軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第225話 十字軍の戦い* 後編

アンジェリカ・サクラメンタは、目から下を薄布で隠した軍装を纏い、ティレルメ神帝国軍後尾にいた。

周りにはアンジェが苦心して育て上げた精鋭がいる。

鉄砲の撃ち方から、突撃の仕方まで一から教え上げた精鋭たちである。

それらは、後方に配されたため、攻撃を下令されても中々出番がなかった。

アルフレッドは、あの会議のあと疑心暗鬼が尾を引き、アンジェリカに最前線を任せた場合、中央戦線突破という戦功を挙げてしまうのではないかと恐れ、後方に配したのだった。

そのおかげで、戦わずにいられる。

アンジェの計画通りだった。

「どうか最前線に配置してください。抜群の戦功を挙げてみせます」などと言ってみせたのも、何時でも逃げられる後方に配置してもらうためだ。

馬の上からは、視線が通りにくいながらも、それなりに戦況を把握することができる。

ティレルメの軍勢が馬車の壁を攻めあぐねているのがよく見えた。

良く考えられている。

普通、銃兵というのは敵に接近されてしまえば、もう発砲はできない。

装備している剣や、長銃を鈍器として使い、白兵戦をすることになる。

だが、あの馬車であれば近づかれても射撃ができる。

ほとんど零距離で発砲するのだから、場合によっては体を貫通し、一発で複数人を加害することもできるだろう。

死角に入り込み、人数に物を言わせてひっくり返してしまえばいいのではないかと思ったが、横倒しになってもなお発砲をやめないのだから、始末におえない。

無視をして突っ込もうとしても、後ろには精鋭部隊が控えていて、後ろにあのような火力拠点を残してしまえば、突撃には鈍りが出る。

そのような状況では、一度突っ込んだところで直ぐに押し返されてしまう。

手詰まりだった。

「アンジェ様! 伝令です」

部下の一人が、伝令の服装を着た者を連れてやってきた。

「処理しろ」

「ハッ!」

部下が敬礼を返す。

アルフレッドは、敵陣堅しとみるや、戦死を狙ってアンジェを前線に送ろうと、伝令を出してきていた。

アンジェは、三名の伝令をすでに殺害している。

戦場では、伝令が死亡して指令が届かないことなど、よくあることだ。

とはいえ、殺すにしても三度までが限度だろう。

四度殺せば、さすがに責を問われかねない。

アルフレッドに弱みを見せるわけにはいかなかった。

アンジェは、ユーリ・ホウの勝利を祈っていた。

どっちみち戦功成らぬのであれば、むしろ……と。

まだか、と思っている。

ユーリ・ホウが勝たないのなら、前進して戦わねばならない。

まだか。

森の中に隠した騎馬隊は、頃合いを見て出撃することになっていた。

シヤルタ王国軍に伏兵の右翼騎兵が現れたのなら、突撃してこれに対処する。

現れないのなら、こちらから出向いて戦う。

右翼も左翼も硬直し、中央も攻めあぐね、戦線は細かく一進一退を繰り返しながら、停滞している。

どちらかの主力騎兵の投入が、戦いの転機となるだろう。

それから、十分が経過した。

「アンジェ様! 再び伝令が――」

来てしまった。

「通せ」

アンジェが言うと、伝令が連れてこられる。

「アルフレッド帝王陛下からの命令でございます! アンジェリカ殿下の隊はただちに前進し、前線に加わるべし」

「――――待て」

アンジェは悩んでいた。

決断のしどころであった。

究極的に言えば、ユーリ・ホウの勝ちに賭けるか、負けに賭けるかという決断だ。

こちらが勝てば、この命令無視は責任を問われる。

だが、負けてしまえば有耶無耶になるだろう。

アンジェは、十秒だけ考え、決断した。

それは、これまでの人生で最も密度の濃い十秒間であったかもしれない。

「斬れ」

「なっ! 斬れとは――」

問答無用とばかりに、伝令の腹にサーベルが突き刺さった。

「グッ――ぬうっ……」

哀れな伝令が死に、戦場に倒れ伏した。

これで良かったのだろうか。

良かったのだ。

冷静に、誰の味方でもない第三者の目線に立ってみれば、はっきりと感じた。

