軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第303話 半島への帰還

「あー、楽しかった。今日は結構良かったよ」

なーにが楽しかっただ。

まあ、こいつなりに俺の気分以外の部分では実害が生じないよう調整したんだろうが。

こいつは自分の性癖を満たしたいだけで、情報を売って金を得たいだとか、国に損害を与えたいとかは少しも思っていない。そこが厄介なところで、情報の改ざんもミャロ関係だけで、他の部分は正確だったのだろう。被害は俺が気分を悪くしただけなので、なんとも殺す踏ん切りがつかない。

そして、こいつの頭をおかしくしたのは、王剣という汚れ仕事を請け負う組織の教育であり、仕事なのだ。

「じゃ、私仕事あるから行くね」

「仕事って、なにすんだよ」

「壊れた 玩具(おもちゃ) を捨てるの」

はあ?

なにかの比喩か。

「宗教のヒトって初めてだから、最初は新鮮で楽しかったんだけどねー。人格が荒廃してくると、反応が鈍って楽しくなくなっちゃうからさ。ポイして最後の仕事してもらうの」

「そんなもん、向こうで情緒を立て直すんじゃないのか」

「情緒? あははっ、ないない」エンリケは素人の懸念を笑い飛ばすように言った。「茹で卵は生卵に戻らないでしょ? それと一緒」

よっぽど自信があるのだろう。人間の情緒を知り尽くしたこいつが言うのだから、説得力がある。

しかし、「ポイして仕事する」ということは、五体満足で視覚なども機能する状態なのだろう。つまり、体の機能を破壊する類の拷問はしていないということだ。それで人格だけを痛めつけるというのは……一体、なにをしたのだろうか。

「ま、不発に終わるかもしんないけど。解き放つなら敵国の内側のほうが都合がいいからさ」

「そうか。やってみろ」

「じゃね。ばいばーい」

エンリケは、先程死にかけたとは思えない様子で、首に痣をつけたまま去っていった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

残された俺は、メリッサからの報告を聞き終えた。

「じゃあミャロは、官僚を守るために居残ったっていうのか」

「はい、そうです。そうしないとシャンティニオンを含む東部を維持できなくなるからと」

「……馬鹿が」

そんなもの、どうでもいい。虐殺されようと、官僚なんぞまた作ればいいだけのことだ。

シャンティニオンで反乱が起こって独立されたとしても、また奪い返せばいい。五年かかろうと十年かかろうと、どうとでもなる。

どちらも、時間さえかければ取り返しがつく。

だが、ミャロは一人しかいない。

あいつがいなくなったら、官僚組織を元の通り作り直すことはできない。細部に至るまでミャロの智慧と、こまごまとした気配りが染み通って作られた組織だからだ。制度の記録のとおり作り直しても、元通りの機能には戻らないだろう。ミャロがいなくなったら、十年では効かない期間、こちらの動きは停滞をしてしまうし、侵攻の準備もままならなくなる。

一体全体、自分をどう評価してそんな結論に至ったのか知らないが、あいつは自分を過小評価しすぎだ。

ミャロがいなくなったら、俺は一体誰と国を造ればいいんだ。

「それで、そっちはどうやって王城から逃げたんだ」

「王剣の方々と一緒に。なんだか鉄で作られた紐みたいのに滑車をつけて、島の外に逃げました」

アレを使ったのか。

「怖かったろ。よく平気だったな」

「いえ、人生で一番の恐怖でした……」

メリッサは恐怖を思い出したのか、顔を青くして唇を震わせた。

メリッサと王剣が使ったのは、王城島外の建物に細いワイヤーロープを張って、滑車で降りるジップラインのような緊急脱出装置だ。

ただしブレーキの出来が悪く、熱が入るとすぐに効かなくなってしまうため、どんなにスピードが出ても最後までブレーキを温存しなければならない。途中で恐怖に負けてブレーキをかけてしまうと、最後は猛スピードでクッションに突っ込むことになる。

シュリカに使うには危なすぎるし、鷲ならシビャクの市外まで一気に逃げられることを考えると、女王の脱出には使わない予定の経路だった。

怪我をしている風でもなくここにいるということは、メリッサは恐怖に打ち勝ってブレーキを我慢したことになる。実験では、王剣でさえ何人か骨折したのに。

「今わかっているアルビオ共和国の状況を話してくれ。俺に報告できる範囲でいい」

「秘密情報ではないので、全て報告できます。ええ、大アルビオ島の都市メルキップルを占領するはずだった艦隊は、急遽目標を変え、ウェルケスという港町を守備しています。ティレルメ人との関係は険悪のようですが、防衛は上手くいっているようです」

