軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 ジャクリーンの恋愛事情 後編

「そうだな」

「はい。親しい友人としてお二人の行動を近くで見てきたからこそ、感化されるものがありました。お二人ともまっすぐですので、私も気持ちに素直に行動しようと思った次第です」

自分を見つめ直してみたら、できる範囲で好きなようにして楽しんでいるつもりが、家門や王太子殿下の婚約者候補であることを自分で思っていたより気にしていたことに気づいた。

もちろん今でもそれらを軽んじているつもりはない。

けれど、少し視点をずらすだけで優先順位がはっきりとし、まだまだできることがあるのだと視界が開けた。

それからはまるで自身に羽が生えたかのように楽しくて、ジャクリーンはさっき思い浮かんだアイデアや事業のこと、仲間のことを考えてふふっと微笑んだ。

「なるほど。私と同じだな。彼らのことで思うことはある」

「そうですよね」

それで何も感じないクリストファー殿下ではない。

ここにきて婚約者候補を絞ってきたのは、確実にフェリシアたちのことが影響しているはずだ。

「さっきの話に戻すが、私はジャクリーンをそばでずっと見てきた」

「六歳の時から交流させていただいていますもの」

候補の一人にすぎないけれど築いてきたものはあるので当然だ。公務での相談も含め、互いに信頼している。

口には出さないけれど、どちらかというと戦友に近いのではないかとジャクリーンは思っていた。

――だから、少し寂しい気もするのかしら……。

これからの話に検討がつき、ジャクリーンはゆっくりと目を閉じた。

やましいことはないといっても、ジャクリーンの趣味は王太子殿下の妃候補としては周囲にあまりよく映らないのは自覚している。だから、大っぴらにしなかった。

でも、 期間限定(この時期) だからこそできることの貴重さを天秤にかけ、先を見据えた事業もあることから隠さないことに決めた。

そのせいで婚約者候補に外れてしまうことも考えたが、堂々とできている今に満足しているので後悔はない。

クリストファー殿下はあらゆることを計算し、決断するはずだ。

趣味が時期王妃の資質にマイナスとカウントされたなら仕方がない。殿下の方針を受け入れるのみ。

ジャクリーンは静かにその時を待った。

緊張できゅっと手を握り、ゆっくりとクリストファー殿下が口を開くのをじっと見つめた。

「ジャクリーン。正式に私の婚約者になってくれないだろうか?」

「はい。……はいぃ?」

声のトーンが上がってしまったので、こほんと咳払いする。

「その、婚約者にですか? 外れるのではなくて?」

「そうだ」

「そうですか」

ジャクリーンは何度か瞬きを繰り返し、握った拳を見た。

思考が働かず、手の力が抜ける気がしない。

――ちょっと待って! 思っていた内容と違ったわ。

混乱しながらクリストファー殿下を見ると、殿下が何とも言えない微笑を浮かべた。

ジャクリーンはぴくっと肩を揺らした。

クリストファー殿下は確かに微笑んでいるのに、不愉快さをしっかりと伝えてくる。

なんとも器用というか、見事なテクニックに固まる。

「嫌なのか?」

「いえ。候補から外れる流れかと思っておりましたので、少し驚いただけです」

一人に絞るのもまだ先かと思っていたのもあって、心の準備ができていなかった。

あと笑顔の圧がすごい。

――落ち着かないわ。

キプボワーナ国の件のような余程のことがない限り、内側を隠して円滑に場を回す人のはずだが、心の内を隠すつもりがないようだ。

透け見える不機嫌さが心臓に悪く、笑顔が引きつりそうになりながらなんとか心情を吐露すると、クリストファー殿下の力強い双眸に射貫かれた。

「どうしてそう思うのかわからないが、私はジャクリーンとともに歩みたい」

「ありがとうございます。殿下の足を引っ張らないよう、これからも頑張ります」

工房通いの件を知っている上でというのならば、ジャクリーンに否やはない。

家門と能力。相性もよいと判断されたのなら、これからも殿下のそばで努力するだけだ。

時間をかけて決めたのだから、そう簡単に描いた未来を放り投げる人ではない。そのため、そのような人に選ばれたことは嬉しい。

これまでのことが認められたのだとじわじわと喜びが広がり、ジャクリーンはにこやかに笑みを浮かべた。

