軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第216話 別邸でのひととき

ホウ家別邸に降り立ち、白暮から降りると、リリー先輩が駆け寄ってきた。

「――どうやった? 成功した?」

リリー先輩は今日の朝から火炎樽の製造を手伝ってくれている。

「ええ。殆ど全部爆発したはずです」

「よかったぁ~」

リリー先輩は、ほっと胸を撫で下ろしたように言った。

俺の発案なので、べつに、失敗してもリリー先輩のせいではないけど……。

「まあ、でも、あれは問題ですね。網がなかったら割れてしまうので」

網があること前提の兵器なので、逆に網がない場合は火炎瓶のほうがよいことになってしまう。

まあ、樽なら落とせばまず確実に全体が割れるので、そのあと火薬が発火しても引火はするだろうが、あまり最適とは言えない燃え方だ。

「考えたんやけどね、やっぱり金属で作るのがええと思うんよ」

「まあ、そうですよね」

将来的には。

「ただ、あの高度から落としても割れない金属容器となると、中々……」

網があってもなくても関係のない焼夷弾を作るとなると、逆に落ちても割れない容器が必要になってくる。

そうすると肉厚が厚くなり、重くなる。鷲には乗せにくくなり、容器を割るために必要な火薬の量も増える。

「容器は薄板で作って、筒の片方に円錐状の丈夫な鉄を取り付けんねん。そうしたら、空中で勝手に下向くやろ?」

ああ、その手があったか。

なんで思いつかなかったんだろう。

「丈夫なところから落ちるようにすれば、容器自体はかなり薄く作っても割れへんと思うねん。ついでに貫通力も出てくるから、船相手なら甲板を貫通できるかもしれへん」

「それはいいですね」

空中から見ていたら、自己爆発式の威力は凄いものだったので、多少高くついてもそっちの方向に改良を進めるのがよさそうだ。

自己爆発式のメリットにはもう一つ、発火物となる液体に強い熱エネルギーを一気に加えることができるというものがある。

つまりは、熱源は発火した布とかではなく、膨大な熱量を与える火薬なのだから、必ずしも火花で容易に引火できる軽油質の液体である必要はない。

原油そのままでは難しいかもしれないが、蒸留した最高の部分だけ使うといった贅沢をする必要はなくなるだろう。

「まあ、量産となると、ちょっと今日明日のうちにってわけにはいかへんのやけど……」

「大丈夫ですよ。この戦いに間に合わなくても。勝ったあとで開発すれば十分です」

「そう? まあ、勝つことは疑ってへんけどね。ユーリくんやし」

「それで、樽のほうは何個できました?」

火炎樽は、作り終えた分だけ持っていったので、四十二個しか落としていない。

わずかな数だ。

「とりあえず三十個はできたよ。あと、王都以外の街から七十個くらいは集められるみたい。でも、それ以上は新しく作らないとないみたいやわ」

「まあ、中途半端な大きさですからね」

当然だが、蒸留所で酒の熟成に使われるような大樽を鷲に積むことは出来ない。

鷲に積める程度の、十リットルから二十リットルほどの大きさの樽というのは、ニッチな需要こそあれ大量に生産するものではなく、王都の樽屋には四十二個しか在庫がなかった。

