軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第254話 灯台*

「リリー女史、良く聞いて。辺りが明るくなったら、うつ伏せになるんです」

愛嬌を振りまきながら振り返った女性は、おどけた様子でリリーを直視しながら、そう言った。

顔には自然な笑みを浮かべていて、口だけがあべこべに、事務員のような硬い言葉を発している。

リリーはそれで、この人がただ者ではないことを悟った。

「そうしたら、あなたは助かる」

そう言った後、雲間から光が差したときのように、唐突に辺りが昼間のように明るくなった。

女性が地面にばったりと倒れ、うつ伏せになった。リリーは助かりたかったので、すぐに同じようにした。

次の瞬間、バババ―――ンッ、と連続した発砲音が聞こえる。

リリーはわけもわからず、縄で縛られた手で頭を抑え、そのまま寝そべっていた。

ぎゃあぎゃあと訳のわからない言葉が頭の上で飛び交っている。

「リリーさんっ!」

切羽詰まったようなその声は、リリーが死ぬ前にもう一度だけ聞きたいと思っていた声だった。

ユーリくんの声だ。

「―――っ」

顔を上げると、リリーの目の前に過ぎるものがあった。物凄い勢いで通り過ぎていったそれは、リリーの体と交差して飛び去ってゆく。

「グッ――ッ!」

両刃の短剣を持ったリーダーの男が、ユーリくんの凄まじい蹴りで蹴り飛ばされたようだ。

辺り一面は、さんさんと光に照らされていて、二人の動きが良く見えた。

キンッ、キンッ! と二度鋼の打ち合う音が聞こえると、ユーリくんの短刀は弾き飛ばされてしまった。

だめだっ! と思った瞬間、ユーリくんは、リーダーの男の短剣を握った腕を、両手で掴んでいた。

足払いをかけると同時に、腕を折り畳むように動かし、切っ先を胸に向ける。

そのまま倒れると、刃の切っ先は男の胸に軽く突き立った。

良く見ると、男は左肩と左腕に銃弾を受けたらしく、片腕が全く動かないようだ。

「××、××」

ユーリくんは短い声をかけながら、ズブリと刃を深くまで差し込んだ。

男の顔が苦痛に歪むのが見える。柄を握ったままの片腕でなんとかしようとするが、両手が自由なうえ、馬乗りのような格好で体重をかけているユーリくんに対しては、どうしようもできないようだ。