やはり、勝利の女神はユーリ・ホウに味方している。

流れは向こうにあり、こちらは悪い流れを断ち切る一刀を繰り出したわけではない。

その時、アンジェの決断に応えるように、鏑矢が飛んだ。

ピゥゥ――――、と甲高い音が遠くに聞こえた。

本陣にいるエピタフ・パラッツォが、いつまでも現れぬ敵の伏兵騎兵にしびれをきらし、ついに決断をしたのだ。

森に潜む主力騎兵を出撃させるための鏑矢であった。

アンジェは、たまらず足を伸ばし、鞍の上で尻を浮かせて、少しでも遠くを見通せるように立ち上がった。

片手で手綱をゆるく持ち、望遠鏡を構えて遠くを見ると、森から主力騎兵が出撃したのが見えた。

そのうちに小勢の騎兵と競り合う。

そして、やや不自然に南東方向へ逃げた騎兵に、釣られて戦場を離れるのが見えた。

ああ、そういう作戦だったのか。

アンジェは腑に落ちる思いであった。

確かに、全身鎧を着た騎士たちは、防御力は優れているが重く、馬の脚をすぐに使い果たしてしまう。

そこに付け込んだわけだ。

「十人長までに、撤退の心構えをするように伝えよ」

アンジェは、ぽつりと言った。

「アルティマの市旗を掲げると同時に撤退だ。どの軍よりも疾く、誰よりも迅速にこの戦場を離れる。そう伝えよ」

「ハッ! 伝えます」

アンジェの伝令が走ってゆく。

敗北を確信しても逃げないのは、敵前逃亡という汚名を着るわけにはいかないのもあるが、背後に予備隊が控えているからでもある。

アンジェの軍――というより、ティレルメ神帝国軍の背後には、予備隊として千名ほどの教皇領軍が布陣していた。

彼らは真の意味での督戦隊であった。

もちろん、予備隊としても機能するだろう。だが、逃げる味方を攻撃する任務も帯びているはずだ。

さすがに公にはしていなかったが、この戦場に賭けるエピタフ・パラッツォの執念の現れでもあった。

彼らは、ユーリ・ホウに倒して貰わねばならない。

「来たな――」

予想通り、シビャクの大通りから、敵の大騎兵部隊が突如現れ、怒涛のように駆け始めた。

鈍重な重騎兵の背後を矢のように駆け抜け、背後に置き去りにする。

クウェルツ・ウェリンゲン公も、馬鹿な真似をしたものだ。

一瞬たりとも気を抜いてはいけなかったのに、全軍で追いかけ、あのような間隙を開けてしまうとは。

些事のように思える一つの判断の誤りが、あまりに大きな代償となった。

主力騎兵は、矢のような速さで戦場を駆け抜けてゆく。

だが、陣を断つ刃と化した彼らは、アンジェのいる部分に突入するかもしれない。

その時、彼らは容赦することはないだろう。

アンジェはティレルメ陣のやや右翼に位置していたが、教皇領の予備隊が迅速に反応しなければ、直撃を受ける可能性は存在していた。

だが、教皇領軍は見事に反応をし、迅速な運動を始める。

「今日は天が私に味方をしている」

自分でも何を言っているか分からないような言葉だった。

だが、ここで撤退に成功し、アルフレッドが死ねば――ティレルメ神帝国は、アンジェのものとなる。

いや、してみせる。

それは、今朝の会議にて頭をよぎった、悪魔のような発想であった。

「お父様――」

父王レーニツヒト・サクラメンタは、このような簒奪は喜ばないだろう。

だが兄に疎まれ、戦で身を立てる機会も与えられないアンジェにとっては、これが最短の道なのだ。

そして――、シヤルタ王国軍の主力騎兵が、ティレルメ神帝国後背に直撃した。

切っ先が突き刺さり、庇いに駆けつけた教皇領軍ごと熱したナイフでバターを切るように、兵の群れを切断してゆく。

「市旗を掲げよ!」

アンジェは、絶叫するように叫んだ。

*****

アンジェの隊は、投入された教皇領予備隊の背後を抜け、森に入った。

その頃には、南東に誘引されてしまった十字軍主力騎兵が、伏兵であった敵主力騎兵に追いついていた。

足を使い切った馬を叱咤し、クウェルツ・ウェリンゲンは自らの失態の尻ぬぐいをしようとしたが、到着したときには既に中央戦列は突破されており、敵精鋭部隊が陣を割ってなだれ込んできている状況にあった。

