軽量なろうリーダー

時計塔の鐘が鳴る

作者: 月森香苗

本文

時計塔から暮れの時刻を知らせる鐘が鳴った。

広場に面したカフェの窓際。よく磨かれた窓ガラス越しに外を見下ろす。

長く二階に作られている個室を占領していたけれど、ついぞ待ち人は来なかった。

約束は彼から送られてきたというのに。

「お嬢様。店には部屋代として多く包みます」

「ええ。それと、家族への土産と、使用人用に焼き菓子も。まもなくこの店も閉店でしょう? 残っている分を出来るだけ、ね」

「かしこまりました」

護衛の騎士が扉前を守るように立ち、侍女が一階の店員に長い時間、部屋を独占した事への礼をしに行った。

「ねえ、ルーカス。遂に伝言すら無くなったわね」

「ええ」

「教えてくれるかしら。男性にとって初恋の人って、そんなに大事な存在なの?」

「そうですね……私にとっての初恋は、年上の従姉でしたが、彼女の結婚式に失恋しました。今では可愛い思い出になっていますが……」

「幼い頃だからかしら」

分からないわ。

そう零したのはフォーレル侯爵家のクレアである。

ベージュの髪の毛は癖があり、緩やかに編んだ髪の毛に目と同じく若草色のリボンを巻き付けていた。

昼間は陽気な春の女神の息吹を感じる暖かさだったので、淡い黄色のくるぶしまで隠れるドレスを選んだ。

約束の時刻は昼の三の鐘が鳴る頃であったのに、暮れの六の鐘が鳴るまでは待つ事にした。

きっとこれが最後だから。

「我が家の馬車の方が時刻に正確ね。店前に寄せているわ。ふふ。レミがお土産を馬車に運び込んでいるわ」

「お嬢様。窓から乗り出すように見るのは危ないですよ」

「そうね。そろそろ出る準備をしましょう」

「はい」

ルーカスが椅子を引き、クレアは優雅に立ち上がった。

ショールを肩に掛けていると、扉がノックされ、侍女のレミが「全て滞りなく」と頭を下げた。

「多くの知人がわたくしを見たわ。わたくし、彼らに手を振って応えたから、皆の記憶に残ったはずよね」

「ええ。向かい側に誰も居ない、お一人だけの姿はさぞ目立った事でしょう」

「明後日はデリマルナ侯爵家のお茶会に招待されているの。彼女達も誘われていたわ」

「お話が盛り上がると宜しいですね」

レミの手に己の手を乗せてゆっくりと階段を降りる。ルーカスが先に降りて確認している姿は護衛騎士として正しい。

貴族である以上、気を付けるに越したことはない。

店主に「大変美味しいケーキでしたわ。今度は友人と来ますわね」と告げると、深々と頭を下げられた。

彼等にも自身を覚えていてもらわねばならない。

一人、長く個室で待ち人を待ち侘びていた姿を。

馬車に乗り込む。ただの外出の為、ルーカスは馭者の隣に座り、車内はクレアとレミだけになった。

「デンタール侯爵家の夜会は当日にキャンセルし、ゲオリック子爵家主催の夜会に行ったのよね」

「はい。デンタール侯爵夫人は既に情報を握っています」

「ヴィスチャーノ伯爵家の音楽鑑賞会。彼とわたくしの連名だったはずなのに、彼はわたくし以外を伴って行ったわね」

「お見舞いの手紙が届いて驚きましたよね。そんな話は聞いていないので、奥様が態々直筆でお返事なさっていました」

「何度も破られる約束」

「十分、周知は出来たかと」

「そうね。彼は、最後の機会を逃した。見極めが出来ない男に、次期侯爵の夫は相応しくないわね」

石畳の上を馬車が走る。

王都は人が多く、娯楽も多く、店も多い。そして忙しない。

穏やかな侯爵領を愛しているクレアには、社交シーズンの王都の賑やかさは少しばかり疲れるものの、今回ばかりは救われた。

人は実際に己の目で見たものこそ信じる。そして、確固たる証拠があれば尚更のこと。

種は蒔き終わった。

後は芽吹き花開くのを待つだけ。

デリマルナ侯爵家主催のお茶会は、流行の最先端を生み出す夫人と、その才能をあまさず引き継いだ娘のお陰でとても華やかなものである。

いつもならば今後販売予定のドレスデザインの情報を誰よりも先に入手したり、近隣諸国の流行や美容の話題で盛り上がるのだが、今日ばかりは皆が注目している令嬢がいた。

