軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第287話 メリッサとの謀議

居間として使われている部屋に入ると、そこにはアルビオ共和国から来ているメリッサがいた。

「あっ、閣下――」

ソファに座りながらこちらを見たメリッサは、あんぐりと口を開けた。

片手で抱きかかえている上機嫌のシュリカが、コアラのように俺に抱きついているからだろう。

「かっわ……天使すぎる……」

メリッサは、陶然としたような顔でこちらを見ながら、母語であるテロル語でつぶやいた。

「羨ましいか?」

「羨ましいです。代わってください」

頭が動いていないのか、テロル語で話しかけるとつらつらと言葉を返してきた。

「プレゼントでもやって、自力でたぶらかすんだな」

「でも、お菓子は王剣さんに止められたし……庶民の子ならともかく、お姫様が大喜びするプレゼントなんて……」

やってはみたんかい。

まあたしかに、シュリカは望めば大抵のものは手に入るので、大喜びするプレゼントを考えるのは難しいかもしれない。

「あんがい、故郷のオモチャなんかがウケるかもしれないぞ」

「そうですね……今度取り寄せてみます」

「めりっさ、なんかくれるのー?」

俺の胸元から顔を離したシュリカが、シャン語で言った。

え、理解できてたのかさっきの。

……まあ、プレゼントって単語を拾っただけだろうな。

「えっ!? あっ、閣下、なに言わせてるんですかっ」

「言わせてねえ。お前の心の声が外に漏れてただけだ」

「そっ、そんな……シュリカ陛下のことを大好きなのがバレてしまった……」

いやみんな知ってるから。

ことあるごとに理由をつけて会おうとするし。外国の駐在武官が四歳の幼女に会おうとする理由ってあんまねえだろ。

「わたしもめりっさのことすきー」

「……え」

「ふつーにすきー。やさしーし」

どっちかというと、それは好きというより「好感度のゲージが、真ん中より好き側に傾いているので、表現とすれば好き」という感じがするが……。

メリッサはそれでも全然構わない様子で、今まで会ったクラ人の中で一番嬉しそうな顔をしていた。

「じゃあ、だっこしていいですか?」

「それはだめー」

「えっ」

「だめっ。だれにでもだっこはしないよ。だっこはとくべつなひととじゃなきゃ、しちゃいけないんだよ」

誰が教えたのだろう? まあ、仮にも女王が誰彼構わず抱っこされてたら変だしな。

しかしメリッサはどーんと落ち込んでしまった顔をしている。

「だめですか……えぇ……」

「あくしゅならいーよ」

「じゃあ、握手してください」

「いーよ、ほら」

シュリカは俺に抱っこされながら、片手を離して差し出した。

メリッサはすぐに近寄ってきて、小さな手と握手をした。俺からすると両方ともミニサイズなので、なんだかサイズ感が変だ。

「わぁ……ぷにぷにぃ……」

なんだか幸せそうな顔をしておる。

それでいいのか。

そのとき、後ろのドアが開いた。

「ユーリ閣下……ん? なにをしているんです?」

ミャロだった。

「娘と遊んでる。シュリカ、そろそろ下ろすぞ。メイドさんを見つけてお着替えを手伝ってもらえ」

「うんっ。そーする。おとーさん、ありがとねー」

床に下ろすと、シュリカは嬉しそうにこっちを振り返りながら、メイドの控室のほうに走っていった。

都合よくいなくなってくれたな。

「作戦会議だ。ティレルメを攻める」

「――私の助言は必要でしょうか?」

メリッサが言った。顔は仕事モードに切り替わっている。

メリッサは、アルビオ共和国の人間だ。なのでメリッサの前で話した内容は、アルビオ共和国に筒抜けになる。こちらもそれは承知の上なので、聞かれたくない話をするときは呼ばない。

