軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14.公爵は状況に困惑する

娘が牢屋に押し込まれているとはいえ、ファーガソン公爵家は相変わらず忙しい。

通常身内に犯罪者が出れば、貴族と言えど当然あらゆる活動は自粛・謹慎すべきところ。だけどレイチェルの場合は王子による一方的な断罪があっただけで、公爵家はそんな罪を認めていない。まだ最終の国王裁定が下ったわけじゃないので、むしろ冤罪を主張するためにバンバン打って出ている。

嫡男のジョージは向こう側だけども、今現在の当主は父親のダンである。息子が何と言おうと引き下がるつもりはなかった。

そんなわけで引きも切らさず報告・来客の雨あられの中。

たまたま途切れた一瞬の空白を突くように、公爵の執務室へレイチェルの侍女ソフィアが伺候した。

「失礼致します、旦那様」

いつかの時みたいに、二人ついて来たメイドが廊下で控えている。ソフィア一人が進み出て、指導係のお手本のように綺麗なお辞儀で頭を下げた。

「お嬢様の件なのですが」

「おお、レイチェルの近況か」

公爵はハンコを押す手を休めて娘の部下を見た……正確には妻の部下の筈だけど、娘に付いている使用人たちは忠誠心の向き処がどうにも個人に向いているように思えて仕方がない。

公爵の内心の葛藤を知ってか知らずか、ソフィアはいつも通りに平静な顔で頷いた。

「はい」

「うむ。どんな様子だ」

「報告によりますと、お嬢様はお元気です」

報告を終わって一礼する娘の侍女。

彼女のつむじを、公爵はたっぷり十秒ほど眺めた。

「……それだけか?」

待ってもこれ以上出てこない事を理解した公爵の拍子抜けした声に、ソフィアは生真面目に頷いた。

「はい。要約すれば」

「いや、いやいや! お前、それは要約し過ぎだろう。それでは何にも判らん」

「お嬢様がお元気なのはわかるかと思いますが」

「それだけな!? 他は全くだな!? 詳細が上がっているならそっちを出せ」

「はあ……では、のちほど届けさせます」

どこか納得のいかない様子のソフィアは後ろを振り返った。

「リサ、 監視係(ウォッチャー) からの日報を旦那様の元へ」

「はっ」

「メイア、主治医のモントン先生を至急お呼びしなさい」

「はっ……ソフィア様、お呼びするのは心臓外科の大先生ですか? 心療内科の若先生ですか?」

「何を馬鹿な事を言っているの!? 旦那様が、お嬢様の活動記録をお読みになるのですよ?

両方呼ぶに決まっているでしょう。常識で考えなさい」

「はっ」

メイドに指示を出し終わったソフィアがこちらに向き直って一礼した。

「旦那様、日報をお読みになるときは脈拍が安定している時を選んで、ベッドに横になってからお読みください」

侍女の言葉が耳から耳へと駆け抜けていく中、公爵は一つの事が気になった。

……常識って、なんだろう?

「待て。レイチェルが無事に元気に過ごしているのならそれでいい……今、私が倒れるわけにはいかん……」

……アレが何をしてどんな結果を引き起こしたのか、リアルタイムで起きている今は聞かない方が精神の健康上いいのは間違いない。

そう考えて、公爵はこの話題を打ち切った。

優先順位を考えた結果である。

決してパンドラの箱を開けるのを先延ばしにしたわけじゃない。

……ホントだよ?

咳ばらいを一つしてモヤモヤを振り切ると、公爵は今頭を悩ましている懸案事項を娘の侍女に相談してみることにした。

「あー、それよりもだな……そろそろ陛下たちも視察旅行からお戻りになられる。そうなれば殿下と御前で白黒つけることになるだろう。今のうちに対策を練らなければならないが……」

だから何か意見はないか? と続けようとした公爵の言葉の前に、ソフィアの報告が挟まった。

「両陛下でしたら、しばらくお戻りになられません」

「……は?」

視察の日程も知らない筈の一侍女が、いきなり何を言い出すのか?

