軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第077話 帰宅

四月十四日、俺は予定通りシビャクに帰着した。

降りたのは、離着陸場であった。

バサリバサリと柔らかく着陸すると、星屑はさすがに疲れた様子で、へたりこんだ。

行きと違い、帰路は立ち寄るところがないぶん一直線に戻ったので、その分一日あたりの飛行距離は長くなってしまった。

そのせいで、疲労が溜まっているようだ。

一週間はゆっくり休ませてやらないと。

「ユーリ!」

俺を呼ぶ声がして、そちらを見ると、シャムが駆け寄ってきていた。

どすん、と胸に鈍い衝撃が走り、むぎゅー、と抱きしめられる。

「シャムよ……俺はもう三日も風呂に入っていないんだが」

できれば鼻を押し付けないでほしい。

「むごむごむご」

服に顔を押し付けながらなんか言ってる。

ぜんぜん聞き取れない。

「ユーリくんが死んでまうと思ってたんやから、許したって」

どこかのんびりした声がやってきた。

リリー先輩だ。

なんだか制服の上に大きめの羊毛セーターみたいのを羽織っている。

胸がふくよかな人のセーター姿っていいよね。

「お久しぶりです。リリー先輩」

俺がぺこりと頭を下げると、

「おかえり」

リリー先輩はそういってにっこりと微笑んだ。

おかえりか。

「えっと……ただいまです」

そうか、二人ともずっとここで待っていたのか。

ピクニックついでといったところなのか、少し遠くの木陰にシートが敷いてあり、その上には小さな弁当箱のようなものも置いてある。

「私には?」

シャムがちょっと睨み上げてきた。

私には、と言われても、おかえりと言われた覚えがないのだが。

それとも、さっきからモゴモゴ言ってたやつの中にそれが入ってたのか。

「ただいま、シャム」

俺は頭をなでてやりながら言った。

***

「それでは、リリー先輩。お願いします」

道すがら、簡単に旅中であった出来事を説明しながら、鷲舎にたどり着き、星屑を預けてしまうと、俺はそう言った。

そして、少し手垢で汚れてしまった紙を取り出す。

旅中、十日間で十箇所メモった観測データである。

運の良いことに、十日の間には、多少曇ることはあっても、太陽の場所がまるきりわからない。ということはなかった。

「解った。なんとかそれらしく地図に仕上げてみるわ」

リリー先輩は、俺の手から紙を受け取った。

「お願いします。僕は少し用事があるので、お任せしてしまいますが」

「あったりまえやろ。ユーリくんに、こんな雑用手伝っとる暇があるわけないやん」

うっ……。

実際、あまり時間がないのは事実なのだが。

「どうも、仕事を押し付けてしまうようで、すいません」

恐縮しきりである。

「いやいやいや、嫌味で言ったつもりやないんよ。気にせんといて」

「そうですか」

嫌味と受け取ったわけではないけれども。

「ユーリくんには、やらなあかんことがいっぱいあるんやから、任せといてくれてええんよ、ってこと」

なんともまぁ頼りがいのあるお言葉だ。

そう言ってもらえると、こちらも気が楽になる。

「お言葉に甘えてしまいますが」

「わたしとしては、他の事で甘えてほしいもんやけどなぁ……」

え、えーと……。

なんか、照れるでもなく、しみじみと言うてらっしゃるが……。

他のことで甘えるって、どう甘えればいいのだろう。

お姉ちゃん、大好き♪

みたいな台詞を言えばいいのか?

なにか違う気がする……。

「それでは、頼りにしています」

聞かなかったことにした。

「……うん。頼りにしとって」

リリー先輩は少し物憂げな顔をしながら頷いた。

「あのー」

シャムがジト目でこっちを見ていた。

「なんなんですかぁ~」

どこで覚えたのか、なんだか子どもみたいな抑揚で言ってくる。

え、えーっと。

「えっと、シャムな、ちゃうねんこれは」

リリー先輩は慌てている。

「私も頑張るんですけど~」

なんか言い出した。

まあ、実際のところはシャムが数字出すんだろうし。

シャムも頑張るんでしょうけど。

しゃ、シャムさん?