「ご機嫌麗しく存じ上げますわ。キャサリン夫人。カメリア様」

「ようこそお越しくださいましたわ、クレア様」

「お久しぶりですね、クレア様」

主催であるデリマルナ侯爵夫人と令嬢の元に挨拶に来たのは、あからさまでは無いもののみなが注目しているフォーレル侯爵家の次期当主にして次期侯爵のクレアである。

主催と同じテーブルを勧められたのは、彼女の身分が高いのもあるが、噂の真相を期待していることの現れでもあった。

クレアは何食わぬ顔をしながら勧められた席に腰かけた。

始まったお茶会。女性ならではの華やかな会話。誰もが心在らずな様子であった。

「クレア様。最近はどのようにお過ごしでしたの?」

「まあ。カメリア様ったら。わたくしに興味がございまして?」

歳の近いクレアとカメリアは幼い頃から交流していたこともあり、かなり仲が良い。それ故に、彼女から切り出すことは前もって知らされていた。

このお茶会はクレアが蒔いた種を花開かせる為の大事な場である。その協力をカメリアとその母が請け負ってくれたのだ。

「そうね。二日前のことだけれど、ご存知かしら。広場の鐘がよく見える、パイと焼き菓子の美味しい、茶葉の種類が豊富なカフェを。鐘が三つ鳴る頃にと婚約者からお誘いをいただいたわ。二階の個室でわたくし、暮れの六つ鐘が鳴る頃まで一人で人々の動きを見ていたの」

扇子を広げて口元を隠しながらくすくすと笑うクレアは楽しそうだが、中身は楽しいものでは無かった。

「見下ろしていると、メアリア様やディーシア様をお見かけしてつい手を振ってしまったわ。子供っぽくて恥ずかしいと後で思い返していましたの」

クレアは種を蒔いた花壇に彼女たちの知りたい『情報』を混ぜて提供する。彼女達は囁くだろう。

婚約者から誘ってきたのに、やって来ないその不義理さを。

「そのお店で沢山の手土産を買いましたの。大変美味しかったから、皆様も是非行ってみてくださいませ」

にこりと笑うクレア。

これまで彼女はそれとなく婚約者を庇ってきた。しかし、今回、はっきりと相手方の不義理を明確にした。

クレアは侯爵家を継ぐ者であり、選ばれるのではなく選ぶ立場の人間である。

女性が当主となる場合、その夫には誠実さが求められる。子を産む事が出来るのは女だけであり、出産前後は執務が出来ない為、夫が代わりを務めるのが通例である。

侯爵家という歴史と責任、そして広い領地とそれに見合う領民を背負わせるためには信頼が必要だ。

クレアの婚約者は伯爵家の三男で、フォーレル侯爵家の派閥下にある。

当代は勿論、代々の当主は堅実な性格をしており、信頼も厚い家であった。

ダニエル・リヒトシュールはクレアの三つ上で、顔だけは良い男であるが、中身と言えば凡庸であった。

顔の良さで今までを乗り切ってきたような男は、婚約当初はクレアに対してきちんと対応していた。

それが変わったのは五ヶ月前。彼の初恋の女性とやらは結婚して隣国に嫁いでいたのだが、離縁して戻ってきた。そしてダニエルに連絡してきたらしい。

そこからダニエルはクレアではなく、その初恋の女性を優先するようになった。

初めの頃は申し訳なさそうに謝ってきたりもしてきたが、最近の対応は適当にはなっていた。特に、共に参加しなければならない夜会などを欠席したのは問題しか無かった。

相手の女性がクレアと同格の家というのならば百歩譲って許さないでもなかったが、彼女の家は子爵家。つまり、ダニエルは次期侯爵のクレアをその女より下に置いたのだ。

クレアの矜恃は高い。フォーレル一門を率いるに相応しいと親族からも認められているくらいには、苛烈な性格をしているけれど、温厚そうな見た目の下に綺麗に隠している。

クレアは彼女自身を貶める者は家門そのものを貶めている、と認識した。

「最近、わたくしの庭に害虫が入り込んできて、育てていた花が根腐れを起こしてしまったの。そろそろ剪定をするつもりよ。それと、害虫を駆除する為に、色々手配してしまったわ。虫が逃げないように囲っているの。皆様のお宅に被害がいかないようにしているつもりよ」

