軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第265話 沈黙の丘

俺はその日、竜が危ないので地上で指揮を執っていた。

「待機している鷲部隊に伝達。命令に変更なし。丘に竜が突っ込んだら、指示を待たず一斉に離陸し爆撃を浴びせかけろ。しつこいようだが、間違いなく即座に行動に移るようにな。復唱の必要はない」

「ハッ!」

伝令はビッとした敬礼をしたあと、カケドリに向かって走っていった。

竜が思いの外効いているのは問題だった。さほどの数は来ないだろうから、全体としては問題ないだろうと思っていたが、たった五匹でも戦場全体を威圧するのに十分な存在感がある。

鷲乗りたちは、急降下爆撃の訓練は受けているが、なにかに邪魔されながらの攻撃をやったことはない。

急降下爆撃というのは、降下する過程でグングンとスピードが乗る。なにかに気を取られて上昇に切り返すタイミングを逃すと、すぐに地面に衝突してしまう。

なので、今回は鷲部隊には待機してもらっていた。

それがなくとも、新しく作った大砲が思ったより効いている。丘の中に潜めた古参兵たちも、よく戦ってくれている。

問題なのは、大砲がなくなった時だった。砲弾は今のままのペースで射撃を続けても午後三時頃まで持つが、竜で特攻されるとどのような影響があるか分からない。

竜は、ありていに言って不安要素だった。

クルルアーン竜帝国の参戦は、十六日前に知れた。こちらは事前になんの情報も掴んでおらず、大船団でシャンティニオンに上陸したと思ったら、どこにも腰を落ち着けずに、その足で北上してきた。

地理的には近いのだから、参戦してもおかしくないと考えるべきだった。

ガリラヤ連合の外交能力を見くびっていた。本来敵同士であるはずのココルル教国から大量の援軍を引き出してくるとは。

「どうでしょうか。勝てますかね」

軍服を着ているミャロが言った。

「分からん。竜次第だな」

俺も空中で槍を刺しただけだから、竜が地上でどんな戦いをするのかなど分からない。

龍王記の描写によれば、竜退治というのは地上で暴れる竜を倒すのでさえ、結構な犠牲が出るものであったらしい。だが、それはもちろん野生の竜の話だ。人間に飼育された竜は野生に比べて弱いとも聞く。

丘の上の部隊は銃で武装しているし、クルルアーンの参戦が分かってから緊急で作った竿のような長槍も装備している。これは素潜り漁師が使う銛のような構造を持っていて、刺さると穂先が体内に残留し、穂先に繋がったロープを近くの木々に縛り付けて拘束できるようになっている。

道具としては理に適っているとは思うが、実戦に使ったことのない代物なので、どれほどの成果をあげられるものか分からない。

ただ、竜を突っ込ませないのであれば、この勝負は優勢だ。

大砲が活躍している。

鷲を使っての爆撃は、一羽につき二十五キログラムほどの焼夷弾を地面に落とすことができる。だが、そのたびに後方に戻り、一度地上に降りて補給しなくてはならない。

往復の時間を考えると、十分に一発、下手をすると二十分に一発のペースでしか落とせない。

だが、丘の上にある大砲は二十二キログラムの砲弾を一分間に二発ほど送り込める。鷲と違って射程は限られているが、送り込める火力の量がまるで違うのだ。

虎の子の秘密兵器として運んできた二十八門の大砲は、鷲に換算すれば何百羽分もの働きを見せている。

それが沈黙してしまえば、敵軍は威勢を増し、こちらを飲み込むかもしれない。

「最悪の場合、どうなります?」

「まあ、負けるかもな」

元々が、大砲に加えて鷲も存分に戦えたら、という前提で始めた戦いだ。

敵軍の量が想定していたより多い。

歯車が全て悪いほうに噛み合ったら……という本当に最悪の場合を考えるなら、確実に勝てるとは限らない。

「そうですか……」

「まあ……そうしたら、やり直すだけだ。悔しくはあるが、次勝てばいい」

国を握ってから二年と三ヶ月という時間は、長いようで短い。

急ぎすぎたのかもしれない。

「例の新型旋条銃ですか? 攻勢は、あれの開発と配備が終わってからのほうが良かった、ってことですか」

「……悩ましいところだ。それを待ってからだと、あと三年から五年はかかるからな。実際、これで勝てそうではある」

情けない話だが、俺は後装式ライフル銃を作ろうとして、その開発に失敗していた。

俺は元々化学畑の人間だったので、色々なしがらみから解き放たれ、自由に開発ができるようになると、綿を使ったニトロセルロースや、雷管に使う敏感な爆薬などは作ることができた。さすがにうろ覚えになっていたが、ノートを見ると知識を思い出し、純度を上げる工夫や、生産設備についてもポンポンとアイデアが出てきて、トントン拍子に上手くいった。

だが、冶金学や工学については元々の知識が乏しく、質の良い工具鋼の製法などはさっぱり分からなかった。

そのため、開発はトライアンドエラーの手探り状態で、最終的には暗礁に乗り上げてしまった。

欲張りすぎたのだろう。せっかく作るのだから、良いものにしようと下手に後装式にこだわった結果、出来た小銃は射撃をするとボルトが割れたり、発砲ガスが吹き出したり、そもそもクリアランスが取れておらず、部品を組んでもつっかえて閉鎖ができなかったりと、碌なものではなかった。