もはや戦局は決定的であった。

その後の展開を見ることなく、アンジェの隊は森に入った。

その後、会議のあと隠していた糧食を回収し、主街道を避けて撤退を始めた。

だが、待っていたのは執拗な追撃であった。

「突破してくるぞ! 銃兵一班、三班、射撃用意――! 槍兵に当たらぬよう、乗り手を狙えよ!」

直接指揮を取ったアンジェが叫ぶ。

「一班、 撃(テ) ェ!」

バババッ! と一斉に銃が発射され、弾丸がうなりを上げて飛んでいった。

道を守る槍兵の中央を突破した騎兵が、バタバタと斃れる。

奇妙な鳥に乗った敵騎兵は、銃撃をものともせず、仲間の遺体を押しのけ、踏みしだきながら走り込んでくる。

「三班、 撃(テ) ェ!」

再び銃が斉射され、その者たちも倒れた。

だが、騎兵はまだまだ続いてくる。

「槍兵五班、前へ! 弾込め急げ!!」

痛む喉を振り絞って叫び続ける。

こんなところで死ぬわけにはいかない。

夜、夜はまだか。

夕日の差す森が、更に陰ることをアンジェは期待していた。

夜になれば、その闇の帳が撤退を手助けしてくれるはずなのに。

「くそっ、また奴だ!」

槍兵の一人が叫ぶ。

くそっ、またタイミングを逸してしまった。

敵に悪鬼羅刹のような一騎の騎兵がおり、その男が恐らくは指揮官なのだが、悪夢かと思うような強さなのだった。

軽装に奇妙な面を被っており、鳥の上に立つようにして構え、細身の槍を振るう度にパタパタと兵が斃されてゆく。

そして、こちらの攻撃を読んでいるのか、銃の一斉斉射の時には顔を出さない。

奴のせいで、特に近接戦闘をする槍兵たちは士気が激減して腰砕けになってしまっている。

「アンジェ様!! 危険です、下がりなされ!!」

ギュスターヴが叫んだ。

「だめだ! 抑えなければ!」

「――ご無礼ッ!」

ギュスターヴは、アンジェの跨っていた馬の手綱を握って、無理やりに馬を引っ張った。

「ギュスターヴ、なにをするッ! 気でも狂ったか!」

馬を勝手に引かれながら、アンジェは叫ぶ。

「あの槍兵では駄目です!! 討ち取られてしまいます!!」

「ばかっ―――うあっ!」

そこで、アンジェの愛馬が大きくいななき、前足を高く上げた。

手綱を強く握っていなかったアンジェは、それで落馬してしまう。

「ぐっ――いっつ!」

反射的に受け身を取りながら地面に転がったアンジェは、顔を上げ、まず愛馬の尻に槍が突き刺さっているのを見た。

あの奇面の男が槍を投げたらしい。

そして立ち上がると、そこでギュスターヴと奇面の男が対峙しているのが見えた。

ギュスターヴは、アンジェを庇うように間に立ち、見覚えのある槍を握っている。

ギュスターヴが歴戦の勇士であることは知っているが、勝てるのか。

「姫! ここは食い止めます! お逃げください!」

『待てっ!』

アンジェが言うと、ギュスターヴはハテナという顔をした。

シャン語であったからだ。

『むっ、こちらの言葉が喋れるのか』

アンジェの落馬から少しの時間で、既に槍兵は後続の騎兵に圧倒されてしまっていた。

騎兵はまだ三枚ほど残しており、銃兵の数は減っていない。

だが、彼らは絶望的な戦力の前に硬直しており、アンジェのいる場所が最前線であった。

『頼む、見逃してはくれまいか』

アンジェは、無駄とは思いながらも、そのようなことを言った。

『それはできかねる。きみとて、同じような台詞を吐いた我々の種族を見逃してはおるまい』

一片の反論も出来ない正論であった。

一般市民の母子を見逃したことは一度だけあるが、敗走している軍属を見逃したことはない。

『ここに些少の金貨がある。これを――』

『私はこう見えて百を越えた爺である。金には興味がない』

百!?

