軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第2話 豹と再会 お世話開始!

「というわけで、こちらが侍女の雇用書類。もう一枚が除籍届の書類になります」

王城に戻ってくると、一室に通されてすぐに手続きが始まった。

子どもの足で歩いてきたとはいえ、対応が早くてびっくりする。

私が往復している間に、実家の許可ももらえたということだろうか。

王城の人って、仕事が早いのね。

すごいわ、私も働いていたらこんなふうになれるものなのかしら。

「義父たちの許可はいただけたのでしょうか?」

念の為に訊くと、文官様ににっこり微笑まれた。

「ねじ伏せ…、いえ、しっかり快諾していただいたので問題ないですよ」

怖。

何も聞かなかったことにしよう。

「ですが、王妃陛下は気にされていたようですよ」

「何かまずいですか?あ、平民は雇いにくいですか?」

「いいえ、それは何も問題ありません。ただ、あなたが家督継承権を放棄してよかったのかと」

ああ、そういうことか。

それに関しては、特に何も思うところがない。

貴族の娘としては無責任なんだろうけど、両親が亡くなってからはろくに教育も受けていない。

今から勉強しても、本来の貴族子女に追いつくのは大変だし、そもそも貴族学校に通えるかも危うい。

そんな険しい道を選ぶくらいなら、目の前の仕事だ。

屋根付きな上に、給料が手に入るのだ。

金より確かなものはない。

あと、面倒ごとを手放せるのは、口には出せないが地味に嬉しい。

「私は何も問題ございません」

「では、大丈夫ですね。こちらにサインを」

そう促されて、私は王妃付きの侍女雇用と、除籍届にそれぞれ名前を書いた。

なんと素晴らしいことに、今から市井で一人暮らしをしてもお釣りが来るくらいの給料が記載されていた。

これは、将来のためにたくさん貯金ができるというものだ。

獣の世話なんて面倒でしかないけど、ニコルよりはずっと可愛いし、給料分はしっかり働こう。

そのあとは宿舎に案内されて、侍女用の制服が支給された。

大人用みたいで、少し大きい。

行儀が悪いかもしれないが、腕を最大限に捲った。

荷物を置いたら、すぐに仕事が始まった。

さっき連れて行かれた庭に出て、さっきと同じ私に「なんでそんなに懐くんだ…!?」と驚愕して切羽詰まっていた人が仕事の引き継ぎをしてくれた。

やっぱり、調教師ではないのに、仕事を押し付けられて困っていた人だったみたい。

彼は騎士が乗る犬や猫の番をしている人で、同じ動物ならできるだろうと思われていたらしい。

いや、まあ、豹はネコ科だけど、それは違うんじゃない…?

思ったけど、言わないでおいた。

余計な一言は、時に争いを増やすだけだ、うん。

例の豹は、奥にある木の上に登っているのが遠くからでも見えた。

近づいてくる気配がないので、あとでいいだろう。

「基本的には、豹はこの庭にいます。王妃陛下の鷹は別のところにいますので、まずは豹の世話だけでいいとのことです」

「雨の日はどうしているんですか?」

「一応、猫小屋に空きがあるのでそこに。あとで案内します」

「わかりました。基本的な世話以外にやることはありますか?」

「何か気づいたことがあれば、逐一報告してほしいとのことです」

この国で豹を飼っている人は、たぶんいないだろう。

それを踏まえると、なんでも『気になる』ことかもしれない。

「では、こちらが今日のお仕事です」

そう言って、犬用のブラシを手渡された。

「これしかないんですか?」

「そうですね、王城にいるのは基本犬が多いので」

「…わかりました」

あとはよろしくとさっさといなくなってしまったので、庭には私と豹だけになった。

とりあえず、迎えに行くか。

ガーデンパーティーをしていた庭は、端から端が見えないほど広かったが、それと比べるとこっちはこじんまりしている。

といっても、王城の庭だ。

全然広い。

短く刈り取られた草原が、風が吹くたびに青い匂いがする。

木の下までやってきて、豹を見上げた。

「ほら、雇われてやったわよ。今日からあなたの世話係だって、よろしく」

そう声をかけながら、こいつの名前を聞くのを忘れたと思った。

王女殿下の豹なら、生まれてまだ3ヶ月の殿下が命名しているわけもない。

「ねえ、名前なんて言うの?」

聞いてみたものの、ツーンと顔を背けて知らんぷりされた。

返事があるとは最初から思っていないが、なんだその態度は。

さっきまでベッタリだったくせに、急な掌返しじゃない。

あんたに懐かれちゃったから、私ここにいるんだけど?