そりゃ険悪にはなるわな。昨日まで空爆で船を壊し、奇襲上陸をかけては海賊行為をしていたような相手だ。すぐに仲良くなれるわけがない。

「大変な借りを作ってしまったな」

「ええ。恩返しを楽しみにしています」

メリッサはにこやかに微笑んだ。商人の顔をしている。

「で、アンジェリカは無事なんだろうな」

「はい。彼女は大したものです。戦力の大部分をウェルケスから逃がし、鷲を便利使いしながら別働隊として動かしているようです。そのお陰で、領土の切り取りをかなり阻止できているようですね」

ほー、やるじゃないか。

「利用できる物は、トコトン利用するつもりなんだな」

おそらく、ウェルケスというところの防衛は、自前でせずともアルビオ共和国に任せれば十分と踏んだのだろう。

もちろんウェルケスの防衛は手薄になるだろうが、仮に陥落したところで致命傷ではない。共和国の船に乗って海に逃れればいいからだ。普通は元敵国をそこまで信頼できないものだが、この状況では大胆にリスクを取ってでも自軍を自由にすべきだと考えたのだろう。

そんな状況でも、アルフレッドはアンジェリカを目の前にすればウェルケスに拘泥せずにはいられない。

俺は再び、メリッサが作った地図に目を落とした。

「動揺地域という部分は?」

察しはついているが、一応訊ねた。

「カラクモにある正統政府の支配が届いていない地域ですね。そのあたりの地域は、併合した際に軍属でない選挙市長に統治を任せたため、軍事的には脆弱です。特に、地図中で島になっている三地域は、明確に反乱軍に寝返っていると見られています」

「……そうか」

その理由は心当たりがあった。この三つの地域の辺りには、クビにして、しかしその土地に未だに腰を据えて暮らしているタカ派の元高位騎士がいる。そいつらが手勢を用いて復権したのだろう。

相槌を打ちながら、少し考える。

「ちょっと話が戻るが」と前置きして、「やはり、密通者――スパイはいるだろうな」

と、俺は言った。

「でしょうね。どれだけ軍系統に食い込んでいるかは不明ですが」

裏切ったジャノ・エクは、元々はホウ家の家臣団の重鎮だった家の男だ。エク家隷下にあった家は取り潰したわけではない。そのまま軍系統に組み込んだ家も相当数あるわけで、その中に密通者がいてもまったくおかしくはない。

リャオはバカではない。その辺りの計略を巡らせるのは得意な方だ。斗棋も、寮内で代表になるくらいの腕はあった。

「方針は決まった」

「では閣下、どのように?」

メリッサは、演劇の出来を楽しみにする観客のような顔をして言った。

「俺は、人の嫌がることを見抜くのが得意だ。あの馬鹿が嫌がることを、上から順にやってやる」

そこから一息いれて、俺は言った。

「ともあれ、すべてはカラクモに帰ってからだ。伝令を出して、帰還を伝える。サツキを安心させてやらなきゃな」

◇ ◇ ◇

「この作戦、成否はお前らの働きにかかっている。分かっているな」

俺は、南西から吹く夜風に顔をなぶられながら言った。傍らには、白暮がいる。

「一ヶ月でも時間があれば、もっと準備を整えられたんだが、今回は今持っている手札で無理にでもやるしかない。無茶を強いるが、今回ばかりは堪えてくれ」

「どんなに無茶でも、一人くらいは骨を折らずに済むでしょう」

部隊を率いる古参の騎士が言った。

「一人でも残れば、あそこにおる雑兵など、ものの数ではございません。我らが槍の錆にしてくれます」

「頼んだぞ」

俺は、後ろで不安げに見ていた船長に声をかけた。

「……お前らは、衝撃の前に海に飛び込め。軍属の無茶につきあう必要はない」

この船はホウ社所属の船だった。船員は、船長を含め全員民間人だ。

「ええ、そうさせてもらいますよ。ここぞというところまで、舵を切り終えたら」

おそらく、この船長は最後まで船に残るだろう。

「……すまん」

「私は、元はアイサ孤島往還船の船長をしていたんです。金をもらって生き死にの航海をするのは慣れています。ま、あとで金で報いてください」

「ああ。それは人殺しの次に、俺の得意な分野だ。期待しておけ」

◇ ◇ ◇

夜の闇に紛れながら、帆を畳んだ一隻の帆船が、音もなく港に近づいていく。

その帆船は、桟橋ではなく砂利の海岸に舳先を向けている。船長も俺も、このスオミの構造は知り尽くしていた。

海岸線は、スオミの街の灯火で、周囲に比べると少し明るい。月が見えているのもあって、闇に目を慣らせば海岸線のシルエットくらいは視認することができた。

帆船は、帆を畳んだまま操舵のみでカーブをしながら、海岸に突っ込んでゆく。

事前にゆるいカーブをかけたのは、船に傾斜をかけるためだ。錨が着底すると船は旋回をはじめ、ゴゴォ――ッという盛大な音を立てながら、砂利の砂浜に大きく乗り上げ、そのまま傾斜のついたほうに倒れた。

