作品タイトル不明
第121話 落涙
「……えっと」
開いた口が塞がらない。
こちらは六十人程度の小所帯なんだぞ。
千人に三百人?
ないない。
「こちらについては、我々もそこまで強くは頼まないつもりだ」
「よく理解できませんが」
「これらは、君らが来ようと来まいと、明日出発させるつもりであったのだ」
へー。
「三百人の兵たちは、一般兵や騎士たちの中でも特に年若の者達だ。そうした理由は、わかるな」
前途がある若者を、攻められる前に逃がす。ということだろう。
偽善という向きもあるだろうが、悪くはない。
実際のところ、そいつらは兵士の中では最も経験がなく、使えない連中でもあるわけだしな。
三百人ということは、殆どが二十歳以下の、俺たちのようなヒヨッコだろう。
恐らく、二十歳以下を調べたら三百人、ではなく、一番の若造から三百人選んだ、ということだ。
キルヒナの騎士院でも、二十歳卒業の縛りは健在なはずだが、リフォルムが取り囲まれた今となっては、卒業も糞もない。
学生の身分から即戦争、というわけにはいかないから、暫定卒業とかそのへんの措置は判らんが、多少は訓練はされたはずだ。
数ヶ月前までは騎士院生だった連中、ということになるだろうな。
「そして、彼ら三百人の兵には、将家の跡継ぎといった者もいない」
そんくらい立場が上なら、将家が自分で逃がすなり、戦わせるなりさせているのだろう。
「千人の人々も、立場はまあ似たようなものだ。年齢層は多少上がるが、こちらも……自力で歩けない老人には残ってもらうことになっている」
幼年~三十、四十代といったところになるか。
年齢層が上がって大人が含まれるなら、そいつらガキの寄せ集め軍隊の言うこと聞いてくれるのかよ。
たぶん、この情勢下じゃ信頼とかしてないぞ。
人数の比は、3:10か。
いや、平民層は女が半分、ということを加味すれば、ざっくり3:5としても構わないだろう。
騎士たちが訓練をしていることと、武器の扱いに慣れていることを考えれば、3:5というのは圧倒的有利だ。
暴動とかの危険は、なさそうだな。
いや、 暴(・) 動(・) で(・) 負(・) け(・) る(・) 危(・) 険(・) 、か。
「物資……というより、馬、人の食料は?」
「そちらは十分に用意できる。城には、備蓄が一年の籠城に耐えるほどある。いくらか吐き出しても問題はあるまい」
まあ、人数が減る分、城の食い扶持も減るわけだしな。
「いくらあっても、運ぶ手段がなければ意味がありません。人に背負わせたら、ただでさえカメのように遅い歩みがナメクジの速度になります」
「馬も車も、最大限用意するつもりだ」
というか、馬も車も籠城戦では使わないから要らないのだろう。
まあ、馬は食料にはなるが、その用途に使うならくれてやる、ということか。
「なるほど……では、その兵三百で不足と思う理由はなんですか?」
今聞いたところでは、問題はいくらかあるにせよ、その中に致命的な問題はない。
ほっといても、つまり俺らが関わらなくても、普通に成功するんじゃないのか?
