軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.誘い

「フェリシア!」

逢瀬を断って数日後、帰り支度をしていた私は駆けてきたデュークに捕まった。

ここまでかなり急いできたのだろうか、額にはうっすらと汗をかいている。

「あらっ。まあ! フェリシア。私は帰りますね。ではまた明日」

「はい。また明日」

一緒にいたジャクリーンは気を遣って先に行ってしまい、私は改めてデュークと向き合う。

「デューク様。どうされたのですか?」

「この後の予定はある? 時間がほしい」

「特に予定はありませんが」

進行方向を塞ぐように立たれて、私は咄嗟にそう答えた。

びっくりしすぎてぱちぱちと何度も瞬きをしていると、じっと濃紺の瞳で見つめられる。視線が絡み合うと、デュークの頬が緩んだ。

それだけで、とくんと心臓が音を立てる。

落ち着かなくて誤魔化すようにそっと髪を耳にかけると、視線が私の髪のほうへと移動し一点をじっと見つめた。

それからそっと息をつくと、再び顔を覗き込んでくる。

「なら、話がしたい。ここ最近ゆっくり会えていなかったから」

近い距離にどきっと先ほどとは比ではないくらい心臓が跳ねる。

一瞬息を止めて、ふぅっと吐き出した。

「…………」

「フェリシア?」

うかがうように首を傾げ、じっと探るように見つめられる。

私は視線を外し、もう一度気づかれないように息を吐き出した。

久しぶりなのは当然だ。

会いに行くのをやめ、一か月に一度の逢瀬を二回も飛ばしているので顔を合わせる時間はかなり減った。

挨拶以外でしっかり話したのは、一か月前の来訪で共に学園に行った時以来だ。

それからは何度か誘いはあったけれど私から断っていた。

「その、急にどうしたのですか?」

不意打ちに驚いたのと久しぶりすぎて、少し声が上擦る。

「この一か月、ずっと会いたいと連絡していたと思うが」

「そうですが……」

確かに、一か月前から熱視線とともに手紙がくるようになってそれだけでも驚いた。

けれど、手紙も律儀に返事を待つし、見てきても周囲を振り切り今みたいに慌てたように駆けてくることはなかった。

今回は約束をしていたわけでもなく、事前に伺うこともなく直接やってきた。今までのデュークの行動からするとかなりイレギュラーだ。

何の変化があったのかと戸惑っていると、デュークがさらに距離を詰めてきた。

右手が私のほうに差し出しされ、近づく距離に思わず私がぴくっと身体を揺らすとデュークはぎゅっと拳を作り引っ込める。

「迷惑か?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

私はきゅっと口を引き結び、視線を下げる。すると、握り込んだデュークの拳にさらに力が込められるのが見えた。

「……許してもらえるのなら、前回待ちぼうけをさせてしまった店に一緒に行きたいのだがいいだろうか?」

「……そのっ」

「あのお店のケーキをフェリシアは楽しみにしていただろう? 本当に申し訳ないことをした」

デュークの提案に視線を上げると、労るような優しい笑みを浮かべてはいるが濃い紺の瞳の奥は一体何を考えているのか底の読めない鈍い光が宿っていた。

それは私の心の奥を覗き込むような、それでいて縋るような光にも見え困惑する。

「それは謝っていただきましたし、仕方がなかったことです」

「だが、つらく寂しい思いをさせたのには変わりない。せっかく行きたかった場所をそんな思い出のままにしておきたくないんだ。ダメだろうか?」

期待したくないし、これ以上気持ちを揺らされたくない。

だけど、まだ婚約者であることに変わりなく、デュークにここまで動かれるといつまでも逃げているわけにはいかない。

気持ちが勝手に期待して疲弊するからといって、対面を先延ばしにしても仕方がない。

綺麗ごとだとわかっているけれど、なるべくどちらの家にも迷惑は最小限に留め、できることなら円満な婚約解消をしたい。

しんどいからといって、そうすると決めた自分がそのための努力は怠ってはならない。

私が気持ちさえ押し込めたらそれがきっと可能な関係性なのだから、今のつらさを我慢すればいずれ笑える日がくるはずだ。

あの時に話してよかったなと思えるように、対面するのを先延ばしにしたい気持ちをぐっと堪えて頷いた。

ゆっくりと息を吸い、大きく息を吐き出す。

まだまだ対面で話すのは先だと思っていたので、不意打ちに心臓が忙しないままだ。

そしてやっぱりじっと見つめられると恋心は疼いて揺れそうになる。

けれど、散々悩んできた今はそれ以上に強い思いが落ち着きを取り戻させてくれる。

――私は物語の思い通りになんてならないし好きに生きるんだから!

