軽量なろうリーダー

病弱な幼馴染のご令嬢とどうかお幸せに

作者: 6969

本文

「すまない、エンデ。サマーの体調が良くないようなんだ。今も病床で僕の名前を呼んでいるらしい・・・・・・それを聞くと、僕はもう、可哀想で可哀想で・・・・・・とても、君と一緒に観劇するような気分にはなれないんだ」

というのが、我が婚約者、メイソンの言い分である。

明日の観劇の約束を断るための言い分ではない。

ここ五年、つまりは婚約してからずっと言い続けている言い分である。

どうも彼の幼なじみのご令嬢サマーの身体は、私とメイソンの約束に対して酷い拒絶反応を覚えているようだ。

何か約束をする度に、彼女は体調を崩す。

おかげで、婚約してから五年経つが、私とメイソンがゆっくりと腰を落ち着けて話したことなど、数える程しかない。

「あぁ、そうですか。お大事になさって欲しいですわね」

私がそう返すと、彼はほっとしたように息を吐いた。

「ありがとう、エンデ。本当に君はなんて理解と思いやりがある婚約者なんだ! ヒューズの婚約者は「どうして婚約者よりも幼馴染を優先するの」なんて、か弱い病人相手にもヒステリーを起こすらしくてね。どうせ彼女は健康なんだから、いつでも会えるのに、病人に対してそんな風な口をきくなんて、本当に酷いだろう? 血も涙もないよ。

可哀想なサマーが「ヒューズが来てくれないと、このまま死んでしまう」なんて泣いているのに、ヒューズをなかなか放してくれなかったんだ。信じられないほど自分勝手な女性だよな。本当にどうかしている。しかも、向こうの家まで巻き込んで大暴れさ。本当に彼女の我が儘には、僕もヒューズもとても困らされたよ。

その点、君は、病人にもきちんと気遣いができるまともな人間で本当に助かっているんだ」

メイソンが一気にまくし立てる。

こちらが口を開く暇もない。

しかも、私は「お大事に」としか言っていないというのに、明日の約束を反故にする許可がおりたと思っているようだ。

私がそれ以上反応するのを待たず、メイソンが背を向けた。

「それじゃあ、また今度!」

メイソンは一切振り返ることなく、行ってしまった。

そのままサマーの元へと向かうのだろう。

そして、いつも通り、泊まりがけで彼女につきそうはずだ。

私は肩を竦めて、息を吐き出す。

「どうして婚約者よりも幼馴染を優先するの」

それは当然の疑問である。

婚約とは家と家との契約だ。

そして、その契約をお座なりにするということは、結婚前から相手の家をお座なりにしているのと同じである。

ヒューズの婚約者だという令嬢の言い分はもっともだ。

「また今度」

なんて彼は言っていたが、その【また今度】の機会も、やはりサマーが体調を崩すのだろう。

分かり切っている。

だが、私は貴族だ。

感情的になってはいけない。

貴族というのは下地と根回しを行い、結果を引き寄せるものだ。

私は自室に戻り、手早く今日の分の【報告】を纏めることにした。

**

「エンデ!」

「危ない!」

「おやめください!」

馬車の扉が開くと同時に、メイソンが飛び出してきた。

そのまま馬車に乗り込んできそうな彼を、御者たちが必死に押さえている。

「おい、やめろ! 放せ! 僕は彼女の婚約者だぞ!」

「おやめください!」

「落ち着いて!」

メイソンが自分を押さえつける御者たちを怒鳴りつけた。

全く自分の立場というモノが分かっていないようである。

私はゆっくりと立ち上がりドレスの皺を伸ばすと、馬車の扉の前に立った。

「・・・・・・元、ですわ。今は婚約者ではありません」

それにしても、貴族たちが下車する為の道を塞いだ上に、他人の馬車に飛び乗ろうとするなんて、本当に信じられない。

なんて、下品な振る舞いをするのだろう。

こんな男と一時でも婚約していたのは恥だ。

「それだ! なんで、婚約破棄なんてしたんだ! 相談もなく急に婚約破棄するなんて酷いじゃないか! 僕たちはうまくやっていただろう! そもそも、僕は何もしてないのに、婚約【破棄】だなんて酷すぎる!」