「…………はぁ」

だがそこでクリストファー殿下は目を細め、それから大きな溜め息をついた。背凭れに少し体重をかけ、姿勢を崩す。

このような姿も珍しく、ペースが掴みにくいわとジャクリーンは笑顔をキープしたままそっと嘆息した。

ここは最終的に志を一緒にしていくと確認できたところなので、笑顔を互いに浮かべるところではないだろうか。

「そこで溜め息とは何なのでしょうか?」

ちょっと腹が立ってきた。

そちらが望んで決めたことではないのか。

何が不満なのかとさすがにむっとして質問すると、クリストファー殿下は探るようにジャクリーンを覗き込んできた。

「一つ聞くが、ジャクリーンは私のことをどう思っている?」

「信頼のおける殿方だと思っております」

クリストファー殿下と言えば信頼。さっき考えたばかりなのですぐに返す。

「ほかには?」

「ほか? ええと、そうですね……」

そこで言葉がなくなった。

――えっ? ほかになんて考えたことはないわ。

候補となった時点で責務を含め第一王子として、ジャクリーンはずっとクリストファー殿下を見てきた。

信頼できる、もしかしたら未来の夫となる王族、それ以上でも以下でもない。

「なるほど」

言葉を詰まらせていると、そこでクリストファー殿下は頬に薄く笑みを刻んだ。

その視線に晒され、ジャクリーンは頬を引きつらせた。

――今日の殿下はちょっと怖いわ。

何を考えているのかわからないという点で、これほどまでにクリストファー殿下の考えがわからなかったことはない。

長い付き合いのはずだが、これまで知っていたものはほんの上澄みでしかなかったようだ。

らしくない態度だけれど、これもクリストファー殿下の一部。

候補から正式に婚約者になったことで、取り繕うことをやめたのだと考えたら自然なことだ。

――それは私にも言えることなのだけど……。

良くも悪くも自分たちは家門を背負ってこれまで接してきた。

フェリシアたちが特殊というか、家族ぐるみで近しい距離にあるだけでこれは普通のことだ。

ジャクリーンは隠すのをやめたことで身が軽くなったし、殿下も長い付き合いとなるならと考えたのならいい変化だ。

だけど、こんなことは初めてでジャクリーンは対応に困ってしまう。

クリストファー殿下が綺麗な笑みを浮かべ、甘く響くような声でささやく。

「私はジャクリーンのことを可愛らしいと思っているよ」

「私が、可愛い?」

美人やきついという言葉はよくもらうが、可愛いというのは身内くらいしか言われない。

「信じないのか?」

クリストファー殿下は、必要に応じて装いを含め褒めてくれることはある。

だが、これまでのすべては候補の一人としてで、そこに特別なものは何もなかった。

むしろ帰り間際で行われる会話は非生産的すぎてらしくないとは思うけれど、そこは言及すべきところではない。

「いえ。ありがとうございます」

「伝わっていないな?」

「伝わっていますよ」

クリストファー殿下なりに私との関係をよくしようとする意図を汲み、礼を告げる。

タイミングや言われ慣れない言葉だが、良きように計らおうしているのだろう。

私たちの間にはフェリシアたちのような愛があるわけではないけれど、特別だと示すような気遣いは嬉しいものだ。

ふふっと笑うと、クリストファー殿下は眉を跳ね上げた。

「長丁場になりそうだな。まあ、これからも時間があるからゆっくりといこうじゃないか」

「ええ」

これまでゆっくりと関係を築き見極めてきたのだ。これからもゆっくりと夫婦になるために関係を築いていけたらいい。

それから正式な婚約者となっても公務に支障をきたさないのであれば、これまで通り工房通いも可能だという言質を取った。

「先に確認するところがそれとはな」

呆れられたが、クリストファー殿下との関係も大事にしていくが学生の間はある程度自由にしたい。

「私にとっては大事なことですので。殿下もご要望があれば都度おっしゃってくださいな」

「ああ。そうだな。こちらとしてはこれまで以上に二人の時間を取ってくれれば問題ない。ゆっくりとわからせるとしよう。これからよろしく、私の婚約者殿」

「ええ。よろしくお願いいたします」

殿下の『ゆっくり』とはジャクリーンを口説き落とすという、男女間の意味合いも含んでいるとは知らずに、ジャクリーンは差し出された手を握り返した。