「一つは、指揮官がいないことだ。なにせ、てんでバラバラの部隊から若者だけ引きぬいた、共同訓練もしていない部隊だからな。君たちがこなかったら、適当な部隊から経験豊富な指揮官を引き抜く必要があったが、もちろんその部隊は指揮官不在で再編が必要になる。それか、分解して隊員は分散することになるな。それはあまりやりたくない」
まあ、確かにやりたかぁなかろうな。
だが、その辺りは部隊を一つ諦めればどうとでもなることだ。
俺がやらない、といったら、実際そうするのだろう。
大した負担とも思えない。
「問題なのは、彼らはこういった警護任務をこなした経験はまったくない、昨日寄せ集められたばかりの連中、というところだ。君なら、その意味は分かるだろう」
観戦隊は、成績優秀者の志望者から、更に選りすぐった人員で構成されているが、それだって、出発前の一週間かそこらは共同して訓練をした。
それがなかったら、最低限足並みを揃えた行動もできなかっただろう。
兵たちが指揮官の顔も覚えていない状態では、命がけで戦えという命令が上手く機能するわけがないし、指揮官も兵がどこまでの運用に耐えるかを把握できない。
その300人は、そういった訓練を通して繋がっていない烏合の衆、ということだ。
「貴殿らは一度、ここに来るときに任務をこなしている。つまり、年齢層は同じでも経験者が三十人からいることになる。私は、老練の兵を一人出すより、指導が行き届くと考えている。もちろん、経験者を三十人からつける余裕は、我々にはないからな」
なるほど。
まあ、言わんということは分からないでもない。
いや、わかんねえよ。
よく考えたら、こっちもガキの集まりだし、恐らく体育会系部活の先輩後輩みたいな関係を構築することを期待しているんだろうが、それが成り立つかどうかもわからん。
……といっても、俺がヤキモキする必要もないんだよな。
こいつらにとっては、どうでもいい事だろうし。
民1000人に兵300人とか言っても、こいつらからしたら出て行くだけの存在だ。
再びまみえる可能性も少ないし、その安全度が多少上がり下がりすることが、そう重大な関心事であるとは思えない。
統治者としての義務感からか、そういう努力をする必要を感じてはいるから、こういった提案をしているのだろうが、極端な話、千と三百人が城を出た途端に全滅しても、リフォルムの城兵に露見しなければ、それは起きなかったのと同じことだ。
たぶん、それより娘の安全のほうが百倍大事なはずで、だから娘の話題を先に出したのだろう。
正直なところ、俺としては城自体を捨てて全兵力を伴ってシヤルタまで撤退するのも、そう悪くはない手ではないのかと思うのだが。
リフォルムは城塞都市だし、割と立派な城壁があるので、ここで冬まで耐えて一発逆転、という未来を見ているんだろうな。
俺も、着いたばかりだから事情がわからん。
「……対価はありますか?」
俺がそう言うと、キャロルが少し驚いた目でこっちを見てきた。
当然のように無償の労働と考えていて、対価などという概念が出てくるとは思っていなかったのだろう。
だが、俺としては聞いておきたいところだった。
王女を一人預かるくらいならロハでやっても構わないが、これほどの重労働となれば、気の迷いも出る。
カケドリに乗るといっても、隊全体の速度は馬が引く荷駄の速度に拘束されるから、さほど早くはならないが、それだって徒歩の人間を千人も連れていれば、よほどの足手まといになってしまう。
それでも追いつかれることはなかろうが、タダで引き受ければ、隊内から反発があるだろう。
端的にいって、俺はキルヒナの無辜の市民にさほどの思い入れはないし、観戦隊の奴らも、恐らくは同じ思いだ。
「必要かね」
「隊の者たちは、おそらく望郷の念を強く感じているでしょう。その上、面倒ごとを引き受けるというのは、好ましい反応は期待できません。対価があれば分かりやすい動機付けになります」
復帰してから隊の連中と接したわけではないから、実際どうだかは分からんが、恐らくそういう思いは持っているだろう。
まず始めからして、俺が帰りたいからな。
しかし、これは王族からの 末期(まつご) の頼み、ということになる。
俺たちは実質的にリフォルム最後の居残り組なわけで、そのせいでこういう役割が回ってきてしまった。
末期の頼みを 無下(むげ) にする、というのは、対外的にかなりイメージが悪い。
イメージはある程度操作できるものだが、シヤルタにおいては俺も敵が多い。
この隊の目論見に反発する者たちは、この隊の功績に泥を塗るために利用したがるだろう。
王配は女王を見た。
予め決めてあるのであれば別だが、相談する必要があると思ったのだろう。
「元よりテルルに持たせるつもりであったが、そういうことであれば、貴殿らに預けよう」
女王は、部屋に控えていた王の剣っぽい女に目配せした。
「ここに玉璽を」
「ハッ」
短く返事をして、王の剣っぽい女はそそくさと部屋を出て行った。
俺の後ろの扉ではなく、女王の後ろの扉だ。
玉璽?