「うん、シャムもえらいな。えらいえらい」

「私は頼りにはしてないの?」

えっと。

「メチャ頼りにしてる」

「ほんと~?」

ほんと~? って。

なんか今日のシャムは変なテンションだな。

「そりゃ座標を頼りに飛ぶんだから、頼りにしてない奴に任せたりしないさ。下手すりゃ海の藻屑なんだから」

「じゃあ頼りにしてるって言って」

さっき言ったんだけど。

「頼りにしてる」

俺はそう言いながら、しゃがみこんでシャムの頭を撫でた。

なでなで、なでなで。

「むふふ、頑張ります」

頑張るらしい。

やっぱり今日はなんかちょっとテンションおかしいな。

「え、えーっと……あっ、ああ、そうやった」

リリー先輩はおもむろにポケットを探ると、なにやら包みを取り出した。

「はい」

包みを受け取り、開いてみると、中には銀色のライターが入っていた。

「できましたか」

「今日からまた忙しくなるからな。今日までに仕上げようと思ってたんよ」

ライターは、やはり大ぶりのものだったが、前よりは確実に小型化されている。

パチッと開き、火打ち石を削るホイールをぐっと回すと、ジャリジャリとした感触が指に伝わり、前から比べるとあっけないほど簡単に着火した。

「良くなっています」

「そう、よかったわ」

こういうものを着実に改良していけるというのは、凄い才能だよな。

「重ね重ね、ありがとうございます。これで安心して行けます」

「気ぃ早いなぁ」

リリー先輩は照れ隠しをするように笑った。

***

「おかえりなさい」

二人と分かれ、寮にゆくと、そこで待っていたのはミャロであった。

「お迎えにもあがらず、すいません」

「いや、いいよ」

お迎えにあがってこられても困る。

二人と違って、ミャロは今多忙を極めているはずなので、ピクニックしている暇はないだろう。

「今朝が締め切りだったものですから」

「ああ、そういえばそうだったな」

今は昼の一時ごろになる。

観戦隊の申し込みは今朝が締め切りだったはずだ。

その処理で忙しかったのだろう。

寮の玄関前で辺りを見回すと、出て行く前にはあった特設ポストがなくなっていた。

締め切りが過ぎたので撤去したのであろう。

「ポストは捨てたのか?」

と聞いてみた。

「あれはやめました。二日前に火種が投函される事件があったので」

えっ……。

なんとまあ。

誰がそんな嫌がらせをしやがった。

「それ以降は、寮生の方々で参加しない人に、直接受け取ってもらう仕組みにしました。そのことを書いた看板は、今朝撤去しました」

うん。

それはいいのだが。

「犯人は見つかったのか?」

「見つかりません。しっかり探したほうがよかったですか?」

ミャロは確かめるように聞いてきた。

時間があったら探したのだろうが、それより前にすることが山積していたのだろう。

放火の事後処理とか。

犯人を探すと言っても、誰も見ていない夜に火種を放り込むくらいのことは、労の少ない妨害行為だし、誰にでもできる。

少し身軽な人間であれば、鉤縄のようなものを使って塀を超えることは難しくないので、外部犯の可能性もある。

まあ、動機的には俺に憎悪があるラクラマヌスあたりが筆頭格とも思えるが、キャロルが参加する関係上、将家の可能性もある。

ルベ家とホウ家はありえないが、他の二家はハブられた形になるわけで、気分が悪いだろう。

そのへんは考えてもキリがないし、調べたところで「あぁこいつがそうだったのね」と腑に落ちることが一つ増えるだけで、特別に得られるものはない。

ミャロのほうもそう思って、犯人の捜索に労力を割くことはしなかったのだろう。

「いや、別にいい。郵便受けを使ったのはアホだったな」

郵便受けに悪戯されるなんてことは、貴族学校ではないだろう。と無意識に思っていたのか、隙を作ってしまった。

「そうですね」

「中の紙は焼けてしまったのか?」

ある意味でそれが一番の問題だ。

申込用紙には、実の親の署名が必要なので、教養院と違い大半の生徒が遠隔地に本居を持っている騎士院では、その作成に手間と時間が掛かる。

十日間をフルに利用しても、移動だけでギリギリという土地に親がいる場合も多いわけで、そんな奴が投函した書類を、こちらの不手際で焼失してしまったなんてことになれば、さすがに申し訳ない。

その場合、もう一度作らなきゃ面接も許さん、というのは余りに 酷(こく) すぎる。

「いえ、前夜に一度回収していたので、焼かれたのは一枚だけでした。それも、投函者が誰かは突き止めました」

そうだったのか。

ホントに運が良かったな。

「ちなみに、王都に比較的近い土地の方でしたので、既に再提出も済んでいます」

「それならいい」

いやホントに良かった。

被害はポスト一本と費やされた労力程度で済んだわけだ。

「今日の早朝あたりにやられていたらと思うと、ぞっとしますね」

たぶん、提出のピークは今日か昨日あたりだったはずだ。

二日前の放火がなく、ポストが残り、今日の丑三つ時に火種を入れられていたら、沢山の用紙が焼かれ、今日はその用紙の持ち主の特定にてんやわんやということになっていたことだろう。