メイソンは貴族にあるまじき取り乱した様子で言葉を続ける。

劇場前。

貴族たちの馬車が並んでいる場所での凶行。

大勢に見られているというのに、この振る舞いである。

とても、上級貴族のそれとは思えない。

私は歪みそうになる顔を扇子で隠した。

そして、他の貴族の馬車を盗み見る。

クレームの一つでもあるかと思ったが、皆興味津々という様子で窓から覗いているようだ。

今シーズンの私は、あちこちに引っ張られて話をさせられることだろう。

「一体、僕の何が気にくわなかったんだ!? まさか、黙っていただけで、君もか弱い病人を見下して虐げる鬼のような女だったのか!?」

メイソンの表情と声が情けなく歪む。

【僕たちはうまくやっていた】【僕は何もしてない】

成る程、全く理解できていないらしい。

流石にメイソンの父親から、彼にも分かるような説明があったと思うのだが・・・・・・きっと、それでも理解できなかったのだろう。

いや、理解しようとしなかった、というべきか。

だからといって、私がメイソンに一から説明する筋合いもない。

もう関係のない令息なのだから、いくらでも愚かであればいいとすら思っている。

私はただの他人に対して、全てを教えてあげるような優しい女ではないのだ。

だが【か弱い病人を見下して虐げる鬼のような女】と罵倒されるのは業腹である。

しかも【君も】という言葉がつくということは、ヒューズとやらの婚約者に対しても【か弱い病人を見下して虐げる鬼のような女】と罵倒しているわけだ。

ここで私がそれを否定しなければ、彼女への罵倒を見逃したり、肯定したと思われかねない。

考えすぎかもしれないが、貴族は総じてプライドが高く、時には驚く程に執拗い者もいる。

下手に私や家への攻撃のキッカケを与えたくはない。

溜め息をこぼして、扇子を閉じる。

そして、降車はしないままで、メイソンを見下ろした。

「いいえ、貴方と同じですわ」

「同じ? 僕が一体いつ、君にそんな不義理な真似をしたと言うんだ!」

カッとメイソンの頬に赤みが差した。

不義理な真似。

約束を五年間破り続けることが不義理ではないなら、なんなのだ。

だが、それを指摘してもメイソンは理解できないだろう。

悪気がないのだ、本当に。

自分が悪いことをしたと思っていない。

自分は正しいと思っている。

むしろ、病人を気遣う自分は【心が清らかで優しい人間】だとすら思っているのだ。

だから、こんなにも言葉が通じない。

「いいえ、不義理ではありません。私は、ただ貴方と同じく【自分に都合の良い方を選んだ】だけですわ」

「・・・・・・都合の良い? 君は何を言っているんだ? 僕がいつ【自分に都合の良い方を選んだ】というんだ? 僕はいつだって険しくても【正しい】道を選んで、苦労してきたんだぞ!

そもそも、君が僕の何を知っているんだ! 僕の幼馴染たちは、僕をよく理解しているから、そんな酷いことは言わないだろうに・・・・・・君は婚約者でありながら、よく僕にそんな酷いことを言えるな!」

メイソンの顔が悲嘆に暮れる。

まるで、悲劇のヒーローだ。

私はそんな彼の顔を見下ろしながら、冷静に続けた。

「もう婚約者ではありません。

そもそも、婚約期間中の五年間、私たちは二人で会ってゆっくりと話し合うことはありませんでした。なので、貴方がどのような方か、私に分からないのは当然ではありませんか。