キルヒナの玉璽、つまり王の印章のことだろうか。
そんなの預けられても、困るんだが。
というか、まだ使うだろ。
それを預けたら、高級な辞令などの書類が作れなくなってしまう。
「しばし待て」
女は、すぐに戻ってきた。
手には、大きめの木箱を抱えている。
その箱が、黙ってキャロルの前に置かれた。
なんだ、俺の前じゃないのか。
王族のみが持つことを許されている、みたいな物体か。
その辺はキルヒナの王剣たちのこだわりなのかもしれないし、強くは言わんとこう。
やつらはキレると怖いからな。
横目で見るが、箱からしてかなり立派だ。
全体にアラベスクのような彫り物が施された木箱で、全体が金箔で覆われている。
金箔といっても、昨日今日に貼り付けたものではないようで、眩いばかりの金色はすすけ、彫り物の尖った部分の金箔は剥がれてしまっている。
それでもなお、全体の貫禄は失われていない。
「開けていいぞ」
と、所在なさ気に待っていたキャロルに、許可を出した。
「失礼して、開けさせてもらいます」
キャロルはフタに手をかけて、箱を開けた。
中には、緑色の塊がクッションの上で鎮座しており、その横に、金で作られた平べったい形の金印があった。
緑色のほうは、ヒスイか。
透き通るような、深い 翠(みどり) 色をしている。
春先に息吹いた新緑の芽をかきあつめ、ギュッと圧縮して石にしたような、生命力を感じる色だ。
隣りにある、恐らく純金でできた金璽が霞んで見えるほど、圧倒される迫力がある。
ヒスイというのは出物がないわけではないが、透き通ったものは極めて少ない。
シヤルタにあるものは、どれもこれも、ミルクを垂らして混ぜたような、濁った色をしている。
実家の倉庫には、これくらい綺麗なヒスイもあるが、丸く研磨された石がカンザシの柄についたもので、石の大きさが全く異なる。
ここまで大きくて美しい石は、この世に二つとないだろう。
いや、二つとあるんだよな。
元は一つだったと聞く。
「女皇の玉璽……」
キャロルがつぶやきながら、玉璽を手にとった。
元は10センチ四方はあったであろう玉璽は、クッションに伏せられた面を暴かれると、その部分は荒々しく割れてしまっていた。
もともとは正方形だったのだろうが、真っ二つに割れ、比が二対一の長方形のような形になってしまっている。
持ち手まで割れているので、これでは印章として使いづらいことこの上ない。
恐らくは、そのための普段使い用に、横にある金璽が作られたのだろう。
こちらには、持ちやすい取っ手が、長方形の真ん中にしっかりと作ってある。
俺の理解が正しければ、この玉璽は、シャンティラ大皇国の女皇が使っていたものだ。
戦争による大分裂の時に事故で割れ、一説には人為的に割られ、姉妹の中で最も力の強かった、ユルンとノアという女が作った国に別れた。
以来、二つの玉璽が合わさったことはない。
ユルン王国とノア王国では、半分に割れた不完全な印を、国が終わるまで国璽として使い続けていた。
二つとも、国が滅びたあとは行方不明になっており、所在を聞いたことはない。
歴史トリビアとしては有名な、ちょっと浪漫のあるお話だ。
さすがに感慨深いものがあるな。
シャン人、というよりシャンティラ大皇国を祖に持つ人々、全員にとっての至宝といえる。
「これの片割れは、シヤルタが持っていると聞く。この都が落ちたなら、好きにするがよい」
落ちなかった場合は、返還を要求するということだろうか。
そうはならないだろうけどな。
というか、キャロルん家がもう片っぽ持ってんのか。
知らなかった。
俺が浅学なだけという可能性もあるが、恐らくは所有を公にしていない、秘密事項なのだろう。
「良いのですか? テルル様は……」
キャロルが心配そうに言う。
本来の所有者、後継者は、テルルになるのではないか、という心配があるのだろう。
