軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第309話 嵐の前のひととき

「――というわけで、槍のような単純な武器や、軍衣以外の装備は、あらかた持っていかれました。幸い、存在自体が機密だった第一と第二火薬倉庫は無事でしたが」

ホウ社の生産管理を統括している、メガネを掛けた生真面目そうな男が言った。

火薬倉庫は、火のついた何かを投げ入れるだけで大爆発してしまう。つまり破壊工作に弱いので、廃鉱山の坑道を再利用した秘密地下倉庫に備蓄しておいたのが功を奏した形だ。

「生産能力については?」

「一連の騒動の間も高炉は停止しませんでした。なので、現在でも稼働中です」

高炉は一度止まると内部の融解物が冷え固まってしまうので、常時運転する必要がある。止まったことはないが、もし止まった場合は中身だけきれいに取り出す方法はないので、おそらく全部を解体することになる。

戦争が起こったのにシフトに穴を空けず、頑張り続けた高炉班は褒めてやらなければならない。

「ルベ領から運んできた鉄鉱石は鉱石ヤードに積んである分で二ヶ月持つので、銑鉄の生産はそれまで止まりません。問題はむしろ、設備よりも人間のほうです」

ため息をつきたくなった。あのクソ野郎に支配されていたのだから、当然と言えば当然だが、一体何人死んだのだろう。リャオも、幾らなんでも金の卵を生む鶏を台無しにしないよう指示はしていたと思うが。

「具体的な被害は?」

「正確な数字は出ませんが、死亡した人数はさほど多くはないはずです。連中は、抵抗する社員に対しては基本的に逮捕拘禁で対応しようとしましたから」

そりゃそうか。

「不在社員のパターンで最も多いのは、一時的にスオミを去って実家に身を寄せることにした社員です。これは本当に数が多く、彼らが戻ってくるまで生産ラインは穴だらけです」

「現在、全体で何割くらい帰ってきてるんだ?」

「せいぜい、半数程度でしょう」

「じゃあ、三式試作砲の生産は無理だな」

あれも酷い出来の大砲ではあるが、機能する品質に仕上げるだけでも相当の技術が要る。適当に形にすりゃいいってものでもなく、一発で尾門が壊れて二発目を撃てなくなったり、亀裂が入ったり爆散したりしないようにするためには、生産ラインの各地点に手順をわきまえた工員を配置する必要がある。

特に試作ベッセマー転炉と鋳造の過程は安全管理が万全ではないので、わきまえた熟練の工員を配置しないと大事故に繋がりかねない。

「弾薬、投下焼夷弾、旧式銃や白兵武器は作れるだろう。そっちの生産に重点を置いてくれ。開発部は?」

俺は、開発部長の代理として来ている若者に目をやった。俺より年が若い。

「オレ含めて、六名しか残ってません。ですが、すぐ戻ってくると思います」

「ガイウスはどうした」

ガイウスは、スオミを拠点とした重工業地帯の開発部長だ。主に兵器について扱っている。シビャクを中心とした軽工業のほうは、リリーさんが開発部長を兼任していた。

「おやっさん、開発部に来て偉ぶってた騎士をハンマーでぶん殴っちまったもんで、牢屋送りになったんすよ」

なにやってんだよ。あいつは。

「じゃあ、もう解放されてるな。帰ったら、 竜殺し(ドラゴンキラー) を物置小屋から出しとくように言っといてくれ」

「えっ、兵器は持っていかれたって話じゃ」

「あんな物置に置いてあるガラクタ、わざわざ持って行くわけないだろ」

シビャクのほうの第一開発部の倉庫は綺麗に整頓されているが、こっちの倉庫はひどいもんだ。ラッパのように銃身が裂けた銃だの、腔発で砕け散った大砲の残骸だのがゴチャゴチャに突っ込んであり、誰も片付けようとしない。