「参加希望者は、総数で179名です」

ふむ。

「かなり集まったな」

「単位をクリアしている有資格者が258名しかいないことを考えると、なかなかの希望率かと思います」

そんなことまで調べたのか。

俺は、有資格者は生徒数の二割程度が良い。と考えて足切りラインを引いた。

258名ということは、ほぼ目論見通りと言って良い。

生徒数の二割が有資格者となると、全員連れていけば六年以上の寮から五人に一人が消えることになってしまう。

そんなに広く取ったのは、王鷲のことは置いておいても、生き死にの仕事に応募するのは、そのまた半分くらいだろう。と思っていたからだ。

258名の中の179名ということは、えーっと……おおよそ七割程度か。

それが騎士院生の覚悟によるものなのか、キャロルやリャオの人気によるものなのか、そのへんは判らないが、誤算には違いない。

「実際には201枚出ましたが、22名は単位数を偽ったり、病や怪我を得て行軍に耐えられそうにない者でした。あとは……」

「いや」

俺は続けようとするミャロの言葉を遮った。

「詳しい報告は後で聞こう」

立ち話でする話でもないし。

「あ、そうですね。お湯を特別に用意してもらっています。寮のお風呂がわいていますよ」

すごい。

なんとも手配が行き届いておる。

「ありがとう。助かる」

「いえ。ユーリくんの参謀を務めるのであれば、これくらいは当然のことです」

ミャロは若干得意げであった。

どうやら参謀という響きも気に入ったらしい。

***

風呂を出て、久しぶりに制服に着替えた。

「よし、飯でも食うか」

俺は食堂に向かった。

「おばちゃん、一食ください」

すっかり顔なじみのおばちゃんに言うと、

「はいよ。久しぶりだねえ、旅行にでも行ってたのかい?」

事情を全然しらないのか、そんなことを言ってきた。

まあこの国の庶民はニュースだのをチェックしてるわけではないから、そんなものなのかもしれない。

さすがに、また戦争が起こりそうだ、というのは知っているだろうけど。

「ええまあ、そんなもんです」

気もそぞろに答えておくと、食事がまたたく間に用意されて、トレーに乗っかってでてきた。

「はいよ」

「ありがとうございます」

礼を言って、俺はトレーを取って、適当にあいている席に座る。

「ユーリくん」

当たり前のように前の席に座ったミャロが言った。

「明日の面接に来る方の一覧です」

ミャロは書類の束を机の上に置いた。

羊皮紙でなく、社から買った紙でできている。

このくらいは役得がないとな。

「上から順番に、優秀そうな順番にまとめておきました。なので一番最後まで読む必要はないかもしれません」

「そうだな。できるだけ目を通しておく」

俺は飯を食いながら答えた。

全員を連れて行くことはできないのは残念ながら事実なので、ミャロの言うとおり、最後のあたりの人間はよくよく考査する必要はないかもしれない。

こんなことを考えていると知れたら、怒られるかもしれないが。

この用紙の下のほうでも、採る者は採るとは思うが、その辺はたぶん実際に面接して初めて良さがわかるタイプの人物だろう。

「あと、補給の用意はあまりはかどっていません」

急ぎとはいえ、人数も決まっていないのに補給の算段はできないもんな。

そのあたりは、保留段階なのだろう。

「それに関しては、出発の前にホウ家で兵站を担当していた人物を呼んでおいた。同行はさせられないが、助言は貰えるだろう」

「ああ、そうだったんですか」

ミャロは、その件についてはよほど悩んでいたのか、見るからにホッとした表情をした。

出る前に言っておくべきだったな。

「補給は実際に担当した人間でないと、気づかない部分が出てくるだろうからな。頭でいくら考えても限界がある」

補給に関しては、騎士院の座学でも学ばされたことだが、座学はあくまで座学だ。

いくら頭で考えても、実際にやったことがなければ、出発してから「あれを買っておけばよかった」「こういう工夫をしておけばよかった」などという問題が噴出してくるだろう。

