作品タイトル不明
案内人は謎エルフ
「その辺にしておけ。シルファ」
「……はっ」
俺が止めてようやくフィオナを降ろす。
折角本物のエルフという面白そうな存在なのだ。うっかり殺させるわけにはいかない。
それにしても……ちらっと横目で見るが、フィオナはキョトンとした顔だ。
あれだけ殺気を浴びせられて尚、顔色ひとつ変えないとは大したものだな。よほど肝が太いと見える。
感心していると、フィオナはシルファの方を向き直ると頭を下げた。
「すみません、でした……失礼な行為と知らずに、つい」
びっくりするほど素直な謝罪に、毒気を抜かれたようになるシルファ。
ドス黒く渦巻いていた殺気を散らし、ため息を吐く。
「ま、いいでしょう。私もほんの少し言い過ぎたかもしれません。ですが貴方がロイド様に悪さを働こうとする曲者ではないという証拠もない。あのような羨ま……コホン、はしたない真似、誤解を受けても仕方ないでしょう。二度とこのようなことはないよう、気をつけなさい」
「……はい、すみません」
絶対それ以外の理由もある気がするが、ここで突っ込んでも仕方ないので黙っておく。
しかし今の反応、こっちの常識を知らなかったということか?
種族が違えば習慣も変わる。エルフにはいきなり抱きつくという挨拶があるのかもしれないからな。シルファがあっさり許したのはそういう理由もあるのだろう。
んー、でも以前エルフの国を訪れた時は塩対応どころか矢を射かけられたけどな。一体……? 首を傾げていると、レンが耳打ちをしてくる。
「……ねぇ彼女、ロイドの知り合いなの? やけに距離が近いように見えるけど」
「いや、全然知らないが」
「……ホントにぃ? 忘れてるだけじゃなくて?」
レンが信じられないという顔でジト目を向けてくる。
そう詰められても……多分、としか言いようがないのが辛いところだ。
自慢じゃないが記憶力には自信がない方である。
「以前ロイド様がエルフの国に行った時のことを、向こうが勝手に覚えていたんじゃねぇですかい? 恐らくとしか言いようがねぇですがよ」
「きっと知らず知らずの家に彼女を助けたのでしょう。それで好意を持ってここまで来た。兄君の招集に応じたのもロイド様に接触する為と考えれば納得です」
「ふむ……」
グリモたちの推理には頷くところがある。知らず知らずのうちに雑に助けた可能性はまぁあるか。全く憶えてないけれども。
だとしたら俺が過去にエルフの国を訪れていたことを、リオンたちのいるこの場で喋られるのは困るな。
ここは一芝居を打つとするか。
「いやー、リオン兄さんはすごいですね。軽く募っただけでエルフが応じるなんて、とんでもない人望だ。俺にはとてもできませんよ」
「ん? ……はは、そうか? まぁそうだな。うん」
気を良くするリオンに畳みかける。
「実はバロンの奴、先日リオン兄さんに失礼を言ってしまったのを詫びたいと言ってまして……俺よりもリオン兄さんについていきたいと言っているんですよ。……な、バロン」
「えぇっ!? ……え、えぇ……その節は本当に申し訳ありませんでした。お詫びに私に案内させていただけないでしょうか」
俺の無茶ぶりにも答えてくれるバビロン。ナイスフォロー。
「む……つまりは案内人を交換しよう、ということか?」
「はい、バロンはとても優秀です。エルフの国を見つけられる確率の高いリオン兄さんに使って貰った方が、より効率的かと思うのですが……どうでしょう?」
「……ふむ」
リオンは顔を俯けながら鼻を鳴らすと、
「そういう事なら仕方あるまい! フィオナとやらはお前の知り合いらしいし、何より弟の頼みを聞くのも兄の務めだ。ではバロン、頼むぞ」
「ハッ、何なりとお申し付けくださいませ」
振り向きざま、ぱちんとウインクをしてリオンの馬車へと向かうバビロン。
……ふぅ、助かった。とりあえず邪魔者は追い払えたな。まずは一安心である。
「で、フィオナとか言いましたか。何なのです? 貴女は」