その中でも、 竜殺し(ドラゴンキラー) は用途を知っていなかったらゴミにしか見えないものだ。鉄くず業者でさえ持っていかないだろう。

「伝えときます」

「そんじゃ、俺からはとりあえず以上だ。なにかある者はいるか?」

これが終わったら、スオミにいる物流部門の連中に命令を出さなければならない。

返事を待っている途中、ふと窓ガラスの外を見ると、一階玄関の外に女性が立っていた。

見覚えがあるような、ないような。どうも仕事着というより私服を着ているように見え、手持ち無沙汰な様子は社員にも見えない。

「ないようですね。では」

俺の返事を待たず、質問を切り上げたのは生産管理担当の男だった。

穴だらけの生産ラインをどうにか動くようにするため、走り回らなければならないのだろう。

「ありゃ、誰だ。社員には見えんが」

そう言うと、窓際にいた幹部連中が外を見た。

驚いた顔をしたのは、生産管理担当の男だった。その顔を見て、結婚式の記憶が脳裏に鮮明に蘇った。

「あいつ、お前の元嫁さんじゃなかったか。半年前に離婚した」

一時期、社内で噂になっていた。

生産管理というのは細かいことを気にする人間でないと務まらず、この男も例に漏れず神経質なのだが、そのせいで嫁さんがブチ切れて家を出ていってしまったのだ。

具体的になにがあったのかは知らないが、高給取りのくせに家に帰ってから毎日自宅の家計簿をつけていたというのだから、喧嘩の内容は察しがつく。

「ヨリを戻したんですよ。この男は、スオミが占拠された日、一目散に川を下って彼女の安否を確かめに行ったんですから」

そう言ったのは、人事部長を務める女性だった。社内では鉄面皮で知られている。人事考課を統括する立場なので、社員の情報には一番詳しい。

「今では再び、らぶらぶですよ。らぶらぶ」

真顔で茶化している。

「やめてください。 私事(わたくしごと) ですから」

「怪我の功名ってやつだな。今度は、二の轍を踏まないよう気をつけるこった」

「会長に言われなくても、分かってますよ。家計簿も、もうつけるのやめましたから」

会議室のあちこちから、からかうような笑い声があがる。

戦争で殺され、蹂躙され、人生が破滅し、あるいは終わる人がいる一方で、こういうことも起こる。その現実は、なんだか勝手気ままな神に運命を弄ばれているような、そんな受け入れがたい事実のように、俺には思えた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

上陸から三週間が経った。

領内の反乱騎士たちの掃討は一週間ほど前に終わっていたのだが、それから兵を補充して軍容を整えるには、やはり時間がかかる。

リャオに時間を与えたくないのは山々だが、兵站を熟知しているミャロが不在なのが大問題だった。参謀連中は必死にやっているが、動きを統括する脳が不在の状態で、手足がバラバラに動いている感じだ。非効率はいかんともしがたい。

そんな中、俺は実家の近くの大きな村に来ていた。

「ご無沙汰しておりました。ユーリ閣下」

アーディル皇太子が、耳と顔を隠していた布を取って、慇懃に頭を下げた。大国の皇太子らしからぬ謙虚な態度だ。

皇太子扱いされない生活に慣れきってしまったからなのだろうが、むしろ心配になる。好感は抱くが、ここまで世間擦れしてしまってよかったのだろうか。

「外してくれ」

おそらくサツキがつけた護衛に言うと、会釈をして部屋を出ていった。ここは、この村の領主の応接間だ。もちろん王城の部屋とは調度の格が違うが、失礼というわけでもないだろう。

「座りなさい」

「失礼します」

アーディルはやや革の擦り減ったソファに座った。追って俺も腰を下ろす。中綿は打ち替えてあるのか、座り心地は悪くない。

「単独でシビャクから逃げてきたそうだな。大変だったろう」

「それほどでも。閣下が墜落した際とは違い、誰かに追われているわけではありませんでしたから」

観戦隊で竜に出くわした時のことを言っているのだろう。懐かしい話だった。

それにしたって、自分で決断をしてシビャクを脱し、単独で森を伝ってカラクモまで落ち延びるというのは、以前の彼であったら考えられない話だ。

「すまないな。君の安全は保証するという話だったのに」

仕方がなかったとはいえ、約束を反故にしたことになる。反乱が起きて首都が占領されることは、クルルアーン龍帝国も想定していなかった事態なので、知らせが届けば大慌てすることだろう。

「いいえ、べつに構いませんよ。こうして無事だったわけですし、特に危険なこともありませんでしたから」

アーディルはむしろ、俺の過保護をたしなめるような口調だった。「この程度のことは、士官学校で訓練した身としては、大した仕事ではありません」とでも言いたげな口ぶりだ。

「君を呼んだのは、一つ提案をするためだ。こうなってしまった以上、君の安全も以前のようには保証できない」

「はい、まあ、そうですね」

「で、この家の別室に、アルビオ共和国の外交官を連れてきている。君がここに来ていることは話していないのだが……」

アーディルは、瞬時に話の流れを察したのか、険しい顔つきになった。

「知っての通り、港は既に確保してある。アルビオ共和国に話を通せば、絶対とは言い切れないが、かなり安全に母国に帰れると思う。反乱の混乱に乗じて王都を脱し、商船に密航したということにすれば、英雄譚としても成り立つだろう」

自力で王都を脱したところまでは事実だしな。

「あー……っと、それは、龍帝国の要請として、そうしてほしいという話が来ているということですか?」

「いいや。そもそも、王都陥落の情報すら向こうには届いていないだろう。届いていたとしても、今知ったばかりといったところだと思う。もちろん、書簡などは届いていない」

「そういうことであれば、その話はお断りさせていただきたいのですが」

即決で断るのか。

「なぜだ? 端的に言って、この地に残るのは危険が伴うぞ。なにもかもが上手くいかず、ルベ家の連中に捕らえられでもしたら、まあ殺されたりはしないだろうが……立場を利用されることになる。何年間も虜囚の待遇になりかねない」