どうしても物語が脳裏を掠めてしまうのでベリンダと並んでいるのを見るよりは、こうなってみると気持ちも安定した今は自分のもとにいてくれるのは精神的に楽に思えた。

それに隣国とベリンダ関係の情報が少しでも欲しい。

何が私の死へと導くのか、未然に防ぐことができるなら少しでも多く対策をしておきたい。

デュークは彼らに近い位置にいるのだから、せっかく時間があって話ができるというならばその辺りを聞いておくべきだろう。

「わかりました。でもあのお店は予約が必要なのでは?」

「交渉して確保してある」

「それは大分無茶をされたのでは……。よかったのですか?」

今もだけれど、こんなにも強引にことを進めるなんてやっぱりデュークらしくない。

決められたこと、決めたことやなすべきことはきっちりとこなすが、自分の範疇外のことで許容範囲のことは基本受け身。

寛容といえばそうなのだろうけれど、そのほかに対して積極的に行動を起こすタイプではなかった。

あらかじめすることを決めているから慌てることもない。

「ああ。交渉材料はあったし、何より俺がフェリシアと一緒にいたい。贖罪の意味もあるが少しでも喜んでもらいたかった。きっとフェリシアはあの日にケーキを食べていないだろうから」

「……!?」

私は目を見開く。

店の話をした本人よりもしっかり覚えて受け止めてくれていて、そしてあの日の逢瀬のことをそんなに気にしてくれていたのかと考えると、胸の鼓動がとくとくと速くなる。

いつかはあのお店で生クリームケーキを食べたいとは密かに思っていた。けれど、無理をしてまでとは考えていなかった。

物語の記憶を思い出す少し前、あの日は私がケーキを口に入れるのをデュークにじっと見られていたのでちょっと恥ずかしくて、美味しい人気の店があるらしいですよと話題にしたにすぎない。

できるならば食べてみたいけれど、予約殺到中のお店なので落ち着いた頃にと思っていた。

だから、前回もすぐに店の予約を取ってくれたのを嬉しくも驚いていたのだ。

「食べてみたくないか? いや、一緒に食べてくれる?」

いつになく饒舌で積極的な誘いに戸惑いながらも、思ったよりも自分のことを考えてくれて動いてくれた事実は嬉しかった。

自分のための行動を突っぱねてばかりいるのはしんどい。どうしても心は喜んで自然と頬は緩んでしまう。

今まで自らあまり話さなかった人が必死に言葉を重ねてくる姿がちょっと可愛くて、ずっと頑なでいられない。

やっぱり好きで、でも諦めなければならない人で。

だったら一緒に過ごせる残りの時間くらい楽しんでもいいのではないかと、少なくとも相手からの歩み寄りまで拒んでいたら疲れるだけだと、少し自分の恋する心を許してあげることにする。

「はい。ぜひ」

「よかった」

ほっと息をついたデュークを見つめると、ふわりと嬉しそうに笑顔を向けられた。

それがものすごく柔らかで、細められた瞳の奥にはゆらゆらと熱が見え隠れし私を捉えようとずっと外されない。

なんだか涙が出そうになって、そっと視線を外す。

――一点の曇りもなく見つめてくるのは変わらないのね。

デュークの中で何があって変わったのかはわからないけれど、動くと決めたらどこまでもまっすぐで、今は私に対して申し訳ないという気持ちがあるからこうして一生懸命なのだろう。

だから、嫌いになれない。死に役だとわかっても憎めない。

ここまでくると自分のしぶとい恋心が呆れとともに愛おしくもなってきて、寄り添ってくれるデュークを満喫してしまおうとさえ思うようになった。

ぐるぐる悩んだ期間でずいぶん図太くなった気持ちに笑えてきて、今日は美味しいケーキとともに楽しもうと、そして隣国関連の話も聞いたらいいのだと気持ちを切り替える。

せっかくデュークからの歩み寄りなのだ。

今を楽しむべきなのではないかと小さく笑みを浮かべると、少しの機微も見逃さないと私をじっと見ていたデュークの瞳が目の前で瞬き、次いで笑みが深くなった。