軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ。後編

「神、か」

夜闇の月下を歩きながら聖王がポツリと呟く。

唯一無二だと信じていた神は思ったよりも脆く、弱かった。

ずっと偽の神に騙され、本当の神は牢獄に囚われ、その神を倒した魔王は人間に倒されてしまっていた。

今はまたリーゴォが神の座に付いてはいるが、一度は魔王に取って代わられていたくらいだ。いつまた同じようなことが起きるかわかったものではない。

とてもこれからは安心して仕えることができるぞ……なんて能天気なことは言えないだろう。

「僕はただ、平和な世界を作りたかっただけなんだけどなぁ」

聖王が生まれた村はとても貧しく、少ない食料を巡って毎日のように争いが起きていた。

田に引く水を奪って殺された一家がいた。一欠片のパンの為に命を落とす子供もいた。口減しに子供を殺す親など別に珍しくもなかった。

幾分か裕福な教会の子として生まれ育ち、それをずっと見てきた彼が願ったのは平和な世界。

その道が決して平坦ではないのは理解している。

資源は有限であり、余裕を失った人の精神は荒みに荒み、他者が愛を唱えても虚しいだけ……結局は強者による強制的な調整を行うしかないのだ。

余剰がある場所からないところへと物資を流通させ、代わりに資源を差し出させる。反対する者は力でねじ伏せる。

聖王となった彼が力を行使したことで、村ではようやく争いが収まり、平和が訪れたのである。

その時彼は思った。絶対強者である神に従っていれば間違いはないのだ、と。

「後は何も考えず、神の言葉に従っていれば皆が平和に暮らしていけるはず……そう思っていたんだけどなぁ」

神も所詮は一つの生命。

間違えることもあればより強き者に負けることもある。神とて絶対の存在ではないのだと聖王はようやく悟ったのだ。

彼が信じていたものは全て崩れ去り、己の価値観を見失いつつあった。

これから何を信じ、どう生きるべきか。何の為に力を振るうべきか……

「いっそ僕が神に……っていやいや、誰が認めるっていうんだよそんなものを」

あまりにも馬鹿げている。そもそも人間が神になろうなど、思い違いも甚だしいというものだ。

地上の人たちも受け入れないだろうし、天使たちだってそうだ。それに自分で出来るとも思えない。傲慢にも程があるというものだ。

結局また思考を堂々巡りさせる彼の前に、黒い影が現れる。

「……おやギザギザ。いつの間にいなくなったのかと思ってたけど、一体何をしてたのかな?」

「こいつを取りに行ってきたのさ」

ギザルムが手にしていたのは黒い宝玉、石の中には輝く文字が刻まれている。

「石……中に刻まれているのは、術式かい?」

「あぁ、魔石と言ってな。この中には融合の術式が込められている」

魔族の使う術式、中でも秘術と言われる融合などは術者本人ですら理解できないブラックボックス。

伝える方法はただ一つ。この魔石に術者の魔力体の一部を封じ込め、他者に受け渡すことである。

始祖の魔王から受け継がれてきたこの魔石により融合はグラトニーに伝わった。その力を恐れた彼は魔石を神の宝物庫へと隠していたのだ。

「へぇ、でもよく知ってたね。そんなものがあるってさ」

「……正直なところ俺にも何故だかわからんのだがな。魔王になるにはこれが必要だと思ったのだ」

今のギザルムは聖王が魔曲で呼び出した存在。本来の彼だけでなく、ロイドと因縁があるモノが混じっている可能性は高い。

もしかしたら彼が倒したグラトニーの記憶が混じったのかも……と考える聖王だが、ふと気づく。

「……ってオイオイ! 君今、魔王になるとか言わなかったか?」

「ん? あぁ、元々俺が魔界から出てきた理由は魔王になる為だからな」

戸惑う聖王にギザルムは堂々と言い放つ。

情報によると彼は魔界からこの大陸に渡り、とある城を乗っ取ったがそこを訪れたロイドに倒されたという。

何の為に遠い魔界からこんな場所へ? とは思っていたが、まさかそんな理由があったとは。

「今の魔王は弱い。……まぁ単純な戦闘力はそれなりにあるのだろうが、精神的にぬるすぎる。あんな奴が魔界を統べる王であってなるものか。だからその座、俺が貰い受けようと思ってな」

「……だがよ、魔王ってのはなろうと思ってなれるものなのかい?」

王というものはなろうと思ってなれるものではない。

人が王と認められるには血筋だったり、神に選ばれた印だったり、化け物を倒す行為だったりと、そうなるだけの『物語』が必要なのだ。

聖王も神託を受け、厳しい試練を乗り越えようやく選ばれたものである。

「魔王となるには君自身が魔族の中でも屈指の存在だとか、あるいは血統だとか、はたまた天の啓示を受けだたとか、そういう『物語』が必要だろう? 君はそういう魔王の資格ってやつを持っているのかな?」

