作品タイトル不明
第320話 傲慢な皇子
「シェール・マルマセット?」
「はい。今回の反乱に加担していたようです」
ミャロは、俺の執務室のソファに腰掛けながら言った。
マルマセットは、その 生業(なりわい) が魔女の中でも極めて暴力的であった事から、その姓を名乗る魔女で無罪になった者は少ない。その中でも、シェールという名前は記憶に残っていた。
「たしか、シャンティニオンに留学して、帰ってきてから語学学校を開いた変わり種じゃなかったか」
「そうです」
「マルマセットの残党が絡んでたのか? 意外だな。連中は、ルベ家には恨みを持ってるもんだと思ってた」
俺が十歳の頃、キャロルと入学式の宣誓をやったとき、偉そうにしていた教養院院長がイザボー・マルマセットという女だった。
両院の院長という役目は、魔女のひよっこと騎士のひよっこの間で揉め事が起こるたびに最終的な解決を図る役目だったので、当然と言えば当然なのだが、彼女は騎士院院長だったラベロ・ルベと長い間の確執があったらしい。
ラベロは、魔女の反乱が起こった時、騎士の卵たちを守ろうと王都に残った。そこで逮捕され、ブチ込まれた牢ではかなり屈辱的な扱いを受けたようだ。
で、俺が王都を解放した際、出獄するや否や生徒の安否を確かめんと学院に向かい、そこにいたイザボー・マルマセットと口論になり、その場で斬り捨ててしまった。
マルマセットは、その件について、教養院院長という魔女伝統における学識の頂点に位置する者を、私怨で虫けらのように殺した、として抗議をした。
マルマセットに連なる魔女たちは、家業自体が色濃く犯罪性を帯びていた関係上、それからの裁判で大半が死刑になったので、結局この件は有耶無耶になった。しかし、魔女はこういう怨恨をいつまでも忘れない。未だに根に持っているはずだ。
「マルマセットがどうこうというより、ボクが気に食わなかったんでしょう。マルマセットはギュダンヴィエルと因縁の間柄でしたし、魔女にとっては同世代の同性はライバルです。ボクもよく彼女と出来を比べられました。向こうの家でもそうだったはずです」
「要は事あるごとに引き合いに出されて、もっと勉強しろと煽られていたわけか」
「そういうことです。まあ、いつもボクのほうが上でしたけどね。特に斗棋では何度も打ち負かしたせいで、結局あっちはやめてしまいましたし」
……なんだか、ミャロのほうも穏やかならぬ因縁を感じているようだ。たしかに、同世代なのに全学斗棋戦で名前を見かけたことはなかったな。
「ある意味、ユーリくんとリャオさんに似た関係だったと言えるかもしれませんね」
「いや……どうだろうな。俺は奴と会うまで、二、三度名前を聞いただけだったぞ。比べられたことなんてなかった」
俺がそう言うと、ミャロは一瞬羨ましそうな目をしたあと、苦笑した。
「まあ、ユーリくんは入学前から神童として名が聞こえていましたからね。リャオさんの方は、そうではなかったと思いますよ」
「そうかあ?」
「そりゃそうでしょう。さあ神童が入学してくるぞ。実力を見てやろう、と思っていたら、首席入学した上に百二十単位の免除ですからね。その上、入寮したその日に近衛家系のドッラさんを半死半生の目に遭わせて、一体どういう人間なんだ、とみんな思っていましたよ。リャオさんが意識していなかったわけがないですよね」
知らぬは本人ばかりなり、ってことか。まあ、今考えれば、そりゃ目立つだろと思うが。
ていうか、なんの話をしているんだ。
「シェールの話だった。お前を恨んでたのか?」
「ああ、恨んでたというか、こっちは騎士院に進学しちゃいましたからね。教養院では、ボクを貶すような発言が相当多かったそうです。彼女は元々向上心の強い魔女でしたが、それでもペンを握る指に血が滲むような努力をして語学学校を立ち上げたのは、ボクを見返してやりたい、といった思いがあったのではないかと思いますよ」
臥薪嘗胆、というやつだろうか。もちろん、マルマセットの一族である限りは事実上の公職追放の状態にあるので、宰相職にいるミャロと並び立つような出世をすることは不可能だ。だが、王都では誰もが知る語学学校の設立者兼校長ともなれば、いずれは私立大学として認められるかもしれない。そうなれば、著名な私立大学の建学の祖として名を残すことになる。
それは、政治家や公務員としての栄達とは違うが、学者や教育者としては十分な立身出世といえるだろう。
「まあ、どちらにしても、今回のことで全て終わりだがな」