そして、その先には建物があった。船の係留や荷下ろしに必要な、なんやかんやの道具を入れておく物置だ。

船は傾いた船体でその屋根を押しつぶし、それをクッションにしながら、轟音と土煙を立てて横倒しになった。

それを空から見ていた俺は、火炎瓶に火をつけ、闇夜の中を急降下していった。

なんだか、慣れない感じだ。

いつもの自分であったら、もう少し工作をしていたろう。スオミにはこちらの配下の者も多い。鷲を使って近傍の森かどこかに着陸し、そこからスオミに入って破壊工作をすれば、もっと楽にやれたと思う。

今も、危険な夜間の急降下爆撃などしなくて済んだはずだ。

俺は、かなり高い高度で火炎瓶を落とした。夜間の急降下は、高度を見誤りやすい。

運の良いことに、火炎瓶は無事に石造りの桟橋に命中して炎をあげた。

連中は、夜間に強襲上陸した精鋭にかかりきりで、人もいない桟橋に火の手が上がったことなど気づきもしないだろう。

しかし、これは必要だった。

街の明かりが、長い桟橋の奥にまでは届いていなかったからだ。いかな手練れの船乗りといっても、見えない桟橋に船をつけるのは難しい。

こんな作戦、昼間にやれという話ではあるのだが、それだと敵の鷲に見つかって、兵が満載されている船を焼かれる危険があった。夜間、無灯火の状況なら、甲板貫通焼夷弾を命中させるのは困難を極める。

我ながら、厄介な兵器を開発したもんだ。

◇ ◇ ◇

早朝、空が白みはじめたスオミの街並みは、喧騒と流血に彩られている。

一方的な虐殺、といってもいいかもしれない。

まずはカラクモに戻る、という欺瞞情報を信じていたのか、防衛をしていた連中は油断しきっていた。強襲上陸のあとに桟橋への接岸が成功し、渡し板から兵たちが溢れ出てきた時点で、勝敗は決まったようなものだった。

上陸後、戦いの前線は港から市街地へと移った。戦いの様相は、上陸作戦から掃討戦へと移行し、こちらの軍は逃げる兎を狩りたてるように叛徒どもを駆逐している。

細身の槍を持ちながら、数人の護衛を引き連れて歩いていく。街の所々で殺し合いにならない殺しが行われていた。

軍は俺が帰ってきたことを大声で叫んでいて、それに呼応した市民が長い棒でもって逃げようとする敗残兵を押し留めたりしている。あんまりそういうことはしてほしくないのだが、連中の横暴にかなり鬱憤が溜まっていたのだろう。

向かう先は決まっていた。政庁だ。

スオミの政庁は、今でもエク家の邸宅をそのまま使っている。塀は高く堅牢で、城壁のように上を人が歩けるようにはなっていないが、所々に弓矢や銃を放てる見張り台が立っている。

しかし、すでに門は破られていた。火薬を使って簡単に門を破る兵器があるので、こういう簡易な門は軍の前では機能しない。

中に入ると、突き殺され斬り殺された兵たちの骸が無数に横たわっていた。

そもそも、エク家の旧領の騎士たちは、親父のルークが当主になった際、ホウ家に吸収されている。今回の反乱に加担したのは、エク家への忠誠心が特別に強く、内心ではホウ家に反感を持っていた一部の層だけだろう。それに、すでに滅ぼされた将家の残党を足し合わせた軍だ。

そんな有象無象の連中は、ホウ家の正規軍にかかれば虫けらのようなものだ。

「閣下!」

俺を見つけた騎士の一人が、弾かれるように敬礼をした。

「状況は?」

「そろそろ終わります。三階の大会議室に立て籠もっておりまして」

「降伏勧告に従わないのか?」

「総大将が拒んでいるようです」

はあ?

「ジャノ・エクがここにいるのか」

「そのようです。顔を見た者がいました」

「阿呆か、あいつは」

こんなところに籠もってなんになる。

スオミは貿易都市だ。港湾機能の他には出版などの軽工業しかなく、兵器を作るための重工業は、水力の利用に便利な上流の湖畔地域に集中している。

言うまでもなく、そこはこちらが最も取り返したい、重要な戦略要地だ。上流方面に逃げられて、体勢を立て直されたほうが百万倍厄介だった。

スオミの防衛では負けたとしても、そこから進軍の邪魔をすることはできる。すぐさまルベ家に一報をいれて、道を破壊したりしながら迅速な進軍を阻止し、援軍が派遣されてくるまでの時間稼ぎをすればいい。そうなったら大変困ったことになるし、こちらは当たり前にそうしてくると思っていた。

こんな大して堅くもない拠点に籠もって、自ら袋の鼠になって一網打尽にされるというのは、戦略的にはなんの意味もない。ホウ家でこれをやったら降格ものだ。

「まあいい。三階だな」