軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29.激変にもほどがある

「ウォルフォード様。いい加減にしてもらえます? 視線が鬱陶しいです。フェリシアも困っているじゃないですか」

「ん? これは照れのほうが勝っているだけだから。照れているフェリシアも可愛い。話の邪魔をするつもりはないから続けてくれていい」

ジャクリーンに向き直り、それから私の頬をそっと掴んで視線を合わせるとうんと頷くデューク。

するりと離れていった指先の温度と、しっかり目が合うとにこっと浮かべる笑みに私は耳まで熱くなった。

濃紺の髪に同系色の思慮深く落ち着きのある瞳の奥は渇望するような熱を持ち、触れる指先からも同じようなものが感じ取れそわそわする。

私の婚約者は端整な顔立ちに加え、鍛錬を怠らない引き締まった身体を持っている。

正直、あの日に抱きしめられた感触やとても安堵した気持ちは今でも鮮明に思い出せ、触れるたびにどきっとして平静ではいられない。

本当にこれまで最低限の接触だったので、近さも熱も匂いも感じるたびにドキドキする。

あの時助けられただけでなく思い出しても怖い記憶ばかりではなくなったのは、確実に私を優先する態度を崩さずずっとそばにいてくれたデュークのおかげだ。

「くれていいではなくてですね。ウォルフォード様のそれは周囲にとって迷惑なんです」

「どうしてでしょう? 見ているだけなのに」

「その『だけ』がですよ。そもそもそれですれ違っていたのですから、ウォルフォード様の場合は行動で示していくべきだと思うのですよね」

ジャクリーンはきっと目を吊り上げて言い切った。

――あっ、ジャクリーン。デュークにそういうことは逆効果……。

デュークとの関係を諦めると決めても煮え切らず悩んでいた時にジャクリーンはずっと見守ってくれていたので、デュークのことに関してかなり親身になって心配してくれている。

放置されていた時期を知っているからこその助言だったが、私は嫌な予感がした。

案の上、デュークはしばらくじっと私を見ながら考えこんでいたが、納得したように頷くと私の腰に手を回してきた。

「なるほど。フェリシアの友人であるモンティス嬢の言葉はとても大切だ。これからは『だけ』と言われずすれ違いが起こらないよう、もっと行動で示すことにしよう」

「それがいいでしょう。ただし、フェリシアが嫌がるようなことはしない。それが前提ですよ」

「それは当然だ。危険がない限りフェリシアのしたいことの邪魔をするつもりはない。だが、躊躇していてはダメだということはわかった」

ジャクリーンの指導に対して、任せとけとやけに凜々しい顔で頷くデューク。

デュークの発言にぎょっとし目を見開くと、彼は優しげに目を細めた。

デュークの真面目さが違った形で発揮されつつあり、その対象である私は嬉しさも当然あるのだけれどちょっと困りつつあった。

人前で腰を抱かれていることもあって身体がかちこちに固まる。

「その、えっと……、近すぎるのではないでしょうか?」

好意を示され嫌ではないのでどう言及していいかわからずなんとか意見を述べると、首を傾げて覗き込むようにデュークは私を見た。

直球な物言いと近さに動悸が収まらなくなった私の頬を、デュークが愛おしげに撫でる。

「自分を律しすぎて自分でもわかっていなかったが、本当はできるならずっとフェリシアと距離を縮めたかった。どうやら見るだけというのも余計に気になるようだから、なら気持ちの赴くままに行動してみようかと。節度は守るからこうして触れることは許してくれないか?」

本当、ずるい。

言葉をかけられるたびにぽかぽかと気持ちが温まる。

出し惜しみしない言葉の数々に、触れられる硬い指先に頬を寄せたくなるのをぐっと堪える。

離れていく指先を寂しく思ってしまうことに対しても気恥ずかしい。

今まではただ時間を共有できるだけで幸せだったけれど、交わす言葉が増えていくたびにデュークの愛情が私の中に蓄積されてかけがえのない重みになっていく。

私のことを思ってくれているのが伝わり、その想いを拒絶したくない気持ちも見透かしているのではないだろうかと、ひどく柔らかな眼差しを向けられきゅんと胸が高鳴った。

「節度を守っていただけるなら」

もともとじっと見つめられることに弱かった私は、これ以上は耐えられないと視線を少し逸らし消極的に頷いた。

腰に回った手が気になってそわそわする私を見て、ヘンウッドが穏やかな笑みを浮かべた。

「ウォルフォード様はあんな事件があった後だから少しでもオルブライト嬢のそばにいたいんですよ。同じ男なので少しでもそばにという気持ちはわかります。それと、男の俺がいるのでやはり心配なのもあるのでしょう」

そうなの? とデュークを再度見ると彼は小さく肩を竦めた。

「全く気にならないと言ったら嘘になる」

「そういうものですか……」

ヘンウッドとの関係に微塵も疚しいことはないし、誤解を生まないよう行動も気をつけなるべく何があったか話すようにはしている。

今まで特にそれらに関して何も言われず、むしろ励みになるような言葉をもらっていたからそのようなことを考えていたとは思いもしなかった。

「ああ。だが、さっきも言ったがフェリシアのしたいことを邪魔するつもりはないし、俺たちの関係性が崩れずフェリシアが笑顔でいる場所が増えることは歓迎している。ただ、やはり俺が一緒にいられない時に、家族でもなく異性の相手といると思うと妬ける。格好悪いから言うつもりはなかったが」

話すと決めたら聞いているこちらが恥ずかしいと思うことでも、デュークは大真面目に答える。

普段は配慮して黙っていることを、淡々としながらもこもった熱とともにまとめて投げられる身にもなってほしい。

恰好悪いなんて思うわけもなく、むしろデュークでも嫉妬するのだと知れてドストレートな告白に頬の熱が取れない。

私はぱたぱたと顔を扇いだ。

「ちょっ、それを人前で堂々と言えるのどうかしてるんじゃ。聞いているこっちが恥ずかしいですわ」

「ははっ。聞いているこっちは照れるけど、ここまできっぱり宣言させると清々しい気持ちだね」

ジャクリーンがぽそりと呟いたことに、ヘンウッドが軽やかに笑う。

「ヘンウッド様は工房ではあんなに熱心なのに、学園ではのんびりすぎますわ。これがこれから続くなら、絶対周囲に影響を及ぼすと思いません? 現に私はなんだかそわそわします」

「別にいいんじゃないかな? 仲がいいに越したことはないし、二人は婚約者なのだから。それにウォルフォード様は度が過ぎたことはしないでしょう? 友人としてお二人はこうあるものとして受け止めたら見ているのは楽しいですよ」

穏やかな笑みを浮かべ述べるヘンウッドに、ジャクリーンが私たちのほうを見た。

「それはそうですが」

「今は激変に戸惑っているだけで、そのうち慣れますよ」

「そういうものですか……。そうですね。フェリシアがいいのでしたら私も気にしないことにします」

ジャクリーンとヘンウッドが聞こえるように話しているので顔を向けると、二人は同時ににっこりと笑った。

笑顔というエールを送られる。

――は、恥ずかしい。

記憶を思い出した時には考えられなかったやり取りと友人の存在に幸せを感じると同時に、やっぱりデュークのこの変化についていけない。

慣れたら慣れたでどうなのだろうと、私はもう一度デュークに視線を戻した。