軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第021話 入寮

「どこにいってたんだ、探したぞ」

会場に戻ると、俺の席の近くで、ルークが俺を探していた。

「すみません、なんだか厄介な人に捕まってしまって」

それにしても、はあ、十歳くらいの女児と同レベルの口喧嘩をしてしまうとは。

落ちる所まで落ちた気がする。

落ち込むぜ。

「厄介な人? 誰だよ。騎士院の教師かなんかか?」

「いえ、まー今日知り合った女の子です」

俺がそう言うと、

「なんだ……お前も手が早いな……」

とニヤニヤし始めた。

「ぶっちゃけ付き合ってもいいんだが、手を出して捨てたりはするなよ」

先輩のご忠告か。

それにしても、捨てるって。

「なんですかそりゃ」

「とにかく、手を出しちゃいかん。手を出さなければよっぽど不義理をしない限りは大丈夫だが、手を出して捨てて、向こうが問題にすると退学になるからな」

えっ、退学なの。

う、うーん。

最悪、わざとそれをやって退学になるとか。

スズヤに泣きながらひっぱたかれそうだからやめておくか。

「どうしてもやりたくなったら、騎士院には時代時代の馴染みの娼館ってのがあるんだ。そこなら安心だから、上級生に教えてもらえ」

まじかよ。

そんなのがあるんだ。

それにしても、ルークは試験のこととかは一切合切教えてくれない、というか軒並み連絡を怠るくせに、こういうことは聞かなくても教えてくれるんだな。

こちらのほうが重要な連絡事項だと思っているのだろうか。

いや、実際に重要なのかも知れない。

「まだ七、八年は早いですよ」

性欲というのは精神よりも肉体に引っ張られるもののようで、俺にはまったく性欲がない。

ミニスカートとかがあった日本に比べれば、どいつもこいつも禁欲的な格好をしているので、あまり欲望を刺激されないし。

賢者モードはあと数年は続くだろう。

「そうなんだが、なにかあってからでは遅いからな」

「ともかく、この場にあまりそぐわない話題なので、続きは家でやりましょう」

「あっ、それもそうだな。とりあえず帰るか」

会場は既に人がはけてきていて、人影はまばらになっていた。

***

家に帰り、家族で食卓を囲み、領の屋敷から持ってきた荷解きしていない荷物をそのまま馬車に放り込んだら、いよいよ出発となった。

「行っちゃうんですか」

「うん」

「行かないでください……」

泣き落としにかかってきたのはシャムだった。

シャムも今年で九歳。来年から教養院に入ることになっている。

俺が騎士院に入学して居なくなることを知ると、ものすごくゴネ、結局は今年いっぱい首都の別宅に移り住み、頻繁に俺が行くというような折衷案で落ち着いた。

サツキのほうも最近は王都にいる時間のほうが多くなったので、そっちのほうがいいだろう。

シャムも今日から王都住まいだ。

「そんなに泣くなよ。一生会えなくなるわけでもあるまいし」

「寂しいです……」

口を開けば理知的な言葉を吐くばかりのシャムが、こんな感傷的な言葉をつぶやくのは珍しかった。

俺だって寂しいんだが。

「俺もだよ」

シャムの頭の上に手をおいて、柔らかい髪をなで、手櫛で軽く 梳(す) いた。

「大図書館に行けば、寂しさも紛らわせるさ」

「ムリです」

ムリってことないだろ……。

「できるだけ会いに来るよ。同じ王都の中にいるんだ。星と星の間ほど離れるわけじゃない」

