軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第005話 初めての遠出

その日、父親に連れられて王鷲に乗ると、遠乗りというか長距離フライトで首都に向かった。

山を越え、川を越え、村々を幾つも越えると、他の街とは明らかに違う城が見えてくる。

この国は名をシヤルタ王国といって、首都となる王都はシビャクという。

ルークは王鷲を操りながら、シビャクの街を上空から一周してくれた。

平地や丘に建った大きな城塞都市のようなものを想像していた俺は、想像を大きく裏切られることになった。

城塞都市どころか、都市を囲う城壁の類はまったくない。

シビャクは、幾つかの島が浮いた大河に張り付くようにして出来た都市だった。

島と島の間はそれほど開いておらず、あまり長くない橋で繋がれている。

そして、大河の両岸には無造作に都市が広がっていた。

中世的な街並みに憧れのある俺は、一目見て美しさに見惚れてしまった。

それくらい美しい街並みだった。

王鷲はぐるりとシビャクを一周したあと、都市の真ん中にある島に翼を向けた。

都市の外郭には城壁はないが、その島は水際全面に城壁がしっかりと巡らされている。

そして、島の真ん中には巨大な城があった。

物語に聞いたシビャクの王城である。

王国というのだから、この城の中に王がいるのだろう。

本当によく出来たお城だ。

無骨な雰囲気はなく、化粧石かなにかで飾られているのか、全体的に白い。

威圧的どころか、むしろ優美に見える作りになっている。

島の中を見ると、木々が植えられた公園のような場所が点在し、それ以外の場所には立派な屋敷がいくつも建っていた。

さすが王都の中心地だけあって、みっしりと建物が密集している。

ルークは、王鷲を城の南側に降ろしていった。

そこには少し開けた空き地があった。

他の場所はたいてい公園になっているのに、そこだけは、学校のグラウンドのように何もない空き地になっている。

その周りは、くろぐろとした石肌がむき出しになった建物が囲んでいた。

この施設は島の端っこにあり、建物自体が川の下流に突き出し、まるで角堡のようになっている。

要塞のたぐいか?

