軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第327話 女王との軍議

シャンティニオン方面への出張から戻り、遠征軍の一時拠点になっているノイウファーに立ち寄る。

鷲を降ろし、かつてキエン・ルベが使っていた立派な建物に入り、遠征準備のために借り切っている執務室に入ると、そこにはなぜかミャロがいた。

「こんにちは、ユーリくん」

こんにちは、じゃねえよ。

「どうしてここに? シビャクにいるはずじゃ……」

「お忍びで来ました。偽装した予定を入れておいたので、あと数日はバレないでしょう」

それより、なにをしに来たのか気になる。

突っ立ったまま黙っていると、ミャロはソファから立ち上がって、すぐ近くまで来た。胸元で、上目遣いに俺の目を見る。

「アンジェリカ姫とお会いしましたよ。なんで、言ってくれなかったんですか」

「なにを?」

「キャロルさんに瓜二つなことです」

あー……。

それか。やっぱ、俺だけがそう思うわけではないんだな。

「そりゃ、思いつかなかったな。そんなに似てるか?」

ミャロは拳の腹でノックするように俺の胸板をドコドコ叩くと、腕を回して抱きしめてきた。

「馬鹿です。宰相にはお見通しですよ」

「……すまん」

「……もうっ」

満足したのか、ミャロは離れると、もとのソファに戻った。

「条約締結を済ませてきました。彼女、領土の割譲を受け入れましたよ」

「勝手に条約まで決めてきたのか」

たしかにその権限はあるし、制度上なんの問題もない。だがミャロが一言の相談もなく、そんなことをしたのは初めてのことだった。

「明らかに、ユーリくんの様子がおかしかったですからね。まるで、彼女の味方をすることは大前提のような話しぶりでした。彼女が不適格なら、別の支配者を立てるという選択肢もあるのに」

……うーん、それはそうかもしれないが。

「前提がそうなら、向こうに要求を突きつける交渉にはなりません。援軍の料金を値切られる交渉になります。我ながら、ユーリくんに行かせなかったのは英断でした。領土問題が残るのは最悪ですからね」

そう言われてしまうと、立つ瀬がない。

実際、ミャロが言っていることは事実だ。援軍を大前提として行けば、割譲は嫌だと言われたとき、領土問題でこちらが折れるかたちになりかねない。実際、俺はそこを拒絶されたとき、どう説得するかをずっと考えていた。

それを、ミャロはあっさりと全部解決して帰ってきた。スタンドプレーながら、最善の条件をまとめてきたわけだ。

「……すまん」

「まあ、いいですよ。あと、彼女、興味深いことを言っていました」

「なんだ?」

「第二条項について、最大限の融通をする代わりに、ホウ社の現地法人に49%の出資をさせてくれと」

……そっちか。

株式会社の制度についても勉強してんだな。なかなか考えてやがる。

「嬉しそうな顔をしていますよ」

「おっと」

「本気にしないでくださいね。出資金の金額からして、現実的ではないんですから」

「そんなもんどうにでもなるだろ。ホウ社からの持ち出しを、出資金でなく借入金にすればいい」

十ルガで設立した株式会社が、二十億ルガの借り入れをしてはいけないという法はない。もちろん、それは出資金ではないので返済しなければならないが、どうせ身内の金の貸し借りだ。どうとでもなる。

そうすれば、極端な話、小銭のような金額で49%の株を獲得させることもできる。

気づくと、ミャロがこちらを睨んでいた。

「……はあ」

ため息を吐かれた。

「まあ、今は小言は飲み込んでおきますよ。なにもかも、勝ってからのお話ですしね」

「そうだな」

「ところで、今日は一泊する予定なので、よろしくお願いしますね」

ミャロはぺこりと頭を下げた。

望むところだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

一週間後、俺は白暮に乗ってアンジェリカが現在滞在している街までやってきた。

この街はルオークというらしいのだが、あたり一面平原と森しか見えないような平野に、ひだのように盛り上がった丘に寄りかかって建っている。

人間は城を作るとなれば、こんなちっぽけな大地の隆起にも縋りつきたくなるのだろうか、という感想が浮かんでくるような街だった。

城壁の外には、来たる決戦に備えて大軍が集まっている。

都市中央にある城館の庭に鷲を降ろすと、交代予定の天騎士五名が跪き、最敬礼で俺を迎えた。

拘束具を解いて地面に降りると、

「ユーリ閣下、アンジェリカ陛下がお待ちです」

比較的上質な軍装を身にまとった人物が一人、頭を下げて俺を呼んだ。案内役なのだろう。

「ああ」

返事をしてから、天騎士たちを見た。

「お前ら、長期任務ご苦労だったな。帰ったら経費で思う存分休め。特別の宿を手配しておいた」

「お心遣い、痛み入ります」

「交代要員に、伝達事項を伝えておけ」

そう言い残して、足早に移動をはじめる。城館の中に入り、エントランスを右に曲がってすぐの場所が軍議をやっている部屋のようだった。

「ユーリ・ホウ閣下をお連れしました」

「入れ」

部屋の中から女の声がする。

ドアを開かれ、手で入室を促される。入ってみると、そこには四人しかいなかった。どうやら、大勢でやっているわけではないらしい。

「ようこそ、ユーリ殿」

一番向こうにいるアンジェリカは、胸に手を当てて簡単な敬礼をした。同盟を結ぶことで、敬称をつける気になったようだ。

「同盟締結に際して祝宴でも開きたいところだが、あいにく当方にはその余裕もない」

「いいさ。ところで、アンジェリカ陛下と呼べばいいか」

「アンジェでいい」

アンジェ?