「あれには、自ら兵を挙げて国を取り戻すような勇の気質はない。このようなものを持っていても、不幸になるだけであろう」
そらそうだわな。
兵を挙げて自ら国を取り戻す、というのでなければ、玉璽を掲げて王威を振りかざすのは、身が危険になるだけだ。
国にするから一州をよこせ、などとウチの女王に言おうものなら、場合によっては王剣を差し向けられて暗殺されてしまうかもしれない。
玉璽など手放し、その代わりにある程度の待遇を貰って、野心など抱かず、幸せに暮らすのが一番だ。
「そうですか。それでは、預からせていただきます」
キャロルはパタン、とフタを閉じた。
「うむ」
女王が頷く。
「これだけですか?」
と、俺が言う。
「これだけ……というと?」
女王が、軽くにらみながら俺を見てきた。
これでは不足なのか、と言いたいのだろう。
玉璽の貴重さを考えれば、そう思うのも当たり前だろうな。
「確かに素晴らしい宝ですが……今回のことに対しては、役不足でしょう」
というより、もとからテルルを通してシヤルタ王室にくれてやるつもりだったみたいだし。
ちょうどいいから、これに対価の役をやらせよう。と思ったのだろう。
「それを貰ったところで、持って帰ったあとは、シビャクの城の宝物庫に保管されるだけです。兵からしてみれば雲の上の出来事で、ありがたみを感じるのは難しい」
「ふむ……では、どういうものならいいのだ?」
若干、不愉快に感じているらしいな。
顔と声に出ている。
いや、俺も、この玉璽の貴重さとか文化的価値を認めてないわけではないんだけどな。
むしろ理解あるほうだと思う。
「玉璽も貰い受けたいところですが……加えて、報奨金付きの勲章を頂きたい」
「勲章だと……? そのようなものは、用意がない」
勲章というのは、いろんな形があるが、書類だけの存在ではなく、物理的に存在するものだ。
バッジやメダルのようなものが、首から下げたり胸に留めたりできるようになっている。
もちろん、形あるものなので、デザインを決めて製造しなくてはならない。
明日までに用意できるようなもんじゃないだろ、とツッコミを入れたいのだろう。
「勲章の発効を示す書類を一枚書いて頂いて、あとはお金を、捨てるに惜しい程度の額、頂ければよいです。あとは、我々が帰参したあと、適当に意匠を決めて製造し、テルル殿下に授与して頂きます」
「……その程度のことであれば、構わぬが」
女王からしてみれば、そのくらいのことは、玉璽と比べればカスみたいなものだろう。
豪邸をくれてやるぞ、と言ってみたら、それは役不足なので棚を一つ作ってください。と言われたような感じか。
だが、本来はその程度で十分なのだ。
女王ほどの権力と資産があるのなら、たかが六十人程度の小所帯に言うことを聞かせる対価を払うのが、困難であるはずはない。
「勲章の内容は、最後の市民を無事に送り届ける作戦に従事したものに、と限定してください。隊を離れれば勲章も貰えぬ、となれば、気も変わってくるでしょう」
「それも、構わぬ」
よし。
承諾を貰った。
「あとは、言うまでもないことでしょうが、三百人の兵の指揮権を移譲してもらう旨、書類の手配をお願いします。以上の条件で、テルル殿下と千人の住民の警護、勤めさせていただきます」
「そうか」
女王が言ったのはそれだけだった。
「金は、こちらにはない。 全(すべ) て、運びだしてシヤルタに置いてある」
へえ。
一瞬、胸中に複雑な感情が渦巻き、心に墨のような黒い液体が垂らされた気がした。
そうか、資産は移してあるのか。
まあいい。
そっちのほうが好都合だ。
「それを、キャロル殿に預けよう。我ら亡き後は、その賞与に使い、避難民らの救貧に使い、残りは娘に残してやってほしい」
どれくらいの額なのか分からんが。
なんとも、気持ち悪いくらいの大盤振る舞いだな。
