軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21.令嬢は地下でセッションをする

「何かないのか、何か!?」

今日も今日とてエリオット王子の怒りは収まらない。

地下牢に立て籠もっているだけの元婚約者に虚仮にされっぱなしだ。何か一矢報いてやらないと、到底彼の気は収まらない。

……当初は令嬢に命乞いさせるのが目的だった筈なのだけど、いつの間にか目標が後退していることは気が付かないことにして無視をする。

今を生きる。それがエリオットだ。

先日は片腕とも頼むジョージ・ファーガソン公爵令息が、致し方ない理由でエリオットの側近グループから脱落した。

視察旅行から帰国した彼の許嫁に尻を叩かれて、後継者教育を優先させることになったのだ。彼は毎日毎日朝から晩まで、後継者教育で将来の嫁にこってり絞られている。

すっかりやつれた彼の姿に、エリオットたちは落涙を禁じえなかった。

それはそれで仕方のない事だ。

だが、しかし。その許嫁は宿敵レイチェル・ファーガソンが、ジョージを始末する為に呼び寄せた刺客の疑いがある。頭が上がらない相手を味方につけるとは、ヤツは何と汚い手を使うのか!?

エリオットは世界の平和とマーガレットとの輝く未来の為に、なんとしてもレイチェルをギャフンと言わせなければならないと決意を新たにした。

とは言っても。

いつも先手を取られてばかりで、勝ったためしがない。そんな側近連中と会議をしていても、一向に名案は出てこなかった。そもそも出てくるものなら、とうの昔にレイチェルを負かす事ができている。

皆で煮詰まっていると、マーガレットがお茶を入れて持ってきてくれた。

「皆さん、どうぞ~」

「おお、ありがとう!」

男たちが“我らの天使”が淹れてくれたお茶に群がっている間、マーガレットは会議の議事録を取っていた紙を見ていた。

「エリオット様、なかなかいいアイデアが出ないんです?」

「ああ、これはというものが出てこない……何をやって攻めても返し手がありそうで……」

王子様、始めから呑まれてる。

攻撃プランと相手にされた事のリストを交互に眺めていたマーガレットが、その中の一行を指し示した。

「エリオット様。何も新しい事をしようとしなくても、レイチェルさんにやられたことを改良して返してやったらどうですか? これがレイチェルさんの考え付いた限界なんでしょ? それを拡大して返してやったら、打つ手がないんじゃないですか?」

マーガレットの何気ない提案に、エリオットは手を打った。

「それだ!」

王子様、気づくのがかなり遅い。

為政者としてかなり不安な要素を露呈しながら、エリオットは嬉々としてプランを議論し始めた。

いつものようにまったりと怠惰な一日を過ごし、そろそろ寝ようかとベッドメイキングを始めたレイチェル。

枕にラベンダーのオイルでもたらそうかなと思っていた所に、扉を開ける音がしてドヤドヤと多数のお客が降りて来た。

「あら、こんな時間に珍しい」

「はっはっは、邪魔するぞレイチェル!」

もう夜だと言うのに妙に元気なエリオットに、レイチェルは首を傾げた。

いや、おかしなテンションでハイなのは、多分頭がアレのせいだと思うけど……彼はなんでなのかヴァイオリンのようなものを持っている。いや、ヴァイオリンそのものだ。

そして彼の後ろに付き従うサイクスは樽を二つ担いでいた。

その後ろのマーガレットは大量の鍋。

さらに名前も覚えていないヤツが籠にいっぱいの空き缶。

最後にうんざりした顔の牢番が何故かトライアングル。

レイチェルは額に手を当てた。

「これはさすがに、何をしているのかわかりません」

「むはははは、なんだと思うレイチェル? 当ててみろ!」

「……廃品回収?」

「それは王子の仕事なのか?」

「地下牢に用もないのに日参するのも、王子の仕事じゃないですね」

おかしな一行は地下牢の前室に、抱えて来たガラクタを並べ始めた。

配置を見てレイチェルも彼らの意図を悟る。鍋の並べ方がドラムセットのそれだ。

「なるほど……私を寝かせないつもりですか」

口の端を持ち上げて得意満面のエリオットはギターを構えてレイチェルに申し渡した。

「ちょっと夜に合奏の練習をするのに、音が響いて構わない場所が無くてな。それで地下牢なら派手に音がしても構わないだろうという事になったわけだ。我々は勝手に演奏しているから、レイチェルは寝ていて構わんぞ」