手を出せば話は別だけれど。

その初恋の女はクレアの存在を認識した上で、ダニエルを頻繁に呼び出している。

貴族には貴族の流儀があることを隣国で散々教わったはずだろうに、全く理解していないあたり、貴族社会に合わない女だったのだろう。

制裁は既に始まっている。フォーレル侯爵家を敵に回したいならば手を出しても良いが、敵に回すつもりがないならだまって観客に徹しろとクレアは言外に告げたのだ。

デリマルナ侯爵家のお茶会に参加した面々は、淑女らしく微笑みでクレアの意思に沿うと示した。

お茶会からひと月後。社交シーズン最後にして最大規模の王宮舞踏会が開催された。

クレアは淡い黄色のドレスにブルーサファイアの装飾品を着けて会場となるホールから程近い控え室にいた。

今日は重大な発表があり、少しばかり緊張している。

時間的に両親は会場入りしている頃だろう。

「緊張している?」

「ええ。勿論ですわ」

婚約者がにこやかに微笑みかけてきたので、クレアは頷く。寧ろ緊張しない方がおかしい。

「そろそろ行こうか」

「はい」

差し出された手に手を重ねる。

案内の従者に従い定められた場所に立つ。この一ヶ月はとにかく忙しかった。ドレスと装飾品を贈られた時は驚いたものの、着てみると自分でもよく似合っていると思う。

「どうぞ、お進み下さい」

従者の抑えた声に合わせ、並んで進んでいると聞こえた声。この声は、国王陛下のものだ。

「この度、第三王子リーベルトとフォーレル侯爵家のクレア嬢との婚約が成立した。知っての通り、クレア嬢は侯爵家嫡子であり、次期当主である為、リーベルトが婿入りしクレア嬢を支える事になる」

分厚い布の壁をくぐり抜けた先は階段の上で、クレアは新たなる――否、前の婚約は白紙撤回されたので、記録上は初めての――婚約者である第三王子リーベルトと共にホールから見上げてくる人々に向かって優雅に一礼をした。

そうしてリーベルトにエスコートされて階段を下りると、そのまま国王の隣に並び立つ。

「紹介に預かった通り、この度、フォーレル侯爵家のクレア嬢と婚約を結んだ。婚姻後は王家を離れ、一臣下として王家を共に支えていくことになる」

「伝統ある王宮舞踏会にて発表の場をいただき国王陛下には深く御礼申し上げます。この度、当家にリーベルト殿下をお迎えする事になりました。これまでより一層国の繁栄の為に邁進していく所存にございます」

ふわりと頭を下げる。

王族に関しての婚約は大々的に公表されるので、第一王子、第二王子と経験をしている人々は、クレアがつい先月まで別の人物と婚約をしていたとしても、ああ代わったのだな、と受け入れて拍手をする。

その場を辞し、リーベルトの腕に手を掛けエスコートされながらホールに降りたクレア。これから公爵家を先頭に国王陛下への挨拶が始まる。

にこやかに微笑むクレアに、リーベルトが顔を近付けて囁く。

「君を見ているね」

「そうですか」

「とても驚いた顔をしているようだけれど、知らなかったのかな?」

「まさか。ひと月前にあちらのご当主様と父の間で白紙撤回が行われましたのよ? 」

「それを本人が聞いていなかったのなら、知らないってことだよね」

「わたくしには関係ありませんわよ?」

顔を近付けてひそひそと話している姿は、周りから見ればとても親密に見えるようだ。

挨拶を終えて近付いてきたのは、デリマルナ侯爵家のカメリアで、深紅の美しいドレスを着こなす彼女は自身の兄を伴っていた。

「やあ、デルッセン。君達兄妹は華やかで目立つな」

「リーベルト、驚いたぞ。クレア嬢。この度は誠におめでとうございます」

「ありがとうございます、デルッセン様」

「おめでとうございます。リーベルト殿下。驚いたわよ、クレア」

「ふふ。ひと月前に決まったのよ」

幼い頃から彼女の兄のデルッセンとも交流があったのだが、デルッセンとリーベルトが同じ歳で友人だったので、その縁でクレアとリーベルトも知り合っていた。

リーベルトの婿入り先は厳選していたものの中々見つからなかった。

と言うのも、幼い頃は第二王子が他国に王配として行くかもしれない話があったのだ。その為、第三王子のリーベルトはスペアとして城に残る予定だった。

しかし、情勢や他にも様々なことが重なり、第二王子の婿入りはなくなった。王配になるだけのサポート力のある第二王子を臣下にするにはもったいないとなったところで、リーベルトが自分が臣下に下ると決めたのもあり、急遽探したのだが、中々合う家が無かった。