刃が石畳まで貫通すると、男はどうにかしようと掴んでいた柄から手を離し、ユーリくんの顔に手をやった。

ユーリくんは一転、パッ、という感じで体から離れると、なんと胸に刃を突きこまれたまま起き上がった男を、蹴りで突き飛ばした。

もう一度地面に倒れ伏すと、男はさすがに元気をなくしたようで、二度とは起き上がらなかった。

憎々しげにユーリくんを見て、ピクピクと動き、そして動かなくなった。

*****

「リリーさん、大丈夫ですか」

ユーリくんはすぐに猿ぐつわを外すと、手の縄も外してくれた。

「っぷあ――あ、ありがとう。大丈夫みたい」

そう返すと、まだ心配なのか、ユーリくんは体のそこかしこに手をやって、無事を確かめた。

自分を助ける時に銃を使ったので、弾を受けていないか心配しているのだろう、とリリーは思った。

最後に手を取り、どこにも傷のないことを確認すると、

「よかった……」

心底から安心したように言うと、リリーの体を抱きしめた。

その力は強く、体は小さく震えていた。

リリーは、想いの強さをそのまま表したかのような力強い抱擁につつまれ、失うことを恐れた震えを感じていた。

いいしれない安堵感に包まれ、心の底から幸せな気持ちになる。

「ユーリくん、ええの……? 人が見とるけど……」

光の範囲から出た暗闇ではあるものの、人はそこそこ見ていた。

今更ながら、リリーは光が灯台の凸面反射鏡を利用したものであることに気づく。

「いいんです」

「そんなに心配してくれてたん?」

リリーは分かりきったことを聞いた。言葉にした答えが聞きたかったからだ。

「はい……また、失うことになるのかと……」

それは、求めていた言葉ではなかった。

だが、それでもリリーは満足した。その女性は、もうこの世には居ない。

それより、その女性に対するものと、同じような想いを自分に抱いてくれたことが嬉しかった。

「ありがとう、助けてくれて」

「ごめんなさい。こんな目に遭わせてしまって……」

「ええよ。ぜんぜん乱暴なこととかされんかったから……」

それからしばらくの間抱擁を続け、ユーリくんは離れた。

「すみません……もう少し待っていてください。すぐに家にお送りしますから……」

「う、うん」

ユーリくんは、灯台に照らされた場所に歩いていった。

リリーは、なんとなく離れがたく、その後ろについてゆく。

辺りには何人かの遺体が斃れている。ユーリくんが倒したリーダーの男と、協力者であるらしいシャン人の男も、銃弾に倒れていた。

***

「……エンリケ、何を話してるんだ」

ユーリくんは、リリーを救ってくれた女の人に声をかけた。

エンリケと呼ばれたその人は、リリーのお腹を殴ったあの男と会話していた。リリーには解らないが、エンリケさんはクラ語が喋れるらしい。

男は、銃弾を太ももと脇腹に受け、地面に座ったままこちらを睨み、リーダーの男と同じ短剣を構えている。

出血は酷いが、脇腹の銃創は横腹の筋肉をえぐっただけで、内臓までは達していないようだ。

リリーは人体解剖をした経験から、そのことはよく分かった。ただ、このまま処置をしなければ出血で死んでしまうだろう。

エンリケさんは、薄く笑みを浮かべたまま、会話を楽しんでいたようだ。

「ユーリちゃん、この子おっもしろーい! エンリケ、ご褒美にこの子が欲しいなっ」

ユーリくんを見たエンリケさんは、突然立ち上がると、天真爛漫な少女のような口調で言った。

リリーを導いた時の、事務員のような硬い口調は幻のように消え、表情と口調は一致している。こちらが素なのだろうか?

リリーには、このエンリケという恩人がどのような人物なのか、よくわからなかった。

「そっちのじゃだめなのか?」

ユーリくんは、もう一人の男を指差した。リリーのことを、やたらと卑猥な目で見てきた男だった。

今は大勢に囲まれ、両腕を上げて降参している。

胸に黒く焦げた穴が空いているが、どうもリリーの厚手の白衣を畳んで胸に入れていたお陰で、助かったようだ。

それでも、胸の骨にヒビでもはいったのか、痛そうに前かがみになっていた。

「そっちのはいらなーい! 多分普通の人だしつまんない! こっちのはきっと宗教のヒトだよ。さっきから、エンリケのことすっごい目で見てくるんだー」

確かに、男はエンリケさんのことを凄まじい憎悪の目で見ていた。どんな会話をしたのだろう。

「ティレト」

ユーリくんが名を呼んで、反応したのは、先程から男に対して油断なく槍を構えている女の人だった。

「大きな役割を果たしたのは確かだし、摂政がいいというなら構わない。ただ、趣味に走るのではなく、ちゃんと情報を引き出せよ。向こうの色ボケ男よりは、多くの情報を知っていそうだ」

「わかったー」

出血で意識が朦朧としているのか、男は上半身を起こしているのも辛そうだ。

エンリケさんは、その男に近づくと、黒い短刀を逆に持って、短剣を構えている手を峰打ちで強打した。

あっさりと短剣を取り落したのを見ると、エンリケさんは更に近づいた。

「××」

と、エンリケさんは男に声をかけると、どこから取り出したのか首に紐を回し、優しげにも見える所作で、キュっと左右から締めた。

「××××、××××××××××、××××―――――」

エンリケさんがなにかを喋ると、男は 怖気(おぞけ) に染まったような表情を一瞬して、紐によって意識を絶たれたのか、かくりと脱力した。

エンリケさんは、横に倒れた男の体を支え、ゆっくりと石畳に横たえると、てきぱきと止血の処理を始める。

一言お礼を言いたかったが、どうも忙しそうでそれどころではないようだ。

ユーリくんを見ると、嫌なものを見たような、彼に同情するような、なんとも言えない顔をしていた。

「ユーリくん」

「はい。あ、もうすぐ終わりますから」

「そうじゃなくって」

リリーは、男に腹を殴られたことを根に持っていた。

本当に痛く、吐瀉物におぼれて死ぬかと思ったのだ。

「私、あの男にお腹思いっきり殴られたんよ。エンリケさんはなんて言ったの?」

「えっ、大丈夫ですか?」

ユーリくんは心配そうに、リリーの服をめくってお腹を確認しようとしたが、リリーは青あざになっているお腹を見られたくはなかったので、服を手で抑えた。

「お腹は大丈夫」

「内臓破裂とかしてたら大変ですから」

「そしたら、こんなふうに立ってられへんよ。それより――」

リリーは、自分の腹を殴った男に対して、ユーリくんがさして怒りを覚えていない様子なのが不思議だった。

「ああ……でも、聞いても仕方ないと思いますよ」

「言って。気になるんや」

「まぁ、それなら……」

ユーリくんは、少し渋りながらも口を開いた。

「これからじっくり時間をかけて、あなたの心の中の大切な信仰をぐちゃぐちゃに壊してあげるね。そのときあなたがどんな顔を見せるのか、本当に楽しみ。絶対に死なせてあげないから」

その言葉の意味を、リリーはよく理解できなかった。

宗教と、それを信じる人々について知識はあったものの、その 有(あ) り 様(よう) について理解はしていなかったからだ。

「って言ったんですよ。リリーさんが解る必要はないことです。ただ、彼に怒りを覚えているのであれば、その必要がないことだけは保証します。彼がこれからどんな地獄を見ることになるのか想像もつきませんが、ここで俺に殺されるよりずっと酷い目に遭うことだけは確かですよ」