王鷲はその空き地めがけて正確かつダイナミックに降りていく。

俺も何回か手綱を握らせて貰ったことがあるが、こんな狭いところにピンポイントで王鷲を下ろすというのは現状では想像したくもない。

下ろす途中に城壁とか建物に羽の端でもぶつけたら、少しバランスが崩れるだけで軽いキリモミ状態になってしまうので、そうしたら普通に死ぬ可能性がある。

だがルークはまったく心配していない様子で、その難事を簡単そうにこなしてみせた。

王鷲がすとんと軟着陸し、ルークがベルトを解き、俺を降ろすと、厩のほうから誰かが近づいてきた。

「よう、ルーク」

「おっ、ガッラか」

見知らぬおっさんだった。

ガッラというらしい。

ルークよりよほどガタイがいい。見るからに戦士系といった感じの男だった。

こいつと比べたらルークはシーフ系に見える。

「納品しにきたんだが、話は聞いてるか?」

「聞いてるぞ。姫様のために特別に取り寄せるとかなんとか」

「まったく、正直なところ困ったよ。子どもが操るのに良い若い王鷲なんて言われてもな」

ルークは少し困った顔をして頭を掻いた。

そんな注文だったのか。

「ガハハハハ、そんなこと言われたのか」

ガッラは陽気に笑い飛ばす。

強面のくせして気のいいオッサンだ。

「まあ、ウチので一番素直なやつを連れてきたよ。せいぜい使ってやってくれ」

「ああ、そうするよ」

「姫様についてる天騎士は百も承知だろうがな、練習には性格の枯れた年寄りが一番いい」

そうなのか。

うちには年寄りの王鷲なんてものは居ないので、そんな王鷲には乗ったことがない。

繁殖用の雌の王鷲が一番年長で、他は売り物なので年をとる前に売りに出してしまう。

「分かってるだろうさ。だが、その辺は女王陛下には分からんことだよ。近衛のトリカゴで生まれた王鷲より、お前んトコの天下一品の王鷲に乗せてやりたいんだろう」

「おだてるなよ。誰が育てたところで、トリは独りで芸をするようにはならん」

「そこは親心ってもんだろうよ」

ふう、とルークはため息をついた。

「姫様を振り落としでもしたら俺の首が飛ぶからな、せいぜい念入りに仕上げといたよ」

「そりゃあ安心だ。もし姫様が乗らなくても、どこぞの天騎士が乗るだろう」

「そうか」

「それより、そこの子は?」

ガッラは俺を見た。

この体格差で見下されるとさすがに気圧される思いがする。

「息子だよ。名前はユーリ」

ガッラはしゃがみこんで目線を下げた。

それでも俺よりずいぶん目線が高い。

「こんにちは、ユーリ君」

「こんにちは」

俺は頭を下げた。

ガッラは相好を崩して微笑みを作る。

「きちんと挨拶できて、えらいなぁ」

普通の子でも四歳にもなれば挨拶くらいできるだろうに。

いや、この男のことだから、大抵の場合、泣いて逃げられてしまうのかもしれない。

「ありがとうございます。僕も、父上のご友人にお会いできて嬉しいです」

「よく出来た子だな。将来は学者さんか?」

「わかりませんが、今は父の跡を継ぎたいと思っています。僕に務まるものかは解りませんが」

俺がそう言うと、ガッラはきょとんとした顔になった。

片手で俺の頭をぽんぽんと叩くと、立ち上がる。

「えらく大人びた子だな。今何歳だ?」

「もうすぐ四歳になる」

「四歳か。こんな聡い子を見るのは姫様以来のことだ」

やべぇ、やっちまったか。

おかしな反応だったらしい。

「買いかぶるなよ、この子は普通の子だ」

そうだそうだ、言ってやれ。

「俺の息子も四歳なんだがな」

「あれ、そうだったか?」

「そうなんだよ。手紙を送ったろうが」

「ああ、なんだか読んだ覚えがあるな」

ちゃんとしてくれよ親父。

「まったく、お前は……。まあ、ウチのとは大違いに出来が良さそうで、羨ましいって話だ」

「そうか? 変わらないだろ」

「ウチのガキなんてな、こんな品よくないぞ」

ああ、親父どものガキ談義が始まるのか。

そう思った時であった。

「ガッラ殿」

後ろから駆け寄ってきた若い女性がガッラに声をかけた。

「おう」

「軍議のお時間ですが」

「おっ、もうそんな時間か。ルーク、悪いな。行かなきゃならん」

「そうか」

ルークは少し寂しそうだった。

久しぶりに旧友に会えたっぽいのに、可哀想だな。

「今晩はホウの別邸に泊まるのか?」

「いや、この子に都会の見物をさせたら帰るよ。明日には家につきたい」

「そうか……」ガッラも、なんだかさみしげだ。「じゃあ、またな」

「じゃあな」