「えーっと、そうだな……そういうのは、覚悟の上です」

覚悟の上と言われてもな。

「今帰ったほうが安全だと思うが……」

「あー、うーん……もう少し時勢が落ち着いたら、ティレルメ地方にある母親の故郷を見てから帰りたいと考えているので」

観光か。

たしかに、軟禁状態から身一つで逃げ出して、ついでに母親の郷里を見て帰ったというのは、なんとも豪胆な話だ。皇帝の若かりし頃の武勇伝としては面白い。

「ルベ家との戦いに勝ち目がなさそうというなら、話は別かもしれませんが。私は閣下の能力を信頼しておりますので」

安全を提案しているのに、こちらを信頼していると言われても困るのだが。

「まあ、向こうから返事も届いていないし、帰りたくないならいいんだ」

俺はあっさりと諦めた。

アーディルは明らかに、それなりの能力を持っている。帰るのが本意ではないとなると、無理やり従わせるのも難しい。拘束しても逃げようとするだろうし、本国からの要請も届いていない今は、そこまでして送り返さなくても不義理とはみなされないだろう。

メリッサには無駄足を踏ませてしまったな。

「それと、閣下。もし許されるのであれば、今回の会戦、間近で学ばせていただきたいのですが」

そうきたか。

「……あー、まさかきみが誤解しているとは思わないが、俺は必勝の将軍ってわけじゃない。つい先日も負けたしな。そして、きみも忘れてはいないだろうが、敗軍とは想像を絶するほどの混乱に晒されるものだ。安全が保証できない」

「知っています。もしもの際は、おかまいなくお願いします」

そう言われてもな。国家間の信義則の問題だから、おかまいがあるという話なのだが。

しかし、自立した男子にとって、危険に飛び込むのは一種の権利な気もする。そういった愚行を一切禁じられたら、青春は窮屈で仕方がない。心身を鍛え上げた今となっては、自身の能力を試したくて仕方がないのだろう。

彼ほどの頭脳と分析力があれば、おそらくシビャクにいた時も、潜伏している王剣のネットワークに接触するだとか、あるいはホウ社と繋がりの強い商人を使うだとかして、より安全な形でカラクモに辿り着く手段はいくつも思いついたはずだ。

しかし、彼は誰の力も借りず、単身でシビャクを脱して、野営を続けて森を抜け、唐突にカラクモに現れた。その行動からは、どことなく青臭い自負心のようなものを感じる。

それは、若者の持つ根拠のない自信なのかもしれない。しかし、そうしたい気持ちも分かるし、それは健全な傲慢のようにも感じる。

「わかった。まあ、いいだろう。だが、部下でないまでも俺の幕下にいる限りは、命令には従ってもらう」

命令といっても、するのは逃げろという命令だけだろうが。

「当然です。必ず従います」

「ならいい。では、もしもの時のために馬を買って乗れるようにしておいてくれ。こちらの軍には、荷馬しかいないからな」

そう言うと、アーディルは途端に難しそうな顔になった。おそらく、森を抜けてシビャクを脱するよりも、よほど難しい仕事だと思ったのだろう。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

それから、俺は無駄足になったメリッサを連れて、家族が眠る墓所に向かった。

「気持ちのいい場所ですねえ」

メリッサは、開けた場所から気持ちよさそうに下界を眺めている。

この視界の中でも、血なまぐさい事件があった。村落の長を務める騎士が抵抗をし、殺害され、わずかな期間とはいえ統治者が移り変わった。

そんなことは、この墓所から見える範囲の世界の中では、起きてほしくなかった。

墓所は、木々は剪定され、所々に季節の花が咲き乱れている。管理が行き届いているのは、管理人の気が利いているからだ。

墓が三基あること以外は、綺麗な庭のようにしか見えない。

メリッサが離れていったのを見ると、俺は一つの墓の前に立った。

「リャオと戦うことになったよ」

リャオは、キャロルの戦友だった。

キャロルがもし喋ってくれたなら、リャオの行動への怒りを分かち合いたかった。愚痴も言えただろう。ミャロへの今までの扱いについては、叱りつけられたかもしれない。

話したかった。

「あのときぶりに、でかい失敗をしちまったが……まあ、なんとかやってみるさ。見ててくれ」

俺は、花束を墓前に手向けた。

同じように、両親の墓に花束を手向けて、祈りを終えて立ち上がる。

「私も祈っていいですか?」

いつのまにか近くに来ていたメリッサが言った。

メリッサは、信心深くはないがイイスス教カルルギ派の信者だ。幼児の際に洗礼も受けている。

「いいさ。冥福を祈る気持ちは、誰だって一緒だ」

俺がそう言うと、メリッサはそれぞれの墓に簡単な祈りを捧げた。

立ち上がると、

「こんなに忙しい中、わざわざ立ち寄るなんて、どなたのお墓なんですか?」

「俺の嫁さんだよ」

「奥さん?」

メリッサは一瞬、顔に疑問符を浮かべると、次の瞬間にはその意味するところを察したようだった。

「えっ、でも、お墓は王都に」

「冗談だ」

「あっ、そうですか……」

メリッサは呆気にとられたように言った。

「地元の友達の墓だ」

そう言い残して、俺は墓所を後にした。

メリッサの言う通り、予定が詰まっている。軍が整いつつあるからだった。すぐに戦争が始まる。