というか、こんな大きい図体して、木の枝とか折れないのか。

文句を言ったところで現状は変わらないのだから、知恵を搾る。

こういう時に文句だけ言っていても、良いことは起こらないということだけは知っている。

あと、フツウに面倒くさい。

ハイ、ソウデスカと右から左に流しておくのが、疲れないコツだ。

ニコルの時もそうやってきた。

さて、さっきと今とで何が違うんだろ。

私自身が嫌なら、もっと威嚇されているだろうし。

そうじゃないなら、何か気に入らないことがあるか、構う気がない気まぐれか。

パーティーの時と今で変わったこと、なんだろ…、雇用ね。

でも、動物側には関係ないことだ。

「あ、侍女の制服?」

新品だから、匂いが気に入らないのかな。

匂いに敏感な獣相手に、失礼だったか。

私は手に持ったブラシを置いて、地面に横になった。

そのまま草の上をゴロゴロゴロッッと転がった。

豹が一瞬、跳ねたように見えた気もする。

ほとんど視界が緑だから、見間違いかも。

青草の匂いが移るようにするには、これが手っ取り早い。

一応、この国に来てからの彼のテリトリーはここみたいだし、この匂いならまだいいんじゃない?

小便をかけてもらうわけにもいかないしね。

王城のとある庭の一角で、縦横無尽に転がりまくる得体の知れない侍女になってから、むくっと立ち上がった。

ここが人通りの少ない場所でよかった。

まあまあ汚くなった新品の制服に、乱れた髪を手で直しながら、もう一度木の下まで行った。

「どうよ。これなら、まだいいんじゃない?」

そうやって見上げてみると、ガウウという低い声とともにのそのそと木から降りてきた。

私の胸に顔を擦り付けて、不満そうに鳴いた。

「この庭は匂わないけど、一歩中に入れば香水まみれだもんね。悪かったわよ、ごめんて」

最初の時のように顎下を撫でてやると、それは満足そうだった。

豹も現金らしい。

わかりやすいのが、人間と違って獣のいいところだ。

面倒な謎の気遣いややり取りがない分、案外こっちの方が楽でいいかもしれない。

「それじゃあ、ブラッシングしよう。今日の分の仕事なんだって」

置いてあったブラシを手にすると、豹は少しだけ私から離れた。

そのまま、くっつくかくっつかないかの距離で、ゆっくりとぐるぐる私を中心に回りだす。

何かを警戒しているような、でも近づきたいような。

「今度は何」

ほれ、と犬用のブラシを見せてみたが、ガルルと鳴かれるだけ。

わからん。

言葉が通じないって、面倒だ。

人間よりマシかもは、保留とさせていただこう。

「とりあえず、ブラシさせてよ。そのあと何が気になるのか、考えるから」

私は豹の背を撫でて、空いている方の手でブラシも同時並行に撫でた。

ガウッと鳴いて、余計に距離をあけられた。

さっきよりも離れた距離で、私の周りをぐるぐるしている。

ブラシが原因か?と首を傾げて、試しに自分の手のひらでブラシの毛をなぞると、ほんの少しゴワゴワしているというか、痛いかもと思った。

少なくとも、人間の赤ん坊相手だったら、これでゴシゴシしないだろうというぐらい。

毛先なんてどうやって整えたらいいんだ。

辺りをキョロキョロ見ても、何も道具がない。

むしろ洗練された綺麗な奥庭だ。

王妃陛下の庭らしくて、余計なものがない。

そういえば、正妃様にしてはドレスの形もシンプルだったな。

その代わり、宝石なんかがしっかり負けないほどのものだった。

華美ではないのに品性そのものを着ているような印象。

チラッとだけ見たけど、側妃様の方が派手だったな。

道具がないなら、借りるしかないか。

「あなたの寝床、借りるわよ」

豹に断りを入れて、木の根元にガリガリとブラシを押し付けた。

鉋のような動きで、削っていく。

木の粉がパラパラと落ちていく。

ガウウウ…という声とともに、制服の裾を咥えて引っ張られた。