「あっ、ルーク様。どうぞ、受領書です」

「おっと、忘れるところだった」

ルークは差し出された受領書を受け取った。

ガッラはそのまま王鷲の手綱を預かって、女性を右脇に伴いながら去っていった。

「お父さん、あの方は?」

王城から去りゆく道すがら、俺はルークに尋ねた。

「俺が学校にいた頃の同級生だ。今は近衛のお偉いさんさ」

「学校というと?」

「騎士院だ。王都の中にある。ユーリもいつか入ることになる」

そうなのか。

初めて知った。

このまま労働に勤しんで、いずれ牧場経営者になるものかと思っていた。

それにしても、騎士院というのは変な名前だ。

騎士という単語は軍事用語に間違いないはずなので、どうも士官学校のような響きがある。

俺が大間違いをしていることを祈るぞ。

「お父さんはそこを卒業したんですね」

「いや……」

ルークは苦い過去を思い出したように、少し苦々しさの滲んだ顔になった。

マズったか。

「俺は卒業していない。途中でやめたんだ」

「……そうなんですか」

中退だったらしい。

嫌なことを思い出させてしまったようだ。

「でも、父上でも駄目だったのなら、僕にはつとまらないかも知れませんね、その学校というのは」

俺がごまかすように言うと、

「いや、ユーリならきっと大丈夫さ」

ルークはそう言ってぽんぽんと俺の頭を手のひらでたたいた。

大人というのは何かにつけ子どもの頭をたたいてみたくなるものなのだろうか。

***

石造りの城から出ると、すぐに城下町が広がっていた。

城の作りも中々のものだったが、城下町も作りが良い。

石やレンガで出来た建物が軒を連ねており、人通りも多く、田舎と比べると活気にあふれている。

足下はキッチリと石が並べられた石畳になっていた。

そのうち、本屋に辿り着いた。

そのへんの建物と同じで区別がつかないが、軒先に、開いた本の上に羽根ペンがのっかっている形の看板がぶらさがっている。

看板というより彫刻作品といったほうがふさわしい品物だ。

「たぶんここなら売っていると思うんだが……まあ、入ってみよう」

ルークは本屋の入り口を開けて、中に入った。

俺も続く。

本屋かと思って中を見たら、ここは本屋ではなかった。

本屋というよりは、文房具屋だ。

手作りの木の棚の上に所狭しと様々な種類の羽根ペンや便箋、色とりどりのインクや筆が置いてある。

奥のほうには画布が張られたキャンバスや、畳まれたイーゼルが並んでいる。

確かに、日記帳の類であれば、本屋よりも文房具屋の領域だ。

本屋はノートを買うところではない。

少し探すと、木の板と大工用具の鉋が置いてあった。

場違いな気もするが、俺も家でスズヤと筆記の練習をするときは、これを使う。

削りやすい柔らかい木材の中で、かつ木のフシのない部分を使って、書いては削り書いては削りしながら練習をする。

なんという木なのかは知らないが、墨が下まで 滲(にじ) まないので、削れば再びまっさらな面が出てくる。

この世界には安価なメモ用紙などはないし、羊皮紙は書き損じのリスクが大きいので、ルークも手紙を書く時など試し書きにこれを使っていた。

だが、木の板はあっても本はなかった。

「店主、何も書いてない本が欲しいのだが」

ルークが今にも眠りそうなお婆ちゃん店主に言った。

「あらそうでしたか。ございますよ」

と言う返事が返ってきた。

「なにぶん高価なものですから、表には出していないんですよ」

なるほど。

確かに、よく見ると高級品ほど店主の前に配置されている。

まあ、強盗が入ってきたらお婆ちゃんでは太刀打ちできないだろうが、万引きには効果的なのだろう。

「そうか。見せてほしいんだが」

「こちらです」

と、お祖母ちゃんは、カウンターの足下に置いてあるらしい鍵のついた木箱を解錠し、中から本を取り出した。

本は油が引いてある薄い布のようなものに包まれていた。

布を剥がすと、立派な本が現れた。

そうして、本が並べられてゆく。

時代が時代なら、ガラスケースにでも収めておくのだろうが、そうもいかないのでこういうことになっているのだろう。

「ほら、選びなさい」

ルークは俺を持ち上げると、近くにあった椅子の上に立たせて、カウンターを見られるようにした。

カウンターには四つほどの本がある。

一番小さなものは本当に手帳サイズなので、これは論外だ。

それより一つ大きなやつも、B6くらいの、つまりは青年コミックくらいのサイズなので、これも小さすぎる。

