軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

しあわせな変化

「ハワード様、少しよろしいですか?」

「……はっ、はい!」

「先日お渡しした書類についてですが……」

王城内の廊下を一人歩いていると、不意にそう声をかけられて。少し反応が遅れてしまったものの、慌てて振り返る。

用件を聞き終えて再び歩き出した私は、少しだけ熱を帯びた頬をそっと押さえた。

「……慣れない、なあ」

ハワード、と呼ばれるようになり早一週間。よく顔を合わせる人にはサラと呼ぶようにお願いしているけれど、基本的にはそう呼ばれることがほとんどだ。

……プロポーズを受けた翌日、私達は朝から二人でモニカさんに結婚の報告をしに行った。突然の報告にも関わらず、彼女は大粒の涙を流し、心から喜んでくれて。そしてそのまま教会へ行き、籍を入れた。今は冬が始まる手前で、肌寒い。結婚式は暖かくなった春に行おうということになった。

それから半月の間、仕事が始まるまで屋敷でのんびりと過ごしていたから、生活は今までと何一つ変わらないままで。だからこそ、ルークと結婚したという実感は全く湧いていなかったのだけれど。

王城で務めるようになり、彼と同じ姓で呼ばれることでようやく、少しずつ実感が湧いてきた。それはとても照れくさくて嬉しくて、こそばゆい。

つい口角が上がってしまうのを感じながら私室へと向かっていると、前から歩いてくる女性達と不意に目が合った。

「……ねえ、今の方が光魔法使いのサラ様よ」

「あのルーク様の! やっぱりオーラがあるわね」

すれ違い様に聞こえてきたのは、そんな会話で。

就任式の後、知らない人に突然「あの、ハワード様というのは、もしかしてルーク師団長の……」と聞かれ、「はい」と答えただけで、あっという間に私達が結婚したという話は城中、いや王都中に広がってしまった。

元々有名人のルークと、突然王国魔術師となった謎の平民女性の結婚。話題になるのも頷ける。

剣術大会の時には酷い言われようだったけれど、今では「王国魔術師」という肩書きのおかげで、それなりに見えるらしい。私自身は何も変わっていないのだけれど。ルークに少しでも近づけたなら、それは素直に嬉しいことだった。

◇◇◇

無事今日の仕事が終わり、王国魔術師の証である真っ白なローブを脱ぐ。此処で勤務し始めて一週間になるけれど、実際大した仕事はしていない。ある程度の怪我なら、治せる治癒魔法使いは他にいるからだ。

私はいざと言う時の為に基本的には魔力を温存し、スレン様の書類仕事の手伝いをしていた。王族の方々や王城に務めるお偉いさんに何かあった時に、多少出番があるくらいだ。

私服のコートを着て部屋を出ると、スレン様にばったり出くわした。今も沢山の書類を抱えていて、大変そうだった。

「何かお手伝いしましょうか?」

「ああ、サラさん。お帰りのところ申し訳ありませんが、第二師団の方にこれを届けて頂けると助かります」

「わかりました」

そう言って書類を受け取ると、私はまっすぐに騎士団がある建物へと向かったのだった。

無事書類を渡し終え、門へと歩みを進める。ルークも今日は仕事だけれど、終わるのはいつも私よりも遅い時間だ。先に帰ってルークの好きなデザートでも作って待っていようかな、なんて思っていた時だった。

「っきゃ……!」

ぼんやりしていたせいで、前から来た人と勢いよくぶつかってしまった。体格のいい相手だったせいで、思い切り尻もちをついてしまう。地味に痛い。

「すみません、大丈夫ですか?」

「はい、こちらこそすみません……」

そうして差し出された手をとり、立ち上がる。まだおしりが痛むけれど、目の前の彼は心配そうな顔をしていて、なんとか「大丈夫です」と笑顔を作った。

「…………?」

けれどいつまで経っても、その手が離されることはない。

「あの、」

「あっ、す、すみません……!」

声をかけると彼はようやく我に返ったらしく、慌てて手を離された。その顔はなぜか、ほんのりと赤い。

「よければ、お名前とか聞いても……」

そう言ってもじもじとする彼を前に、私はかなりの有名人になったような気分になっていたけれど、ローブを脱いでしまえばそうでも無いということを思い知った。

私服姿では、オーラもへったくれもないのだろう。自意識過剰になっていた自分が恥ずかしい。そんなことを考えながら、口を開いた時だった。

「俺の妻に何か用か?」

突然、そんな声が聞こえてきたのだ。

「……え、」

「ル、ルーク師団長!?」

振り返ればすぐ後ろにルークがいて。驚きに目を見開く男性をよそに、ぐいと強く彼の方へと抱き寄せられる。

そんな彼の表情は、驚くほどに冷たかった。

「ルーク師団長の、お、奥様……?」

「ああ、そうだが」

「すっ、すみませんでした……!」

彼は慌てて頭を下げると、ぴゅー、という効果音が聞こえてきそうな勢いでその場を去っていく。

ルークは深い溜め息をつくと、思わず俯いてしまっていた私を覗き込んだ。

「サラ? 大丈夫ですか?」

「……つ、」

「あの男に何かされましたか?」

「つ、妻って言われたの、嬉しくて……」

照れて顔が真っ赤になっているであろう私を見ると、ルークは先ほどの冷たい表情が嘘のように、柔らかく微笑んだ。

「可愛いですね、俺の奥さんは」

「お、おく……!」

「未だに夢かと思うくらい、幸せです」

そうして、優しく頭を撫でられる。あまりの甘すぎる雰囲気に、私はもう限界寸前だった。

「今日はもう仕事も終わりなので、一緒に帰りませんか?」

「えっ、本当?」

「はい。サラの好きな物を食べに行きましょう」

「やった、ルーク大好き!」

「俺も、サラが大好きですよ」

その後、すぐに食事をしに行くと思いきや、何故かまっすぐ宝石店へと連れて行かれて。ルークは迷わずブルーダイヤの華奢な指輪を購入していた。ちらりと会計時に見えたその値段に、ひっくり返りそうになる。

戸惑う私に、彼はその指輪を嵌めてくれた。その可愛らしいデザインと美しい輝きに、思わず見とれてしまう。

……この世界では結婚指輪という概念はあるものの、着けるのは女性のみらしい。ちなみにルークにプロポーズの際に貰った指輪は、あまりにもダイヤが大きすぎて普段使いに向いておらず、部屋に飾ってあった。

「しばらく、これで我慢してください」

「えっ?」

ルークは申し訳無さそうにしていたけれど、これはそういうレベルの物ではない。むしろ、この他にもまだ買うつもりだったのか。ルークの金銭感覚が恐ろしい。

「これなら仕事中も着けられますよね」

「つ、着けられるけど、急にどうしたの?」

「ただの虫除けです」

「虫……?」

今はもう冬だし、虫なんていないのでは……? なんてことを本気で思っていた私が、その言葉の意味を知るのはもう少し先の話で。

そんな私達の結婚生活は、まだ始まったばかりだ。