牙を立てないなんて、本当によく調教されている。

隣国には大型の獣を飼うお金持ちもいると聞くし、まさに成せる技なんだろう。

隣国の調教師をそのまま雇えばよかったのに。

「はいはい、すぐ終わるから。あなたの大事な場所を脅かそうってわけじゃないんだから、譲歩しなさいよ」

豹は諦める気がなく、グイグイ引っ張られる。

構わず手を動かしていたが、裾を捲られすぎてドロワーズが見えそうになって、さすがにブラシよりも裾に手が伸びた。

「ちょっと、あんた。レディーにそれはダメでしょ」

豹はふんと鼻を鳴らし、『貴様がレディーだとこの小童』と言われた気分がした。

言われていない、言われた気はした。

それだけで怒りに値するが、怒るというのは面倒なのでやめておこう。

この豹、懐いているというより下僕を見つけたって感じがする…。

私はムスッとした表情を隠さないまま、今度こそブラシを見せつけた。

豹はブラシをくんくん嗅ぎながら、私に擦り寄ってくる。

そのまま私の腰に体を当ててきた。

大きな体に押されると、私も一歩後ずさってしまう。

それを見て、加減がわかったのか力が優しくなった。

こういうところは、獣のいいところだ。

私はブラシの毛の部分を払って、木屑を取り除いた。

ついでに感触も確かめたが、さっきより痛くなかった。

「試すから、じっとして」

言うだけ言うが、簡単にじっとしてくれるわけもなく。

ただ、今回は吠えられなかった。

ブラシを通しても、文句が返ってこない。

「これでよかったってこと?」

そのまま何往復しても、ブラシの手を止めなくてよかった。

どんどん捗るどころか、豹はその場で地面に伏せて、猫のように丸まった。

ブラッシングのしやすいこと、しやすいこと。

仕事が進んでいくと、また違うことが気になってくる。

「あんたさ、毛の中の方がゴワゴワしているけど、どうしたの。あの男の人に、ブラシさせてなかったわけ?」

パーティー中に可愛さだけで撫でていた時には気づかなかったが、まあまあな時間、手入れされていなかったみたいだ。

表面はそれはもう豹にふさわしく綺麗なのだが、ちゃんと手入れすると放置気味だったと感じる。

きっと、この豹が最低限しか触らせなかったんだろう。

それで、困らせていたわけか。

「あなた、この国に来て2週間とかじゃなかったっけ。この先、どうやって生きていくつもりだったわけ?」

滑らかになっていく毛とは反対に、私の表情が渋くなっていく。

鳴き声もせず、つーんとしているが、大体私の予想通りだろう。

我が儘王子かよ。

でも、すっかり毛並みが整ってきた。

艶やかな毛が、より一層もふもふしていく。

うん、ほんとこれだけは悪くない、これだけね。

豹も気に入ったのか、痒みでもマシになったのか、甘えた声が漏れた。

前足をグーっと伸ばして、完全にリラックスしている。

調子いいやつ…。

仕事と同時進行で手のひらでもふもふを堪能していると、庭の入り口から大声がした。

「あああああ!!!」

なんだ、今度は。

その声に逃げるようにして豹はヒョイっと木に登り、私は振り返った。

そこには、小さな男の子が私を指差していた。

「なんだ、おまえ!どうして、ヒョウをさわっているんだっ!?」

幼い声にどんどん怒りが含まれていく。

ドカドカと足音が鳴りそうな歩き方で近づいてくる。

僕、怒っています!不服です!と、全身のオーラが言っている。

オーラが見えたことなんてないが。

心底、嫌な予感しかしない。

「ヒョウにさわるなんて、なまいきだ!」

綺麗な金髪と金色のまつげが揺れながら、男の子は踏ん反り返った。

豪華で派手な服が眩しくて、直視するのが厳しい。

まだ4、5歳に見える彼の方がよほど小生意気に見えるが、こんなに偉そうにできる王城にいる幼い子は、第一王子しかいない。

死ぬほど面倒ごとが舞い込んできた。

最悪だ、本当の王子が到来してしまった。