私が知っているのは、貴方が【婚約者だった私】よりも【簡単に抱かせてくださる都合の良い幼馴染】を選んだこと位です。ですので、私は【私の家を蔑ろにする貴方】よりも【私の家を尊重して頂ける、より家格のある家の令息】との婚約を選んだ。ただ、それだけのことでございます」

そう、あくまで冷静に。

声を乱してはならない。

それが、貴族らしくあるということだ。

「は?」

メイソンの顔が引き攣り、口がぽかんに開く。

その下品さに思わず口角が歪みそうになった。

それを再び扇子を広げて隠す。

「まぁ、より良い方を選ぶのに、五年も時間がかかってしまいましたけどね」

嘘である。

三年前の時点で「メイソンと婚約破棄するならば、この令息と再婚約するのはどうか」という紹介はいくつかされていた。

五年も待ったのは、私がメイソンに最後のチャンスを与えたから──ではなく、より醜悪な理由で婚約破棄できる時期を狙ったからだ。

そう、私も私の家もいずれこうなることは分かっていた。

それでも時間をおいたのは、理由が醜悪であればあるほど、私と新たな婚約者には同情が集まるし、婚約破棄がしやすくなるという狙いがあったからだ。

それが、五年目のこの時だったのである。

「【より家格のある家の令息】!? まさか、君は浮気をしていたのか!?」

メイソンの言葉に思わず溜め息が漏れた。

もっと、拾うべき言葉があっただろうに。

恐らく、自分は【悪くない】と思いすぎて、私の過失を探した結果なのだろう。

「メイソン様、そもそも【浮気】とは【婚約者】や【配偶者】が存在しているのに、他の者と【関係を持つこと】を言います。

そう、貴方とサマー様のように【互いに婚約者がいる】のに【子供を作る】ことを言うのですよ」

「・・・・・・な!?」

私の言葉に、メイソンが目を見開いた。

やはり、先程の私の言葉の中で、自分に不利になりそうなモノは聞き流していたのだろう。

そう、彼は【婚約者だった私】よりも【簡単に抱かせてくださる都合の良い幼馴染】を選んだ。

その結果、サマーのお腹には【赤子】ができた。

うちの家と関わりがある医師からの【報告】なので、間違いない。

──これこそが、婚約破棄されるに足る【より醜悪な理由】だ。

「こ、こども? 子供なんて・・・・・・」

「遅くなりましたが、サマー様のご懐妊、おめでとうございます。家同士の契約すらも裏切ってまで貫いた純愛なんて、本当に素敵ですわ。

ですが、サマー様は身体が弱くてらっしゃるのでしょう? 何かあってはことです。こんな所で元婚約者に縋る、などという情けない真似はなさらずに、貴方が愛した彼女たちの側へ戻ってお支えくださいませ」

「ち、ちが・・・・・・僕は・・・・・・僕の子じゃ・・・・・・」

メイソンの顔色が真っ白に染まる。

まるでミルクのようだ。

どうやら、彼は「自分の子供ではない」と否定したいらしい。

もしかすると、彼は【まだサマーと関係を持っていない】のだろうか、それとも【自分以外の男が父親だ】と信じているのだろうか。

正直な話、ヒューズ含めて【父親候補】はメイソン以外にもいる。

いるのだが、メイソンがサマーの部屋に【寝泊まり】していたのは事実だ。

ならば、サマーが妊娠したと聞いた元婚約者の私が、彼の子供と考えてもおかしくはないだろう。

メイソンが派手に動かなければ、このような場で「サマーのお腹にいるのは貴方の子供でしょう」と言われずに済んだというのに。

黙っていれば「メイソンの子供では?」「いや、あの方かもしれない」「もしかすると」という醜聞で留まっただろう。

だが、こうなってしまえば「あれはメイソンの子供だ」とサマーと関係を持っていた令息たちが責任を押しつけるに違いない。

本当に愚かな人。

「で、でも、婚約者・・・・・・僕がいるのに婚約者なんて・・・・・・」

メイソンが最後の悪足掻きをするように呟いた。

もしかすると、その一言があれば、状況をひっくり返せると思っているのだろうか。

「メイソン様。そもそも、これは貴族同士の婚約です。

──婚約破棄の可能性が見えてきたならば、次の婚約者を探す──貴族の結婚が契約である以上、婚約破棄前から動き出す家は多いのですよ。こんな事を言いたくはありませんが【貴族として生きる】ということはどういうことか、今一度よくお考えくださいませ。