急がないから、とリーベルトが言うので厳選していたところ、一か月前にクレアの婚約が白紙撤回となり、王家は速やかに打診した。

クレアとリーベルトの相性は悪くない。幼少の頃からお互いを知っていたのが大きい。

伸ばしている金色の髪の毛を一つに括った、宝石眼とも称される鮮やかで美しい青の目をしたリーベルトは、春の穏やかさを体現したようなクレアを伴い、場所の移動を始めた。

国王への挨拶を済ませた者から続々とお祝いの言葉を、と二人に声をかける。

彼を狙っていた家がないとは言わない。しかし、王家に対して利を差し出せる家は少ない。まず、女性が後継者、ということ自体は無くはないものの、爵位の問題が出てくる。

それに、この婚約は リ(・) ー(・) ベ(・) ル(・) ト(・) か(・) ら(・) 強く希望して成り立っている。

「クレア!これはどういう事だ!?」

「あら。リヒトシュール伯爵令息。名前で呼ぶのはやめてくださいませ。あなたはわたくしの婚約者ではないのですから」

周囲も気付く程の大きさの声で呼び掛けてきたのは、腕に一人の女性をくっつけている男――今はその事実さえ無くなった婚約者だった男。

「何故だ!俺が婚約者のはずだ!」

「そんな事実はございませんわ」

「そうだ。クレアは『初めて婚約をする』のだから」

白紙撤回とはその事実をなかったことにする事。例えそれまで婚約していたことを周りが知っていても、彼らもまた『無かった』として振る舞うことが当たり前となっている。

婚約を結んでいたものの、それが終わる時には三つの方法が取られる。

解消が一番穏便なものではないだろうか。婚約していたという事実はあるものの、お互いに納得した上で婚約が終わる。

それに対して破棄は契約の一方的な解消であり、正当な理由がなければ、破棄された側は損害賠償請求が出来る。

解消と破棄の明確な違いは「同意の有無」ではあるが、貴族の場合には、名誉に関わってくる。

女性の場合は有責が男性にあろうとも、婚約の破棄が行われた時点で瑕疵となってしまう。だからこそ、解消で穏便にすませる。

それを敢えて「白紙撤回」する、というのは「それまでの関与全ての拒絶」である。

周りもうっかりと話題に出してはいけないと注意が必要になる。

「あ、あの。クレア様、申し訳ありません。私のせいですよね?」

「ソフィア……君が悪い訳では無いよ」

「ダニー。でも」

「リーベルト様、あちらへ参りましょう」

「そうだね」

二人を完全に無視したクレアは、リーベルトを促して別の場所に行こうと促す。

ダニエルの腕にくっついていた女、ソフィアは哀れそうな女を演じようとしたのだろうが、相手にもされなかったことがどうやら気に食わなかったようだ。

「ひどいです、クレア様! ダニーはクレア様との結婚の日を待ちわびて」

「あなた、どこのどなた? どちらの公爵家の方かしら? それとも侯爵家?」

「まさか、伯爵家以下とは言わないよね? クレアに声をかけられるくらいなのだから。でも、俺は侯爵家以上の令嬢は全て、庶子ですら把握しているけれど、彼女は知らないな」

「わたくしもよ。リヒトシュール伯爵令息。エスコートする方にはマナーを教えた方が宜しくてよ。恥を掻き評判を下げるのは貴方ですから。ああ、でも、リヒトシュール伯爵令息の評判は最低でしたわね」

「え?」

「マナーも何もなっていない振る舞いは宜しくなくてよ?尤も、継ぐ家もなければ婿入りするお家もない貴方は平民になるしかないのだから、そちらの女性と二人、仲睦まじくされてもわたくしには関係ございませんわ」

身分が下の者から上の者に声をかけることはマナー違反である。更に、名乗りもしないのに勝手に名で呼ぶなど有り得ないことをいくつも行うソフィアを咎める。

そして同時に、ダニエルも糾弾する。彼はいつの頃からか、侯爵家の名を背に傲慢になっていた。

ダニエルがこれまで高位貴族に招待されていたのは、クレアの夫になる未来があったからだ。そうでなければ伯爵家の三男の価値は無いに等しい。

本人に何らかの才能や技量があるならば、身を立てることも出来ただろう。

しかし、ダニエルにあるのは顔だけだ。中身は凡庸で、特筆するようなところもない。

ソフィアがダニエルを頻繁に呼び出していたのは、侯爵家のクレアから奪い取るということに達成感を抱いていたのだろう。

本人が爵位をいずれ継承し、当主となる女にとって、男を取られることは痛手ではない。むしろ、その座を狙っている男達はいくらでもいるのだ。

「そうそう。わたくしの庭に害虫が入り込んで、育てていた花を根腐れさせてしまったの。その花は根から掘り起こして存在してなかった事にしたのだけれど、害虫が煩わしいから、駆除をしていたの。そろそろ害虫もその害虫を産んだ巣も無くなるのではないかしら」