この働きで百歳の老人だというのか。

そんな馬鹿な……。

幾らシャン人といっても、ありえない。

『我々はこう見えて強兵だ。わざわざ強い兵と戦うことはないだろう。お互い全滅するまで戦うつもりか』

アンジェは虚勢を張った。

『武人は戦場で果てるが誉れ』

アンジェは、自分の耳というより、語学力を疑った。

『わたしは、死に時を逃し続けてきた武辺者よ。貴殿らほどの 兵(つわもの) ならば、どうにか殺してくれるやもしれぬ。どうか降伏しないでほしい』

狂人か。

何が「天は味方してくれている」だ。

こんなのに目をつけられるとは、今日はなんという厄日なのだ。

『私は――私は、王となるのだ! こんなところで死ぬわけにはいかぬ!』

王となる。

王になるのだ。

五十年に一度、いや、アルフレッドに 嗣子(しし) が産まれればチャンスなどなくなってしまう。

これが最後の機会かもしれないのだ。

『交渉決裂ということでよろしいな』

奇面の男は、槍の白刃を一振りし、ギュスターヴに近づいた。

どうやら、投げた槍は副兵装として持っていたものらしい。

『一騎打ちだ。皆のもの、邪魔をするでないぞ』

奇面の男は、鞍の上に立ち上がり、槍を構えた。

奇妙奇天烈な構えでありながら、堂に入っている。

アンジェには、その奇妙な姿が、黒い翼を広げる死神のように見えた。

「アンジェ様、この男を斃せば道が切り開けます! 鉄砲でこのギュスターヴごとッ!」

「馬鹿なッ! そんなことができるか!」

「ク――ッ」

きらめいた槍がギュスターヴに迫り、馬上で槍が交錯した。

バシィ! と激しい音がし、柄がぶつかり合う。

「うおおおおおおお゛お゛お゛!!!!」

ギュスターヴが吠え、奇面の男に連続して斬りかかった。

刃と刃がぶつかり合い、柄を打ち付け合う音が響く。

ギュスターヴは、奇面の男と渡り合えているように見えた。

妙な話だが、奇面の男は今日戦場で散々に戦ったあとの追撃戦なのに対し、ギュスターヴは撤退をしただけで特に戦いはしていない。

それが影響しているのかもしれなかった。

数合の激突のあと、ギュスターヴが突きを繰り出すと、奇面の男は鳥をその場でくるりと回し、それを避けた。

移動しないでの回転というのは、馬では難易度の高い歩法だが、長耳の乗る鳥はダンスでも踊るような足並みで軽快にそれをこなしてみせた。

回転の勢いを乗せながら、薙ぎ払うような槍が繰り出され、やられる! と思った瞬間、ギュスターヴは思わぬ行動に出た。

馬から飛び降り、突いた槍をせいいっぱいに伸ばし、奇面の男が乗っていた鳥の腿部を薙ぎ払ったのだった。

ケェ――!! という鳥の絶叫がして、暴れだす。

奇面の男は慌てずに鐙から足を外し、飛び降り、地面に着地した。

『やるではないか』

そして冷静に槍を構え直す。

「ハァ、ハァ……アンジェ様! 早くお逃げを!」

「私がやるッ!」

アンジェは、剣を抜いた。

女にも扱いやすい、父から与えられた刺剣であった。

「馬鹿なっ、お逃げください!」

「ここで逃げて何が王か!」『女一人加わったところで文句はあるまい!』

『面白いッ』

奇面の男は槍を振るった。

当たり前だが、地面に降りても彼は強かった。

アンジェはギュスターヴを支援すべく、常に死角に回りながら、刺突を駆使して奇面の男を脅かす。