「ボクもそう思っていて、不安だったんです。さすがはユーリくんですね」

なんか褒められた。

「今頃は、うちの別邸に着いているころだ。あとで相談しにいこう」

「はい。それで、聞いておきたいのですが、団員は何人くらいに絞るつもりなのですか?」

「まあ……六十人少しだな」

「六十人……ですか」

キャロルもリャオも三十人程度づつは面倒見れるだろ。

おそらくは。

それ以上に膨れ上がると、管理しきれない可能性がありそうだ。

「人が増えるごとに、補給規模も大きくなることを考えるとな。本隊の邪魔をせずに行動できる部隊規模というと、それくらいだろう。たった六十人たって、兵站段列を含めれば、けっこうな規模になるだろうし」

それ以上になると、管理しきれる自信がない。

千人の管理された軍より、二千人の烏合の衆、という考え方もあるだろうが、できるなら全員帰したいので、その案は取れない。

「そうですね」

「それに、実際のところ、百何十人の内、王鷲を持ってこれる連中がどれだけ居るんだって話だしな」

王鷲を子どもに貸せるほど裕福な家というのは、そうそうないはずだ。

平時であれば、親戚の家から借りられることもあるだろうが、戦時ではそうもいかない。

どこもそう簡単には貸してくれない、というのが実情だろう。

「そうですね。実家が天騎士の家系かどうかは調べてありますが、実際に調達できるかどうかの判断にはならないでしょう。実家が貸してくれない場合もあるでしょうし、逆に天騎士でもない低位騎士家の生まれでも、調達してくる方法はありそうです。王鷲は同寮の友人からの借り物でもいいのか、という問い合わせは何回か来ています」

ああ、なるほど。

友だちから借りるという手があったか。

成績が悪くて参加できない王鷲持ちに、後生だから貸してくれと頼むのは、悪くない方法だ。

俺だったら星屑は絶対に貸さんが、道具と割りきっている奴もいるから、貸す奴は貸すだろう。

「だが、そうなると、合格ということになっても出発日までに入手が間に合わないという者も多そうだな」

入手見込み、ということで、王鷲を持って行きます。などと答える奴は多そうだ。

「面接で王鷲を持って参加する、と言っておいて、当日には駆鳥で現れる。ということですね。確かに、その場合の対処も考えておくべきでしょう」

駆鳥で参加しても、実際の王鷲での視察飛行には参加できないわけだから、殆ど意義がないと言ってもいいのだが、こういうのは参加したという実績が大事という部分もある。

「対処といっても、参加を許さないという方法しかないだろう。一人を許したら、何人現れるか知らんが全員許さなきゃならない。士気にも関わる」

「ええ、そうですね……それはボクもそう思います」

「そのへんは、面接の際に伝えておくべきだろうな」

「では、質問リストに付け加えておきますね」

質問リストて。

そんなもんまで作ってあるのか。

最終的には俺が調整するにしても、予めそういうものが作ってあれば、俺も楽ができる。

ミャロがいてくれて良かった。

「ところで、リャオはどうしてる」

「馬車や荷車の調達とか、参加希望者の相談を受けたりしているようです」

なるほど。

俺一人なら、町で食料を買いつつの行軍というのは造作もないことだが、数十人規模ともなれば、そうもいかない。

まさか、町で食料を無理に接収しつつ行軍する、なんてことはできないのだから、自分で持っていく他ない。

その食料は馬車で持っていくことになる。

王鷲は長距離を歩かせられる動物ではないので、その護衛・監督は駆鳥隊にやらせることになるだろう。

その意味で、カケドリで随行する人員も一定数いなければならない。

「今晩は会議だな。奴にもいろいろ考えがあるだろう」

「そうですね。今度はキャロル殿下も呼ぶべきでしょう」

ああ、そうだった。

いつまでもあいつをハブるわけにはいかない。

「そうだな……場所は、あー」

セッティングが難しいな。

喫茶店もなんだか変だし、キャロルがいるから飲み屋もまずい。

寮も、あまり使いたくない。

変な話だが、今回のこととは関係のない奴らのほうが多いのだから、迷惑をかけたくない。

「校舎でよいでしょう。学院は今回のことについては、意外と協力的です。学長がリャオ殿の従伯父様ですから」

「ああ、そうなのか」

そういえばそうだった。

学長がルベ家の者というのは知っていたが、リャオの伯父なのか。

「鍵を借りておきましょう。ついでに、飲み物と食べ物も少しばかり調達しておきます。出前で」

出前か。

何から何まで。

「それじゃ、よろしく頼む。俺はこれに目を通しておくからな。時間になったら呼んでくれ」

「わかりました」

そう言うと、ミャロは素早く席を立ち、どこかへ行った。