軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第283話 変報

まだ日がわずかに明るい時分、コンコンッ、とドアがノックされた。

一通りのことが終わった俺とシャムは、ベッドに寝ていた。音に敏感なシャムは、ビクッ、と俊敏な動きで飛び起きた。

俺はガウンを羽織って、武器を持ちながらドアに向かう。まさか暗殺者が律儀にノックをしてくるとも思わないが。

コンコンッ、と、もう一度ドアがノックされた。

「ご当主様、おられますか」

メイド長の声だった。

はて?

俺は疑問に思いながらも、部屋の内鍵を回しドアを開けた。

「リリーさんに聞いたのか?」

俺は分かりきったことを尋ねた。

この部屋はリリーさんが借りた部屋だ。俺は渡してきた鍵のタグに書いてあった番号の部屋に、そのまま向かったにすぎない。

なので、ホテルのフロントも俺が泊まっていることは知らないはずだ。

しかし、状況から考えて、リリーさんがそう簡単に喋るとは思わない。よっぽどの事情がなかったら話さないだろう。

「そうです。さきほど、ミャロ様が送られた急使が別邸に参られ、急ぎ来てほしいと。緊急事態符号乙類の二という状況が発生したそうです。私は理解できませんでしたが」

緊急事態符号は、大きく二つに分かれている。甲類は本国となるこの半島が軍事的脅威に晒された場合。乙類はそれ以外の土地が脅威に晒された場合を指す。

乙類の一はシャンティニオン及びその周辺地域に対しての攻撃で、乙類の二はそれ以外となる。つまり、シャンティニオンからこっち側の、例えばティレルメと国境を接しているあたりでなにか起こったということだ。

メイド長が呼びに行かなければと考え、リリーさんが話したくらいだから、急使はよっぽどの様子だったのだろう。

「分かった。すぐ行く」

「恐れながら、そこにはシャム様がいらっしゃるのですか?」

「………」

うーん、なんとなく言いたくない。

「ご安心ください。私にとってのご主人はユーリ様ただ一人です。今日あったことは、たとえサツキ様に詰問されようとも勝手に話したりはいたしません。見て見ぬふりをしたほうがよいかとも考えましたが、それをしなかったのは、今日ユーリ様がいたした行為がもし女性にとっての生涯一度の出来事だったのであれば、殿方がこの場で去って一人残されるのは、あまりに悲しい状況だと思ったからです。つまり……後は私がなんとかします」

「そうか。じゃあ、少し待っててくれ」

俺は一旦ドアを閉じると、ベッドルームに戻った。

シャムは毛布にくるまっている。俺はベッドサイドに腰掛けた。

「すまん、緊急事態が発生したみたいで、来てくれって言われている」

「どうしても、行かなきゃならないんですか?」

シャムは寂しそうな目で俺を見た。

「どうしてもってわけじゃない。状況は分からないが、どうしても嫌ならここにいるよ」

「……そうですよね。ごめんなさい、行ってください。残ってくれなくてもいいです」

その表情を見たとき、俺は急にすべてがばかばかしくなった。シャムにこんな顔をさせてまでするほど重要なことが、この世の中に存在するのだろうか。

心の中で天秤にかける。だが、天秤は揺れたまま答えを出さなかった。

この報告は、放っておいたら大勢人が死ぬ。そうでなかったら、ミャロは一日休みと言ってあるはずの日に急使をよこしたりしない。大勢の人の命と、シャムの気持ち。それは俺の中ではまったく別分類の重要さで、分銅の重さのように簡単に比べられるものではなかった。