「ですね。語学学校の経営者として、彼女の能力は惜しいですが。明々白々な反逆者ですから」
王城を襲った反逆者どもに、少なくとも七百三十部屋、千五百床近くの潜伏先を提供したというのは、十分すぎるほど極刑に値する罪である。既に勾留もされているし、国益に適う事業をしていたというのは許す理由にはならない。
裁判を経てからの執行となるが、これだけ証拠が揃っていれば極刑は免れないだろう。予約の名義人などは全て偽装されていたようだが、金の出どころを洗うとすべてシェールから出ていることは明白だ。
コンコンッ、とドアがノックされた。
「どうぞ」
返事をすると、ゆっくりと開いた。
「失礼します。あのぅ……クルルアーン龍帝国の皇太子様が、至急面会したいとお出でなのですが……」
比較的温厚な性格で、俺の秘書役にあてがわれている王剣が言った。
「アーディルくんが?」
彼はいつもアポを取るので、こんなことは初めてだった。ミャロに目配せをすると、うんと頷く。
「いいよ。入ってもらってくれ」
「了解しましたぁ」
パタンとドアが閉じられた。呼びにいくのだろう
「タイミングがいいですね」
たしかに。ちょうど、ミャロが同席している時に来るとは。
「なんの用事だろう。祖国に凱旋する決意を固めたのかな」
ミャロは、信じがたいうつけ者を見るような目で俺を見た。
「……なに言ってるんです? 理由なんて一つでしょう。その話をするために、わざわざ資料を持ってきたんですよ」
考えてみれば、こういった戦後処理はミャロに一任している。わざわざ俺に話を通さずとも、ミャロの独断で捌いてしまって問題ない案件だったはずだ。
反乱の加担者には、他にも多くの重鎮がいるわけで、とりわけ彼女に限って裁可を仰ぎに来る理由はない。有罪なのはほぼ確定しているわけだし。
「ユーリくん、本当に忘れちゃったんですか?」
「なにが?」
「シェールはアーン語を喋れるので、アーディルさんが虜囚になった際、クルトスで何日か話し相手になっていました」
あー……そんな話があった気がする。アーディルもなにか気にかけていた。
「だから?」
「だから、って……特別な関係なんですから、処刑しちゃったらまずいでしょう」
アーディルがシェールに惚れていて、それで大急ぎで面会を求めてるって?
まさか。ミャロともあろうものが、恋愛脳じゃあるまいし。
「単なる知り合いだろ。話し相手になったといっても、たった数日の話だ。関係でいったら、アーディルくんは士官学校でも上手くやっているようだし、一年以上一緒に過ごしている友人が大勢いるはずだぞ。ルベ家の家中にいた親友の助命嘆願、とかのほうがよっぽど納得できる」
そちらのほうが、彼の印象としてはずっとしっくりくる。
マルマセットの女に惚れていて、惚れた女を助けるために、一国の摂政に直談判しにくるとか。ないない。そんなことは全然、ありそうにないことだ。
「……ユーリくんって、本当、鈍感ですよねぇ。呆れを通り越して、ときどき心配になりますよ」
「アーディルくんについては、俺のほうがよく人柄を知っている。今ここに向かっているんだから、すぐに判明するだろ。ミャロが間違っていることが」
「ふふん、言いましたね」
人の印象というのは、人づてに聞いたものと、実際に会って知ったものとでは、精細度がまるで違うものだ。
ミャロは彼の情報を知っているにすぎない。
コンコン、とドアがノックされた。
「入れ」
「お連れしました」
アーディルが執務室に入ってくる。士官学校の制服を着ていた。
「おつかれ。三人にしてくれ」
「では、失礼しますー」
王剣が出ていき、部屋は三人きりになった。アーディルは、ミャロが同席しているとは思っていなかった様子で、少しどぎまぎしているように見えた。
「今日はどうした? 彼女がいたら話せない用件なら、退席させてもいいが」
「いえ……」
アーディルは話を切り出すのに、覚悟を要しているように見えた。
「まさかとは思うが、シェール・マルマセットが逮捕されたことと関係があったりするか?」
アーディルの口から、「え? それって、誰のことでしたっけ」という言葉が口から紡がれるかと思った矢先、彼は唇を震わせはじめた。
「閣下、なんとか、シェールを助けてやれないでしょうか」
嘘だろ……。
あまりにもな答えに、ミャロのほうを見ると、にんまりと笑顔を浮かべていた。
そんなことってある?
「えーっと、一応聞くが、一体どんな理由で彼女を救いたいんだ?」
弱みを握られているとか?