そして“してやったぜ!”と言いたげな顔で宣言する。

「ああ、もちろん聴いていてくれても構わないぞ? あとで感想を聞かせてくれると嬉しいな」

最後にいかにも見せつけるように全員耳栓を詰め、各々の楽器? を構えた。

エリオットのヴァイオリンが、百年使っていない鉄扉もかくやという錆び付いた金切り音を張り上げた。

サイクスの持ったバチが樽を滅多打ちにしてバカみたいな轟音を立て、マーガレットの並べた鍋がスティックで叩かれて甲高い金属の跳ね返る音を響かせる。

準備の時に呼ばれていた名前を信じるとボランスキーとか言うヤツが、紐をつけた空き缶をやたらにガチャガチャ振り回し、遠い目をした牢番がおかしなタイミングでトライアングルを鳴らす。

無秩序な騒音が地下牢に響き渡る。ただ耳障りな音をそれぞれに鳴らしているだけで、耳栓をしていても鼓膜が痛くなるひどい音だった。

「意外と楽しいな、これ!」

「ウハハハハハハハハハハ!」

「あの、あっしはいる必要あるんですかね……」

牢番のつぶやきはそもそも音量が低すぎて、残念ながら誰の耳にも入っていない。

レイチェルは昼寝用の耳栓をはめると、おとなしく椅子に座って聞いている。

何も言わない辺りが不安を書きたてるけど、いつもなら早々の反撃があるのに黙っているのがエリオットの機嫌をさらに良くした。

「張り切っていくぜ!」

「おおーっ!」

「あの。勤務時間終わってるんで、あっしはもう帰りたいんですけど……」

「今夜はオールナイトだ!」

ここで一つ、エリオットが計算に入れていなかったポイントがある。

ただ無茶苦茶に物を叩いているつもりでも、人間が長時間叩いていると……どうしてもリズムを取りたくなる。

無意味にただ派手な音を立てているつもりでも、ずっと続けていると意識しないうちに規則的な音が生まれてくる。

段々と。そう、段々と無秩序な騒音にメロディが生まれてきた。

目をつぶって聞いていたレイチェルが不意に立ち上がる。

彼女は木箱の山を漁りに行き、帰ってきた時には手にトランペットを持っていた。いつかのあの晩、エリオットを優しき音色でけたたましく叩き起こした……あのトランペットだ。

少女はいつか月に向かって吹いた時のように、トランペットを唇に当てる。眠るように目を閉じて、肺いっぱいに空気を吸い込んだ彼女は初め静かに金管楽器へ息を吹き込んだ。

……騒音で満たされた地下空間に、一本背に骨の通った見事な音色が流れ始める。

その時、歴史は動いた。

この中でおそらく唯一、音楽の素養があるのはレイチェルだろう。

彼女が参戦したことで、てんでんばらばらに自己主張していた楽器? の音に方向性が生まれた。

ベースになるメロディが生まれたことにより、すでにリズムを取り始めていた各自の演奏? が一つの流れに吸い寄せられる。レイチェルのトランペットに合わせるように、ヴァイオリンの節回しが変わる。鍋を叩くリズムが変わる。

