軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第157話 大講堂での一幕

「ユーリ殿、お客様がお見えですが」

宴会の最中、学院の職員が来て、そう言われて呼び出された。

たぶん、呼んでおいたホウ社の人間だ。

「行かないでくださいよぉ」

酔っ払った元団員が妙なことを言い出す。

「たぶん社の人間だ。採用については俺よりよく知ってるから」

そう言いながら席を立つ。

宴会の雰囲気は嫌いじゃないが、酒を飲まない俺としては、なんとなく疎外感がないでもなかった。

頻繁に酌をされるので、酒を飲むフリをするのも面倒くさい。

もうこのまま抜けちまうかな。

*****

「ユーリ会長、あまり勝手なことはしないでください」

俺の見知っている社の男は若干不機嫌そうだった。

たぶん仕事中呼び出されたのも不機嫌に拍車をかけているのだろう。

「すまんすまん。でも読み書きはできるし躾けもちゃんとされてる連中だから、使い勝手はいいだろ?」

「それはそうかも知れませんが……中には高位貴族の子どもも居るんでしょう。一般採用なら下っ端からですよ? 庶民の上司に頭を小突かれながら仕事をするんです。トラブルでも起きたらどうするんです? 彼らは向こうの騎士院で戦闘訓練を受けてるわけですよね。流血沙汰になったらどうするんですか」

「上司が庶民ってのは、今から説明してやれよ。プライドが高いようならよしとくだろう。もしダメそうなら試用期間でクビにしてもいい」

「はああ……ただでさえ倍率高いのに二百人もだなんて」

「288人だが、実際には百人以下だろ。なんだかんだ言って兵隊を続けたがるさ」

「そんなことないでしょ……」

社の男はぶちぶちと文句を垂れながらホールの方へ歩いていった。

どうも少し心配性の 気(け) があるが、物怖じせずに俺に文句を言ってくるのは好感を持てる。

「ユーリくん」

「おわっ」

ランプの光で照らされた薄暗い廊下のカドから、ふいにミャロが出てきた。

びっくりした。隠れて様子を伺っていたらしい。

「ミャロか、ど、どうしたんだ」

「ちょっとお話があって。今いいですか?」

「あぁ、俺も話したいところだったし……いいよ」

「あ、ここだとちょっと」

「じゃあ、ちょっと別のところに行くか。そうだな……ついてこい」

俺はミャロを連れて大講堂のほうに歩き出した。

ちょっと遠いが、あそこが一番いい気がする。

「あの、どこへ?」

歩いていると、ミャロが聞いてきた。

「大講堂だ。鍵閉まってるかな」

「どうでしょう? 普段は閉めてないですよね」

大講堂は大学の講義室のように、傾斜のついたホールに長机と長椅子が並んでいるだけで、ほぼ盗むものがないので鍵は開いたままのことが多い。

「でも、なんで大講堂なんですか?」

「広いから、外で聞き耳立ててる奴がいても聞こえない」

「別に、それほど聞かれて困る話でもないですが」

「念の為ってやつだ」

と、そこで大講堂についた。

壁にかけてあるランプを一つ借りて、ドアを開けて入ると、室内は真っ暗闇だった。

足元を照らしながら歩き、講壇の前の席に座って、ランプを長机の上に置いた。

ミャロが横に座る。

差し向かいでなく、横に並ぶ形になってしまった。

これはちょっと話しにくい。

考えれば分かることだったが、別の部屋にしたほうが良かったか。

「選択ミスだったな。別の部屋のほうがよかったかもしれん」

「いえ、こっちのほうが話しやすいです」

「……そうか」

どんな話があるのだろう。

想像はつくが、聞きたくない気もした。

「ユーリくんが一足先に帰る時の話、あれはリャオさんのことだったんですね」

単刀直入に来た。

「ああ、そうだ」

「結婚を前提に交際してほしいと言われました」

「……そうか」

まあ、そうなるよな。

「ボクにしては、随分と悩みました。ユーリくんの意図が分かりませんでしたので。もしかしたらキャロルさんの件があって、ボクを疎んじるようになったのかとも思いました」

……うあー。

「それは違う。リャオが何を――」

「あの、気づいていらっしゃるかわかりませんが、ボク、怒ってますから」

ミャロは平坦な声で俺の言葉を遮った。

「あっ……そうなの」

「そうなんです」

怒ってるとは思わなかった。

うかつに言い訳などしないほうがよさそうだ。

「ユーリくんは女心が分かっていませんよね」

「そうかも」

「ユーリくんのことですから、キャロルさんの事がありながら他人の恋路に口出しをするのは筋違いと思ったのかも知れませんが、きちんと断ってほしかったです」

「うん……うん? ミャロは俺の女だ、手を出すな……みたいな感じのほうがよかったのか?」

「あ……そ、そうです」

それが正解だったのか……。

えぇ……。

どうなんだろう……あんときは思いつきもしなかった。

けど、そんな事は俺の矜持が許さないみたいなのも、俺の自己満足であって、何の意味もなかったのかもしれない。

「それで、ボクはユーリくんに疎んじられているのかもと思ったので、交際を了承してしまったわけです」

「そう……えっ、了承したのか?」

「はい」

あっ、そうなの。

…………うあー。

「まあ、ボクはユーリくんしか男を知らないようなものなので、リャオさんも違う目線で接してみれば良さがあるのかなぁ、と思ったんです。ほら、疎んじられてるのかもと思っていたので」