・・・・・・そもそも、その【水面下】の動きすらも【浮気】にカウントされるのであれば、貴方の【姦通】は何の罪にカウントされるのでしょう」

「なっ・・・・・・」

ついにメイソンは言葉を失ったようだ。

口は開閉するが、言葉は出てこない。

その顔が赤くなりまた白くなるのを見下ろしていると、馬車の中から低い笑い声が響いた。

「いや、失礼失礼。どうやら、俺の出番はないらしい。ここ一番と言うときに飛び出して、一撃を入れようと思ったんだがなぁ」

「もっと、早く出てきてくれても良いじゃないですか」

「そうは言うけど、君は自分自身の手で「一撃食らわしたかった」んだろ? だから、あの男を発見した君は、俺より先に扉の前に立ったんじゃないか?」

「まぁ、私がそんな強かな女性に見えるでしょうか?」

「ははは、そうだな、すまない。君はか弱いレディなのだから、もっと早く助けに入るべきだったよな」

ようやく、私の新たな婚約者エディが立ち上がり、私の肩を抱く。

下にいるメイソンがカッと目を見開いて、こちらを見上げる。

信じられないモノを見る目だ。

「やぁ、君がエンデの元婚約者か! 初めましてだな。いやぁ、君がこんなに素敵な令嬢との婚約をご破算にしてくれたおかげで、俺は好色女王・・・・・・失礼、望まぬ婚約をせずに済んだんだ! いつか、お礼を言いたいと思っていたから、わざわざやってきてくれて助かったよ」

「・・・・・・は?」

メイソンの口がガクンと開く。

四肢の力も抜けたのか、ついに御者たちによって距離を取らされた。

隣国の第三王子であったエディ、彼は年が三十上の帝国の女王のもとへ、愛人として送られる予定だった。

しかし、私とメイソンの婚約が破棄されたので【同盟強化】を名目に、この国へと婿入りすることになったのだ。

元々、エディは有能すぎて嫌われた為に、女王のもとへ送られそうになった男だ。

愛人の一人として埋もれるではなく、爵位を持った方がより祖国のためなると判断されたらしい。

婚約の話は驚くほどにスムーズに進んだ。

「恋人がさっそく妊娠するなんて、おめでたいことだ。俺もあやかりたいよ。

だが、出産は健康な令嬢にとってすら、命取りとなる行為だ。しっかり、看病してやってくれよ。

まぁ、君の場合、そこは安心だよな。だって、家督は君の弟が継いでくれるんだろ? 君は安心して、か弱い令嬢のお世話をいつまでも、できるわけだ! よかったじゃないか!」

エディが輝く笑顔で言い放った。

よく通る声である。

御者たちの手がメイソンから放された。

メイソンの顔色は、もはやドス黒い。

立っているのが不思議な位である。

ふらつくメイソンがなんとかこちらに背を向けた。

「それじゃあ、また今度・・・・・・はないかもしれませんわね」

その背中に向けて小さく言葉を吐く。

数ヶ月後、身体の弱い令嬢サマーが【病気で命を落とした】という話題が社交界に駆けめぐった。

「・・・・・・病気、ねぇ」

至って健康であったサマーの【病死】である。

恋多き乙女である彼女の醜聞に、これ以上家を巻き込まないためだろう。

本当に【病死】させられたのか、それとも【死んだ】ことにされ、どこかに幽閉されているのか。

「まぁ、私には関係ないわね」

そして、メイソンの話はついに聞かなかったのである。