「えっと……それは、愛称みたいなものか?」

一応は王を自称してるのに、そんな子供のあだ名呼びみたいなことをさせるのか。

「いいや、アンジェリカという名前が好きではないのだ。特に戦場においてはな。女々しい感じがする」

……まあ、そういうこともあるか。

たしか……アンジェリカという名前は、有名なお伽噺のお姫様として出てくる。性格も深窓の令嬢というか、部屋の中で刺繍をしながら王子様を待っているようなキャラで、間違っても勝ち気で男勝りな性格ではない。テロル語圏では、なんだか女の子女の子したお姫様めいた名前、という印象があるのかもしれない。

「部下にもそう呼ばせている。気兼ねはいらない」

「ああ、なら、アンジェ殿と呼ばせてもらおうか」

「そうしてくれ」

そう言うと、アンジェは目線を落として机上の地図に向けた。

「これを見てくれ」

それは、ティレルメ地方の大地図だった。右上にはティレルメ神帝国という、もはや「かつて存在した」と表現しても不自然ではなくなった国名が書かれている。

「現在、我々がいるのがここだ」

アンジェは教師がよく使うような、細長い金属の棒で地図上の地点を示した。

「アルフレッドの軍はこのあたりに散在していて、集結はしていない。どうも、あちらから打って出てくるつもりはないようだ」

「それが敵主力ではないという可能性は?」

「それはない。間違いなく主力だ」

ふーん……そうか。

それは、確かに解せない動きだ。

「妙だな……前回の戦いからの流れを考えれば、俺たちが援軍に出る事は当然想定しているはずだ。俺が奴の立場なら、半島で内乱にかかりきりになっている間に、なんとしてもアンジェ殿の軍を叩き潰したい。むざむざと合流を許して、ひと塊になった大軍と決戦するという選択肢はない」

むろん、アンジェの方も多勢に無勢の戦争を避けて、攻めてくれば逃げるだろう。しかし、各個撃破を狙いすらせず、眼前で合流されようとしているのに傍観しているだけ、というのはなんとも解せない。

戦略上当然の行動を行わないということは、そこには何か必ず理由が存在する。

離反しようとしている部下を処分してからでないと動けない、というような不都合な阻害要因があるとか、あるいはアルフレッドが重病で指揮が困難だとか、もしくは敵も援軍を待っているとか。それは分からないが、理由なく待っているというのはありえない。

「ユーリ殿の援軍は? 現在はどのあたりにいる」

アンジェが声を向けた。

「あと一週間かそこらで、ここに到着しはじめる。二週間も経てば全軍揃うだろう」

「ユーリ殿は、敵が策を持っているのなら、どんな策だと考える?」

「……さあ、それは、散々やり合ってきたそちら側のほうが詳しいんじゃないのか。教皇領軍は今回参加していないしな」

スパイからの情報では、ガートルートは前回の件で問責を食らって、釈明をするために教皇領に戻っているらしい。教皇領軍は、撤退した後祖国に一直線に戻っている。

いずれ援軍が来るにしろ、どう考えてもこちらの合流のほうがずっと早い。

「例えばの話、大砲を一門、あちら側に奪われたということはないのか」

隠し玉として向こうが使用してくる、みたいな話か?

「あれはすべて番号を振って管理している。唯一所在が掴めていないのは、爆沈した砲艦に載っていた一門だけだ。沈没したのは浅瀬だから、引き揚げられた可能性はゼロとは言えないがな」

まあ、それにしたって難しいだろう。そもそも爆沈の衝撃で破損していないとも限らない。

沈没したということは火薬は濡れているし、あれは黒色火薬を入れてぶっぱなすと壊れる設計になっている。

戦場で自爆させた三門については、三回の自爆はきちんと鷲で確認している。残骸は向こうの手に渡ってしまったと思うが、発砲できる状態の砲が唐突に戦場に現れるなんてことはありえない。

「どのみち、ここらは平地が多すぎる。アレはそれほど役に立たないだろう」

「そうか……なら、一体なにを狙っているのだ……」

アンジェは眉間に皺を寄せて考えている。

「鷲をよく使って緻密に偵察させるしかないな。俺も前回、偵察が足りなかったせいで痛い目を見た」

まさか人造湖を作って決壊させるとはな。

俺も後日くだんの人造湖があった湖を上空から見てみたが、空域を担当していた偵察を責める気にはなれなかった。大規模に森が伐採されているだとか、樹冠越しに見える街道を軍が動いているのを見逃したとかなら大問題だが……森の中のちっぽけな湖の水面が、わずかに上昇しているなんて、意識しなければ上空から気付けるわけがない。

「一応、同じ轍を踏まないよう注意してはおくが……一番可能性があるのは、アンジェ殿、あんたが暗殺されることだ。気をつけてくれよ」

「私は幼少のみぎりから、ずっと命を狙われている。常日頃、四六時中、警戒は常にしているよ。それに今、連中が狙っているのはユーリ殿、あなたのほうかもしれない。私を殺してもシヤルタ王国が漁夫の利を得るだけで、大勢は変わらないからな」

確かに、と思った。アンジェが殺されたところで、俺はいつかアルフレッドを追い詰めて倒すだろう。だが、俺が死ねばおそらく国内は混乱して侵攻はしばらく落ち着く。アルフレッドはその間に勢力劣勢のアンジェを打倒すればいい。

「なるほど、確かにな。なら、連中がやる暗殺の手口を共有しておいてもらえないか」

「ああ。学びたくもなかった事だが、教えてやろう。今、ユーリ殿に死なれては困るからな」

そう言って、アンジェは皮肉げに笑った。それは運命に諧謔を感じなければ生きていられなかった人間特有の、内心に染み付いた苦労と葛藤が滲み出したような笑みだった。決して、キャロルが浮かべることのなかった笑みだった。