軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第296話 老兵

鷲に乗って教会に戻ってみると、ディミトリは門の直ぐ側に立って指揮をしていた。

よかった。出発までに間に合ったようだ。

すぐに降下をし、人に群がられる中で抗束帯を外しにかかった。

ディミトリが走って近づいてくる。

「閣下! ご無事でしたか」

「アンジェリカと話がついた。南東ではなく、北に退路を取るぞ」

大急ぎで事を運ばなければならなかったのは、これが理由だった。アンジェリカ領側のルートを使うなら進路は北だが、シャンティニオンに向かうなら南東だ。のんびりと撤退しながら交渉をするという方法は取れない。

「各軍に行動指針の通達が終わり次第、行動を開始する。砲兵は標的を変え、教皇軍の対アンジェリカ前線を舐めるように砲撃。砲は持っていけないから、並行して自爆の準備もしておくように伝えろ」

「ハッ!」

砲兵直属の伝令が走っていった。

アンジェリカ軍が瓦解してから撤退するのと、持ちこたえている間に撤退するのとでは、こちらの被害が十倍以上も違ってくるような状況だ。できるだけ援護して、なるべく敵に苦戦させなければならない。

「お前っ」もう一人伝令をとっ捕まえる。「集成騎兵隊を指揮しているドッラに伝令だ。お前はなにもせず、引いた位置で鳥の脚を残しておけ。あとで死ぬほど酷使することになるから、と。行けっ」