「シェールは……僕を叱咤激励して、生まれ変わらせてくれた人なんです。彼女がいなかったら、僕は今もめそめそと泣いているだけの、無力な子供だったはずです」
「恩を感じているのか、それとも、彼女に惚れているのか、どっちだ?」
それによってちょっと話が変わってくる。ミャロのほうをちらりと見ると、笑いをこらえたような顔をしていた。悪あがきだと思っているのだろう。
「惚れています。彼女に」
あー……まじかよ。
ミャロはわずかに頬を赤くしてアーディルを見ている。こんなふうに言われてみたいなあ、とか考えていそうだ。
「ミャロのところの捜査資料だが、読んでみろ」
俺は、手元にあったシェールの犯罪の証拠となるレポートを突き出した。難しいシャン語で書かれているが、今のアーディルであればなんの問題もなく読めるだろう。
アーディルはレポートを受け取ると、つらつらと読み始めた。思いの外早く読み終えると、
「ありがとうございました。本来は、閲覧禁止の機密書類でしょう」
「いいや、既に身柄の拘束は済んでいるからな。きみも、それを知って駆けつけてきたのだろうが」
逮捕される前であったら、逃亡や証拠隠滅の恐れがあるので、いくらなんでも見せるべきではなかった。だが逮捕された後であれば、さしたる問題にはならない。
「うちの国では、ちゃんとした裁判をやっている。近いうちに法廷で提出される証拠だ。彼女が罪状を素直に認めるかどうかは、現段階では不明だがな」
「……有罪になるとしたら、刑はどのようなものになるのでしょうか」
「もちろん、死刑だ。数百万ルガもの大金をかけて、女王がおわす王城を陥落させる兵員を王都に潜ませる手伝いをしたわけだからな。立派な大逆罪だ」
おそらく裁判では宿に泊まらせただけだと主張するのだろうが、この国家を破壊するために金を使ったことに変わりはない。同じ金額で銃器を買って提供した者は死刑で、宿代を払って寝床を提供した者は微罪、なんてことはない。どちらも同じ共犯者だ。
「お願いします。なんとかならないでしょうか」
あーあ、ほんとに惚れ抜いてるんだな。
そんな顔をしている。
「今回の騒動で死刑になりそうな反逆者は山ほどいる。その中で、シェールだけを特別に赦免するのか? もちろん、可能不可能でいえば、それは可能だよ。ここにいるミャロが証拠を握りつぶして不起訴にすればいい。もし罪状が確定した後であっても、シュリカの名で恩赦を出す手がある。方法はよりどりみどりだ」
正直いって、なんの困難もない。多少の不平不満を感じる者は現れるだろうが、針小棒大に彼女の功績を大げさに称えれば、そう大きな文句は出ないだろう。
「だが、それをする理由はなんだ? 彼女は反逆者で、本来なら死刑が相当の重罪人だぞ。それを解き放つなら、相応の理由が必要だ。もちろん、その交渉は君が立場を使うならば簡単だよ。いずれクルルアーン龍帝国の龍帝に即位した暁には、このようなことをしますと。例えば地中海に領有する大きめの島を一つ割譲しますと約束するならば、こちらは喜んでシェールを無罪放免にしよう」
俺は、じっとアーディルの目を見た。
「君にはそれができる。だが、君はそれをするのか?」
アーディルは、俺の目を見返してくる。その目は、俺の言わんとしていることを理解している目だった。公私を混同し、まだ与えられてもいない権力を前借りして、 私(わたくし) のために国益を毀損する。そのことの意味を理解している目をしていた。
「……いいえ、しません」
よかった。
「そうか。なら、重罪人をあえて釈放する理由はないな」
「……分かりました。この度は、筋違いのお願いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いいんだ。またいつでも来てくれ」
「では、失礼します」
アーディルはぺこりと一礼をすると、部屋から去っていった。
「……どうするつもりでしょう?」
ミャロが言った。
「分からないか? 今回は自信があるぞ。ミャロだったらどうする」
「駐在大使経由で父上に相談をして、引き出せる条件を幾つか手に入れて、こちらと交渉……ですかね? 刑の執行が済んでしまってからでは遅いので、こちらに言って死刑を延期させる必要はあるでしょうが」
まあ、それが普通の方法だよな。島の割譲などという話は極端だったが、場合によっては金で解決するという方法もある。
「彼はそんなことはしないよ。私欲のために国益を損なう形態の解決は、どのような形であれ望まないだろう。そんな目をしていた」
「じゃあ、どうするっていうんですか? 皇太子であることを除いたら、彼はただの青年ですよ。なんの力もありません」
「ただの青年じゃない」
戦場で捕虜になったときの彼だったら、親に泣きつくしか方法はなかっただろう。しかし、今の彼は違う。
「傲慢で、優秀な青年だよ」