我ながらきざな台詞だな。

「でも、同じ家の中の約千倍は離れていますよ……」

こ、こいつ。

大図書館は学院と隣接して建てられており、ホウ家の別邸もそう遠くはないので、約千倍というのはなんとも現実的な数字だった。

「じゃあ、次にあったときに宿題を出すよ。宿題を解いてる間は、一緒に勉強してるのと同じことだ。そうしたら寂しくないだろ?」

めちゃくちゃな話である。

「ホントですか!?」

しかし、めっちゃ喜んでる。

喜色満面の表情だ。

「ほんとだよ」

宿題を出されて喜ぶ生徒がこの世に存在するとはな。

教師冥利に尽きる。

寂しがるシャムの手を離して、俺は御者に合図をすると、馬車を出発させた。

馬車を出発させて、シャムのことを考えていたら不安になった。

シャムは来年、教養院に入る。

卒業生であるサツキによると、教養院というのは政治や官吏、法律について学ぶところらしい。

その他にも、古代シャン語など教養っぽいことを全般的に学ぶ。

サツキが古代シャン語を教養教養と言っていたのは、そのせいだ。

騎士院の試験には古代シャン語はなかったので、内心俺はかなり腹が立っていたのだが、教養院の試験にはあるのだろう。

断言するが、シャムがその類の物事に興味を示したことは一度もない。

サツキでさえ、あまりの関心のなさに匙を投げたほどの徹底した無関心さだった。

そして、シャムは俺以上にノーといえるシャン人である。

嫌なことは嫌という。

それはもう、顔面で拒絶の意思を純粋に表現しながら「嫌。」と言う。

そんなシャムが教養院なんかに入ってやっていけるのだろうか。

俺は無理なような気がするんだが、どうなんだろう。

***

そんなことを考えている内に、学院の正門を通過した。

馬車に乗っているのは俺一人だ。

正確には俺一人と荷物だけ。

寮に入らなくてはならない。

他の生徒の馬車も続々と到着している様子で、広間は賑わっていた。

俺も荷物を持って馬車を降りた。

御者には帰宅を指示する。

荷物はさほど多くなかったが、それでも大人が持つ革のかばん三つ分ほどあるので、持って運ぶにはたいへんな量だった。

ソイムに体を鍛えられたとはいえ、さすがに重い。

この荷物を持ったまま歩きまわらなきゃならないとなると、少しきつそうだ。

つーか、係員の人間が出迎えてくれるのかとおもったら、そうでもないので、まず誰かを探さにゃならんな。

となると、やっぱり荷物を持って歩きまわるのは、だいぶきついものがある。

とりあえず、どっか木の影にでも隠しとくか。

でも盗まれたりするのかな。

棒立ちでしばし考えていると、唐突に後ろから肩が叩かれた。

「こんにちは。またお会いしましたね」

振り返ると、ミャロだった。

いいところに来てくれた。

「やあ、こんにちは。こちらこそまた会えてよかった」

俺は片手の荷物を地面に置いて、ミャロと握手した。

ちょうどいいので入寮の段取りのようなものを聞こう。

「少し後ろから見ていましたが、お困りのご様子ですね」

見ていたらしい。

「ああ。実を言うと、これから何処に向かったらいいのやら、さっぱりわからないんだ」

素直に言うと、ミャロはくすりと笑った。

「ボクは解りますので、ご案内しますよ」

さすがだ。

優等生だけのことはある。

渡りに船、地獄に蜘蛛の糸である。

「そうか。ありがとう」

「入寮案内書というのに書いてありましたので」

入寮案内書?