気が付けば六人の楽器? を奏でるタイミングは、一つになりかけて重なり切らない微妙な合奏に変化していた。なんとなく不協和音を含んだ演奏がもどかしい。

ただ不快な騒音を出していたはずなのに、皆が音を合わせようと必死に耳を澄ませてリズムを探る。

「……くっ、俺がメインの筈なのに! このままではレイチェルに喰われてしまう!」

エリオットは猫がガラスをひっかく音の方がマシなヴァイオリンを必死に操った。バンドの主導権を途中参戦のレイチェルに奪われるわけにはいかない。

当初の目的を完全に見失った王子様は、主旋律を奪還せんとトランペットに挑み続ける。

レイチェルの魂のトランペットが激しくシャウトする。

エリオットのヴァイオリンがパッションを込めて熱く鳴り響き、サイクスの樽を叩くバチが脳天気にハイなリズムを打ち鳴らした。

マーガレットの 鍋の大群(ドラムセット) が間奏部を華麗なドラムソロで魅せる。ボランスキーは自分に酔って空き缶の束を振りまくっている。

そしてトドメに、早く帰りたいと顔に書いてある牢番のやる気のないトライアングル。

完璧だった。

完璧なセッションだった。

お互いの強い個性がぶつかり合い、反発し合いながら一つの音色を作り出す。

楽譜もない。題材になる曲もない。即興で作られたメロディが増幅されて六人を包み込み、いつしか新しい一つの曲が誕生した。

聴き惚れる客は無く、楽譜に採られる事も無く。ただ今この瞬間を満たすだけの刹那の魂。

二度と聴くことのできない一曲に、 五人(・・) はしばし陶然と身を委ねる。

そして牢番は早く帰りたい。

そんな彼らが忘我の境地に達した瞬間。

「うるさいですよ! 今、何時だと思っているんですか!?」

女官長が怒鳴りこんできた。

「いい加減にして下さい殿下! 遊びたいのは結構ですが子供じゃないんです! 王宮には多数の人間が暮らしているんですよ!?」

女官長は目を白黒させるエリオットからヴァイオリンをひったくった。

「い、いや、俺は……」

「私!」

「はいっ! ……わ、私はそんなつもりでは……」

「こんな真夜中にガラクタを並べて楽隊ごっこをすること自体がおかしいのです!」

「すみませんっ!」

サイクスが横から口を出した。

「で、でも女官長。殿下はレイチェル嬢を……」

懲らしめようとやったのだ、と言おうとしたが。

女官長がため息をつきながら頷いた。

「そう、それもです! いくら外に響かなさそうな場所が地下牢とはいえ、可哀そうにここに閉じ込められているファーガソン様の迷惑を考えてあげなかったのですか!? ほら、頭まで布団をかぶって可哀そうに……」

「え?」

言われて一同が振り返れば、さっきまでトランペットを熱奏していたはずのレイチェルはベッドに潜り込んで丸まっている。

「ああ、こんな所に閉じ込められた上に酷い迷惑をかけられて、お可哀想に……」

「いや、待て! レイチェルはさっきまで」

王子の弁明を否定するように、レイチェルがひょこっと顔を出して涙ながらに訴えた。

「女官長……うう……私寝たいのに、殿下たちが押し入ってきて……」

「き、貴様!? 一人だけ無関係を装うとはずるいぞッ!?」

「ううう……つらかったよお……」

「まあああ!? 殿下っ! 夜中にこんな迷惑をかけられたファーガソン様が可哀想だと思いませんの!?」

「いやだから、コイツだってノリノリで……」

「この姿を見て、どの口からそんな事が言えますの! 上に来なさい、お説教です!」

「本当なんだ、聞いてくれッ!?」

「え? あたしらも?」

「あっしも!? なんで!? もう帰りたい!」

「黙りなさい!」

即席のバンドはレイチェル以外全員連行され、女官長の朝までお説教コースに強制参加と相成った。

さっきまでの事が嘘のように静まり返った地下牢で、レイチェルはやれやれと枕を整え、明かりを消したのだった。