富裕層は五百リットルくらいの大樽で購入したりするし、酒屋に行くのに一両日以上かかるような田舎民は、百リットルくらいの樽に入れて買っていくらしい。

都会に住む酒飲みだと、日常的に酒屋に通えるので、家飲み派でも素焼きツボのようなものに酒を入れて買っていく。

十リットルから二十リットルほどの樽は、帯に短し襷に長しという感じで、あまり需要がないのだという。

今は瓶の流通が急速に広まりつつあるので、なお需要が少ない。

「まあ、暇な鷲で王都に持ってこさせましょう。爆破薬の準備だけお願いします。火炎瓶から油を移したらすぐに使えるように」

「はいよ。軽油質以外の液を混ぜる実験もしたほうがええよね?」

「ああ、できればお願いします。とりあえずは軽油液のみでも構いませんが」

「やるよ~。というか、実はもうちょびっとやっといたから。これ」

リリー先輩は、そう言うと後ろ手に持っていた何かを取り出した。

円筒状をした黒い物体で、紐が出ている。

「あぁ……こりゃいいですね」

「軽油液ならええかもしれへんけど、原油が湿潤したらまずいかと思ってな。これやったら数時間は持つやろ?」

見た感じでわかるが、これは樽の爆発薬にアスファルトを付着させたものだ。

アスファルトは原油蒸留の過程で最後に残るドロドロとした液体で、常温では固体化する。

鉄鍋かなにかで溶かしたアスファルトに、紐を持ったままチョンと浸したのだろう。

表面がある程度固くなるので、突き固めたものを紙で包んだだけの状態より扱いやすそうだ。

「爆発しなかったんですか?」

「百度ちょっとで溶ける物質やもん。火薬は三百度くらい行かへんと爆発せーへんから大丈夫や」

「温度管理をしくじったら大事故になります。凄く心配ですよ」

溶融したアスファルトが百度なのか三百度なのかなど、外見からは分かりようもない。

もし過熱して三百度に達したアスファルトに突っ込んだら、溶解したアスファルトが勢いよく飛散することになる。

当然作業者は無事では済まないだろうし、死亡事故に繋がりかねない。死ななくても酷い火傷を負うだろう。

「う、うん……火薬を取り扱う時は気をつけとるから……」

「こんなことをやらせている俺が言うのもなんですが、気をつけてくださいね……火薬を浸す時は、熱源を消した上で、少量でテストした上で作業してください。ていうか、自分では作業しないでください」

