしたって多いだろう。どう考えても 行(・) 方(・) 不(・) 明(・) は今にはじまったことじゃない。ここらじゃ昔っからよくあることだったはずだ。なんなら積極的に生贄を捧げる風習があったかもな」

「いけにえ……」

いてもいなくても変わらないどころか、持て余されてたろくでなしばかり。そういう人間を選んだように。

そうかと腑に落ちた。だって持て余してるのは人間なのだから、選んだのだって人間だ。

「一応伝承系は事前に調査班が必ず調べるからね。聞いてないってことは、ここ最近は廃れてたのかもしれないけどー」

「それならもうちょい危機感あってもおかしくねぇだろ。自分は当てはまらないって思ってたから、町ん中の奴らはあれほどのほほんとしてたわけだ。ったく、誰だよ今回の調査担当はよ」

「佐吉くんではないよー。確か新人じゃなかったかなぁ。市井家所縁じゃないはず。神隠しが報告される前の調査だったしねぇ」

なんだかんだと伊賀さんは仕事ぶりを認められているのは知っている。ストーカー気持ち悪いけど。

ちゃんと認められてるんだから、いちいち私に絡まなくていいと思うのに。気持ち悪いし。