「ああ、もちろんだ」

「では、別室で視察の報告をお聞かせください」

メリッサは先程シュリカに向けていたほんわかした笑みを消し、生え抜きのエリート分析官の顔になっていた。

ただの可愛い幼女好きでは、国の代表としてここに派遣されてくることはできない。

「というか、つい先程カルノーさんから報告が来ましたよ。キエン・ルベが亡くなったと」

「……そうか」

俺は借り物の鷲のポテンシャルをよく把握していなかったので、危険な海峡渡りをするつもりになれず、途中で一泊して帰還した。

鷲を替えながら飛べば一日で移動できる距離なので、それで順番が前後したのだろう。とはいえ、それならばキエンが死亡したのは俺が去ったその日ということになる。

「お悔やみを申し上げます」

メリッサが哀悼の意を表した。そして、

「戦いは総大将が重傷を負うほど激しいものだったのですね。詳細を聞かせていただけますか?」

と冷静に言った。

◇ ◇ ◇

「――軍事的な意図が読めませんね。虎の子の神殿騎士団を使い捨てるとは」

やはりというか、メリッサも俺と同様の疑問を抱いたようだ。

「軍事的な意図がないのだとすると、政治的な意図で動いていたのかもしれない。あそこで死んだ第四師団の団長が、熱烈な教皇派で処分したかった……って可能性を考えてたんだが、どう思う?」

「それは、ありえそうですね。まずは素性を洗ってみましょうか。詳しくは本土に問い合わせるとして、簡単な情報なら私の持ち込んだ本に載っているかもしれません」

メリッサは席を立つと、本棚に向かった。

「えーっと……ありました」

と言いながら、羊皮紙の分厚い本を引っ張り出して重たそうに運ぶと、机の上に置いて開いた。

「教皇領の 紳士録(フーズ・フー) です。去年の版ですね。まずは要職ごとの逆引きから……えーっと、第Ⅳ、第Ⅳ……お名前は、ジャコモ・ヴェラニウスですね」

そう一人ごちると、巻末の逆引きから戻って、人物名を探しはじめた。

「ありました。シドッチ修道院にて修道生活を送る――十五歳で還俗後入隊、ということは、実際に何年も修道士の生活を送った方ですね。第Ⅳ師団に入隊後……順調に出世しています。家族関係は……まったくないので、無名の家の出か、あるいは孤児だったのでしょう」

「これといって深掘りできる内容じゃないな。まあ、そういう本だから、当たり前っちゃ当たり前か」

紳士録(フーズ・フー) というのは、国の中にいる要人の名前と略歴、家系、あとは住所などが書いてある社交用の本だ。たとえば繋がりを作りたい貴族に贈り物を贈りたい時や、パーティーで名前だけ聞いた人間の素性を調べたい時などに使う。貴族社会で社交をしようと思ったら、一家に一冊は備えておきたい。

ただ、もちろん紙面には限りがあるので、全ての人間の知りうる限りの情報を載せておくことはできない。情報量は人物の重要度によって異なるが、基本的には極めて簡単な内容のみになる。その人の醜聞に関わるような来歴も載らない。たとえば孤児だったとか、そういった情報だ。

「いえ、待ってください。確か……」

メリッサは本を開いたまま、自分の使っている分厚いかばんを漁りだした。厚紙で作られたファイルから、雑多な内容が書いてある紙束を取り出して、調べ始めた。

「――ありました。教皇領で粛清された人物のリストに、シドッチ修道院の修道院長の名が書いてあります」

「……さすがですね。やっぱり、あなたを 招聘(しょうへい) して正解でした」

ミャロが言った。国内政治や謀略については辣腕を振るうミャロも、遠く離れた外国の内部事情をこうも鮮やかに引っ張り出すことはできないだろう。

「いえ、これくらいは……彼が幼少期に影響を受けたであろう人物が、教皇派の思想を持っていた、というだけのことです。推論を補強する一つの要素にしかなりません。 分析(アナライズ) の一歩目というところです」

「やはり、詳しい事情を探るには現地の工作員に探ってもらわないといけませんか」

「そうですね。聖都を守る師団の一つがまったく無意味に壊滅したとなったら、それに関わる事情は嫌でも表にでてくるはずですから。現地の工作員が話題を拾うのは、そう難しいことではありません」