「うん、そうするよ。今何かあったら大変やし……」

いや、いつ怪我しても困るんだが……。

「それじゃ、作業が詰まってるからもう行くわ」

リリー先輩は、会話を打ち切るように言うと、

「じゃ、また」

と言って、屋敷のほうに戻っていった。

急だな。一体どうしたんだろう。

「頭領殿」

「わっ」

突然声をかけられた。

「なんだ、ソイムか」

盗み聞きしてたわけじゃないだろうが、木陰に控えていたらしい。

若くてキャピキャピしたのがいたから出てきづらかったのかな。

「はい。 罷(まか) り越しましてございまする」

芝居がかったお辞儀した。

なにが罷り越しましてだ。

「大丈夫なのか? その、英気は養えたのかよ」

ソイムは、魔女との戦いで激烈な闘死を決めるつもりだったのに肩透かしを喰らい、もの凄くがっかりしてしまって、一度ハオ家に帰って療養していた。

そのまま隠居するのかと思ったが、戻ってきたようだ。

「魔女の軍勢には大層失望させられましたが、また槍を取りたく思いまして。戦列の末席にでも加えていただければと」

「大丈夫か? 別に、隠居していてもいいんだぞ。誰に恥じることのない殊勲を挙げたんだ」

武人界隈では有名になってしまい、なんか変な通り名まで付いている始末らしい。

もう十分だろう。

戦争は一兵で何かが変わるものでもないし、満足してくれたのなら休んでくれていたほうが気が楽だ。

「いえ、ひ孫に諭されましたゆえ。新たに奮起いたした次第にござります」

「なんて言われたんだ」

「生き残ったということは、まだ役割があるのだと天が言っているのではないか、と」

それって、お爺ちゃんになって孫の孫を見守ったりする役割がまだ残ってるよって意味じゃないのか。

ハオ家の現当主にはこの前会ったが、絶対そうだぞ。

祖父ちゃんボケるんじゃないかって心配してたもん。

「それで、このソイムの最後に相応しい真の敵手は十字軍であったのだと思い直し、奮起いたした次第なのでございます」

どうも、違った解釈をしたらしい。

「言ってみれば、魔女の手勢は前座だったわけですな」

「うぅん……」

我が師ながら頭が痛ぇ。

「しかし、不躾ながら先程の会話を聞いていたのですが、もしやこの戦、楽勝なのですか?」

どこか心配そうだ。

楽勝だと困るのか……。

「んなわけないだろ。相手は十万くらいいるんだぞ。もしかしたら十二万くらいいる」

敵の兵站を完全に破壊できれば戦わずして勝てるのだが、残念ながら火炎瓶の残量がない。

兵站を叩こうと一生懸命焼いているわけだが、連中も対策はしていて、兵站は小分けにして距離を離して積まれている。

これは網などとは違って、なかなか解決できない種類の対策だ。

前のように、山積みに積まれた荷物の中に火薬が混じっていて誘爆するなんてことも、今回は起こっていない。

恐らく、火薬の類いは天幕の中に収容されているのだろう。

船を破壊するのは成功したが、食料は馬車でイイスス都市国家地帯のほうから運ばれてきている。

これは補給線としては遠大で細く、量も少ないが、完全に遮断するのは難しい。

何千頭もの馬匹がひっきりなしに往復していて、これは火炎瓶かなにかで何十頭か焼き殺してもあまり意味がない。

ホット橋にも、既に新しい応急架橋の木橋がかかっている。

上流に用意させていた低床船を燃やしながら突っ込ませ、一度は破壊することに成功したが、今はもう修繕が完了しているらしい。

まあ、その程度の細い補給線では、十二万人の食料を支えられるわけもないが、多少の足しにはなるだろう。

「ほほう……では、先程のはご婦女を安心させるために言ったわけですな」

「将たる者として当然の心得だろ。無駄に恐れさせてどうする」

ディミトリだの軍首脳格には気休めは言わないが、それ以外には常に安心させておいたほうがよい。

特にリリー先輩などは、俺に近しいという評判が立っている人物なので、彼女がお気楽にしていれば周囲の人間は大丈夫なんだなと感じるだろう。

「なるほど。このソイム、感服いたしましてございまする」

ソイムは再び頭を下げ、こそばゆい敬意を表した。

「それで、戦いたいのか?」

「もちろんでございます」

なら、もってこいの話がある。

「キルヒナ出の優秀な騎兵を集めて隊にする計画がある。ボフとノザの騎兵がほとんど使えないからカケドリが余ってるんだ」

騎兵には銃砲の射撃で死するのも顧みず、火薬の煙が迸る陣地へ突っ込む戦意が必要なので、訓練でしか 勇(いさ) めないカスには務まらない。

「特に優秀なのを五十騎ほど付けてやる。その騎兵隊を率いるのはどうだ」

「光栄の至りにござります。必ずやご期待に応えましょう」

ソイムは目を輝かして、俺に向かって大仰な敬礼をした。

よっぽど嬉しいらしい。

「その部隊の仕事は、軍に先行する偵察軽騎兵の潰しだ。周辺の地理に詳しいボフ家のまともな騎士を一人入れておく」

「なるほど。足を遅らせるわけですな」

軍主力が行軍するときは、先立って偵察軽騎兵が繰り出され、待ち伏せの危険を取り払う。

その偵察軽騎兵が帰ってこなかったり会敵したりすると、軍主力は一々対応を迫られ、ちょくちょく足止めされることになる。

ソイムも軍関係者なので、言わずともそのへんの波及効果については理解しているのだろう。

「ミタルからこっちの大街道には、森の中を抜けるような場所が沢山あるな。そのあたりで、土地勘を利用して退路を切って斥候を全滅させる。ただし、敵が大兵力の威力偵察部隊だったら相手にする必要はない」

「はい。了解しました。同じような任務もやったことがあります」

やったことがあるのか。

さすが年の功というか……軍歴が長いのは伊達じゃないな。

「敵が開き直って進軍を早めるようであれば、千人程度の歩兵で伏撃を決行する。そのための部隊も用意してあるから、連絡を密に取れ」

「流石ですな」

「だいたい一ヶ月くらいの軍務になるかもしれんが、大丈夫か? 決戦一度きりのほうがいいなら、そうするが」

「このソイム、気の張り方と緩め方は心得ておりますよ。一ヶ月くらいはどうということはございません。少し優秀な下士官は付けて頂きたいところですが」

「わかった。相談しておこう」

とはいえ、みんなキルヒナでは名が轟いたような奴らみたいだから、そんなのも必要なさそうだけどな。

「じゃあ、辞令を書くから執務室まで来い」

「了解しました」

俺は、別邸の屋敷に向かって歩き始めた。