「ハッ!」

返事をした伝令の敬礼した手が降りるより先に、もう一人捕まえた。

「アルフレッド陣営との連絡役をしていた鷲乗りを探して、ここに連れてこい。アンジェリカ陣営との連絡役にする」

テロル語ができるからな。

「分かりました! 探してきます」

走っていった。

忙しい忙しい。

「閣下」

ディミトリが声をかけてきた。

「お前は配下に撤退を周知して、いつでも動けるようにしておけ。俺はジーノのところに用がある」

「閣下がお留守の間に、ここに残って玉砕するための隊を作りました。いかがなさいますか?」

一瞬、意味が分からなかった。

ここは一応、応急的にではあるが籠もって戦えるようにしてある。

なので、捨て石として最後までここに残って敵を引き付ける隊を作ったということだ。

「――てめえ、ディミトリ。どういうつもりだ」

思わず怒りを見せるが、ディミトリは動じなかった。

「閣下が、そういった用兵を好まないことは承知の上です。しかし、私が指揮した場合、そのような方法を使わねば兵の過半を生きては帰せないと判断しました」

俺が帰ってこなかったら、という場合か。

帰ってこなかったときの指揮を任せて出ていったのは俺だ。

「二百名、全員が志願した老兵です。この状況では、彼ら一人ひとりが百人の命を救うでしょう。もちろん、ユーリ閣下の命があればただちに原隊に復帰させます」

「――隊はどこにいる。俺が直接見る」

「……北側の塀の近くに集まっているはずです」

「お前はここを預かれ。アンジェリカ陣営への近接航空支援を指示しておけ。前線で猛攻を加えている部分を、出鼻をくじくように猛爆させろ」

「了解しました」

ディミトリが敬礼すると、俺は早足で歩きだした。

◇ ◇ ◇

考え事をしながら北側の塀のあたりにたどり着くと、そこにはゲラゲラと笑いながら談笑している一団があった。

六十代から八十代の爺たちが、同窓会のように集まってはしゃいでいる。かつての戦場での思い出話に花を咲かせているのだろうか。

「おっ、ユーリ殿っ! 皆のもの、我らが軍神が参られたぞっ!」

半ばおどけるように言ったのは、顔見知りの老将だった。

名をヴィトー・モリという。もう八十をかなり超えていた気がする。息子は先々代のゴウクの戦いで戦死したが、孫が残っている。

「ヴィトー。あんたか」

モリ家といえば、ホウ家の家中でいえばかなり大きな家で、普段は数千ほどの兵を率いている。

こんなところで二百名ほどを率いて玉砕するような立場ではない。

「指揮は孫に預けてきましたわ。やつも三十になるのでね、継がせるには遅すぎたくらいです」

「あんた――」

すぐさま解散して原隊に戻れ、という言葉が、口から出てこなかった。

こいつらは覚悟を決めていて、己の死の結末が味方を守るための捨て石であることを、誇りにすら思っている。それがひしひしと伝わってきた。これが心からの本望なのだろう。

「死んじまうんだぞ。いいのか?」

生きるために戦って、その結果死ぬことと、最初から死ぬために戦うのは、まったく質の違う話だ。

俺は常々、そう考えてきた。

「ユーリ殿、これは我ら老兵の最後の花道で、上出来すぎる舞台です。感謝こそあれ、誰一人恨み言などわずかにもございません。お願いですから死に場所を奪わんでください」

そういってニヤリと笑ったヴィトーの表情は、なんだかソイムを彷彿とさせた。

「花道ってのは、戻る道あっての花道だろ」

「それは 黄泉路(よみじ) の――」

「そういうこと言ってんじゃねえ。退路を作ろうとはしろ」

「フッ」

ヴィトーは吹き出すように笑った。

「それは贅沢な望みというもんですな。この状況では」

「今から説明する。そこに大砲があるな?」

左にある大砲を指差すと、ヴィトーはそちらを見た。

「はぁ、ありますな」

「あれは、撤退時に爆破していく。敵に鹵獲されるわけにはいかないからな。普段の発射薬より倍以上強い火薬を入れて、過負荷をかけて破壊するんだ。つまり、あれ自体が巨大な爆弾のようになって、ド派手に爆散することになる」

普通にやると砲口から圧力が逃げてしまうので、先端がお椀のようにくびれた特殊砲弾を装填する。後ろから圧力がかかると開くように変形し、周囲に配したセラミックが砲腔側面に喰いついて、発射されないよう踏ん張る仕組みになっている。

それに加えて、火薬も黒色火薬を包んだものを使う。実験では、砲が原型を留めないほど見事に爆散した。

「そりゃあ見ものですな」

「察しが悪いな」

俺はにやりと笑った。

「この場所は高台だろ。町の周囲は坂になってる。あんな鉄の塊が転がり落ちてきて、兵を轢き潰してから、今まで見たこともねえような大爆発をする。そんなもんを三個も突っ込ませたあとなら、包囲も突破できる気がしねえか?」

そう言うと、ヴィトーは一瞬あっけに取られたような顔をしたあと、おもちゃを与えられた子供のような凄惨な笑みを作った。

「おもしろい。やってみせましょう」

「これでやっと言えるな」

「は?」

俺はヴィトーの肩に手を置いた。

「生き残れよ、ヴィトー」

「――はい」

「お互い生きて、また会おう。お前らの働き、期待しているぞ」

そう言い残すと、俺は砲兵部隊に詳細な指示を伝えるために歩いていった。

◇ ◇ ◇

「閣下!」

諸事が終わり教会に戻ると、ディミトリが血相を変えて話しかけてきた。

「偵察の報告によって、アンジェリカ領への街道が断絶していることがわかりました。橋が壊されています」

「そうか」

凶報続きで感覚が麻痺してしまっているのか、予想できていたからか、なんとも思わなかった。

どちらかというと、やっぱりな。という感じだ。

そもそも、河川を通る道はアルフレッド領の一部だ。これだけ綿密な計画なら、それくらいの下準備はしていてもおかしくはない。橋というのは構造力学的な弱点を破壊すれば簡単に壊せる。人員も金も、それほど必要なわけではない。

「以前のように応急架橋でしのげる形ではありません。徹底的に壊されています」

連中にとって、北へ進路を取るのは、本来想定していなかった動きのはずだ。念には念を入れて、そのルートの橋まで徹底的に破壊する準備をしておくというのは、相当気合が入っている。

まあ、それも仕方がない。俺だったら、俺のような気味の悪い奇策を好む相手を仕留めるためなら、そのくらいのことはする。

「なんとかなるさ。川があるってことは、一度渡っちまえばそこで防衛できるってことだからな」

撤退戦では、当然追撃してくる敵を防ぐ必要がある。普通は、とりあえずは味方の大部分が軍を退くまでその場で防ぎ、その後は後退しながら戦い、できれば大軍が行動しにくい森林だとか、狭隘な谷地で時間を稼ぐものだ。

言うまでもなく、河川で防げるなら理想的だ。

「しかし、どうやって川を渡るのです?」

「橋を架けるさ。こういう時のために工兵を育ててきたんだから」

工兵というのは基本的に実戦闘では戦わない、工事専門の兵種だ。

戦闘技能よりも測量や建築の知識が必要なので、普通の戦闘部門とはまったく異なる訓練が必要になる。もちろん、応急架橋の訓練もしている。

「閣下、我らは補給物資をそれほど多く持ってはいません。ましてや建材の調達など、困難を極めます。架橋に十日もかかっていたら、こちらは殲滅されてしまいます」

「鷲を使えばすぐに調達できる」

「……鷲? 鷲で橋を作るというのですか」

「圧倒的な機動力ってのは、なにかにつけ便利なのさ。とにかく、そっちのほうは気にすんな。俺がなんとかする。お前は撤退戦の指揮のことだけ考えてろ」

「はぁ、そういうことなら、了解しましたが……」

俺は工兵部隊の場所に向かって歩き出した。護衛を付け、最優先で先行させなければならない。