軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 蛙と私

「もるるかたなくおつるくまなくきよきいかしほっ」

私が悲鳴をあげるやいなや詠唱された呪文で、さきほどばらまいていたビー玉から光の壁が立ち上がる。

蛙は結界に大の字で勢いよく張り付いて、一拍の後ずるずる落ちた。

「どうだ」

「えっと……ばっちーんってなって倒れてます」

「ばっちーんかー」

蛙はそのまま動かない。仰向けになってひっくり返ったままだ。蛙だけに、と脳内をよぎるけど口にはしなかった。

「ねえ、ひっくり返ってるの? 蛙だけに? あはははっ」

「うるせぇよ伊織」

「彬くんだってこういうの好きなくせに!」

好きなんだ……。

他のたまごも、揺蕩うだけで孵化する気配はない。いや、さっきも突然孵ったからわからないけど。

「あっ、ケム! こら!――っぐぅ」

握っていたはずのケムが抜け出て、蛙の方角へと走り出した。お前は! お前はいつもそう!

捕まえるべく動こうとしたらすかさず襟元を引っ張られた。

「またお前はすぐ追いかける!」

「で、でも! ケムが!」

ぴょこぴょこふらふらと走ることの多いケムが、アスリート張りのフォームで一直線に蛙へと向かっている。

そして蛙の一歩手前で踏み切って、いつも通り結界なんて素通りで。

とーんっと高く蛙も飛び越えそのままたまごへと。

「あいつは強いからそうそうどうにかなるもんじゃねぇって言ってんだ、ろ――」

密集するたまごにダイブして、そのままぼよよんと跳ね返されて。

またもや結界素通りで、くるくると宙を転がり飛んで私の手元に戻ってきた。

「……ほらな?」

わかってたような口ぶりだけど困惑が隠しきれていない。私も隠せない。なにやってんの。

「えぇ? いつもこういう感じなの……?」

「まあな」

はっきりと見えてないはずの石川さんにも、ケムの動きだけならわかったのだろう。

なんともいえない表情をしていた。

石川さんは石階段に腰かけて、自分のカバンから私のビー玉よりひとまわりほど大きい魔道具をひとつずつ出していく。

市井さんはその隣で腕を組んで湖の方角を眺めている。いつもの偉そうな感じだ。

私は市井さんの反対隣りに座って、石川さんの魔道具を覗きこんでいた。

「お前、見たいなら伊織の隣にいけばいいだろ」

「いえっそんなっ私はここでっ」

お見通しだって顔して市井さんは笑うけど、石川さんはまるで聞こえてないようだ。

魔道具をひとつだすたびに、切れ目もよくわからないところをぱかっと開けて、ボールペンみたいなもので作業を加えている。普段かけていない片眼鏡は、細かい作業用のルーペらしい。時折小さな歯車の魔法陣が目尻あたりに浮いては消える。

「どうだ伊織」

「ん。範囲を広げるだけだからねー。わけないさ。だけどその分効果時間は短くなるよ。五分ってとこかな」

「了解」

周辺にある人里は温泉街だけだ。隣接している辺りだけをカバーできればいい。石川さんが持ってきた結界の魔道具はカバンいっぱいにあった。

それでも、さすがに足りない。だから一個あたりが作り出す結界の範囲を広げるらしい。

こうしてその場で臨機応変に対応しきれるのは、魔道具班の中でも石川さんくらいだという。彼自身が得意げにそう言っていたからそうなのだと思う。市井さんも否定しなかった。聞き流していただけな気もするけど。

ちなみに蛙がぶつかった結界の魔道具の効果時間は二十分で、幅は一個で一メートル。

五個あったけど等間隔で並んでたわけじゃないから、全部で三、四メートル幅ほどの壁が光り輝いている。

そして蛙はその壁を多分越えようとしてるのか、垂直ジャンプをずっと繰り返していた。

効果の切れる時間を見計らって魔道具を二回取り替えたけど、それにも気づいてないと思う。

すっごい怖いのはそのままなのに……少し横にずれれば回り込めるのに……でも怖い……。

私たちが来てからずっとそうだったように、今も湖に近づいてくる人間はいない。

昨日と変わらない湖の幻影が見える境目、ちょうど今私たちが座っているあたりから人避けの効果も出ているのだろうと彼らは見立てていた。

「そもそも幻影を見せるってのは、誘い込むか寄せつけないか、どちらかのためだしな。普通」

だから宿へ帰らずに、ここでわざわざ魔道具の準備をしているのは、町の人を立ち入らせないためではなく、蛙が町へ行かないように見張るためだ。垂直ジャンプし続けてる蛙を。

もともと私たちが来たのは行方不明者が多発しているからであり、人的被害を防ぐのが仕事だから。なのだけど。

「誘い込む……そういえばあの町長さん、行方不明の人たちのことは、ほとんど言ってませんでしたね」

延々と続いていた町長さんの演説は、仕事を求めて町を出てしまう人や町の景気とかそういうのばかりだった。聞いていて違和感は少しあったのだ。

「ああ、言ったろ。消えたのは普段から持て余されていた奴らばかりだったって」

「むしろうちが動いてくれたんだから、消えてくれて一石二鳥だくらいの感じだったよねぇ」

「なるほど……」

いてもいなくても変わらない人って、結構いるものなんだなと思った。

「納得しちゃうんだー? さつきちゃんくらいの若い子なら、かわいそうとか言い出しそうなもんだけど」

「え。町長さんみたいな偉い人だったら、もうちょっと外面整えたりしないものなのかなとは思います、けど」

どちらかと言えば私もそちら側の人間だったから、かわいそうとか言える立場じゃないっていうか。

でも今なら多分、私がいなくなっても市井さんは探してくれるって、そういう方向にしか考えられなかった。いいとは思ってなかったけど自分の性格の悪さにあらためてびっくりする。町長さんのこと言えない。私ももうちょっと社会人として取り繕わないと駄目だったんじゃないだろうか。

「ははっ、さつきはそういうとこがかわいいよなー」

「彬くんはちょっと変わり者だよね。はい、できた」

「お前に言われたくねぇわ。よし、さつき!」

ほんとその棒読みは反応に困るし、流れるように切り替えるのついてけない。

「しっかりリードしろよ。行くぞ!」

「は、はい!」

彼がすらりと刀を抜くのに合わせ、右手にしっかり持った私専用の新作魔道具を起動させた。