「……ごめんな」

俺はシャムの頭を抱えて、できる限りの思いを込めて言った。

「いいですって。でも、後で埋め合わせしてくださいよ」

「分かってる。楽しみにしててくれ」

「それじゃ、もう行ってください」

俺はシャムの頭を離した。

「呼びに来たのはメイド長なんだが、入らせてもいいか?」

「いいですよ。あの人には何度も着替えを手伝ってもらっていますし」

そういう問題でもないような気がするが。

シャムは他人に服を着るのを手伝ってもらうのが当たり前の環境で育っているので、あまり抵抗がないのかもしれない。

「それじゃ、行くよ。できたら夜には帰る」

「ええ、期待しないで待ってます」

俺はシャムの小さな頭を撫でると、着替えをして王城に向かった。

◇ ◇ ◇

メイド長が乗ってきたカケドリに跨がり、一直線に王城に入って城門の前で降りると、待っていたミャロが近づいてきた。

「ユーリ閣下、お呼び立てしてすいません。ですが緊急事態です」

周りに人がいるので閣下呼びしている。

「だろうな。歩きながら話せ」

俺は軍議室に直行しながら言った。

「はい。ティレルメ作戦方面の国境に突如大軍勢が出現し、国境を破りました」

「どのあたりのだ?」

「シャンティニオン側ではなく、こちら側の沿岸部です。兵力は一万人以上、三万人以下と見られています。国籍の情報は入ってきていません」

「不思議な数だな。傭兵団ではない」

向こう側によくいる傭兵という連中は、戦争があると募集されるが、それ以外の時は好き勝手な無法者のようなふるまいをしている。

言うなれば、戦争屋くずれのならず者のような存在だ。なので、戦争がなく暇になってくると国境を侵犯して勝手にこっちに略奪をしに来たりする。

そういった連中を蹴散らすのが国境警備を担当している軍の仕事で、そんなことは今まで何度もあったのだが、一万人ともなると数が多い。それくらいの数になると、傭兵だったり欲が出た地方領主だったりという、そういう連中が勝手に動かせる数ではない。

逆に、連中が本腰をいれてシヤルタ王国を滅ぼすべく動き出したのなら、三万人以下という兵力は少なすぎる。

今の状況で兵力を小出しにして、各個撃破される意味が見えない。

「ええ。少なくとも、教皇領の軍旗は確認できたそうです。国境の基地は完全な夜襲を受け、二百人いた駐屯地は一瞬で破られました。伝令の鷲を一騎出すのがようやくだったそうです」

駐屯地といっても、国境に臨時的に造られているそれは大したものではない。移動式の天幕より少し上等な、寒さをしのげる組み立て式の 建屋(たてや) のようなものを並べて、周囲を柵で囲った程度だ。あるいは、離村した集落をそのまま使うこともある。

ちょうどよく砦みたいな軍事施設を利用できた場合は別だが、小規模な駐屯地は基本的に大軍団による攻勢を少人数で持ちこたえられるようなものではない。

話している間に、軍議室についた。

「ユーリ閣下、ご到着! 各員(かくいん) 、敬礼!」

誰が音頭を取ったか、俺がドアをくぐると一斉に動きが止まり、敬礼をした。

俺は敬礼を返し、すぐに戻した。

人が集まっている軍議室真ん中のテーブルに歩み寄ると、周りを囲んでいた面々が間を空けた。

「国境の夜襲はいつ頃のことだ?」

「本日午前四時頃のことです」

ミャロが答えた。

「敵軍の規模は、誰がどう確認した?」

「最初に夜襲を受けた駐屯地からの報告です。それに次いで、キエン将軍の放った偵察の鷲が第二報として先程届きました。数は一万ほどのようです。猛烈な速度で内陸部に侵入しています」

「略奪も都市攻略もなしにか?」

「はい。糧食の現地調達のために農村を襲ったりはしているようですが、奪うこと自体が目的ではありません。第二報で敵軍が発見された位置の近くには商業的に栄えている都市がありますが、目もくれずに通り過ぎています。速度的にも、時間をかけて寄り道している様子ではありません」

どうも、領土を切り取るような侵犯の仕方ではない。

「キエンの方面軍は既に全軍で動いているのか?」

キエン・ルベにはあの周辺の方面軍を任せている。

西のほうの国境全体に睨みを効かせる役目だ。東のほうは、シャンティニオンの北のあたりに方面軍がいる。

「はい。迎え撃つため、既に行動を開始しています。敵対味方の軍量差を考えれば、十分に撃退できるでしょう」

「そうか。なら、今すぐ近衛兵と王都駐屯のホウ家の軍を船に乗せ、海を渡る。オランクワに上陸して、敵の退路を断つ」

オランクワは内海を挟んで向こう側にある、中規模の港湾都市だ。アンジェリカ側の国境線のちょっと北西あたりに位置している。

城壁を備えているので、もし敵が引き返してきても十分戦える。こういった速度重視の強行軍は、本格的な攻城兵器を運べないという欠点がある。旧来型の城壁でも十分に通用する。

