軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第009話 夜の来客

おぼろげな夢の中で、俺はそれが夢だと気づいた。

何度か見た覚えのある夢だったからだ。

「なんで佐藤さんがクビになるんだよ!」

夢の中で、俺は父親に怒鳴っていた。

その時の俺は高校三年だった。

佐藤というのは、父親が社長をやっている会社の部下だ。

なにぶん田舎の会社であったので、俺の小さいころは会社も小所帯で、俺は佐藤さんの人となりを知っていた。

というか、佐藤さんの息子は俺の中学生以来の同級生だった。

「大学いけなくなったらどうしよう」

佐藤は、中学校では同じ部活に入っていたくらいの仲で、良い友人だった。

その友人が顔を青くして学校に来たと思ったら、俺に相談を始めたのだ。

親父が会社をクビになり、二十年以上務めた会社を退職金もなしに放り出されたという。

佐藤は医学部進学を目指していた。

医学部というのはカネがかかるものと決まっていて、佐藤はようやくどっかの国公立の医学部に潜り込めるかもという学力しかなく、大学が「返さなくていい奨学金あげるのでうちに来てください」と言ってくれるほど頭が良くはなかった。

「会社からモノを盗んで窃盗罪で捕まったんだぞ? クビに決まってるだろうが」

と親父が言った。

佐藤から話は聞いていなかったので、初耳であった。

「何を盗んだんだよ」

俺は、なるほど佐藤さんは会計の過程で金銭を横領したのだと思った。

それならば仕方がないと高校生ゴコロに思った。

「釘と金具だ」

親父は、そのとき、いっそ自分の経営者としての賢さを誇るような口調だった。

「釘と金具? いくら分盗んだんだよ」

親父の会社は今となっては大きく、古参の従業員である佐藤さんなら、例えば百万円分の釘と金具を横流しすることも、立場上不可能ではなかった。

「さあな、犬小屋に使ってたくらいだから……一万円くらいか」

後から思えば、この一万円という数字は親父がバツが悪くて数字を盛ったのだろうと思えた。

たかが犬小屋に使う釘と金具で、一万円もかかるはずがない。

実際は、いっても二千円かそこらだったろう。

ひょっとしたら五百円にならないくらいかもしれない。

「会社の備品を自分ちで使ったからってクビにしたのか?」

「当たり前だろ、窃盗は窃盗だ」

確かにそうではあるが、納得はできなかった。

「減俸とか他にもいろいろあるだろ。なにもクビにしなくても」

「子供が会社のことに口を出すな!」

後からわかったことだが、佐藤さんは古参なりに現場責任者になったものの部下使いが下手で、どうにも管理職の才能がなく、親父に切り捨てられたのだった。

佐藤さんが会社の備品を家庭に持って帰って使ったのは、もちろん公私混同で悪いことだが、親父のほうは、明らかにそれを口実にして佐藤さんを切った。

切るときは、佐藤さんに雑談交じりで自白をさせ、それを録音し警察を呼び、わざとらしく佐藤さんの名前を出し、窃盗罪で連れて行ってもらってから懲戒解雇処分にした。

懲戒解雇であれば退職金を支払う必要がない就業規則になっていたからだ。

やはり、今から思い返しても、親父がまっとうな経営者であったとは思われない。

佐藤は結局、大学進学を諦め、受験勉強を11月でストップし、就職活動に移ったが、時期が遅く就職に失敗した。

そうして死んだような目をして高校を卒業していった。

母親が死んでから女関係が荒くなり、このころには家に帰ることすら稀になっていた親父は、俺が大学を卒業した年、俺が事業を継ぐつもりがさらさらないことに気づくと、事業を売っぱらって余生を遊べる金を得て、遊び人に転職した。