そこで、小さくて難しいものの前に大きくて単純なものを作ってみよう、という考えで作り出された大砲が、今丘の上にあるものだ。

大砲なら銃ほどの精密さは求められないし、高熱の発射ガスがいくらか噴き出そうが、それは射手の顔面に吹きかかって大火傷を負わせるわけではない。

「あと三年も待ってたら、敵も前回の敗戦から立ち直っちまうからな……」

俺の頭の中には、常にそれがあった。様々な犠牲を払って得た前回の大勝を、最大限に活用したい。

敵が立ち直ってからでは遅い。

だが現実には、敵の欠けた軍勢は、竜というオマケつきでクルルアーン竜帝国の援軍が 補(おぎな) ってしまった。

「まったく、難しいもんだ。戦争ってのは」

自分自身につぶやくように言うと、

「考えてみれば、戦場でユーリくんが弱音を見せるのは初めてですね」

と、ミャロがおどけたように言った。

勝ち負けを睨んで緊張している俺と比べて、ミャロの方は落ち着き払っている。

どちらに転んでも、自分のする仕事は変わらない、といった心境なのだろうか。

「弱音かな」

「弱音ですよ。部下には聞かせられません」

砲声と銃声にまぎれて、ミャロの声は少ししか聞こえない。

この会話も、少し離れたところにいる兵にも聞こえていないだろう。

「じゃあ、弱音を吐ける人間が戦場にいるってのはいいことだな」

別に、悪いこととは思わなかった。ミャロに絶対に勝てるなどと嘘をついても仕方がない。

「その弱音を吐ける人って、ボクだけですか?」

「は?」

「他にそういう人っていますか?」

なぜそんなことを聞くのだ。

「どうかな」

ドッラや、今も別のところで指揮をしているディミトリ……そのあたりの名前を思いついたが、別に弱音を吐くような関係ではない。

シャムや、リリーさんにも、弱音など吐かないだろう。不安がらせても仕方がない。

「いや、ミャロくらいだな」

「そうですか……ふふ、思いのほか、気分がいいです」

ミャロはなにやらニヤニヤして、嬉しそうだった。

「……そうか、そりゃ結構」

嬉しそうなら結構なことだ。何がなにやら分からんけど。

「あっ」

空のほうを向いたミャロが、小さく言った。

竜が四匹、丘のほうに突っ込んでいった。

丘の連中には、その可能性について警戒しろと、これもしつこく言っておいたので、槍衾に突っ込む形にはなったろう。

さて、どうなるか。

竜の突撃に続いて、パァーーーーーッ、という甲高いラッパの音が何重にも連なり、倍音となって、間断なく聞こえる銃声の中でここまで聞こえた。

その符合は、こちらの軍隊が使っているものではない。

敵も一斉攻勢に移るつもりだろう。そりゃ、今しかないよな。

後ろを見ると、鷲が一斉に飛び立っていた。

空を埋め尽くすような数の鷲が飛び立ち、戦場を目指す。

敵陣の空を見ると、竜騎兵は六匹全て出ており、欠けた分はそのままになっていない。

「さて、どうなるかな」

俺はこの決戦、最後の采配を振るうため、立ち上がった。

鷲で勢いが途絶えるならばよし、途絶えず、勢いに押されてこちらが崩れるようであれば、総撤退の指図をしなくてはならない。

「勝ちますよ。きっと」

ミャロが後ろから気休めのようなことを言った。

「――かもな」

応急に建てられた、三メートルほどの櫓を一段飛ばしで登ると、ちょうど鷲が降下に移るところだった。

鷲たちが竜に迎撃され、しかしその数を頼みとして、決死の急降下を行い全ての前線に焼夷弾を投下する。

鷲の使う焼夷弾は、雷管を使っていない。雷管に使う化合物は水銀と雷酸の塩化物だが、 辰砂(しんしゃ) を熱するだけで取り出せる水銀はともかく、雷酸のほうは合成プロセスがややこしい。未だに大量生産までには至っておらず、希少なので採用を見送っている。

つまり、着発信管ではなく昔ながらの導火線なので、地面にぶつかってから爆発するまでの間に、わずかなタイムラグがある。

投下された現場の話をすれば、兵たちは焼夷弾を見たあと、わずかに離れる猶予を与えられるわけだ。

だが、全軍突撃の最中であれば、その勢いのまま器用に避けることはできない。

爆弾は地面にめりこみ、あるいは走る兵士の頭蓋を潰し、そのあと彼らの足元に転がり、断続的に炸裂する。

前線から、精製していない油が燃えるくろぐろとした煙が、一斉に立ち上った。

櫓の上から観察すると、見るからに突撃の勢いが鈍ったのが分かった。

「こちらも総突撃に移る! 号令を鳴らせ!」

櫓の上から叫び、手を降ると、命令を聞いた兵たちが一斉に動き、合図の角笛を吹き始めた。

兵が実際に突撃を仕掛けはじめたころ、丘の上の大砲がその息を吹き返し、敵に最後に残った士気を鉄塊で打ち砕かんと、戦場に再来の雄叫びを 轟(とどろ) かせた。