軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 もう結婚したらいいのでは?

ボロボロと泣き出した私を見て、テオドール様はどう思っているのでしょうか?

泣き止まないといけないとわかっているのに、あふれた涙は止まってくれません。

「す、すみません。ちょっと疲れてしまい……。何も、何もないのでお仕事に行ってください」

私が無理やり笑みを浮かべると、急にテオドール様の顔が見えなくなりました。

「え?」

気がつけば私はテオドール様に優しく抱きしめられていました。視界いっぱいに、テオドール様が着ている服の生地が広がっています。

戸惑う私の耳元で、テオドール様はささやきました。

「ご無礼をお許しください。あとからどのような罰でも受けます」

その声はなぜか苦しそうです。

「シンシア様のつらいお気持ちを話していただけませんか? 私ではダメでしょうか?」

「で、でも、お仕事の時間が……」

私を抱きしめる腕に力が入ります。その腕はたくましく、身体は私よりガッシリとしていました。細身に見える美しいテオドール様も異性なのだと改めて意識してしまいます。

「お気になさらず。今日遅刻したくらいで私の立場が揺らぐような、生半可な仕事はしていません」

「そ、そういうものなんですか?」

「そういうものなのです」

テオドール様の腕の中は、春の日差しのようにポカポカしていて、なんだかとても安心できます。

でも、父や兄に抱きしめられたときとはぜんぜん違います。さっきから、私の心臓の音がうるさいです。

恥ずかしいのに嬉しくて、おかしな気分になってきました。

いつの間にか、私の涙は止まっています。

私はテオドール様の香りと温かさに包まれながら、ポツリポツリと子どもの頃の記憶を話しました。

青い髪の男の子に、生まれて初めて暴力をふるわれそうになったこと。

私を守ってくれたメイドが叩かれてケガをしたこと。

言うことを聞かないと、私のメイドを殺すと脅されたこと。

自分の意志とは関係なく、無理やりあちらこちらに連れまわされたこと。

何度も田舎者だとバカにされて、お前なんかを選んでくれる男はいないと言われたこと。

私の話を聞き終えたテオドール様は、抱きしめながら私の頭をなでてくれます。

「シンシア様に、なんて無礼な……レイムーアの第三王子、許さない」

その声は、いつもの優しいテオドール様からは想像できないほど低く怒りに満ちていました。

「テオドール様……」

私のことで、そんなに怒ってくださるなんて……。

今度は嬉しくて、また泣いてしまいそうです。

でも、少し気になることがあります。私は顔を上げてテオドール様を見つめました。

「あの、私、男の子がレイムーアの第三王子だって言いましたっけ?」

「あ」

妙な間を空けてからテオドール様は「……髪が青いのは、レイムーアの王族の証しなので」と教えてくれました。

「さすがテオドール様、レイムーアのことにも詳しいのですね!」

テオドール様は一度咳払いをしてから、私に視線を戻します。

「今回の交流会ですが、レイムーアからの参加者に第三王子の名前はありません。それに、レイムーアの第三王子は自国の公爵令嬢と婚約していて近々結婚されるそうです」

それを聞いた私はホッと胸をなでおろしました。

「良かったです」

別れるときに頬にキスなんかされたから、気に入られているのかと不安でした。そう考えると、頬にキスは都会では挨拶程度のことなんですね。都会、すごい。

でも、そういうことなら今後、第三王子と私の結婚話が上がることはないでしょう。

これなら安心して夜会に参加できます。

「テオドール様と一緒に参加できる夜会、とても楽しみです!」

そう言った私をテオドール様は、もう一度、抱きしめてくれます。

「愚かな私は、今になって王女殿下や弟のクルトの気持ちがわかってしまいました。

ダメだと理解しているのに気がついたときには、もうふれてしまっていて……。

大切な人が泣いているときに、ふれる許可なんて取っていられません。すみません、シンシア様は軽薄な男が嫌いなのに……」

大切な人……。

テオドール様の大切な人になれているなんて嬉しいです。

「シンシア様は、クルトより私を選んでくださったのに。真面目な私を評価してくださっていたのに……私のこと、幻滅しましたか?」

私はおずおずとテオドール様の背中に腕をまわしました。

「テオドール様なら、軽薄でもいいです。ふれる許可なんていりません」

私も今なら夜会の場で、親しそうに身体を寄せ合っていた王女殿下とクルト様の気持ちがわかります。まぁわかったとしても、あの二人がテオドール様にしたことは許せませんが。

好きな人とふれあうって、こんなにも心地好いんですね。

テオドール様、このままずっとバルゴアにいて、私と結婚してくれないかな?

お兄様の補佐官になるなら、私が奥さんでも良くないでしょうか?

大切な人だって言ってくれましたし、こうして抱きしめてくれているのだから、もう私達は結婚してもいいのでは?

そこで私はハッとなりました。

恋愛小説では少し優しくされて勘違いした痛い脇役の女が、ヒーローにつきまとい迷惑がられるなんてこともあります。

それに、抱きしめる行為はバルゴアではなかなか踏み込んだ男女の関係ですが、王都ではどうかわかりません。頬にキスが挨拶として使われているのなら、抱きしめることもたいしたことではない可能性があります。

大切な人を女性として愛しているとも限りませんし……。

そう考えると、その気もなく女性に優しくする小説のヒーローも悪いですよね。こんなことされたら、誰だって勘違いしてその気になってしまいます。

私が探るようにテオドール様の顔を見つめると、グッと顔が近づきました。

「シンシア様にお願いしたいことがあります」

「な、なんでしょうか?」

テオドール様からお願いされるなんて珍しいです。

「……それは、この交流会が無事に終わったときに改めてお伝えします」

「は、はい」

テオドール様は、「私の願いは、シンシア様にしか叶えることができないのです」と意味深なことを言います。

そう言われても、テオドール様ができなくて、私にできることなんてあるとは思えないのですが。

「私がお役にたてるのでしたら、なんでも言ってください」

私を抱きしめる腕に、ぎゅっと力が入りました。

幸せってこういうことを言うのかもしれません。

それからの私は、ずっとウキウキしながら過ごしました。

レイムーアを迎え入れる準備が終わったころに、レイムーアの一団がバルゴアに到着しました。

出迎えるために正装したテオドール様は目の保養です。私のドレスもとても可愛く作ってもらえました。

本当にワクワクしていたんです。

出迎えたレイムーアの一団の中に、成長して大人になった第三王子の姿を見つける、そのときまでは。