「ミャロ、王都の港湾にある船で何人くらい運べる?」

「河口のエルインの船も使えば……五千人程度なら運べます。糧食を全て現地で調達するなら、七千人は運べるかと」

「十分だ。まだ本格的な激突が起こっていなかったら、キエンの軍と協働し、北東と南西から挟み撃ちにする。もし万が一キエンの軍が負けていたとしても、その時点で敵側の出血は相当のものだろう。七千もいれば、十分すぎるほど有利に戦える。その場合は退路を断って殺戮すればいい。大きな問題はないと思うが、なにか意見を述べたい者はいるか?」

一応聞いておくと、誰の声も上がらなかった。

まあ、大丈夫だろう。

「ないようですね。それでは、さっそく行動を開始しましょう。ホウ家の駐屯軍は即応できる状態にないため、まずはすぐに動ける近衛軍に陸路でエルインに向かってもらいます。ホウ家軍は王都で乗船し、明日の夜明けと共に出港し、河口で近衛軍と合流させます。それでいいですか?」

シビャクから河口までの川は島が多いため、夜に川下りをすると座礁の危険が大きい。この状況で時間のロスは痛いが、近衛軍だけ先行させても戦力の小出しにしかならない。

「ああ。どこの輩か分からんが、こっちを舐めて侵入してきたからには、せいぜい地獄を見てもらおうじゃないか」

◇ ◇ ◇

三日後の夕方。

「なに?」

オランクワから飛び立ったルベ家の鷲が船上に降り立ち、渡してきた伝令の手紙を読むと、俺は思わず首を傾げた。

「戦いはもう終わって……ほぼ玉砕したっていうのか?」

「はい、その通りです。敵軍が十分の一、千騎ほどしか残らぬ激戦で、その千騎は撤退――我らは現在追撃しておりますが、既にタルテゥ近傍に達している模様です。今から追っても間に合わず、辿り着く前に国境を越えるでしょう」

「……そうか。なら、無駄足だったな」

辿り着いた時には、挟み撃ちどころか戦争は終わっていて、敵の退却戦も完了間近ということだ。

つまり、遅すぎた。

しかし、国境が侵されたのが四日前の午前三時だったことを考えれば、こちらの動きが遅すぎたというよりは、あまりに展開が早すぎると言える。

風向きが悪くて一日到着が遅れたのも悪かったが、こちらは騎兵主体の軍ではない。たとえ一日前に到着したとしても、どのみち退路を断つのは間に合わなかった。

だが、敵が普通なら十分に間に合っていたはずだ。

キエンに任せていた方面軍は、ノイウファーという内陸部の都市を根拠地にしている。

国境を刺激しない程度の、やや遠方から全方位に睨みを効かせる体制だったわけだが、そうなると敵軍が内陸深くまで侵攻する分、普通であれば両軍が激突するまでやや時間がかかる。キエンがいくら積極的に打って出たといっても、まさか侵犯から四日間で激突が行われ、撤退戦まで殆ど済んでしまっているなんていうのは展開が早すぎる。

「敵は騎兵を主体にしていたのか?」

「はい。ルベ家の軍が陣形も組まぬうちに、本陣に向かって死物狂いで突貫をかけてきたようです。その後は乱戦となり、キエン将軍ご自身が負傷するような激戦だったとか」

「そうか。ところで、この鷲はお前の私物か?」

「いいえ、オランクワ駐屯隊の鷲です。偵察にも伝令にも使います」

玉砕ってことはこの侵攻にこれ以上の余波はないってことなんだろうが、どうも動きが気になる。

曖昧な伝聞をいくら聞いても判断材料は増えない。ルベ家に直接、聞きに行ったほうがいいだろう。

「今、借りていってかまわないか。すぐにノイウファーに飛びたい」

「あっ、構いません。あとで取りに行きますので、乗り捨てた場所の連絡だけお願い致します」

「助かる。おい、港に到着したら、兵たちはひとまず上陸させて、英気を養っておいてくれ」

俺は甲板にいた兵長にそう言い残し、鷲に跨ると、抗束帯を締めて空に舞った。