それしつこいな……。

よっぽど腹にすえかねたのだろうか……。

「それで、道中お話をしながらですね、リャオさんの踏み込んだ展望などを聞いて……すぐにミタルに到着して、キエン様とその奥様に許嫁のように紹介されたわけです。ドレスを着せられて、豪華な夕食に招待されて……」

ミタルというのはルベ家領の領都のことだ。

川からは街道を道なりに歩いてすぐなので、難民を連れていても一日か二日で着いたことだろう。

「全部が順調でした。突然のことでしたので、リャオさんの根回しは間に合ってませんでしたが、特別な客間に通されると、メイドの方々が来て、体を洗って服を着替えさせられて……あんなドレスは本当に久々に着ました。夕食に招待されると、キエン殿と奥方様と、リャオさんの弟や妹と一緒に、旅のことやルベ領のことなどを話して、リャオさんは許嫁として交際が順調に進んでいるようなことを言って……嫌味を言われることもないではありませんでしたが、皆さん善良で、男性の方々は将家らしく精力的で、女性の方々はしおらしく男を立てて……ありていにいって、とてもいい家庭でした」

なんとも幸せな家庭らしい。

うちも似たようなものだが、ルベ家のほうがだいぶ大家族なんだろう。

「そうしていたら、ふいに気が遠くなるような感覚がして、なにか違うな、と思ってしまったんです」

そう言ったミャロの声色は、なんだか淋しげだった。

「全部が全部、ボクの想像のうちだったんです。夕食に招待されることも、歓待されることも……会話の内容でさえ、一つとして予想を裏切るものはなくて。この家に嫁いだら、ずっとこんな生活が続くのかと想像したら……美味しいはずの料理が、読み飽きた小説のような砂の味になったときは、我ながら笑ってしまいました」

ミャロの顔は見えない。

並んで座っているからだ。

今どういう顔をしているのか、見たくてたまらなかった。

だが、それをするのは秘した想いを覗き込むような行為である気もして、俺は結局薄ぼんやりと照らされた教壇を見ているだけだった。

「嫌ではなかったんですけどね。結婚するとなると、なにか違うな、って感じでした」

嫌ではなかった、というのは本当だろう。

ただ、その場所はミャロの生きる場所ではなかった。

淡水に放り込まれた海水魚のようなもので、馴染まなかったのだろう。

「気づいたんならいいだろうよ、これからは自分に合った人生を生きればいい」

「ボクに合った人生ってなんでしょう……。ボクはユーリくんのように主役にはなれません。かといって、女として平凡な生き方をすることもできない。魔女も性に合いません。どうにも、自分がとんでもない出来損ないのように思えてきます」

なにやら、ミャロは迷っているらしかった。

迷っているといっても、選択肢をAとBどっちにするかといった迷いではない。

ただ森の中で迷子になっているような迷い方だ。

青少年にはありがちだが、ミャロを良く知っている俺からしたら、ものすごくミャロらしくない。

ミャロは、最初から自分の好みを知っていて、好みのために動いていた。

それが、今頃自分探しに手間取っている、みたいなことを言っている。

順番があべこべだ。

何かアイデンティティの根底にヒビが入るような出来事があったのだろうか。

心当たりありすぎる。

99%おれのせいだ。

「ほら」

俺は腰から短刀を抜いて、ゴトンとランプの近くにぞんざいに置いた。

磨き上げられた刀の腹が、鏡のようにランプの炎を映す。

「遠征で使ってたやつだ。ホウ家に伝わる宝刀の中でもかなりの上物でな。これで何人も殺したが、肉を斬ったときは手応えさえ感じなかったくらいだ」

「へえ……いい刀なんですね」

ミャロは興味深げに短刀を見ていた。

「こいつが”ボクは包丁として出来損ないだ”なんて思うか? いやいや、そんなこと言い出したらこっちが困る」

俺は短刀の柄を軽くつまんで、ペンで机を小突くような軽い勢いで、切っ先を机に刺した。

短刀の切っ先は、沼に棒でも刺したような手応えで沈み、異様なほど深く刺さった。

「俺にはこっちのほうが必要だ。包丁は家に一本あったらいい」

手を離しても、短剣は突き立ったままだった。

「ユーリくんは料理人ではないですからね」

「そうだ。だから、お前も料理人のところに嫁ぐのはやめろ。もったいないよ」

俺は、どうもリャオがダメだったらしいと聞いて、安心していた。

そう考える自分が嫌になる。

同時に、帰ってきてから感じていた軽い喪失感のようなものの正体も、はっきりした。

やっぱり、ミャロがいないと落ち着かない。

「でも、ユーリくんのお側には、もうたくさんいるでしょう?」

「人がか?」

「はい」

いやいや。

「お前ほどの者はいねぇよ」

「……そうですか」

ミャロの声には、嬉しそうな響きがあった。

「ボクが欲しいですか?」

「ああ。必要としている。俺の手駒になってほしい」

「うふふ、まるで暴力亭主みたいな言い草ですね」

ミャロは密やかに笑い、楽しそうに言った。

「でも、ボクがほしいなら、ちゃんと誘ってください」

「必要か?」

「女心です。他の女の男を自分から追いかけるのは、ちょっと惨めですから」

生々しい。

おまけに、ちょっと違う気もする。

横を向くと、ミャロはこちらをじっと見ていた。

気後れするような強い眼差しで、俺の目をじっと見ている。

これは気を引き締めていく必要があるかもしれない。

俺は、長椅子の上にあるミャロの手に、自分の手をかぶせた。

「ミャロ、お前が必要だ。俺のところに来い」

自然と、熱のこもった声がでてきた。

「……わかりました。私の人生を使ってください」