だが、キルヒナの難民が貧しているのに、テルルがキルヒナの遺産でのうのうと贅沢をしていたら、立場が危うくなるのも事実だ。
まあ、確実に、金に汚い強欲女みたいに言われるだろうな。
テルルからしたらいい迷惑かもしれないが、処分をシヤルタ王家に委ねる、という選択は、悪くないのかも知れん。
この親たちは、テルルの能力を、そう信じてはいないのだろうな。
丸投げしてしまうのは、テルルにはテクニカルな政治判断は難しいと思っているから、という気がする。
たぶん、義伯母のサツキが同じような立場になったとしたら、シャムにはこういった措置をとっても、俺には取らないだろう。
「…… 君(きみ) も、それで良いな?」
と、女王が俺に言った。
「もちろん。好都合です」
「そうか」
そう言うと、女王はふう、と溜息をついた。
脱力したように肩を落とし、ピンと張っていた背筋を背もたれに預けた。
憂いが一つなくなり、肩の荷が降りたのだろう。
「もう、行ってよいぞ。休むがよい」
そう言った言葉も、心なしか気だるげだ。
「はい。それでは、失礼させていただきます」
そう言ったものの、俺としては座っている事しかできない。
座っているのは、自分では操作できない車いすだからだ。
女王は、一瞬俺を見て、んっ? と訝しげな目をして、すぐに事情に気づいたようだった。
「ああ、そうであったな。客室にお送りせよ」
少し大きな声でいうと、やはり王剣らしき二人がやってきて、背中に回った。
***
二人がそれぞれの車いすの取っ手を掴んだところで、
「待て」
と、女王は、何故か中止の命令を出した。
「最後に、聞きたいことがあった」
なんだ?
「君はこのさき、何をするつもりだ?」
なにをするつもりだ、って、お前が仕事しろって言ったんじゃねえか。
そういうことじゃないか。
「ずいぶんと茫洋とした質問ですね。任務が終わったあと、ということでしょうか?」
「そうだ。院を卒業したあと、成し遂げるべきことだ」
何をライフワークにするつもりだ、みたいな話なのかな。
どう答えればよいのか、見当がつかん。
クラ人を可能な限り殺して死体の山を築きたいです、と言うのが正解なのかな。
いや、就職の面接でもあるまいし、相手の欲しがる答えを探る必要もあるまい。
「山の見える湖の近くに家を建てて、好きな人と一緒に、のんびりと暮らしたいです。家事はお手伝いを雇って。花などを育てたり、釣りをしたり本を読んだりしながら、ゆっくりと……何不自由なく、平和な時間を過ごしたい、と思っています」
正直に願望を述べた。
あまりにも色んな事があったからか、名誉や戦争よりも、休みたい、という思いばかりが出てしまった。
現実に、そんなんになったら、どうだろうな。
案外、退屈してすぐに出て行ってしまうかも知れない。
となると、この答えは違うのか。
いや、老後にそういう生活をしたい、とは思っているから、嘘にはならないだろう。
しかし、どこから来たものか、心に若干の罪悪感がかすめ、
「まあ、叶わぬ夢でしょうが」
と付け加えた。
「………」
女王は、一瞬、気難しそうな顔をした。
口を開きかけ、それをやめ、言葉を選んでいるように黙した。
そういうことを聞きたいのではない、といったところか。
そのあと、溶けるように表情を崩した。
「ふぅ……」
溜息でもなく、ただ肺の中の空気を除くように吐き出すと、女王の目から、なんの脈絡もなく、一筋の涙が流れた。
「そうか。もう行ってよい」
涙が流れたにも関わらず、その言葉は涙声でもなく、奇妙なほど揺れていなかった。
「陛下、後のことはお任せください。及ばずながらも、精一杯、お 志(こころざし) を継がせていただきます」
キャロルが通り一遍の礼を述べると、女王は言葉を返さず、コクリとだけ頷いた。
車いすが操作され、反対側を向くと、もう表情は見えなかった。