初耳であった。

「え、それってどこで貰えばいいんだ?」

どっかで配られてるのスルーしちまったか。

「家に送られてきたはずですが、持っておられないのですか?」

もちろん貰っていない。

またルークか。

「ああ、ちょっとな。恥ずかしながら目も通していない」

ほんとに恥ずかしいよ。

「なるほど。まあ、些事といえば些事ですが、荷物を事前に送れなかったのは大変ですね」

見ると、ミャロは両手になにも持っていなかった。

手ぶらである。

ミャロの後ろにいる名も知らぬ生徒も、よく見りゃ手ぶらだし、俺のような大荷物を持っている生徒は、周りじゅう見回しても誰もいなかった。

察するに、入寮に際して、荷物の持ち込みというのは、事前に送りつけることで済ませておくものなのではないのか。

おそらく、この予感は的中しているだろう。

どうなってんだ俺の家はよ。

曲がりなりにも将家じゃねえのかよ。

「よろしければ、少しお持ちしますよ」

「いや、大丈夫だよ」

さすがに悪い。

「その調子のユーリくんの隣を、手ぶらで歩くというのは少し変ですよ」

と、ミャロは少し困った顔をした。

そう言われると、その通りだった。

両手が荷物でいっぱいでひーひー言ってる男の隣を手ぶらで歩いていたら、下手すりゃ自分の荷物を下僕に持たせてるのかと思われるだろう。

「そう言ってくれると助かる。頼んでいいかな」

「もちろんです」

一番軽いかばんを一つ渡すと、ミャロは受け取った。

ミャロは片手で受け取り、ややあって両腕に持ち替えた。

そんなに重かったか。

よく見たら、ミャロの腕は小枝のように細い。

俺はソイムにしごかれて毎日のように棒きれを振り回していたし、その前は牧場で干し草を運んでいたりしたので、わりと鍛えられているのだろう。

考えてみれば、ミャロは武家の出どころか魔女家の出なのだから、そんな生活とは無縁だったはずだ。

「すまん。大丈夫か」

「はい。思ったより重かったですが、これくらいは」

確かに、両手を使えばさほど苦もなく持てるようだった。

そこまで辛そうではない。

考えてみれば、同年齢の俺がもっと重いかばんと一緒に片手で持っていた荷物なのだから、両手を使って持てなかったら大変だ。

「じゃあ、行きましょう。寮はさほど遠くないはずですから」

ミャロは歩き出した。

***

寮の前には子どもたちが勢揃いで並んでいた。

俺とミャロも最後尾に並んだ。

寮は大きな木造二階建ての建物だった。

建物を覆う一枚屋根が片流しになっているのが特徴的で、雪が入り口の反対側にすべて落ちるようになっている。

二階には屋根に覆われたテラスがあった。

一階は、半分が食堂で、半分がリビングのようになっているようだ。

ソファのようなものも見える。

すべて新品のような真新しさだ。

なかなか素敵な寮だった。

寮といえば、俺は大学の最初のころ、寮に入っていた。

寮といったら、俺が思い出すのはあそこだ。

あそこは酷かった。

目の前にあるコレと違い、なんの趣もない無骨なコンクリートの建物だった。

その分家賃が安くはあったが。

そこはいわゆる自治寮と呼ばれている、一種の治外法権地域のような場所だった。

寮生を退寮にする権利を、なぜか寮の自治会が持っており、それはつまり、高校でいえば生徒を退学にする権利を生徒会が持っているようなもので、権力構造が異常そのものであった。

退寮をチラつかせられれば、逆らいようがあるわけもなく、自治会が主催するイベントには半ば強制参加だった。

端的に言えば、俺にとっては非常に暮らしにくい場所だった。

先輩寮生たちを一人ずつ訪ねて回り、一回ずつの指令を受け、パシリなどをやって、期日までに先輩全員分のハンコまたは署名を集めなければならないという、今考えれば何の権利があってやっているのか不明な、首をひねりたくなるような謎の入寮オリエンテーションの洗礼を受け、俺は自らの選択の誤りを認め、多少のコストを支払ってでも安アパートに引っ越すことを選択し、すぐに実行に移したのだった。

今となっては懐かしい。

「先輩みたいのがいるのかな」

「先輩はいませんよ」

ミャロが言った。

「ここはボクたちの代の新入生にあてがわれた寮で、卒業まで約十五年間、ずっとこの寮を使うようです。全員が卒業をして、用済みになったら取り壊し、また新しいのを作るんだそうです」

マジか。

ホントに新築だった。

贅沢な話だ。

……いや、考えてみれば、そうでもないのか。

所詮は木造だし、荒々しいガキばかりを住民にして十年以上も使っていれば、寮はキズだらけの軋みまみれになってしまうだろう。

曲がりなりにも貴族の子弟を押し込める寮なのだから、そんなボロ屋はさすがにまずい。

なんにせよ、先輩がいないのはいいことだ。

かなり体育会系の世界なんだろうし、先輩がいれば先輩風をチラつかせて後輩をイビるといった風習は、必ず発生するだろう。

「教養院のほうもそうなのか?」

「いいえ。教養院のほうは校舎くらいある巨大な寮で全院生が一緒に暮らしているのだそうです。あ、もちろん女性と男性は別の建物ですよ」

「へー、そうなのか」

やっぱりシャムは無理かもしんないな。

まあ、寮のほうはどうしても使わなきゃならないってわけじゃないんだし、毎日別邸から通学してもいいんだが。

話しているうちに、列がはけてきた。

列の最前線では長机に座った小太りの中年女性がなにやらペンを走らせている。

そのうち、一番前まで辿り着いた。

「そちらからどうぞ」

と、ミャロに言った。

「いえ、ユーリ君からで」

荷物を持ってもらって案内までしてもらったのだから、俺から先に受け付けを済ますのではあんまりだと思ったのだが、俺からのほうがいいらしい。

後ろもつかえているし、ここで順番の譲り合いをするのも迷惑だろう。

「では、お先に」

俺はそう言って、「ユーリ・ホウです」と受け付けの女性に告げた。

「はい、ユーリ君ね。あなたは一号室です」

一号室か。

首席だったからかもな。