「私は、案内人です。ロイド様を森へお連れしにきました」
「どういう意味ですか?」
「わかりません。私には他の記憶がないのです。気づいたらここにいて……ロイド様をお連れする……それしか憶えていないんです」
おいおい、怪しさが全く拭えてないぞ。
少しは考えて喋って欲しいものである。折角シルファの警戒が緩んでたのに、また殺気を放ち始めたじゃないか。
「やっぱりこの女、怪しすぎますぜロイド様、なんか罠じゃねぇんですかい?」
「森を焼かれたエルフが何らかの復讐を企てる為にこの子を遣わしたのでは?」
グリモとジリエルも怪しんでいるが、彼女は嘘を言っていない。
先刻からフィオナの記憶を探るべく『鑑定』を使っているが、嘘を吐いているなら多少なりとも動揺の色が見えるはずなのだ。
記憶喪失も、俺を案内しようとしていることも真実、か……。面白い。
「いいだろう。案内しろフィオナ」
「ロイド様! ……よろしいのですか?」
「あぁ、何かあったらお前が守ってくれるだろ。シルファ」
「……無論にございます」
しばし逡巡後、諦めたように頷く。
シルファはなんだかんだ俺を信頼してくれているから、ちゃんとついて来させれば渋々でも従ってくれるんだよな。
「ま、ロイド様ならトラブルもなんの問題にもならないのがわかってるんでしょうな。信頼っつーか信望っつーか……狂信?」
「シルファたんは意外とMっぽいところがありますからね。ロイド様に命じられ、とても嬉しそうです。ふひひ、そんなシルファたんも良い!」
グリモとジリエルがブツブツ言うのを聞き流しながら、俺はエルフの森に胸躍らせるのだった。
「待っている間にお茶を用意致しましょう。レン、手伝いなさい」
「はいっ!」
「おーいメイド、アタシのもちゃんと用意しとくあるよ」
「その辺で採った笹の茶なら用意して差し上げます」
「人をパンダ扱いするんじゃないある!」
どたばたしながらもシルファたちはお茶会の準備を整えようとした、その時である。
「……私が、準備致します」
そう呟いた次の瞬間、フィオナの両手が金色に輝き始める。
連動するように周囲の木々がざわめき、形を変えていく。
足元には葉っぱの絨毯、中央には木のテーブルと人数分の椅子。
更に給仕のように伸びた枝が木製の茶を注ぎ、器には茶請け代わりの果実を切り分けていく。
食卓の完成を知らせるように頭上を覆う枝葉が避け、そこから陽の光が差していた。
「うわぁ……すごいよフィオナ! 本当にあっという間にお茶の席を作っちゃった!」
「エルフは樹を操る不思議な力を使うけど……ここまでの精度と早さは見たことないよ」
「お茶の香りも悪くありませんし、甘味も茶に合う乾物やナッツ類とは……中々わかっていますね」
エルフは森と共に生きる種族というだけあって、樹系統魔術の扱いに非常に長けている。
葉を砕いた茶葉と木が汲み上げた水でお茶を作り、果実やナッツは乾燥させて作ったのだろう。
それにしてもここまでの早さと精度は尋常ではないな。樹系統魔術のみでこれをやれと言われたら、俺でも面倒である。
「うん、美味いぞフィオナ。中々やるじゃないか」
お茶自体はやや薄味だが、果実と一緒に口に含むことでフルーティーな香りが口に広がるし、ナッツを食べて乾いた口の中を潤してくれる。
素晴らしい出来栄えだ。シルファたちも満足げに吐息を漏らしているし、森の中のお茶会ってのも乙なものだ。
「……これだけは、時々褒めていただいていたので」
相変わらずの無表情だが、その横顔はどこか微笑んで見えた。
褒めて貰っていた? ……何か思い出したのだろうか。だとしたらあのツボ、効果があったのかもしれない。
「いや、少しずつ心を開いてんだと思いやすぜ。最初に比べるとほんの少しずつだが表情が増えてるじゃねぇですか」
「ロイド様にそういう心の機微を感じるのは不可能だぞ。諦めるのだ魔人よ」
……なんだかすごく失礼なことを言われている気がする。
お前ら俺のこと好き勝手言い過ぎだぞホント。