そして、どこで出会ったか知らない東南アジアの女と一緒に、フィリピンかどっかへ行き、小金の入った財布を振って遊んでいたら、物盗りに殺されて死んだ。

***

「……」

目が覚めると、体中にびっしょりと汗をかいていた。

二日酔いのように頭も痛む。

「……」

夢か……。

また悪夢を見てしまった。

暖炉では、消えかかった薪が赤くなっていた。

部屋は暖かいが、少し寒さを感じて目を覚ました。

窓を開けると、身を切るように冷たい風が吹き込んでくる。

外は、まだ真っ暗だった。

悪夢にうなされた後は、もう七年以上も昔のことになった、昔の知識をよく思い出せる。

常夜灯の明かりを頼りに、いくらか思い出した科学のしくみを本に記した。

書いているうちに悪寒も過ぎ去り、再び寝ようと思い布団に入ると、玄関のほうからコンコンと音がした。

こんな時間に誰だ。

ドアを開けて玄関のほうに向かうと、聞き間違いではなく確かに音がしていた。

「誰だ」

俺がそう言うと「ホウ家の用人、シュンでございます」という言葉が返ってきた。

なるほど。

「父上に御用があるのだな」

用があるといったら、親父としか思われない。

「その通りでございます」

「僕の一存では玄関の戸は開けられない。すぐに、父上を起こしてくる」

「よろしくお願い申し上げます」

俺は両親の寝室へ向かった。

両親の寝室では、ルークとスズヤが二人横並びで仲良く寝ていた。

ルークの体に手をかけてゆさぶる。

「起きてください、お父さん」

ゆさゆさと揺すっても、全然起きなかった。

「起きてくださいって」

段々と揺すりを強くしながら呼びかける。

いっそ、叩いたほうが早いかもしれない。

「ん……ユーリ? どうしたの」

隣に寝ていたスズヤのほうが先に起きた。

「本家の用人を名乗る人が玄関に来ています」

そう言うと、スズヤは暗闇の中ですぐに起き上がった。

「あなた、起きてください」

それはさほど大きな声ではなかった。

少なくとも俺の声より明らかに小さな声であった。

なのに「んあ……あさか?」とか言いながら、ルークはすぐに目を覚ました。

なんやねん、この夫婦。

「父上、本家の用人のシュンさんが玄関に来ています。僕一人で家に入れるわけにはいかないので、外で待たせています。早く行ってあげてください」

ルークは血相を変えてベッドから飛び起きた。

***

「どうした、こんな時間に」

ルークが扉を開けると、そこには青ざめた顔の小男が立っていた。

「お耳に入れなければいけない事が……」

「早く入れ」

外は雪が少し積もっている。

この地方は意外と雪が積もらないのだが、空気は乾いて寒く、冬は極寒となる。

今は冬の入り口だった。

「では、失礼いたします」

ルークは明かりにしていた油皿の油をストーブの薪にひっかけ、灯心から火を移した。

またたく間に火が燃え広がる。

台所では湯を供そうと、スズヤが別の火を熾していた。

「まずは、手足を見せてみろ」

「大丈夫でございます」

「それは私が決める。自分ではわからんものなのだ」

「……わかりました」

シュンは手袋を脱いで、靴下も脱いだ。

死体のように真っ白な指が現れる。

ルークはシュンの手を握るとゆっくりと揉みほぐし、少し異臭のする足の指もためらいなく握って、揉んでいった。

「足の指は……大丈夫だな。手の方が危ないが、まあ湯のみを握っていれば大丈夫だろう」

「……かたじけなく」

カケドリに乗っていると、足は半分羽毛に包まれるため意外と温かい。

むしろ、手綱を握っている手のほうが冷える。

なんにせよ、凍傷を負うほどの冷たさではなかったのだろう。

よかったよかった。

「それで、何があった」

汚れた手をぬぐいながら、ルークが尋ねた。

「遠征団が帰還いたしました」

シュンが暗い表情でそう言うと、ルークの顔がこわばる。

「兄上は大事ないか」

打って変わって、問いただすように訊く。

だが、シュンは首をふった。

「討ち死になさりました」

一瞬、頭のなかが真っ白になった。

「……おい、冗談はやめろ」

「冗談ではございません。遺体はありませんので、伝聞だけにございますが、ゴウク様は確かに亡くなられました」

遺体はない?

「……なんだと。遺体がないとはどういうことだ」

ルークのほうも、俺と同じ疑問をいだいたらしい。

「ゴウク様はルーク様が贈られた鷲に乗って王鷲攻めをなされ、見事、遂げられたそうでございます」

「……」

ルークが息を呑んだ。

「……そうか。やり遂げたか」

「はい」

そう肯定したシュンは、涙ぐんでいるように見えた。

王鷲攻めってなんだ?

場の雰囲気から尋常でない様子はわかるが、話についていけていない。

「戦況は悪かったのか」

「はい。遠征団は野戦にて総勢の半数を喪い、要塞においてキルヒナ王国軍の主力とともに包囲されたそうでございます。その折、ゴウク様は遠征団の天騎士どもと共に王鷲攻めに挑み、それにより、軍は引いていったと……」

「そう、か……」

兄の死を知らされたルークは、控えめにいっても沈痛な面持ちだった。

「……ルーク様におきましては、 明日(みょうにち) 行われる親族会議に参加していただきたく……」

「わかっている。必ず参上する」

ルークがそう言ったとき「お茶のご用意ができました」とスズヤが茶を持ってきた。

「それと、よろしかったらこれも」

茶を沸かした火で焼いたのだろう、堅焼きのパンが温められて出された。

ジャムとバターもある。

「……ありがたい。今日は何も口に入れていませんで」

よほど腹が空いていたのか、シュンはすぐにパンを食べ始めた。

「……朝からか?」

「はい。忙しかったもので」

今は夜明け前なので、少し言葉がおかしいが、この国では機械式時計などは殆ど流通していないため、日が落ちたあとの時刻のことは、あまり気にしない。

つまり明日の親族会議というのも、今から夜が明けたら今日ということだ。

「いくらなんでも、危険すぎる。死ななかったのが不思議なくらいだ」

ほんとだよ。

夜間に馬やカケドリを走らせるのは、自動車で夜に幹線道路を走るのとはわけがちがう。

自動車にはヘッドライトがあるが、馬やカケドリにはない。また、道も整備されているわけではない。

こんな寒い夜に走らせていたら寒さで頭が朦朧としてくるし、転倒すればそのまま凍死の可能性が高い。

俺が溺れて死んだ時のように、腹が減って血糖値が下がった状態で、更に寒さにさらされると、体は燃やす燃料がないのでそのまま凍ってしまう。

「ごもっともでございます。屋敷を出る前に何か口にしようとは思っていたのですが……、忘れてしまいまして」

「客間をかすから、それを食べ終わったら、蒸留酒を飲んで、すぐに寝ろ」

「いえ、私は……」

「寝ないのなら、明日はお前は留守番だ。鳥から落ちて死んでもらっては困る」

「……わかりましてございます。お言葉に甘えて、休ませて頂きます」

ルークは頑として言った。

ルークは愛用のグラスを持ってきて、酒を注いだ。

なみなみとグラスに酒が注がれたそれを、シュンに差し出す。

「酒は必ず飲めよ。体の芯が冷えていては寝付けないからな」

「……お気遣い、痛み入ります」

体が寒くなくとも、こんな状況では眠ろうと思っても眠れないだろう。酒はそれを忘れさせてくれる。