軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2 兄と私

婚約は速攻で解消された。その日の夜って根回しすごくない?

昨日の夜遅く、火を落とした厨房で鍋を洗っている私に、ひょいと顔を出した兄の 清(きよし) が教えてくれたのだ。

家同士のつながりは妹が結ぶことになったのだから、これでお前はいよいよ真の役立たずだなって。

「まあ、 勝(まさる) くんも真面目だからなぁ。それこそ生まれる前から家が決めていたことに逆らうなどできないが、貧乏くじだと思っていたことだろう。姉から妹へってのは俺もどうかと思うが、美代子はお前に比べてかわいいし惚れてしまうのだって仕方がない」

真面目といえば真面目なのだろう。

この世界は日本の大正時代だと最初思ったくらいにその価値観も似ている。いうほど知っているわけではないからイメージで似ていると思っただけだけど。

結婚は親が決めるし、子どもは親の持ち物だ。この家は屋敷の大きさや多くの使用人を雇えるほどのいわゆる名家なので、余計にその感覚は強い。

当たり前に魔力があるような世界だから、個人や家の価値はその強さや量で測られる。魔力があるのだから当然魔法だってあるし、それは血統で受け継がれるものであり、平木家は由緒正しく魔力が強い家系だ。だから定期的に一族の中で婚姻を結ぶし、それが私と分家の勝さんの縁談だった。

そんなわけなので、魔力のない私は貧乏くじもいいところだというのはもっともな話。

それでも私に挨拶をしてくれたし、礼儀正しかったのは真面目だから。

たとえ、妹の告白に即座に応じたばかりか、その日の夜には破談も妹との婚約も同時進行させる切り替えの早さを見せたとしても。

それは根回しがなくてはできないことであっても、だ。

ざぶっと洗い桶を傾けると、毛むくじゃらが水と一緒に流れ出た。

水流に乗って排水口の周りをぐるぐると回っている。

私の反応がないからなのか、兄の小さな舌打ちが聞こえた。

魔法のある世界だから毛むくじゃらみたいなのが見える人もいるのではと思ったけれど、そこは前世と変わらずこいつが見える人間に出会えてはいない。

「役立たずなんだから愛想くらいまいてみせればいいものを……なんだその顔」

兄の言葉に振り向いて笑顔をつくってみせたけれど、それは違うという顔をされた。というかお知らせにきたのならもう用事は終わっただろうに、何故いつまでも突っ立ってるんだろうか。私が何か言うべきなんだろうか。礼か? 礼なのか?

「お知らせいただきありがとうございます?」

「――っ。とにかく貰い手なんぞないんだ! 俺が継いだ後も家に置いてほしいなら励めよ!」

荒々しい足音を立てて兄は去っていった。

紹介状のひとつでももらえれば今すぐにでも出ていきたいんだけど、前にお願いしてみたらお前の何を紹介できるんだって一蹴された。

確か前世の大正時代は、女性の社会進出が進んだ時代でもあったとうっすら記憶している。

こちらでも似たような流れができているらしい。

長く続いた鎖国が六十年ほど前に終わり、異国から魔道具の技術が伝わった。全自動魔動力洗濯機に魔動力冷蔵庫など、生活を便利にしていく魔道具はあっという間に浸透して、もうすっかりなくてはならないものになっている。

重労働である家事が軽減されて、安月給の女中なんかじゃなくてもっとこう、おしゃれなカフェとか色々働き口も増えたとかなんとか。

でも魔力なしの私にはまったく関係のない話で。

それどころか、魔力がなければどこにも雇ってなんかもらえない。湯沸かし器ひとつ使えないのだから。

私が生まれてすぐの頃、四歳の兄はゆりかごを覗き込んできた。

セーラー襟の白いシャツがぱりっとしていて、おかっぱ頭をしたかわいい男の子。

確かにあのとき、興味に輝く目には喜びの感情が浮かんでいたと思う。

「ぼくのいもうと……」

小さな手で恐る恐るもっと小さな私の指をつまんで、くふくふと笑った。

ああ、 今(・) 度(・) の(・) 兄(・) は家族になってくれるのかもと期待してしまったものだけれど。

私がどうやら魔力なしらしいって感づかれたあたりか、妹が生まれたあたりなのかははっきりしないが、まあ大体そのくらいで私の部屋に訪れる人は世話役の女中だけになった。

泡沫の夢ってやつだ。

いつだって私と周囲の間にはうすかわいちまいほどの隔たりがあるように思う。触れられるようでいて掴めはしない。

それは前世でも変わらなかったし、今世も家族に縁がないらしいと転生後最初のため息をついた私の額に毛むくじゃらが腰かけた。

柔らかなオレンジ色の壁掛けランタンがぼんやりと照らす廊下を進む。電気ではなく魔力がスイッチとなるそれは、屋敷の北側隅にある私の部屋に向かう途中から消えていた。この先には私の部屋と納戸とボイラー室しかないから、とっとと消されてしまう。魔力のない私は明かりをつけることはできない。今夜は月明かりがあるだけまだましだ。

格子窓から注ぐ淡い光は廊下の真ん中と壁の間に一段と暗い闇をつくって、そこにはうぞうぞと蠢く何かがいる。それらはまるで月光にあたるとやけどでもするかのように、音もなく走り出す。

瞬きの間に見える形はさまざまだ。綿埃のようであったり、蛇のようであるかと思えば足の多いネズミのようでもあったり。

時々毛むくじゃらと追いかけっこが始まったりもする。別方向に走り出したりもするから、追いかけっこではないのかもしれない。今は先導してる素振りで前転を繰り返していた。

毛むくじゃらの他にも、こういうよくわからないものたちはあちこちにいる。でも屋敷の中には不思議と小さなものしかいない。

お互いを認識している様子をたまに見せるけれど、かといって話している感じもないし、私のことなどは見ることすらない。

こいつらにとっても、私はいないのと同じなのだろう。