「では、引き続き手配の方をお願いします」

「了解です――ところで」

メリッサは俺の顔を見た。

「いよいよティレルメを攻めると?」

「ああ、そのつもりだ」

「では、 う(・) ち(・) も一噛みさせていただきます」

「今か?」

メリッサが属するアルビオ共和国は、大小アルビオ島の併合を宿願としている。

アルビオ共和国はグレートブリテン島に当たる大アルビオ島の北部分、スコットランドの部分を昔からの領土としているが、攻めている側というよりは攻められている側で、南部の平野部分から攻めようとしてくる敵を、山岳や丘陵を使った防衛線でなんとか阻止しているという状態だ。

その平野部分を制圧しているのは、ユーフォス連邦というまた別のカソリカ派の国だ。当然だが、アルビオ共和国はこの国を最大の仮想敵国としている。

「こちらがユーフォス連邦を攻める段になってから、一気に攻めるのが楽だと思うが」

「それは、彼らの本国が危機に瀕した場合、大アルビオ島から援軍が向かうはずなので、防備が手薄になるであろうという想定によってのものですよね」

「そうだな」

「最近のユーフォス連邦は、大アルビオ島に対して独立した防衛をするように指示しています。つまり、危機に陥っても助けに向かわないし、自分たちも援軍を求めないという 基本戦略(ドクトリン) ですね。彼らの立場に立ってみれば、正しい戦略だと思います」

まあ、そうか。

開戦して攻められたから、援軍を送る。それ自体は至極当然の行動だが、それは移動中の損耗が無視できるほど小さい場合の話だ。

ユーフォス連邦の場合は、船に乗せて海峡を渡らなければならないのだから、そこで沈没させられてしまったら折角の援軍も海の藻屑と消えてしまう。

本土側と大アルビオ島との間の戦力移動に、たとえば40%の損耗が見込まれるなら、そんな移動はせず各々で防衛したほうがよい、と考えるのは自然な発想だろう。

大アルビオ島は肥沃な土地なので、交通が断絶しても飢えてしまうわけではない。連絡のみであれば伝書鳩という方法もある。

「つまり、ユーフォス連邦破綻を待つのはそれほど意味を持たなくなったわけです。それとは別に、我々アルビオ共和国軍の問題もあります。中部に存在する従来の戦線には、敵の側にも城塞を用いた防衛線が存在してます。陸軍弱体の我が軍では、これを 一気呵成(いっきかせい) に突き破るのは難しいのです」

話が読めてきた。

「海を握っているなら、そんな防衛線に律儀につきあってやる必要はない、ってことだな」

「その通り、ご明察です。シヤルタ王国の本土攻略に歩調を合わせるにしても、それに先駆けて港湾都市をどこか一都市奪っておきたい。そうすれば、そこを起点に攻めることもできますし、その攻勢を警戒されて防衛の準備を整えられたとしても、北に配備される戦力を削ぐことができます」

なるほど、それは道理だ。

もし奪い返されたとなっても、アルビオ共和国は海に逃れることができる。その場で殲滅されることはないだろう。

「攻略する港湾都市は、具体的にどこか決めてあるのか?」

「いくつか案があって、現在は策定中です。ただ、ティレルメ地方攻略が決まったと報告を送れば、その日から急速に段取りが進むはずです。歩調を合わせるのは十分可能かと」

「まあ、こちらとしては歓迎だな。ティレルメを攻めるとなれば、ユーフォス連邦も援軍を出してくるかもしれない。その数を一人でも減らせるなら、大歓迎だ」

「それで、閣下としてはどちらから攻めるつもりなのですか? 海側か、陸側か……」

これは、暗に妹の方のアンジェリカ女王の支配地域か、兄であるアルフレッド王の支配地域か、どちらを攻めるか聞いているのだろう。

「まずはそこからだな。今回の侵攻、敵軍はアンジェリカの支配地域から出てきた。だが、兄妹二人とも、そもそも教皇領と敵対していたわけじゃない。べつに、要求があったなら通行を許可するのはなんら不思議じゃない」

「ですが、条件が同じなら、アルフレッド王の支配地域を通ったほうが明らかにメリットが大きいです。海沿いルートに比べれば高低差は大きいですが、整備の行き届いた大きめの街道を使えますから。それを考えると、あえてアンジェリカ王の領を使ったのは、教皇領との強い結びつきがあって、行軍中の庇護を期待できるからだ――と見ることもできます」

