軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.逢瀬の日

一か月に一度の逢瀬。

ここ最近は公爵家の庭園で行われ迎えを寄越してくれていたが、珍しく指定された茶会の場は王都でケーキが美味しいと有名なお店であった。

ここは前回の茶会で記憶を思い出す前に少しだけ話題に出した場所で、デュークはそれを覚えておいてくれたようだ。

そういうところを示されると恋心がひょこひょこと顔を出そうとしてくるから、長年の恋心の扱いに私はほとほと困っていた。

前回の逢瀬の時に『また』に返事はしなかったけれど、やっぱり変わらず茶会には連絡をくれるのだと思うと笑ってしまいそうになる。

ものすごく複雑だった。

全くもって日常に反応がないのはそれとして、デュークが今とても忙しいのは知っている。

だから、それでも忘れないでくれたと恋心が疼く。更地になったはずなのに、茶会は別じゃないかと期待しそうになる。

なぜなら、普段の手紙は私からだったけれど、もともと毎月の茶会の連絡はデュークからだ。そういうものは男性から誘うものとしてデュークの頭にあるから、真面目なデュークは欠かさない。

最低限の言葉に場所と時間とお伺いと紙上の文字はそっけないけれど、必ず季節の花とともに届けられていた。

そして、行けば必ず私が好きなものが用意されている。

生クリームが好きなので生クリームを使われたデザートが出る頻度は高く、言葉少ないながらにじっと見つめながら話を聞いてくれる時間が私は好きだった。

だから、話題も私ばかりだったけれどそれが苦だと感じなかったのだろうと思う。

記憶を思い出す前の私はデューク一色で、少しの気遣いを向けられるだけで嬉しくてそれだけで満足だった。

そして、たまにプレゼントが用意されていることがある。

しかもそれらはデューク自らが選んだというのを本人は語らないけれど、公爵夫人から聞いて知っている。

そういうのを知るたびに、私の恋心はすくすく育っていった。

女性にだらしないわけでもなく真面目。

会話はほぼ私からで反応は薄く、壁の花もあったけれどエスコートは欠かさずしてくれたし、月に一度の逢瀬はそうやって私を気にかけてくれているもの、私というよりは私が婚約者だからだとしてもやっぱり嬉しかった。

好きだったこと、嬉しかったことが、記憶を思い出した際に物語上の自分の扱いに対して『どれもこれもふざけている』と悲しくて憤っていたのに、それらを和らげようとしてくる。

何気ないことを覚えてくれて気遣いを感じると、そういうところは変わらないのだと思うと複雑になる。

そうやっていつもと違った趣と久しぶりの二人の時間にどきどきしていたけれど、次第に心は無風になった。

指定された時間を過ぎてもデュークが現れない。

「デューク様、来ないのね」

三十分とはいえ、私は待ちぼうけをくらっていた。

とうとう一か月に一度の逢瀬もすっぽかされるようになってしまった。

もしかしてこの一か月自分から会いに行かなかったからだろうかと、あまりの仕打ちにそんな考えが浮かぶ。

だけど、すぐにその考えは否定した。

すっぽかすつもりであったらわざわざ店を指定しないだろうし、何より大好きだったデュークはそんなことをするタイプではない。

律儀で約束は守る人である。それ以外全く気が回らないと言えば回らないけれど、このようなことはしない。

それでも待たされるほうは気分がよくない。不安になって余計なことを考えてしまう。

一か月、私なりにデュークのために動くのをやめて、自分のために好きにしようと過ごしてきた。

あいにく、好きになるのをやめることはまだできていない。

だから、心のどこかでこの日はデュークがこの一か月をどう思っていたのか知れること、もしかして少しは気にしてくれているのではないかと考えることはやめられなかった。

日常での反応は期待しなくなったとはいえ、婚約者としてのこの逢瀬の時間はまた別でわずかに期待していた。

諦めたいのに、諦めるなら期待するような反応があったら諦めきれなくなるとわかっていても、やっぱりデュークが好きな心は会えるとわかるとデュークの動向を全く無視することはできなくて、更地になったはずなのに期待する。

恋心め、と何度もぺしぺしと叩くけれど、自分の意志に反してひょこっと顔を出すから困る。

――それもただの杞憂だったけど……。

まさか会えないかもというオチがあるとは思いもよらず、ふぅっと息をついた。

振り回される恋心に心底呆れた。

諦めると決めても、長年デュークを想ってきた心はそう簡単になくなってくれない。

あと、三十分待っても来なければ帰ってしまおう。

そう思ったその時だった。

「オルブライト様、遅れて申し訳ありません。デューク様は馬車の事故に巻き込まれこちらに向かうのが遅くなっております」

デューク付きの侍従の慌ただしくやってきた言葉にひやっと胸がすくみ上がった。

思いもよらない内容に手が震え、遅くなっているということは無事だということだと言い聞かせゆっくりと口を開いた。

「大丈夫なのでしょうか? もしかしてお怪我を?」

「デューク様は助けた側で怪我もしておりません。相手の方も無事です。ただ、その女性が隣国の王子と血縁関係にある方のため、今後の学園交流のことを考えるとそのまま周りに任せて放置するわけにはいかずもう少し時間かかると。現時点で遅れたことまた重ねて遅れること、本当に申し訳ないとの伝言です。重ね重ね申し訳ありません」