ただの王ですらそうなのだ。

その最上位であろう魔族の王には、それ以上の立派な『物語』がなければ周りからは受け入れられるハズがない。

だがギザルムは顔色ひとつ変えないまま、小首を傾げて返してくる。

「いいや。別に」

「は……?」

「俺は俺だ。血筋だの資格だの下らん事この上ない。『物語』なんてものは俺の歩いた跡に雑魚どもが勝手に作ればいいのさ。俺は俺のやりたいようにやり、その結果魔王の座を頂くだけだ」

言葉を失う。代わりに答えを得た。

……そうか。神が信じられないなら僕が神になればいいんだ。

なれるかどうかなんて関係ない。なると決め、行動を起こせばいい。それだけの話だったのだ。そうすれば僕の思い描く平和な世界が作れるじゃあないか。

他人からどう見えるかはともかく、少なくとも僕の納得いく世界は作れる。

こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。思わず笑みが漏れてしまう。

「……む? さっきまでの不細工がいい顔になったじゃないか」

「ふっ、そうかい? 君のおかげかもね。……ホント、君を呼べてよかったよ」

なんて言いながら、聖王は内心で呟く。

(ギザルムは魔王になろうとしている。彼を上手く利用すれば僕が神になることも可能……!)

例えば力をつけたギザルムを天界で暴れさせ、それを御すことで周囲に認めさせる。もしくは魔王となった後に倒す。先刻のロイドが如く融合し、絶大な力を得るなんてのも悪くない。やりようは幾らでもあるじゃないか。と聖王は微笑を浮かべる。

それをじっと見つめながら、ギザルムもまた口角を歪めていた。

(聖王、か。奴を融合にて取り込めば神聖属性への抵抗もできる。神聖魔術は魔族唯一の弱点だからな。それにこいつの持つ魔曲とかいう力も悪くない。魔王の座を得るのに……そしてあのガキをぶち殺すのに、大いに役立つはずだ……! ククッ、運が向いてきたぞ……!)

口元を抑え笑みを堪えるギザルムを見て、聖王はため息を吐く。

……ま、向こうもどうせ似たようなことを考えているのだろうけれども。なんてことを考えながら。

「手を貸せ聖王、貴様の力が必要だ」

「いいとも。相互協力といこうじゃないか」

尤も、それはお互い様である。これは戦いなのだ。どちらが望みを叶えるかという勝負。

聖王が差し出す手を、ギザルムは叩いて返す。

パァン! と心地よい音が辺りに響いた。

こうして二人は行動を共にすることになる。

互いの黒い腹の内を薄々理解しながらも……

こうして天界事変は幕を閉じた。

神が元の座に戻ったことで聖王もまた元の鞘に収まり、また聖王庁で仕事を続けるにしたらしい。

ベアルも俺の制御下にあると判断され、封印は免れたようだ。

「そういや聖王が連れていたギザルムはどうなったんでしょうかね」

「流石に還したのではないか? あんな危険な輩を連れている程、愚かではないでしょう」

グリモとジリエルが何やらブツブツ言っているが、俺はそんなことよりも目の前の状況をどうにかするのが先決であった。

「ロイド様、それより剣術のお稽古が溜まっておりますよ」

「おいおい、まずは僕も時間じゃないのかい? 独り占めはよくないな」

「俺の方が先だぜ。なぁロディ坊」

「我輩も」

「ウチも」

「私もー」

ずらっと並ぶのはシルファ、アルベルト、ディアン、ゼロフ、ビルギット、アリーゼ……何故勢揃いしているのだろうか

傍に隠れるレンとコニーに視線を送ると、ごめんとばかりに頭を下げてくる。

「ロイドが天界に行ってた間、宿していた人格が張り切っちゃってさ」

「どんどん皆の要求に答えまくって殺人的スケジュールが組まれちゃったってわけ」

そういえば俺の身体に制御魔術で自動制御人格を入れていたんだっけ。

何故か異様に陽気な性格だったが、レンとコニーにフォローを任せればどうにかなるだろうと思っていたが……どうやらやる気がありすぎて皆の要求を聞き続けていたらしい。

くっ、せっかく俺がやる気のない第七王子で通していたというのになんてことをしてくれたんだ。

いきなりいつもの俺に戻したら流石に不審がられるだろうし、少しずつ変えていくしかないか。……はぁ、憂鬱である。

「……ふふ、身体が足りないわねロイド」

くすくすと笑うサリア。

見透かすような視線に愛想笑いを返しながら、俺はバレないように分裂する魔術を真面目に検討するのだった。