軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 続く出張と私

目をやられるかと思ったほどの光は一瞬でおさまった。

「ねえ! 今の何⁉ それさつきちゃんの使い魔だよねぇ⁉ あんまりよく見えないけどその靄はそうだよね! いつも連れて歩いてるやつでしょ⁉ なんで魔水石持ってるの! それ空っぽだったよねなんで今満タンになったのさ!さつきちゃん魔力ないじゃない! なんで⁉ 見せて! それ見せて!」

ぎらぎらとした目つきをした石川さんが、ローテーブルを踏み越える勢いで迫ってくる。怖っ。

その石川さんの襟首をすかさず市井さんが引っ張って押さえてくれたけど、険しい目線が魔水石とケムから離れない。

「お前それ――あ」

「あ」

よし、とばかりにケムは魔水石を飲み込んだ。

多分飲み込んだ。たまご焼きがスッと消えた時と同じように消えたから多分。

え、大丈夫? それ食べていいの?

慌ててケムの両足をつかんで逆さに振ってみたけど、ぶらぶらだらんとするケムはされるがままだった。

いや、手を止めたら自分からぶらぶらしはじめてる。

ぐちゃぐちゃと頭の中で沸き立っていた色んなものが、すんっと凪いでしまった。

待って。私は何を。

「……なんか、すまんかった」

全然悪くない市井さんが気まずそうに謝るのと同時に、首から上が熱くなっていく。私めちゃめちゃパンツって連呼してた……っ。

そんなことより魔水石はと市井さんに口を塞がれながらもがく石川さんと、何か言おうと口を開いては閉じるを繰り返している伊賀さんを、市井さんはまとめて部屋から追い出した。

部屋食手配してやるから休めと廊下側とは違う扉を開けるとそこは私が泊っている部屋で。

びっくりしてる私に、従者用の部屋だからなって教えてくれた。……もしや部屋がつながってるから、あんなに伊賀さんがピリピリしてた?

そうだとしても、私をストーキングしていい理由になんてならない。こちらにそんな概念はないけど、私は一から十まで悪くないと思う。

でももしかして市井さんは一から二くらいは悪いんじゃない……? 二泊することも部屋がつながってることも、私は聞いてなかったよ……。

もし空気に触れられたら、きんっと音がしそうなほどの寒い朝。

カーテンを開けると空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。

ゆうべ部屋に届けられた夕食は、ほこほこの栗ご飯と口の中でほろりとほぐれるつみれのお味噌汁に、しっかり染みてるのに煮崩れしてないブリ大根だった。しかもご飯はおかわり用のおひつまでついていて!

食べ始める前までは楽しみにしてたけどやっぱりおかわりまでは食べきれなくて、お櫃をそのまま市井さんの部屋に持って行った。

ノックに応える市井さんの声が裏返っていたことに首を傾げつつ、部屋に戻って荷物を整理して寝支度をしてベッドに入って――市井さんの挙動不審の意味がそこでわかって身もだえた。夜這いじゃない!

朝食は宿のレストランで市井さんと一緒にモーニングを食べた。前世でいうならイングリッシュブレックファストっていうようなものだ。イングリッシュはこちらの世界にないのだけども。

石川さんと伊賀さんはゆうべのうちに出発してしまっていた。あの山の現場を確認してから本部に戻るそうだ。結構な強行軍だと思うんだけど、呪いが抜かれた魔水石を早く確認したいのだと、ぐずぐず渋る伊賀さんを石川さんが引きずっていったらしい。

さくっとした表面の下にふんわりしっとりとしたトーストに、ほどよく果肉が残ったイチゴジャム。パンの表面に滑らかに伸びるバターと、ぱちぱち脂がはじけるベーコン。ベイクドポテトに半熟の目玉焼き。サラダはしゃきしゃきでスイートコーンも載っている。

「美味いかよ」

「はい!」

「おう。よかったな」

サラダのトマトを一切れ、ケム用の小皿に載せながら市井さんが笑う。やっぱりトマト好きじゃないんじゃない? 美味しいのに。

これから向かうところは県をふたつまたいだ先にある湖らしい。夕方前には着くだろうって話だ。

「カエルの鳴き声がうるさいんだってよ」

「騒音問題」

「で、うるさいって夜出ていった奴らが戻らない、と」

「説得に……?」

「誰にだよ。カエルにか。まあカエル相手に出て行ってどうすんだって話なのに、真夜中わざわざ出て行っちまうくらいの奴らだから、軒並みちっとばかり気が荒くて頭も弱い。数日戻らないところで家族もいつものことだと気にしない。だからそいつら以外にカエルの鳴き声が聞こえてた人間はいなかったなんてことがわかった時にはもう行方不明者は十人越えだ」

「市井さん、偉いから遠くにはあんまり行かないんじゃなかったんですか」

「有能だからなー。一度遠出すると、ついでに我も我もとご指名はいっちゃうんだよなー。俺有能だからなー」

「あ、はい」

わ。デザートはバナナだ! ご丁寧に飾り切りされたバナナ!

しっかりとした歯ごたえがあるのに、ねっとりとした舌触り。美味しい……。

「――昼も俺の気に入りの店だ。楽しみにしてな」

「はい!」

荷物を車に積み込んで、エスコートなしで助手席に飛び乗った。もう慣れたものだ。

制服はちゃんと寝る前に汚れも落としてアイロンをかけた。ぱりっとした肌触りは気持ちをしゃっきりとさせてくれる。

ハンドルの上にはケムが座っていて、もうすっかりそこが定位置になったらしい。

エンジンの駆動音とふわりと浮かび上がる白い魔法陣の光。

「あ、一応通り道に割と栄えた町があるから寄るか? 百貨店あるぞ」

「――っ、間に合ってます!」

ははっと笑い声をあげた市井さんがアクセルを踏み込んで、その反動で背もたれに背中が押しつけられた。

「俺は色にこだわりないからなー」

何言ってんのこの人! ほんと何言ってるの! もう! やだー!