いまだに心臓がどきどきしているけれど、怪我はないと聞いてほっとする。

事故後はここにいる侍従もすぐに手が回らなかったのだろう。

何せ隣国とは十年前まで北方の土地のことでいざこざがあり、しばらく交流を絶っていた。ようやく国交復帰させたがまだギクシャクしていた。

それをそろそろ改善させようと国同士が前向きに検討したのが、次世代を担う国際交流であり二カ国にとって初めての試みだった。

その相手がこの国で事故に遭い、しかも助けたのが王子の側近となれば、そこで相手が無事だからと簡単に立ち去っていい案件ではない。

「いえ。そのような事情なら仕方がありません。デューク様が無事で何よりです。怖い思いをされた相手の女性は大丈夫だったのでしょうか?」

「はい。震えが止まらないようですが怪我などはありません」

話していくうちに今まで思い出せなかった部分の前世の記憶が蘇り、忙しなかった心臓がどくりと嫌な音を立てた。

「それは、よかったです。その相手の女性の方の名前は?」

「ベリンダ・マッケラン伯爵令嬢で、隣国のパーシヴァル殿下の従妹に当たる方です」

「そう……」

ベリンダ・マッケラン。私が死に役と盛り上げ役となる物語上のヒロイン。

とうとう彼らが出会ってしまった。それが今日だったようだ。

記憶では学園に通っていた情報しかなく、ベリンダが隣国の人だったとは知らなかった。

よく考えればこれまでベリンダとなる人物を学園で見かけなかったのだから、今回の交流の可能性もあったのだ。恋心をどうしまい込むか死に関係する隣国関係とは何かと考えるのに必死で、そこまで考えが回っていなかった。

小さく息をつき、色とりどりの花々が植えられた窓の外の庭園を眺める。

花から花へと気の向くままにひらひらと自由に舞う蝶が見えなくなったところで、私は席を立った。

「でしたら、今日はこれで帰らせていただきます」

「ですが、できれば待っていてほしいと」

「そうですか……。ですが、隣国とのことがあるので中途半端な対応はデューク様の性格上できませんよね? 私のことはいいですからそちらに集中してください。そうお伝えくださいますか?」

待つという義理はすでに果たしている。

ここに来るつもりであるという、待っていてほしいとの言葉は嬉しい。だけど、それ以上にベリンダと出会ってしまった事実に打ちのめされる。

――あぁ、ダメね。

さすがに疲れた。収めても揺れる自分の心に。

つくづく自分たちの関係は私の好きという想いで成り立っていたのだと痛感した。

自分が諦めると決めたらこんなにもあっけなく会えなくなってしまう。噛み合わなくなる。

そして、物語が迫ってくる事実に打ちのめされる。

引き止める侍従に申し訳ないけれど辞退し、自分以上に落ち込む侍女とともに店を出る。護衛たちも気遣わしげに私を見ていた。

周囲に心配をかけてしまっている。

「やっぱり、婚約、破棄するしかないのね」

ぽろりと、口からその言葉が出た。

月一の逢瀬は誠意を感じる。今日の侍従の必死さからしてここに来ようとしてくれたのは伝わってきた。

けれど、会ったところできっと会話ははずまない。

デュークに気持ちがないのなら、早々にこの無駄な時間を終わらせよう。

そうすれば期待する心も消えてくれるはずだ。

何より、死に役なんて絶対なってやるものかと強く思う。

死ぬ気はないけれど、もしがあったとしても盛り上げ役なんて絶対ごめんだ。

国には到着しているようだけれど、休日が明けたら隣国の王子たちは学園にやってくる。

その関係でデュークたちはしばらく接待業務に徹することになるため、婚約破棄について話し合いをする時期ではない。

隣国というワードは物語での私の死にも関わっているし、ベリンダも登場したということはこの期間は特に注意深く動くべきだ。

本当はもっと早く、隣国の王子たちがくるまでに婚約破棄を申し出られたらよかったのだけど、恋心が踏ん切りをつけさせてくれなかった。

でも、決めた。隣国の王子が帰ったら申し出る。

「今から工房のほうに顔を出すのでそこまでお願い」

こういう時は部屋に帰ってもろくなことを考えないし、好きなことをしよう。

私の気持ちはようやく婚約破棄へと向かっていった。