家臣が何を言っているのかわからない公爵に、ソフィアが淡々と説明した。

「お嬢様がエリオット殿下と婚約されたのは王妃様の強い希望によるものでした。ですので婚約破棄から現在までの経緯をまとめた物を、両陛下が視察中に立ち寄るナウマン伯爵家中の伝手を頼って手元にお届けしました」

「……いつの間に……」

ソフィアは日数どころか、経由地も押さえていた。さらに連絡手段まで。何それ怖い。

「あわせて、『猫は楽しく遊んでいる』と書いたメモを付けておきましたところ、御一行の旅足が伯爵領内のフラッカー温泉郷で停まって動いておりません。状況を整理して方針を決めるまで、都へ戻らないものと思われます」

そこまで言って無表情な侍女は何かを思いついて付け足した。

「もしくは、お嬢様のガス抜きが終わるまで巻き添えを恐れて足踏みしているか。ですね」

侍女の推測を公爵は笑った。ちょっと空笑い気味で。

「い、いや……いくらレイチェルがやらかしても陛下たちに延焼するなんてあるわけ無い。巻き添えを恐れるなどと、そんな馬鹿な、ははは……」

「いえ、しかし現実に大公殿下が……失礼、なんでもありません」

「大公殿下が? 大公殿下が何!? ヴィバルディ大公の事か!?」

「気にしないで下さい。終わった事ですから」

「メチャクチャ気になる!? レイチェルは何をしたんだ!?」

「大丈夫です。大したことではございません」

「ホントに大丈夫なのか!? レイチェルはいったい何をした!?」

「私の口からは、ちょっと……」

「全然大丈夫じゃないじゃないか!?」

「ところで旦那様」

すでにパニック寸前の公爵へ、何の脈絡もなくソフィアがパンフレットを差し出した。

「ご心労もたまっている所ですし、奥様と温泉旅行はいかがでしょうか?」

「誰のせいだと……今この状態でか!?」

「はい。温泉などに行っていると、たまたま湯治中にばったり両陛下と出会うということもあり得ます」

ソフィアが何気なく言った言葉にハッとする公爵。

「……現場から離れた所で善後策を協議してこいと言うのか?」

「たまたまです。たまたま」

侍女は表情の読めない顔で続ける。

「なにしろ、陛下たちの御一行がスケジュールを逸脱しているのを まだ王宮は(・・・・・) 知っておりません(・・・・・・・・) 。今の時点で旦那様たちが同じ温泉郷へ出発しても、両陛下の一行と 偶然出会う(・・・・・) のは誰も予測できません」

テーブルの下で、娘の手はどこまで伸びているのだろう……公爵は今さらながら背筋が冷たくなる思いだった。

娘の成長が期待していない方へ著しい事案発生中。誰か助けて。

だけど娘のお膳立てで踊るには、まだ確認しておかなければならないことがある。

「……こちらの状況はどうするつもりだ? 私たちがいなくなったらジョージが我が家の采配を握ることになるぞ?」

公爵夫妻がいなければ、当然代理は嫡男であるジョージが行うことになる。そうなれば、レイチェルの支援に公爵家本体の助力は全く期待できなくなる。遠出を勧めるからには、やはりそこもレイチェルは考えているのだろう。

問われてもやはりソフィアは想定内なのか、慌てることもない。

「むしろ旦那様がいない方が、都合がいいこともございます」

「と言うと?」

「旦那様と奥様が ちょっと(・・・・) 小旅行に出かけられても、短い期間なら代理を置かなくてもおかしくはございません。ご親族から代理が置かれず、お坊ちゃまはまだ未成年。となると家政を取り仕切るのは……」

公爵と侍女はお互いの瞳を見つめ合い……そしてぐりんと首を回して壁際で空気になっていた執事を見た。視線の集まった執事が、心臓発作を起こしたような顔をして書類をぶちまけたが……気にしない、気にしない。

「……なるほど」

「はい。立場は使用人、けれど旦那様から全権を委任されているとあらば……」

「私の決めた方針は逸脱できないし、ジョージが命令も出来ないわけだ」

「お坊ちゃまが何を言おうと、『ご指示に反します』『旦那様に確認を取ってください』で済ませることができます。そしてお坊ちゃまでは旅行中の旦那様にクレームを入れることも難しい」

「うむ、御役所対応とはこうあるべきだな」

万事解決したみたいに笑いあう主従に、泣きそうな執事が声をかける。

「あの、本当に私が一人で応対するので……?」

「心配するなジョナサン。屋敷の中にはソフィアもいるし、ジョージがあんまり煩かったらマーサに言って部屋へ放り込ませればいい」

強面のメイド長は昔ジョージの乳母をしていた。大きくなろうがジョージの首根っこを摑まえるぐらいわけはない。

酷いことになったと肩を落とす執事を置いておいて、急に気が軽くなった公爵はウキウキと妻を呼びに出て行った。

「イセリア、すぐに温泉旅行に出かけるぞ!」

「まあダン、いきなりどうしたの!? 今それどころじゃないでしょうに!」

「それどころじゃないから出かけるんだ!」

「?」

床にぶちまけた書類を拾い集めながら、執事は侍女を恨みがましい目で見た。

「私が心労でポックリ逝ったら、労災は申請できるんだろうな?」

「さあ? 旦那様に確認を取ってください」