「うーん……それはそうかもな」

実際、街道が大きいか小さいかというのは、行軍においては大問題だ。細い道というのは、それだけで行軍が遅くなるし、軍の隊列も細長くなる。細長くなれば奇襲に対応しにくくなるし、良いことは本当に一つもない。俺だったら、少しくらい高低差があっても、大きめの街道を使いたいと思うだろう。とんでもない峠道が五個も六個も行く手を塞いでいるというなら別だが。

「そういった外交関係は複雑なので、なんとも言えないと思います」ミャロが言った。「たとえば、教皇領ではなくフリューシャ王国のほうに強力なツテがあって、そちらが口利きをしたのかもしれません。でも、どちらにせよ……」

ミャロが神妙な顔で続けた。

「宰相であるボクの意見としては、ティレルメ地域については、占領後は傀儡政権に統治させたいです。こちら側の領地管理のキャパシティは限界なので、北部を除いた大部分については併合という選択肢はありません」

北部については、シャンティラ大皇国時代の旧土なので、そこまでは併合しないと国民が納得しない。

「戦後、更に先に軍を進めていくことを考えると――アルフレッドは、傀儡の王として適任ではありません。彼を排除することを前提に戦略を立てていかないと……えーっと、たてがみに蛇を飼う獅子になりかねません。こちらの命取りになりうる、重大な懸念事項です」

たてがみに蛇を飼う獅子、というのはテロル語の表現で、いつ首に毒牙を突き立てられるかもわからない状況なのに、悠長にたてがみの中で蛇を飼っている愚かな獅子、という意味の慣用句だ。

「その辺は俺も承知してる。なにを考えているかわからん狂人など、飼っておくつもりはない」

言ってみれば、あいつは俺がティレルメ地域を紛争地帯にするために作り上げた、人造の狂人なわけだが、アンジェリカと戦っているうちは役に立つ人材ではあるものの、味方に引き入れて制御できるような存在ではない。

ただ、政治というのは奇妙なもので、場当たり的にアルフレッドを便利使いしていると、後々処分できなくなってしまう可能性がある。

「でも、アンジェリカ王を傀儡にすることはできないでしょう。第三者を立てるつもりなんですか?」

メリッサが、不思議そうに言った。

「なぜできないんですか? 我々は、別にアルフレッドを軍事支援しているわけではありませんよ」

そうだ。兄妹の交戦がはじまってすぐ、アルフレッドが崩れるように不利になったら支援するつもりだったが、結局のところその必要はなかった。兄と妹は上手いことバランスをとって、骨肉の戦いを続けている。

俺たちは、国境の外からそれを見物していただけである。

「えっ……だって」

メリッサは正気を疑うような目でこちらを見てきた。

「わざわざアンジェリカが戴冠してからアルフレッドを解放して、対立の構図を作ったのはユーリ閣下ですよね? 我々情報局は、際立った成功を収めた優れた謀略だと評価していますが……彼女からしてみれば 仇敵(きゅうてき) というか、憎まれきっているのでは?」

困った俺とミャロは、顔を見合わせた。ミャロはなんともいえない顔をしている。

「それに、アンジェリカの支配地域は海側です。海沿いの都市は、我々が嫌ってほど襲っちゃってますし……やってるのは我々ですが、借りている鷲はシャン人国家の象徴的な動物ですよね。逆に、好かれる要素が一つもないんですが……」

「………うーん」

ぐぅの音も出ない正論だった。

「ま、まあ、アンジェリカが教皇領と手を組んだのだとすれば、カソリカ派にとってはティレルメ地域の安定は 喫緊(きっきん) の課題ですから……現在の拮抗は早晩破られて、アルフレッドは劣勢になるでしょう。その動きを注視しながら、タイミングを見計らって介入したらいいんじゃないですか?」

「そうだな。まあ……とりあえず、遠征軍をすぐ動員できるように準備しておこう。遠征の用意もな」

これから忙しくなるな。