さすがに後ろに目がついているわけではないらしく、目に見えていない死角への牽制であれば何とかアンジェにも避けることができた。

いくら手練といえど、相手が百歳の老人であれば、二人がかりで斃せぬ道理はないはずだ。

『貴様、何故こうまでして戦う!』

『老いさらばえて死ぬわけにはいかぬのよ! 貴様らに殺された息子に、あの世で顔向けできぬわ!!』

『死にたがりなら、さっさと死ねばいいものを!』

『生憎、どの戦場もこの老骨を死なせてはくれぬのだ!』

二人がかりの攻撃をいなしながら、男はなおも槍をふるい続けた。

アンジェは今までの鍛錬では経験したことのないほどの集中を見せ、ギリギリのところで避け続ける。

しかし、そこから数合したとき、奇面の男が隙を見せた。

ギュスターヴの突きを上体をそらして避けたとき、アンジェが背後を脅かすべく、背中に接近していたのだ。

腕一つ伸ばし、刺剣を繰り出せば届くという場所に、男の背が来ていた。

これはもう避けられないと直感し、体が勝手に動く。

アンジェが刺剣を繰り出した時であった。

奇面の男は、その体勢で地面を蹴ると、空中で横倒しのような形になりながら槍を振るった。

アンジェの刺剣は薄い篭手に阻まれ、通らず、顔面に斜めに振り下ろされる槍が迫った。

反射的に顔を後ろに動かしたアンジェだったが、額に疾風が奔ったような感覚を覚えた。

一閃が去ったあと、額に手を当てると、じわりと溢れ出した鮮血と、切り離された前髪の一部が手に付着していた。

顔を隠していたヴェールも、釣っていた片方の部分が切断され、離れてしまったようだ。

が、奇面の男は露わとなったアンジェの顔を見て、奇妙に動きを止めていた。

『貴様――ッ! その顔――』

一瞬の驚愕を見逃さず、ギュスターヴが突き込む。

『グッ―――』

何が起こったのか。

今まであれほど手こずらされた奇面の男が、一瞬ながらも致命的な隙を晒し、脇腹に槍が突き通っていた。

「アンジェリカ様っ!」

思わずアンジェの生死を確認したギュスターヴが、その一瞬で襟を掴まれていた。

「ウッ」

ギュスターヴが奇面の男に引き寄せられ、腹の反対側に飛び出した槍が、ズズッと長くなるのが見えた。

奇面の男が手放した槍が、地面に転がる。

その手には、槍の代わりに短刀が握られていた。

『冥土の道連れに連れてゆくぞ』

「――やめろっ!」

奇面の男の短刀が、ギュスターヴの腹にズブリと 抉(えぐ) り込まれた。

「ぐっ――ウッ――」

「ギュスターヴ!!」

駆け寄ろうとしたアンジェだったが、ギュスターヴは苦痛に顔をゆがめながら、その目で明確にアンジェを拒絶した。

それは、愚君を咎める忠臣の目であった。

「お逃げなさい!! このギュスターヴの死を無駄にするおつもりか!!」

『者共! 突撃せい! この女、ユーリ閣下の元へ、なんとしても連れてゆくのだ!!』

折り重なる二人の絶呼の叫びが戦場に響き、アンジェは戸惑いに一瞬を費やした後、ギュスターヴから目をそらし、もはや数の少なくなった自陣に走った。

「敵将は討ち取った! 銃兵! 一班発砲せよ! もはや夜の訪れは近い! 逃げ切るぞ!」

自陣に辿り着くと、アンジェはあらん限りの声で絶叫し、銃兵の弾丸がギュスターヴと奇面の男ごと、突進してくる騎兵の群れを貫いた。

銃弾を受けた二人が斃れ、それを避けながら騎兵が突撃してくる。

アンジェは、ギュスターヴを顧みなかった。