逆に、一番立派なやつは、表面が革張りの上に鋲が打たれており、角は真鍮か何かの金属で補強されていた。

それと大きさは同じくらいだが、装丁が立派でなかったのが、四つ目の本だった。

同じ革張りではあるが、皮の厚みがより薄く、鋲などは打たれていない。

表紙の皮にはストラップが付いて、中身を見られないよう小さな鍵で封じられるようになっていた。

「中身を確かめて構いませんか」

「もちろん、構いませんよ」

許可を貰ったので、装丁をめくってみた。

中を開くと、白紙なので内容は同じだが、立派なやつは皮の厚みがずいぶんと分厚かった。

羊皮紙というのは老獣の皮を使うと分厚くなってしまうものらしいが、これではページ数が大分違うのではないだろうか。

これではロクに内容を書き込めないように思うが、世の中には本棚を埋めておくための見せ本のような用途もあるので、逆にそちらのほうが都合が良いのかもしれない。

「これがいいです」

俺は、そんなに立派ではないほうの本を指さした。

表紙をめくってみると、裏打ちになっている木の板も、安物の板のようには見えないし、皮の張り方も丁寧だ。

製本にはあまり詳しくはないが、悪い仕事をしているようには見えない。

「それでいいのか? せっかくだしこっちのでもいいぞ」

「いいんです」

「遠慮なんかしなくてもいいんだぞ。長い目で見れば高いもののほうがいいってことも世の中あるんだよ。安物買いの銭失いといって……」

ちゃうねんて。

「それは羊皮紙が分厚すぎてロクにページ数がないようです。削り直せるので便利かもしれませんが、僕はあまり削って書きなおしたりはしない予定なので、ページ数が多いほうがいいのです。製本も悪いようには見えませんし」

「そ、そうか。それならいいんだが……」

なんとか納得してくれたようだ。

「店主、これは幾らだ?」

「それは二千と八百ルガでございます」

二千八百ルガというのがどの程度の価値なのか解らない。

けれどもきっと高いのだろう。

「やはり値が張るものだな」

ルークがちょっと気後れしたように言った。

やっぱり高いらしい。

「そちらのお子さんのためにお買いもとめになるのですか?」

「ああ、まあな。なんだか、日記帳のような備忘録のようなものが欲しいと言いだして」

「そうですか。ならば、それは素晴らしいことですわよ。人というものは、大切な記憶と思っていても、どうしても忘れてしまうものですから」

「そうか?」

ルークは首を傾げた。

俺も、日本にいたころは日記など書かなかったので必要性が解らない。

パパと同意見だ。

「そうですわ。私もね、この歳になって、子どものころの父の言葉だとか、母が作ってくれたスープのレシピだとか、いろいろなことを忘れてしまったことがとても悔やまれて仕方ないんですのよ。ですから、このお買い物はあなたのためにもなるはずですわ。だって、自分が死んだあとに、お子さんが自分のことを全然覚えていなくて、自分の言ったことも全部忘れてしまっていたら、悲しいでしょう?」

うーん。と唸らせられる。

なかなかいいことを言うお婆さんだった。

確かにそんなことになったら悲しい。

「そうだな。確かにその通りだ」

ルークもなんだか感じ入っている様子だ。

なんだか、やたらと感心した様子で、一人頷いている。

「よし、買おう。釣りはあるか?」

ルークは三枚の金貨を取り出し、カウンターに置いた。

混ぜ物が混ざっているのか、少し色はくすんではいるが、本来の黄金色の輝きは隠せない。

間違いなく金貨だ。

釣りということは、これで三千ルガになるのか?

それにしても、まさか本一冊で金貨が出張ってくるとは。

俺も驚いた。

「ありますよ、これでよろしいですか?」

銀貨が五枚置かれた。

「三百ルガ多いぞ」

「その子は目利きのようですから、特別に二千五百ルガにまけておきましょう。八百も取るとあとが怖い」

お婆さんはヒッヒッヒ、と人が悪そうに笑った。

ねるねるねるねの人かよ。

「では、ついでにインクを買っていこう。三百ルガ分頼む」

「はい、では、こちらにございます」

けっこう大きなインク壺が置かれる。

やっぱり三百ルガというと結構なものなのだろう。

なにせ銀貨三枚だからな。

ルークは手慣れた様子で大きな布に二つの商品を包むと、銀貨二枚の釣りを財布に戻した。

「それではな」

「またいらっしゃいませ」

そうして、店を出た。

羽根ペンになる羽根は牧場に文字通り掃いて捨てるほどあるので困ることはないだろう。

これで文房具は全て揃ったことになる。

やったね。