「君は徹底しているからね」

「ええ。害虫を自由にさせていたのだから同罪よね。ああ、でも賢い子はいたわ。すぐに私の元へ来て許しを乞うていたから、その子だけは見逃すことにしたの」

「へぇ。その子は害虫ではなかったんだね?」

「ええ。その子も害虫に困っていたらしいのよね」

ソフィアの離縁理由は不貞をした事だ。それも、一人ではなく、何人もの既婚男性と関係を持った。

社交界を乱した彼女を母国に送り返したのは良いが、こちらの国に返された結果がこれだ。

「その害虫は、あちらこちらの花を腐らせていたみたいね。まあ、それも終わりかしら」

「害虫は始末しないとね」

にこやかに微笑みながらリーベルトとクレアは言葉を交わし、そして顔面蒼白のダニエルと、よく理解出来ていないソフィアの二人を放置して去っていった。

ソフィアの弟は、クレアの元に謝罪の手紙を送ってきた。面会を許せば、自由に振る舞う姉、それを許す両親は如何様にしても構わないが、領民に被害が出ない程度に抑えて欲しいと懇願した。

民に罪は無いので、ソフィアとその親を排除出来るように手を回し、弟の早期襲爵が出来る手筈を整えた。

彼はソフィアの被害者であると、クレアの調べにも出ていた。話せば随分とまともな思考の持ち主であった。だからこそ、クレアが仕掛けた経済制裁にもすぐに気付いたのだろう。

彼のおかげで家は残るが、そこに害虫が住むことはもう出来ない。

花を腐らせた害虫共々、社交界から消えていくだけだ。

「クレア嬢。お待たせしたね」

「いえ、時間通りですわ」

「今日も大変美しく、俺の婚約者が一目惚れされてしまわないか心配だよ」

「まあ。そんな事ないわ。リーベルト様こそ、多くの女性の目を引いてわたくしは不安だらけの日々よ?」

今日はリーベルトから誘われて王都の中心街、時計塔のある広場傍のカフェに向かう。

いつぞやに、約束をしたのに来ない男を待っていた店。そこに彼は予約をとって部屋を押さえているという。

「君とデートをしている姿を見せびらかしたくてね」

正面の席で笑うリーベルトのお陰で、無為に過ごしたかつての日の思い出は上書きされていく。

昼の鐘が三つ鳴る。

あの日は、来ないという連絡すら無くなっていた。

ダニエルとソフィアは相応の結末を迎えた。

ダニエルは婚約が白紙撤回となったことで、クレアへの不誠実な対応に対しての処罰は下されなかったものの、婿入り先はなく、しかも、それまでに積み上げた婚約に対しての甘えた考えなどが露呈して、どれだけ顔が良くとも彼を望む令嬢はいなかった。

ただ、彼は家族に愛されていた。領地で兄を支える仕事を割り当てられ、真面目に働けばその分生活は出来るようにされていた。その代わりに、ソフィアとは完全に縁を切る事が条件で、ダニエルもそれを受け入れたそうだ。

ソフィアの家に関しては、クレアが経済制裁を行った。フォーレル侯爵家、それも第三王子を迎え入れるような家を敵に回したくない商人達がことごとく逃げ出した。

離縁して戻ってきたまではまだ仕方ないが、次期侯爵の婚約者を奪い取って悦に入ろうとしたソフィアは悪質であり、それを許したことで家を傾かせようとしている現当主に資格無しとして、嫡男は王宮に訴え出た。彼らがその地位にいる以上、子爵家の没落は免れない。

幸いにして彼が襲爵するならば、これ以上の制裁は止めるという証文をクレアから手に入れていたので、それを元に。

証文を与えたことをクレアとリーベルトは事実であると認め、彼の主張を援護した。

ソフィアはダニエルだけでなく、他にも数名の男性にもちょっかいを掛けていたことが判明した。

多額の慰謝料請求をされたソフィアは下に見ていた弟の手で娼館に入れられ、両親は貴族籍を剥奪して平民落ちさせられた。

不遇の日々を過ごしていた彼の、それまでの鬱屈が爆発したという話だ。

テーブルに並ぶ紅茶とケーキ。窓の外は明るい日差しの中を人々が歩く。社交シーズンも終わり領地に帰る前、王都での買い物に勤しむ人々が見える。

広場を歩いている知人が顔を見上げてこちらを見ていたので手を振ると、リーベルトも同じように手を振った。

この姿を見た人々の記憶に、婚約者と仲睦まじくデートしている二人が残るのだろう。